チョコへの覚悟
バレンタイン企画(個人的な)として書きました。
ヴァレンタイン。男子はチョコが貰えるかどうかに一喜一憂するらしいが、チョコを上げる側も大変だ。義理チョコならまだいい。本命に託すとなると、色々な事が頭をよぎる。
チョコに気持ちを込める。言葉としては素敵だが、玉砕したらその努力は水の泡だ。第一、そんな重い気持ちのこもったチョコ、相思相愛でなければもらってもひたすら重いだけだ、と私は思う。それは合理的じゃない。合理的じゃない事は私の理にそぐわない。さらに料理が苦手な私だ。手作り料理なんてもっての他だ。それなのに────。
「往生際悪い」
悪友の佐知が苦笑して応じる。その他、多数の女の子がひしめき家庭科室でチョコ作りに勤しんでいる。
図書委員会主催、学校公認ヴァレンタインチョコ講座なるものが現在、開催されていた。校風が自由すぎる。それ以前に何故、図書委員が? という感じだが、料理クラブと共催という位置づけになってるらしい。
講師は図書委員長。彼は料理────特に、お菓子作りが趣味との事で、教師・生徒混じり、女子会の様相を示している。そこをサポートする同じ図書委員の弥生が、フォローしながら回っている。単純にチョコを作りたい人、本命に全身全霊で頑張っている人、興味本位、それぞれがこのイベントを満喫していた。
「チョコ作っても、私のはマズイよ」
本音を佐知に漏らす。私は料理が苦手だ。
「うん、知ってる」
にこっと笑って、何を今さら? という目で返す佐知。
「でも、小菜、卒業近いよ? このまま終わる?」
死刑宣告に近い言葉を突きつけられて、私は言葉に詰まった。
「秋庭君は小菜を待ってると思うけど?」
「うるさい!」
「まぁ、本当は男の子から欲しいよね、そういうサインは」
「だから私達、そういう感情は────」
「ない?」
「うるさい」
不機嫌に言う。高校の1年から現在に至るまで、同じクラスで席が近いを繰り返したのは何の縁か。おまけに委員会や係まで一緒で、どこかほっとする相手にいつのまにかなっていた。佐知以外、人との交流が苦手な私が、唯一まともに話せる相手かもしれない。
ただ踏み切れない理由があった。
この委員長と同じく、料理が趣味のあいつと。数字や英語には近いが、まるっきり料理が苦手な私と。まるで吊り合わない。
卒業後、ヤツは料理系の専門学校へ行くと聞く。私はかたや理系大学へ進学し、研究者を志している。そもそも、並んで一緒にいて、可愛くもない私には、高嶺の「君」のような気がする。
「チョコ、焦がさないようにお願いしますね」
突然、図書委員長に声をかけられて、ビクンとした。テキパキとそれぞれに声をかけている。慌てて、鍋のチョコをかき回す。
「急がなくていいですよ、ゆっくり。ムラになってもいけないから」
「愛情を込めて、ってやつ?」
皮肉口調になっている自分がいて、ますます自己嫌悪だ。空気を悪くさせていると思う。柔和な委員長は、弥生と付き合っているのは公認の事実だが、それでもファンが多いのは裏事情だったりする。柔和だが、目が笑って無い様は同じ理系脳を感じる。どこか線を引き、その後ろで冷静に見ている感じだ。きっと、本音や弱音を漏らせるのは、サポート役の弥生なんだろう、と思う。今回の講座の進行を見ていても、二人は息がぴったりで、見ていて羨ましい。
「愛じゃ料理はできないですよ、先輩?」
委員長がニッと笑った。私は目を丸くしたのが自分でも分かった。
「料理は理詰めなんです。生チョコはチョコの分離が一番厄介なので、じっくりやらないといけないダケ。まぁ、愛情はあった方がいいとは思いますけどね?」
「大君、折角のヴァレンタインに身も蓋もないよ」
図書委員の弥生がやって来て、さらりと苦情を言う。そしてまたすぐに去っていく。アドバイスを次々に各テーブルに投げかけていく。その上で、委員長に進捗を報告し、また委員長も的確な指示を出していくものだから、遅れる人もなく展開がスムーズだ。
(いいなぁ)
率直な私の感想。二人の息────呼吸の合わせ方が、本当に絶妙で、羨ましい。
「僕もどちらかと言うとヴァレンタインは不要論者なので、気持ちがわからなくもないですよ」
再び図書委員長に声をかけられ、顔を向ける。
「義理なら無駄な社交辞令だし、本命なら重すぎるチョコ。元々はチョコメーカーのセール戦略だし、宗教感覚の無い日本では無駄な行事」
「同感。なのにチョコ講座なんかするんだ?」
「女子の皆さんが、弥生を扇動してくれたおかげでね」
「委員長も彼女にはかなわないと」
「ご明察」
クールに眈々と返す後輩に、呆気に取られる。彼女優先とかそんな素振りは見せないのだが、意外といえば意外なイメージだ。
「で、先輩はどうしてチョコを?」
という委員長の唇が小さく笑んだ。見透かされている感がある。私が無言────ひるんでいると、彼はペースを崩さずのんびりと追い打ちをかける。悪魔的な笑顔で、だ。
「踊るにしろ、踊らないにしろ、行動した者は強い。重いチョコって言うけど、それくらいの覚悟をもって渡すんだから、相手だって覚悟がいる。だったら虜にするようなチョコで、相手を掴んでしまえばいい。気持ちと味の両方で攻めるイベントとしては、最大にして最強かなと思ったりしますけどね」
「い、言うね、委員長君?」
たじろぐ。佐知がニヤニヤ笑っている。これはどうやら、彼を巻き込んでの最大の作戦だったらしい。
「いえ、差し出がましい一言でした。と、そろそろいいかな?」
チョコを見て言う。無造作に火を止める。
「弥生」
名前を呼ぶ。彼女は大きく腕で丸を作った。各グループは終了したらしい。委員長は何でも無かったかのように、前へ向かった。
「佐知、あんたねぇ」
睨むが、悪友もどこ吹く風だ。
「強心剤になったでしょ?」
とニヤつきを止めない。いきなり接点をもたない人から説教を喰らって、驚愕だがそれだけ彼女が、私(達)を心配してくれていたのも分かる。
このままでいいのか?
私は深呼吸をした。覚悟を決めよう。いつまでもモヤモヤのまま、この感情を引きずってオシマイにするのは、嫌だ。だったら────
◆
────2月14日────。
「秋庭、ちょっといい?」
勇気を出して声を出す。心なしか声が掠れていた気がした。退けない、もう退けない。
「お? 調度良かった。僕も森下に用があったんだ」
秋庭は眼鏡を直しながら、さっと私の机の前に包みを出した。
「バレンタインだからチョコ作ってみた。味見してくれる?」
「は?」
「それと、先に言っておく。森下小菜、僕は君の事がずっと好きだった。答えはチョコ食べてからでいいから、いつか聞かせて────」
「バ、バカぁぁぁ!」
私は怒号した。頭はパニック、混乱、錯乱。もうなにがなんだか分からない。渡すつもりだったチョコを秋庭に押し付けて、この場を離れようとした。その手を秋庭が止める。
う、動けない?
「作ってくれたの?」
秋庭が顔を覗きこむ。み、見るな。私があんたを直視できないじゃないか。目をそらす。訳が分からなくて、目尻が濡れているのは何故なのかよく分からない。
「ばか、バカヤロウ、バレンタインで男が女子力高い様を見せつけるなんて、いやがらせかっ!」
「そんなつもりは無いんだけど?」
秋庭は困った顔で苦笑をしつつ、私のチョコの包装を撫でた。
「ありがとう」
ニコニコして秋庭が言う。もうダメ、私はダメだ。こいつはいつもそうだ。なんだかんだで一緒にいながら、ギスギスした私を解いていく。不器用な私をそっと支えてくれる。どんな行事の時も、何気ない日常生活でも。
「あんたのに比べたら、まずい」
そっぽ向く。素直になれない。そのくせ秋庭、コイツは素直すぎる。
「森下が作ってくれたんだ。それが一番。」
「…………」
もうだめ、もうだめだ。誰もいない教室で良かった。涙腺が崩壊している。それを何でもないように抱き締める、秋庭祐太。
「バカヤロウ」
「うん、心地いいね」
「マゾか」
「森下に付き合うとなったら、マゾでないとやってられないね。本田の苦労察し申し上げたい所だよ」
と、この場で佐知の事まで持ち出す。
何を言ってもダメだ。
だったら、せめて────。
私は秋庭の背中に手を回して、距離をより近くへ求めた。近くて遠いとずっと思ってた。それが今、こんなに近い。
そして、図書委員長君が言っていた────
────虜にするようなチョコで、相手を掴んでしまえばいい。
その言葉通り、さらに虜にされた私がいた。だから心のなかで毒づく。
(秋庭のバカヤロウ。)
とことん素直になれない、でも少し素直になれた私がいて。秋庭に本当に美味しかったと言われた時、また泣いてしまった私だった。
ちょっと、久々だったのでイマイチ感がありますね。また頑張ります(笑)