#1-5 「アメ」
この言葉ですぐに起きてくれるのはありがたいのだが、痛みと引き換えなので割に合わない。静也は痛む頭の傷を抑えながら彩香に顔を向ける。まだこの状況に気づいてないのか、いまだブツブツと痛い、私のなどと呟いている。
彩香にとってのバームクーヘンとは、非常に思い出の詰まった食べ物だ。彩香は幼い頃に父を亡くし、女手ひとつで彩香を育ててきたのが彩香の母である。母子家庭だったためあまり裕福な家庭ではなかった。
そんな彩香と彩香の母の楽しみは給料日には少し贅沢をしようと、地元では有名なバームクーヘンを二人で分けて食べることだった。そのため彩香はバームクーヘンになにか特別な感情を持っている。静也が彩香のバームクーヘンを取ろうとすると、彩香は一瞬悲しそうな表情をするのも、先ほどの目覚めた瞬間攻撃を仕掛けてくるのもそのためである。
とりあえず痛みと代償に起きてくれたので、静也は話を進めたかった。一番手っ取り早くこの状況を分からせるには、やはり自分の目で見てもらうのが早いだろう。
「彩香。こっちみてみろ。」
「なんで・・・あれ?」
顔をしかめつつも静也に目を向ける。しばらく彩香の動きが止まった。
「あ、私じゃん。・・・夢か。」
そう言いながら彩香は再びベッドに横たわり、目を瞑る。コイツは鈍感だった。いつもどこか抜けているような、そんな性格だ。
そして今眠りにつかれると、こちらとしては非常に困る。残念ながらこれは夢ではない。夢であってほしいものだが。
「おい、彩香。夢じゃないから目開けろ。」
「じゃあ幽体離脱してる。」
「体起こして目開けてみろ。ちょっと自分の目で確認してほしいものがある。」
彩香はもう。と言い、頭を左手で掻きながらゆっくりと体を起こす。静也はそんな彩香の目の前に手鏡を向けた。目を開き鏡を確認すると、彩香は目を伏せ顔を背けた。
「______静也顔近いよ。」
「そんなリアクション求めてなかった。」
ああ、やはり口で説明しないといけないのか。と静也は心のなかで呟く。彩香の方を見ると、まだ顔を背けていた。気のせいか、その頬は少し紅潮しているようだった。