愛を占う(占)
風間は「相澤プロダクション」ビルに向かって歩いていた。風間は正社員として雇われたので、毎日決まった時間に出勤する事になっている。
今まで借りていた占い部屋は解約した。ほとんどお客が来ることはなかったし、アイドルの「北条圭一」が1度来てから、ファンがまた圭一が来るかとたむろしたりして、ビルにも迷惑をかけていたところだったので、ちょうど良かったのだ。
相澤プロダクションの施設は居心地のいいものだった。通称「相澤食堂」と言われるレストランは、プロダクションに所属している者なら、朝6時から夜中0時まで自由に安い料金で食事ができる。またシャワーも完備され、タレントたちが周りを気遣わずに飲める「バー」まである。それもこの「バー」のマスターは、マジシャンの浅野俊介だ。浅野は元々、このバーのマスターとして採用されたのだという。
ちなみに浅野は契約社員なので、毎日通う義務はない。
(今日は何食べようかなー…)
風間がそう思いながらビルの前の横断歩道を渡った時、胸のポケットに何かを感じた。
「ん?今日はなんだよ。」
風間はビルの前で立ち止まり、胸ポケットから現れたカードを取り出した。
「また「塔」か!何が落ちて…」
そう言いながら上を見ると、毛むくじゃらのモノが顔に落ちた。
風間はすぐにわかった。
「!…ふがふが(キャトル)!」
「にゃあ!」
「ふがふがふ…がふが…ふがふがふが(こめかみに爪が食い込んでる。)」
「にゃんにゃん」
「ふがふがふがふがふがっ!(にゃんにゃんじゃない!)」
風間は頭を起こし、キジ柄の子猫「キャトル」の体を両手で掴むと、そっと離した。
「もおー…キャトル!」
風間はやっと普通に言った。
「お前、どっからどうやって降って来たんだよ!」
「にゃぁ?」
キャトルが首を傾げた。風間が顔を赤らめて言った。
「…くっ首を傾げてもだめっ!…かわいいけど…ごまかされないぞ!」
「にゃんにゃん♪」
「~~っ…だめだっ可愛すぎる!」
風間はそう言って、キャトルを胸に抱きしめた。キャトルが「ぎゃーっ!」と鳴いて、風間の胸で暴れた。
……
「ごめんなさいね、風間君。大丈夫?」
専務室のソファーで、このプロダクションの専務であり、北条圭一の義母である、北条菜々子が風間を心配そうに見ながら言った。
ビルの中から、風間がキャトルに胸を引っ掻かれたのを見た受付の女性が、(笑いながらだが)専務室に案内してくれたのだった。
キャトルは時々浅野のマンションにもいるが、本来は北条家の飼い猫である。プロダクションでは、専務室が主な寝床なのだった。
「だっ大丈夫です!」
キャトルに引っ掻かれた傷が痛むが、風間はそれを必死に堪えながら言った。
「シャツにも傷つけちゃって…圭一君に頼んで、同じようなの買ってきてもらうわね。」
「えっ!?あ、いえ…そこまでしていただかなくてもいいです!…元はと言えば、僕がレディーをいきなり抱きしめたのが悪いんですから。」
風間がそう言うと、菜々子が口に手を当てて笑った。
「まぁ!風間君って、おもしろい人ね。」
「にゃあ!」
キャトルはそう鳴くと、菜々子の座っているソファーに飛び乗った。「自分は確かにレディーなのだ」と言いたいようだ。
「キャトル、本当のレディーは殿方を引っ掻いたりしないのよ。もうしちゃだめよ。」
菜々子がそう言いながらキャトルの鼻を突くと、キャトルはぶるぶるっと首を振った。
風間が思わず笑った。菜々子が風間に向いて言った。
「風間君、雑誌の方は好評のようね。」
「ありがとうございます。なんとか続いているって感じですが…」
「本当はもっと他にも何か仕事をしてもらいたいと思ってるんだけど…社長が「黙ってても向こうから来るよ」なんて、呑気なこと言ってるのよ。」
風間は首を振りながら言った。
「そもそも「占い師」なんて地味なものですし、僕は雇ってもらったってだけでも申し訳なくて…。…あ、でも、いただいた仕事はどんなことでもやりますので…。」
「ありがとう。でも、うちのことだから、何をさせられるかわからないわよー。」
「えっ…」
風間はどきりとして菜々子を見た。
「浅野さんだって、イリュージョンショーの宣伝だと言って、天使の格好で道を歩かされたりしてたわよ。」
浅野は元々天使だが、菜々子はそれをコスプレのように思っているのだろう。言いながら笑っている。
風間は想像して、思わず吹き出した。浅野なら、案外喜んでやっていたように思えるが…。
その時、突然キャトルが「にゃあ」と鳴いて、菜々子の膝に前足を乗せた。
「あら、なあに?キャトル。抱っこして欲しいの?」
菜々子はそう言い、キャトルを膝に乗せた。風間は思わず(猫になりたい)などと思ってしまい、慌ててそのみだらな考えを打ち消した。
「にゃあ!にゃあ!」
キャトルは、菜々子の顔を見上げて、必死に何かを訴えている。
菜々子は驚いた顔でキャトルを見ていたが、やがて「はっ」とした顔をした。
「まさか…キャトル…」
「にゃぁ!」
そのまさかよ!…というような声が、風間に聞こえた。浅野はキャトルの言葉を理解できるようだが、風間にも圭一にもわからない。だが、風間は今瞬間的に、キャトルがそう言ったように聞こえたのである。
「まさか…って…なんでしょう?」
風間が菜々子に向いて言った。
菜々子は、困ったようにキャトルを見つめ黙りこんでいる。キャトルも菜々子の顔を見つめていた。
「…あなたは不思議な子ね。キャトル。」
菜々子はそう言うと、何かを決意したように風間に向いた。
「あのね、風間君。…圭一君にも明良さんにも内緒で占って欲しい事があるの。」
「!…なんでしょう?」
風間は、ただならぬ菜々子の様子に緊張しながら言った。
……
「赤ちゃん…ですか。」
風間は少しショックを受けながら、菜々子に言った。
「ええ…。明良さんと結婚して4年になるけど、赤ちゃんができなくて…。圭一君ももちろん、大事な息子だと思っているわ。…でも、やっぱり明良さんと私の結晶というかしら…2人の子どもも欲しいのよ。」
「…圭一さんは、そのことについては?」
「ええ、もちろん知っているわ。圭一君も一緒に待ってくれているの。」
「そう…ですか。それなら良かった。」
「明良さんは急ぐことはないし、子どもがいなくても別に構わないって言ってくれてるんだけど…。それもどこまで本気なのかわからなくて…」
「……」
風間は(かなり深刻な話だな)と思った。今までで一番深刻な問題かもしれない。
風間は菜々子の膝に丸まりながら、自分を見ているキャトルを見て思った。
(キャトル、なんてことをしてくれたんだよー…。まさか、子どもが本当にできるかどうかなんて占わされるんじゃ…)
風間がそう思った時、菜々子が口を開いた。
「私と明良さんの赤ちゃん…できるのかしら?」
風間は(きたーっ!)と心の中で叫んだ。そして、手で目を覆った。
菜々子が不安そうに言った。
「…やっぱり…占うにはきつい内容かしら…」
「…正直、微妙な占いになると思います。占いは予言ではないので、できるかできないか…という結果は正直でるかどうか…」
「…そうよね。」
菜々子はうつむいた。その菜々子の顔をキャトルは見上げ、風間を睨みつけるように見た。
「!」
風間はそのキャトルの目を見て慌てて言った。
「ですが、ちょっと現状がどうか見てみましょう。」
「!…ええ…。」
菜々子が嬉しそうにした。
……
菜々子にシャッフルしてもらった後、風間はカードをまとめ、スプレッドしはじめた。
クロス・スプレッドという、5枚で占うスプレッドである。
1 プラス要素 聖杯9 逆
2 マイナス要素 剣クイーン 正
3 対策 女帝 正
4 解決 聖杯10 逆
5 総合結果 聖杯4 逆
風間はこぶしを口に当てて、カードを見つめている。菜々子もカードを見つめていた。
「…かなり、踏み込んだことを言いますが、よろしいでしょうか?」
菜々子はその風間の言葉に少し驚いた様子を見せたが「ええ」と答えた。
「専務ご自身は、半分あきらめておいでではないでしょうか?」
「!!」
菜々子は驚いた目を風間に向けた。
「…もしかして、ご自身でもお気づきになっていないかもしれませんが…」
「いいえ…。正直言うとそうなの…。もう無理なんじゃないかって…」
「その原因ですが…病院で何か言われたのではないですか?」
「!!!えっ…ええ…」
菜々子がまた驚いた声を上げた。風間は2枚目の「剣 クイーン(正位置)」のカードを指さして言った。
「…実は、このカードはマイナス要素を表すのですが…専務に「婦人性疾患」があることを表しているんです。」
「!!」
菜々子は目を見開いたまま、風間が指しているカードを見た。
「それで専務は、落胆された…。その上で、明良副社長と何か…喧嘩…といいますか、もめ事のような事がありませんでしたか?」
菜々子はその言葉を聞いて、両手で顔を覆った。キャトルが「にゃぁっ!」と鳴いて、風間に向かって「ふーっ」と毛を逆立てて見せた。
風間は慌てて身を乗り出した。
「すっすいません!僕…」
「いえ!いえ、いいのよ!風間君、本当にその通りなの。でも…」
「ええ、でも解決されましたよね。そして、またお2人の愛を深められた。」
風間がそうなだめるように言うと、菜々子は赤い目をこすりながら、微笑んでうなずいた。
「ええ。明良さんの優しさで…」
菜々子のその言葉に、風間はほっとした表情をした。キャトルも毛を収め、また菜々子の膝で丸くなった。
「それで…このカードが最終結果を表すのですが…」
風間が5枚目(聖杯4(逆))のカードを指さした。菜々子は赤い目のまま、そのカードを見た。
「私から見て逆位置になっていますが、実はこのカードは、逆になった方がいい意味を持つんです。気にかけておられる事が、徐々に払拭されていくことを表します。」
「!…」
菜々子が目を見開いて、風間を見た。
「このカードの絵を見て下さい。青年が不満そうな顔で、置いてある3つの聖杯を見ているでしょう?その上、自分に差し出されている聖杯にも気付いていない様子だ。…つまり、満たされているはずなのに、満たされない何かを感じている。」
菜々子はカードに向いて、うなずいた。
「…ええ…そんな感じね。」
「それが、逆になっている…ということは…いつか、本当に満足する日が来る…という意味になります。」
その風間の言葉に、菜々子が微笑んだ。風間は続けた。
「ただ専務ご自身も、この青年と同じです。とても幸せなはずなのに、幸せに思っておられない。」
「!」
「この対策を表すカードは「女帝(正位置)」となっています。この女帝の服をよく見て下さい。ゆったりとした「マタニティードレス」のように見えませんか?」
菜々子は一瞬目を見開き、風間にむいて「ええ」と言った。風間はうなずきながら言った。
「実は、この女帝は「妊娠」しているんですよ。」
「!!」
菜々子は両手で口元を覆った。風間は続けた。
「つまり、明良副社長に変わらぬ愛情をずっと注いでいれば、きっと望みは叶いますという意味なんです。」
菜々子は両手で顔を覆った。キャトルは菜々子を見上げたが、今度は風間に優しい目を向けた。
風間は(ゲンキンな奴)とあきれ顔でキャトルを見た。
「それから、明良副社長の本心がわからないとおっしゃっていましたが…」
「!…ええ…」
「今、見てみましょう。」
風間は調子に乗って、カードをまたまとめ始めた。
そしてカードをカットすると、もう1度、菜々子にシャッフルを頼んだ。今度は「明良」のことを思ってもらいながら…。
風間はカードをまとめ、スプレッドした。
3枚で占う「スリーカード・スプレッド」である。前に秋本を占った「ナインカード・スプレッド」の簡略版である。
1 表面意識 聖杯8 正
2 中間意識 聖杯3 正
3 潜在意識 皇帝 正
「んー…副社長もあきらめているようなご様子ですが、希望を捨てたわけではないようです。」
菜々子が嬉しそうな表情をした。風間は微笑んで言った。
「それも、専務との生活をとても幸せに思っていらっしゃいます。副社長ご自身がおっしゃっていたように、急いでもいない。今は準備期間だと思っておられます。」
「…そう…良かった…」
菜々子はまた涙ぐみながら言った。風間が顔を上げて言った。
「…副社長って、実は結構、頑固な方じゃないですか?」
「ええ…そうかもね。」
菜々子がうなずきながら言った。
「でしょう。…明良副社長はまさに…」
風間は3枚目のカードを指して言った。
「皇帝…そのものじゃないでしょうか?」
菜々子は涙ぐんだまま、くすくすっと笑った。
……
「頼むよ、キャトルー…ほんとどうなるかと思った。」
風間は、非常階段に腰を下ろして言った。風間の隣でお座りをしたキャトルが「にゃあ」と鳴いた。
「にゃあじゃないよ!…ほんっとに、焦ったんだからな!」
「にゃんにゃん♪」
キャトルはそう鳴くと風間の肩に飛び乗り、頬ずりをした。風間は何かを耐えるように目を閉じて言った。
「くーーっ…ごまかされるものか…可愛いけど、僕はごまかされないぞ…ごまかさ…」
キャトルは風間に頬ずり続けている。
「やっぱり、可愛いーーーーっ!!」
風間がいきなりそう言い、キャトルを胸に抱きしめた。キャトルが「ぎゃーっ」と鳴いて、風間の胸をがりっと引っ掻いた。
「いったーーーーーーーいっ!!」
風間の声がビルの裏に響いた。
(終)
……
最後のカード「皇帝」正位置の意味。
「意思が強い」「父親」「夫」を表わす。逆位置では「無責任」「ワンマン」となる。
では今回の占いを、新人占い師「風間祐士」がご説明しましょう。
さて、今回は痛みを伴った(^^;)大変な占いでした。
愛する人との結晶が欲しい…。それは女性にとっては切実な願いなのだと胸が痛みました。(キャトルに引っ掻かれた痛みじゃないですよ(笑))
でも、生まれるかどうか…というのは、占いで確かめるものではありません。菜々子専務にも言いましたが、占いは「予言」ではありません。あくまでも「予測」です。
このままの状態で続いた場合、どうなるか…と予測するもので、途中の環境の変化などで、いくらでも「未来」は変わります。
今回は「クロス・スプレッド」を使いました。本来は大アルカナだけで占うものです。
でも僕はより詳しく占うために、フルセット(78枚)を使いました。…しかし、菜々子専務の占いに「女帝」が、明良副社長の占いに「皇帝」が出たのには驚きました。どちらもいいカードです。お2人がお似合いなのをカードも認めているのでしょう。
この占いも、恋占いしかり、運勢しかり、何でも占えます。ただ5枚では少ないような感も否めません。その場合は、最終結果の追加として、6枚目をスプレッドして構いません。5枚目のカードではっきりしなかった場合などにやってみてください。
タロット占いは、そんな自由さがあります。基本のスプレッドはありますが、それに固執する必要はありません。占い師ごとに作成されたスプレッドもたくさんあります。僕はそこまで行くにはまだまだですが、「風間スプレッド」なるものを、いつか編み出したいと思っています。(しかしいつになることやら(--;))
では、また次回にお会いいたしましょう!