RunRunRun
個人テーマ「運動会にお父さんが来ない」で書いてみました。
自分が子どもだ、と思った瞬間だ。実際子どもなんだけど。
煮え切らない。不消化になってる感情がなおさら締め付ける。自分の青さと我儘加減に溜息が出るが、それを飲み込めず消化できない。
小学校最後の運動会は、完全に後ろ向きな感情に支配されている。
つまんないな、と言う言葉が何回も出る。言葉で、心内で。リレーの結果に一喜一憂するクラスメートを尻目に、冷めた目で見やった。
頭では分かってる。でもココロではわからない。
運動会にお父さんはこない。
そんなことは2ヶ月も前に分かっていた。だから覚悟もしていた。
お母さんは物心ついた時からいない。いないのが当たり前だからそれは苦じゃない。ただ見て欲しい人に見られなかった切なさがある。
と派手に転んだ男の子がいた。
どよめき。
勝利の歓声と敗北感。両方の声が入り混じって。
弾けるように、声を振り絞った。
「がんばれぇ!!!!」
一瞬、男の子がこっちを見た。見てる場合じゃないよ。舌打ちをする。いてもたってもいられない。
「走れ! 走れ走れ!」
叫んだ。男の子が走る。全力で。結果はしれている。勝つのは無理だ。でも私の声に幾重の声が重なった。
「江梨?」
私の名前をクラスメートの花林<カリン>が呼ぶ。私が沈んでいた理由は知った上で、触れないでいてくれた。花林にはお父さんとお母さんが来てくれている。多分、彼女なりに私に複雑な気持ちで気遣ってくれた。それも分かるから彼女に悪いと思う。だが、今この瞬間全てが吹っ飛んだ。
「いっけぇぇぇぇ!」
私の声が通じた訳じゃないと思う。でもあの子は全力で走った。追いつきはしない。それがわかっているが、足を緩めない。ゴール。最終着ながら拍手が巻き起こった。
やりきった、あの子は。
私も拍手をした。やりきってない私がここにはいる。
「なんだ、やる気になったか?」
つっけんどんな口調。振り返るまでもなく、私は頷いた。こいつに見透かされるのは悔しいが、今日は何を言ってもダメだ。だって自分自身の子どもっぽさを露呈させてしまったのだから。
「葉月」
私はヤツの名前を読んだ。保育園からの腐れ縁で喧嘩しかしてこなかったヤツだが、何故か気付くとヤツが傍にいる事が多い。
「なんだ、弱虫?」
「出場名簿から私を外してってお願いしたよね」
「あぁ」
「あれ、戻して」
「嫌なこった」
「いいからやれ、ハゲ」
「俺のはハゲじゃなくて坊主刈りだって言ってるだろ!」
「ハゲハゲ」
「二回も言うな弱虫!」
怒った感じではない。言葉はお互い悪いがジャレアイに近い。花林はおどおどしながら私達のやり合いを聞いている。
「戻せもなにも、お前をメンツから外してねーよ、最初から!」
「へ?」
私は少し間の抜けた顔になったはずだ。
「誰がお前の足を埋めるんだよ。唐<カラ>か?」
と葉月は花林を見るが、花林は全力で横に首を振って辞退した。
「唐は騎馬戦、頑張ったろ。でも弱虫、お前はまだ何もしてねーぞ」
「個人戦は走ったよ」
「クラス対抗の話しだよ。しかもあんなやる気の無い走りで、やったとか冗談でも言うなよ?」
「・・・・・」
実際その通りなので、返しの言葉も出ない。
「学年クラス対抗リレーの最後。お前、やれよ。アイツの分も挽回するぞ」
「え?」
そうか。そういう事か。葉月のお節介はキライだが、勝負にかけての真剣さはさすが、と思う。成績ボードを見やる。我が2組と3組が並んでる。学年対抗は次の6年リレーの部で決する。
「葉月」
「あ?」
「ありがとう」
私はそう言って足首のストレッチから始める。花林があっけにとられた顔で私と葉月を見比べる。葉月は答えない。花林が葉月の顔を見て、微笑んでいた。私にはよく分からない。分からないが、走る。全力で。それ以外にない。もうお父さんが来てない運動会も、どうでもよくなった。
「バトン落とさないでよ、ハゲ」
「ハゲって言うな!」
そんなに真っ赤になって怒らなくていいと思うのだが? 花林は私達のやりとりに呆れ顔だ。かまわず私は涼しい顔でストレッチを続けた。
速いじゃない。
葉月の走りはさすが。我が校野球クラブの盗塁王なだけはある。逃げ足が早いだけと言ったら、彼は怒るだろうか? 野球クラブで坊主頭も今時少ないが、汗かきの彼がゲームに専念する為に自分で剃った事を、私は知っている。
前は「ハヅ」と呼んでいた。彼は私を「弱虫」と言うが、彼のほうが泣き虫であった事をあえて、言わない。
別に何かの繋がりがあるわけでもないのに、葉月は私にふっかけてくる。イチャモンとも言えるし、じゃれあいとも言える。なにかの時に彼を守って守られた。それ以外に言葉は無いのにだ。
私はバトン受け取りにむけて、姿勢を整える。神経を指先に。
バスケットボールクラブの瞬発力を。今、ここで爆発させる。
あの子は全力で走った。
葉月が全力で私に向かっている。
お父さんは今日こない。
でも、私は走る。
あの子の頑張りがバトンに活きている。
だから私はここに立った。名目を並べて見たところで、情けないままの自分が嫌だ。全力で走ったあの子が輝いていた。
だから。
「行ってこい、嶋原!」
ハヅの声。バトンが吸い込まれるように私の手に収まる。
さすが。
そして思うより前に、私の足は駆けていた。
「江梨、いけぇぇぇぇぇ!」
花林の声。
「先輩、お願いします!」
あの子の声が。前、前、前。
走者はハヅが、他のみんなが大分引き離していた。でも他の走者もこの周回はアンカーだ。追ってくる存在感を感じる。
「江梨!!!!!!!!!」
聞こえた声に耳を疑った。
うそ?
-------考えるな。全力で走れ、走れ、走れ。
突破。歓声。どうなった?
それよりあの声。
校門の入り口で立っているスーツ姿のむさ苦しい姿。笑みがこぼれた。
『2組1位!!!!!!!!!!!』
マイクから司会の放送クラブの声。
拍手。歓声。拍手。最早、喧騒にも近い程に。同じアンカーの競争相手が私の肩を軽く叩いてくれた。ハヅと目があう。素直に笑ってくれている。悔しいが、悔しいが、今日は葉月のおかげだった。そしてあの子のおかげだった。
汗、動悸、鼓動、灼熱の眩しさ、目眩? 全てがぐじゃぐじゃな感覚の中で、結果よりも喜びに溢れた自分がいた。
「ハヅ」
「な、なんだよ」
「ありがとう」
今日は素直に言えた。
「江梨、お前もな」
ハヅが声を返した。悪態のアダ名でも苗字でもなく、名前で。
言葉を葉月に返そうと思ったが、クラスメートや下の学年の子達が私達を囲んでいた。
もう後はもみくちゃだ。
お弁当を開ける。
蓋の内側に、貼り付けてあったメモを見やる。
「がんばったな」
お父さんが声を出して、その一文を読んだ。
「う、うん」
「間に合わないかと思って、貼り付けておいたが結局間に合った」
「うん」
卵焼きを頬張る。恥ずかしい。色々と。隣に座って、もくもくと弁当を食べてる葉月と、そしてあの子がいる。
皐月君というらしい。葉月に弟がいたなんて、聞いてない。
「神原君達も頑張ったんだろ?」
「まぁ、そこそこに」
気まずい。非常にきまずい。
「・・先輩がカッコ良かったです!」
皐月君が言ってくれのが気恥ずかしく、葉月は仏頂面のまま。
お父さんはそれを見て、ますますニコニコ顔で、私が気まずい。
「神原君のご両親は、ラーメン屋さんだから大変だな」
「慣れてますから大丈夫です。声をかけてくれてありがとうございます」
淡々という葉月。にっこり笑う皐月君。よくわからない。ただこれだけは葉月に言わないといけないか、と思った。
「なんか、ごめん」
「は?」
「んー。私が一人、不幸みたいな。それって何も考えてなかった」
「・・おじさんの前でいわなくて----------」
「言わないといけないかな、って」
「言うなら、ありがとうがいいんじゃないか」
お父さんが言葉を投げかけた。
私とハヅが顔を見合わせた。
「先輩、ありがとうございます!」
間髪入れたのが皐月君で。
「え?」
「先輩の声で僕、頑張れました。兄さんにかなわないってばかり思ってたけど、なんか走った後気持ちがよくて!」
さらにニコニコ顔の皐月君が、気恥ずかしい。
「それは・・多分、ハヅも最初から勝てる訳じゃないし、努力しているからだよ」
無造作に出た言葉に、ハヅはぽかんとした顔で私を見た。私は少なくともハヅが積み重ねた練習の成果がある事を知っている。
お父さんはさらに笑みを絶やさず、自分のお弁当の唐揚げを頬張っていた。
おおぉ、やっと書けた。
事の発端は、去年娘さん、保育園最後の運動会に仕事でどうしてもけなかった事。
で、前書きに書きました個人テーマ「運動会にお父さんが来ない」で書いてみたら、意外に長くかかった。もう1年更新してません、となろうさんには言われるしw
当初、転んだのは女の子予定だったのですが、皐月を男の子にしてみました。
文系男子が体育会系先輩を振り向かせたい三角関係ストーリーもいいなぁ、とか夢想したらそうなった(笑)
やはり日々、書く事を頭に思い描き、書き続けていく事は大事かも。反省しつつ、まぁお暇つぶしになれば。はい。