第2話:離別より…
あれから約二週間。久しぶりに学校にクラスメイトが集まる日が来た。卒業式の予行演習の日だ。合否の話を自ら持ちかけていく者は誰一人としていなかったが、個々の顔を見れば、その合否は一目瞭然だった。今にも泣き出しそうな顔をしている者もいた。
「…やっぱりな…。」
小声で大地は呟いた。
人付き合いが特別悪いわけではない大地であったが、この状況下だ。誰に何を話しかけてよいかわからなかった。しかしこのことも大地は予測済みであり、家にあった興味もない小説をとりだし、読んでいるフリをしていた。
そこに一人の男子が寄ってきた。
「よう、大ちゃん。」
クラスメイトの柳原徹だ。大地と特別仲の良かった男子生徒である。
「あ、おっす、徹。」
「いよいよこの高校ともお別れの日が来たなぁ。」
この機嫌の良さから察するに、徹は合格したのだろうが、大地はあえて触れなかった。この日の受験に関する話はタブーであることは、クラス全員、いや高校3年生全員が既知のことである。
「うん。ま、特に3年間何もなかったけどなぁ、俺。」
「何悲しいこと言ってんだよ! 修学旅行とかあるじゃんか!」
「あぁ、まぁそうだけど。でも良い経験はさせてもらったよな。」
「だろ? 高校は高校の、大学は大学の、良い経験があるんだべ!」
「…かな。」
大地は思った。自分から使った言葉ではあるが、自分自身にとっての「良い経験」とはどういう経験のことを指すのか、と。いや、違う。大地は自分にとっての良い経験とは何か、という定義そのものは持っていた。むしろ、今自分が考えているその定義は本当に良い経験なのか、を考えていた。しかし、その考察時間は極めて短いものとなった。大地は、この考察自体、自分にとって有意性を持っていないと悟ったからだ。自分にとっての「良い経験」は、あくまで自分にとって、の問題だ。他から作用される必要は無い。その主体である自分がそう考えているのだから、何も迷う必要がない。…無駄だ。
「大ちゃん? さっきから黙りこくって、どうしたんだよ? 何か悩みごとか?」
「ん…別に。」
「そっか。まぁ、お前が急にだんまり決め込むのは珍しいことじゃないけどな!」
「なんかその言い方ひといなー。」
「…こんなやり取りを学校でするのも明日で最後か…。」
「だな。」
「なぁ大ちゃん。俺ら大学行っても友達でいような、絶対!」
「…あぁ。」
と、微笑んで返した大地であったが、彼にはよくわからなかった。友達とは何か? 何をどうすれば友達で居続けられ、どうしてしまえば友達で無くなるのか。そして友達は自分にとってどのような意味をもたらすのか、あるいは必要なのか…。そんな葛藤を憶えたものの、柳原との高校生活最後となろうやりとりは、神村自身も惜しみなく楽しんだのだった。
そして翌日、卒業式も終わり、本当に高校生活が終わりを遂げた。女子生徒のほとんどが別れを惜しんで泣いていた。大地はというと…当然、いつもと変わらぬ態度であった。いや、大地に限らず男子生徒は皆そうであった。男性はこういう状況では、サッパリとしたものなのであろう。この中に、何人自分と今後も変わらず付き合っていく人間がいるだろうか。ま、いなかったとしてもそれはそれでいいだろうな…なんて考えていると、柳原を始め、クラスメイトの多くの男子が大地に声をかけてきた。
「今日で最後だから飯食いにいくんだけど、大地も行こうぜ!」
「あ…悪いけど俺、ちょっと外せない用事があって…。ごめん。」
「なんだ…それじゃあ仕方ないな。神村! 俺らのこと忘れんなよ!」
「またいつか会おうぜ!」
「元気でやれよー!」
大地に向けて別れを惜しむ声が飛んできた。
「うん、ありがとう。それじゃあ…皆も元気でな。」
大地はそう言い残すと、一度を振り向くことなくその場を離れた。
完全に大地がその場から姿を消した後、一人のクラスメイトが言った。
「神村ってさ、なんかこう…もう一歩深く踏み込んでいけない奴だったよな。」
「あー、それわかるな。何かいつもちょっと壁感じたりして…。」
「不思議な奴だったな。」
それを傍で聞いていた柳原は、なんとも言いようのない不快感が募った。
「神村……。」
その不快感は何ゆえ生じたものかは柳原自身、はっきりわからなかった。仲の良かった大地のことを、皆あまり理解していなかった事実によるところだけではないだろう。
帰宅途中、大地はまた考え出した。
「何で俺は誘いを断ったんだろ…。」
そう、彼には特に用事などなかったのである。この時にはすでに大地の思考回路は、もはや彼自身でも理解できないほど複雑なものとなってしまっていたのかもしれない。その思慮深さゆえに。
もうその頃には日も落ちかけていた。大地の背後に立っている人間には、大地が夕日に溶け込んでいくように見える、まさにそんな時間帯であった。目の前に大きく立ちはだかる「目の敵」に対して、大地はまたも、
「…うざいな、てめぇ。」
と言い放った。当然、周囲の人から見れば、滑稽かつ奇妙な言動であろう。しかしそれをないがしろにするほどまでに、大地は太陽が嫌いであった。
その怒りにも似た感情を押し殺したまま、彼は自宅に着いた。そして自室にて、改めてある決意じみたものを卒業証書の裏に書き記した。
「自分は自分だけ。」