傘になって
雨がうっとおしい。
受験勉強の最中じゃ、雨音に耳を傾ける余裕もない。まして人に構ってる余裕もない。もう追い込みなのだ、センター試験が近い。
だから目を開けたまま閉じる勢いで通過しようとして、足が竦んだのか動かなかった。
同じクラスの中里か。公園のベンチで膝を抱えてずぶ濡れに身を任せている。尋常じゃない雰囲気を感じる。寄せ付けない空気は殺気にも似ていた。
何かあったんだろうな。
何もない方がおかしい。中里はクラスの女子の中でも飛び切り明るい。運動センスはあるが勉強のセンスはやや、という典型的なスポーツ女子だ。つまり文科系の僕とはあまり周波数があわない。だから余計に気が進まない。でもちょっと放っておけない。なんとなくそんな事を思う。
だから、自分にできる事は声をかけることだった。
「中里…さん?」
「放っておいてよ!」
言うや否やの激昂の固まりに、僕は沈黙した。ただ、そのまま放ってもおけない。
知識は身を助くる。これが僕の信条で、簡易サバイバルセットのようなものをかさばらない程度に持ち歩いていた。
その中に麻紐があったので、彼女に睨まれないようにそっと傘をベンチに括り付けた。
何でそんなことしてるんだろ?
自分でもよく分からない。
哀しい事があったのならなおさら体が辛いじゃないか。余計にこたえるじゃないか。多分、そんな所。
彼女の哀しかった理由には興味がない。ただ何らかの接点があるので、見過ごす訳にもいかないし、どう接して何ができるわけでもない。
たまに雨に濡れるのも悪くない。
「ばか」
彼女の呟きが雨に混じった。どちらにせよ、僕には何もできない。
僕は盛大なくしゃみをした。
そして呆れ顔の中里が、僕の部屋にいる。なんだこのシチェーションは?
「ばか」
一昨日と同じ台詞を中里は言う。
「だいたい、鷹橋には関係なかったじゃない?」
僕はくしゃみで応えた。それ所じゃない。
「だいたい軟弱すぎる、あれぐらいの雨で」
ため息。それは僕も同感だ。
「あの、中里さん、風邪伝染るから帰った方が・・?」
「両親は共働き、ろくにご飯食べてない、挙句、養生しないで本ばかり読んでるお馬鹿さんじゃなきゃ、すぐにでも帰るけど、ね」
じと、と睨む。
中里が僕の額に手を当てた。
「別にたいした事なかったんだけどね。あいつが二股ぐらい、分かっていた事だったし」
僕は沈黙を守った。
「でも鷹橋が風邪引いちゃ、意味ないでしょ?」
ごもっともである。
「それにああいう時は、あんな小細工いいから傍で話しを聞くってのが、テンプレでしょ? 結び目解くので、余計に雨に濡れたわ」
と言う割にはなんだか楽しそうだった。
「慰めるとか苦手なんで」
僕はぶっきらぼうに答えた。
「慰められても、あの時ならウザいね、確かに。でもあの結び目の方がうざい」
笑いながら言う。それを言いに来たのか?
ソッチのほうがうざいぞ? とも思ったが、その時の僕は中里の笑顔が今まで教室で見た以上に可愛かったので、つい見惚れていた。
ただ、それだけだが。
「とりあえず、水分。ポカリ飲め」
「んー」
「まず300CC、これノルマね?」
「は?」
「その間にお粥作ってくるから、絶対飲む事。それから」
「ん?」
「鷹橋痩せすぎ、もっと食え。女子としてむかつく」
「そんな事言われても・・・」
「だから私が作ったの残さず食べろって、事。分かった?」
「あ、あの」
「私が作ったら不満?」
「い、いや、そうじゃなくてーーーー」
「じゃあ何?」
ぐっと中里が僕の顔を覗きこんだ。ち、近い。距離が近い。
「私は借りを返したいだけだから」
中里はそう言って立ち上がる。
い、意味が分からない。動悸の意味も。動悸するという事は心拍数があがった、という事であるけれど。自分自身の意味が分からない。
僕の部屋を出て行く前の一瞬の中里の言葉は、柔らかい笑みでやっぱり
「ばか」
だった。
ブログで習作として何気なく書いたので、特に何も考えてない。
間違ってブログ編集で消してしまったので、まぁこっちに。