#1-2 「アメ」
手鏡を持つ手が震える。
鏡に映る姿はまさしく女の子だ。綺麗な黒髪が腰まで伸び、大きな瞳が鏡に写る姿を見つめる。ふっくらとした唇に少し紅潮した頬、綺麗に切り揃えられた前髪。誰がなんと言おうと、俺の瞳が捉えている人物は女の子だ。そして、俺はこの人物を誰よりもよく知っている。
晴峰 彩香。俺の幼馴染である彩香だ。
なぜこの手鏡は俺ではなく彩香を映すのだ。分からない。痛い痛い痛い。頭が痛い。頭のなかを何者かにかき混ぜられてるようだ。混乱する。これは夢を見ているのだろうか。そうだ夢なんだ。きっと、次に目が覚めた時には何もかも元通り。
一人混乱する静也を心配そうに見つめる先生。手鏡を持ったまま固まり、冷や汗を流す少女の顔を覗きこむ。自分の体に視線を落とした時からなにか様子がおかしい。
「ど・・・どうしたの?なんだか顔色が悪くなってるみたいだけど、大丈夫かい?」
少女に話しかけるも答えは返ってこない。なにか話してくれないことには彼女の容態も分からない。どうしたものかと考える先生に、少女から先ほどの答えでなく質問が返ってくる。
「・・・俺の体は?」
「・・・はい?」
「だから・・・俺の、体・・・。彩香のじゃなくって、俺の・・・」
「き、君は彩香ちゃんだよね・・・。」
少女はなにかに混乱しているようだが、一体どうしたのだろうか。私も混乱している。口調がまるで男のようだ。
少女は鏡から目をそらさずに、そよ風に流されてしまいそうな小さな声で質問を続ける。
「俺は、彩香じゃない・・・静也だ。」
「・・・大丈夫かい?多分君は事故で記憶が混乱しているんじゃないかな。
疲れてるだろうし今はゆっくり寝て、次起きた時に事故のことを話そう。」
「____事故?」
彼女はポツリと呟くと、それ以降おとなしくなった。きっと事故のショックで記憶が混乱しているのであろう。だとすると、もう一人の男の子のほうも・・・
かぶりを振り、いたらぬ思惑をかき消す。そうそう起こることではないのだ。頭に強い衝撃を受けているのだから、記憶が少しおかしくなってもしょうがないだろう。むしろ、記憶喪失にならずに済んで良かったと思うべきだろう。