通りゃんせ(占)
真夜中の高速道路-
1人の青年が、あくびをしながら車を運転している。
「あー…運転に飽きてきたなー」
青年はそう言いながら、ハンドルを握っていた。遠距離恋愛の彼女のいる大阪からの帰り道だ。やっと首都高速に入ったところなのだが、眠くて仕方がない。
「でも、こんな生活ももうすぐ終わりだ。…結婚式まであと少し…」
青年はそう呟いて、またあくびをした。
その時、カーナビから歌声が流れた。悲しい旋律の歌である。音が小さいので青年は思わず耳を澄ました。
『こーこはどーこの細道じゃー…天神様の…』
青年の体に戦慄が走った。同時に危機感を感じ、青年はブレーキを踏んだ。だが、何故か逆に車のスピードが上がった。はっと足を見るとアクセルを踏んでいる。慌てて足を離し顔を上げると、幾何学模様の入った壁が立ちふさがっているのが見えた。
「!!」
青年は慌ててブレーキを踏み直したが、止まり切れずにその壁に衝突した。轟音が鳴り響いた…。
……
翌朝-
「高速道路で突然車が大破…」
浅野が新聞を広げて呟いた。向かいのソファーにいた圭一が驚いて顔を上げた。
「突然車が?」
「ああ…。後ろにいた車の運転手の証言によると、前を走っていた車が急にスピードを上げ、何かにぶつかったように大破したって…。」
「…風間さんに見てもらうべきでしょうか?」
「ああ、そうだな。…悪魔の臭いがプンプンするものな。」
圭一はその浅野の言葉にうなずくと、ジーパンの後ろポケットから携帯を取り出した。
……
「ああ、僕も今、テレビのニュースで見てたところなんですよ。」
風間はカウチソファーに寝転びながら(えらそうに)、携帯電話を耳に当てて言った。
「確かに怪しいですね…。テレビでもその現場が映っていましたが、その時は特に何も見えなかったです。…はい、そうしていただけると助かります。いつ行きます?…なるほど…確かに事故のあった時間がいいでしょうね。はい、じゃぁ0時にアパートの前で待ってます。」
風間はそう言うと、携帯電話を切った。
……
同日 夜中-
「えっ!?圭一さん、いつの間に免許を取ったんですか?」
風間が、浅野の車の助手席に乗りながら言った。運転席で圭一が照れくさそうに笑っている。
「昨日取りたてですよ。2週間で取りました。」
「すごいー!」
風間はそう言いながら、シートベルトを止めた。後ろの席で浅野もシートベルトをはめている。
「いきなり高速道路はやばいかなと思ったけど、圭一君、バイクには乗れたから大丈夫だろう。」
浅野のその言葉に、風間は圭一が暴走族にいた事を思い出した。
(いまだに信じられない…)
風間がそう思っていると、圭一は「行きますよ。」と言い、バックミラーで後ろを確認しながら方向指示器のランプをつけた。
……
圭一の運転は快適だった。止まる時もゆっくり止まるし、発進もスムーズだ。昨日取りたてとは思えないほどのハンドルさばきで、高速道路に入って行った。
夜中の高速道路は、昼とは違い不気味に静まり返っている。事故現場にはまだだが、何かぞっとする感じを3人とも感じていた。
「ザリアベル呼ぶんだったなぁ…」
後部座席で浅野が呟くように言った。圭一がバックミラーで浅野の顔をちらと見ながら言った。
「浅野さん、ザリアベルさんは魔除けじゃないんですよ。」
風間がその圭一の言葉に笑った。
すると、浅野の横に突然ザリアベルが現れた。
「呼んだか?」
「ぎゃーーーっ!!」
浅野が声を上げた。風間と圭一も同じように声を上げて驚いたが、すぐに笑い声に変わった。
圭一が笑いながら言った。
「もーザリアベルさん…やめて下さいよー!…心臓止まっちゃう…」
「呼ばれたような気がしたからな。」
「いえ、呼んだわけじゃないですけど…呼べば良かったって話をしてまして…」
浅野が胸を押さえながら言った。ザリアベルは何かニヤニヤしながら、シートベルトをはめている。
風間が振り返り、ザリアベルに会釈をした。
「ザリアベルさん、お久しぶりです!」
「ああ、久しぶり。花見の時以来か。」
「そうです。本当は今日もお呼びしたかったんですが、前にザリアベルさんを呼ぶのは「1回限り」って約束しちゃったから、だめかな…と思いまして。」
「そう言えば、そんなことを言ったか。別に気にしなくていい。こういう楽しい事は好きだ。」
「楽しい事ですか。」
風間がそう言って笑い、前に向いた。浅野が不気味そうにザリアベルを見た。
圭一がバックミラーでザリアベルをちらと見てから言った。
「ザリアベルさん、今僕達が何をしようとしているか、もうおわかりなんですよね?」
「ああ…。あの事故は恐らく悪魔の仕業だろう。風間がいるから、俺は手を出さずに見物させてもらうよ。」
「ええーっ!?そんなこと言わないで下さいよ!」
風間がそう言い、再びザリアベルに向いた。ザリアベルはにやりと笑いながら言った。
「俺は魔除けで充分だ。」
そのザリアベルの言葉に、浅野がザリアベルから体を避けるようにして言った。
「怒ってるっ!?ザリアベル、怒ってる!?」
「怒ってない。」
「だって怒ってる顔してるじゃないですか!」
「これは、元々だ。」
「あ、そうか。」
その2人の会話に、風間と圭一は思わず吹き出した。何かまとわりついていた恐怖が無くなっていた。
(ザリアベルさんは、本当に魔除けなのかもしれないな。)
風間はそう思った。
……
「ここですね…」
圭一が、側壁に沿うように車をゆっくり止めながら言った。
浅野がシートベルトをはずし、車から降りた。風間とザリアベルも降りている。
圭一はシートベルトをはずしながら、ハザードランプをつけ、自分も降りた。
「うわー…星が綺麗だなー…暗いとこれだけ見えるんだな。」
浅野が空を見上げて、そんな呑気な事を言った。ザリアベル達は苦笑するように笑った。
「車は全く通りませんね。」
圭一はそう言いながら、高速道路を渡った。そして、薄く消えかけたチョークの痕を指差した。
「ここですよ。車が大破したの。」
浅野と風間も圭一の傍に駆け寄った。ザリアベルは、車にもたれて腕を組んだまま動かない。本当に手を出さないつもりのようだ。
「いきなり大破か…。魔術でも掛けられたかな。」
浅野がそう言いながら、辺りを見渡した。悪魔の気配すら感じない。
その時、小さくアップテンポの音楽が聞こえた。
「何だ?」
3人が振り返ると、ザリアベルの声がした。
「車だ!こっちに戻れ!」
浅野達は慌てて、ザリアベルに駆け寄った。
ザリアベルが黙って、徐々に近づいてくる音のする方向を見ている。
「かなりのスピードだな。風間の術じゃ間に合わん。」
ザリアベルがそう呟いた。浅野達が驚いて、車から体を離したザリアベルを見た。
ザリアベルは道路を渡りだした。
「ザリアベルさん!」
圭一が思わず駆け寄ろうとしたが、浅野が止めた。
「ザリアベルに任そう。大丈夫だよ。」
浅野の言葉に圭一は「でも…」と言いながら、不安そうに道路の間中に足を広げて立つザリアベルを見た。
風間はしっかりと目を見開いて、ザリアベルを凝視している。
(ザリアベルさんには何かが見えているんだ。…僕はやっぱりまだまだだな…)
その時、大音量で音楽を鳴らしている車がかなりのスピードでザリアベルに向かって走ってきた。風間は一瞬見えたその車の中の様子に驚いた。運転席と助手席に座っている男女が、強く目を閉じている。 ザリアベルは片手を差し出した。
その途端、ザリアベルの背後に幾何学模様の入った壁が出現した。
「!!」
「何!?あれ!」
風間がそう言ったとたん、車はザリアベルの前で突然消え、壁の後ろから飛び出した。
「ほらーっ!何もなかったじゃないかー!」
「みんなばっかみたい!明日自慢してやろうよ!」
「いいねぇ!」
走り去る車の中から大音量の音楽と共に、そんな若い男女の笑い声がした。
風間は(怖くて目を閉じていたくせに…)と、独り苦笑した。
助手席の窓から、女性が腕を出し振り回している。車は更にスピードを上げ、遠のいて行った。
ザリアベルが壁に振り返り、その壁の上を見上げた。
「お前…何のためにこんなことをしてるんだ?」
すると壁が消えた。
「…見えないな…」
浅野が呟くように言った。風間と圭一もうなずいた。
ザリアベルはふとこちらに向き、歩いてきた。
「ザリアベルさん、何だったんですか?」
「黒い服を着た女の姿が一瞬見えた。呼びかけたが、すぐに消えてしまったよ。」
「……」
浅野達は考え込むような表情で黙っている。ザリアベルが腕を組みながら言った。
「悪魔かどうかわからないが、明日もこの場所この時間に、また事故が起こる可能性は充分にある。…お前達が出来る事は、明日この時間にもう1度来て、あの壁を壊す事だ。」
「壁を壊す?ザリアベルさんの後ろに現れた壁ですか?」
風間の問いかけにザリアベルがうなずいた。
「あれ、ザリアベルが出したんじゃなかったんですか?」
浅野が驚いて言った。ザリアベルは首を振って答えた。
「違う。あの壁が車を大破させたんだ。俺がさっきしたことは、走ってきた車が壁に激突しないように瞬間移動させただけだ。あの壁は車がぶつかってくる直前に現れる。俺も、その一瞬の間にそれを壊す自信がなかったものでね。」
「そんな…ザリアベルさんが出来ない事を僕達が出来るわけが…」
圭一が言ったが、風間がその圭一の肩に手を乗せた。
圭一が驚いて風間を見ると、風間はうつむき加減に考える風を見せている。
「1つ…方法が。…かなり危険な方法ですが…。」
圭一と浅野が驚いた目で風間を見た。ザリアベルがにやりと笑った。
……
翌晩-
圭一が緊張気味に浅野の車を運転している。助手席には風間が座り、後ろには浅野が座っている。
ザリアベルは姿を現していない。浅野が言った
「もし、風間君の術が間に合わないようだったら、俺が君たち2人を瞬間移動させる。なんとかぎりぎりまで踏ん張ってくれ。」
圭一と風間は同時にうなずいた。風間の喉はからからになっていた。今日成功しなければ、また明日同じ事をしなければならない。それは避けたいと思っていた。
「そろそろです。スピードを上げますよ。」
圭一はそう言うと、アクセルを踏む足にゆっくりと力を入れた。
そして風間は窓を開け、助手席から体を乗り出し、窓に腰を下ろした。
「風間君、気をつけろ!」
浅野の声がした。風間は強風にさらされながら前方を見た。浅野が風間の足を押さえている。
前方には何も見えない。だが風間は進行方向に向けて両手を差し出し、円を形作った。
「祓い陣!」
車の前に陣が現れた。風間は両手を広げ、陣を膨らませた。そして人差し指を額に当てて叫んだ。
「破壊の渦!」
陣は球体から、ドリルのように三角錐に変化した。その先端は前方に向いている。
突然、幾何学模様の入った壁が出現した。
「礼徳の名のもとに祓え!」
その風間の叫びと共に、車が壁に激突したかのように見えた。だが車は無事すり抜け、壁が砕け散った。
「よっしゃあ!」
風間はそう言いながら、車に乗り込んだ。そして運転している圭一と、パンと音を立てて手を合わせた。圭一はブレーキをゆっくり踏み、スピードを落とした。風間が後部座席に振り返ると、天使アルシェに姿を変えた浅野が頭を出したまま、もがいている。
「アルシェ!?何してるんですか!」
「羽根が引っ掛かって出られないー!」
「もおっ!こんな時に何してんですか!瞬間移動でいいでしょっ!」
「あ、そうか。」
アルシェが消えた。圭一が思わず吹き出している。
車から飛び出したアルシェは、弓矢を構えながら辺りを見渡した。何も見えない。
『とーうりゃんせ…とーりゃんせ…』
突然歌声が響いた。アルシェは声を上げて弓矢から手を離し、耳をふさいだ。
「アルシェ!」
止まった車から降りた風間が叫んだ。圭一も車から飛び降りるようにして、アルシェに向かって走った。アルシェは地面に落ち、四つん這いになるようにして両耳を押さえている。
(天使だけ…?)
風間はそう思いながら、アルシェの背に手を乗せた。
『こーこはどーこの細道じゃー…』
声はアルシェをせせら笑うように歌っている。
「鏡の陣!」
風間がそう叫びながら立ち上がり、両手を差し出した。
すると風間は突き飛ばされるようにして、地面に叩きつけられた。
「風間さん!」
圭一は倒れた風間に駆け寄った。風間は背中を強く打ち、起き上がれない。
圭一が立ち上がり、歌う構えになった。
歌は続いている。
『ちょーっと通してくだしゃんせ…』
圭一はその声に自分の声を重ねた。
『御用のないもの通しゃせぬ…』
歌声が一瞬止まったが、また歌い始めた。
『この子の七つのお祝いに…』
圭一は声を重ねて歌っている。その時、黒いドレスの女が姿を現した。
『お札をおさめにまいります…』
女は苦しみ、歌えなくなった。胸を押さえ体を曲げている。圭一は構わず歌い続けた。
「行きはよいよい帰りはこわい…こわいながらも通りゃんせ通りゃんせ…」
圭一が歌い終わったと同時に、立ち上がっていたアルシェが、女に矢を放った。
女は胸に矢を受け、悲鳴を上げながら体を反らせ、チリのように消えた。
圭一が、ふーっと息を吐いた。
風間が顔をしかめながら、ゆっくり体を起こした。
「風間さん!大丈夫ですか!?」
圭一が立ち上がる風間の体を支えた。風間は微笑んで、うなずきながら言った。
「悪魔の通りゃんせは不気味だったけど、圭一さんのは優しく聞こえました。」
「そう?それはうれしいな…」
圭一が微笑みながら言った。
アルシェは浅野に姿を戻し、片耳に指を押し込みながら圭一達の方へ歩いてきた。まだ耳がおかしいように、頭を振っている。
「あー…耳をつんざくって、ああいうのを言うんだな…。」
「お疲れ様でした。」
風間がそう言って、片手を上げた。
「お疲れさん。」
浅野がそう言って、風間のその手にパンという音と共に手を重ねた。その後に圭一が重ねた。
何か手を叩くような音がした。
3人は驚いて、その音のする方を見た。
車にもたれたザリアベルが、拍手をしていた。
……
翌日-
「同じ場所で、半年くらい前に追突事故があったそうだよ。」
浅野がソファーに座り、新聞を広げたまま言った。
向かいに座っていた圭一と風間は驚いて浅野に向いた。
「追突事故?」
「ああ…。夜中…ちょうど同じ時間くらいに…ええっと?…若いカップルの乗った車が、後ろから140キロで走ってきた無免許の少年が運転する車に追突され、追突した方の車に乗っていた3人の少年達と、追突された車の助手席にいた女性は即死、運転席の男性は重傷を負ったが命に別状はなかった…。」
風間と圭一は黙って何も言わなかった。浅野が続けた。
「…その後、重傷だった男性は1ヶ月で退院し、それから半年後に婚約した。…一昨日の事故は、ちょうど男性が結納を交わした翌日で、その死んだ女性の怨念が引き起こしたのではないかと言う噂が立っているという…」
浅野が新聞を下げ、風間を見た。圭一もつられるように、風間に向いた。
風間は黙っていたが、上着のポケットからタロットカードのデッキを取り出した。
そして、自分でカードをシャッフルし、それをまとめるとスプレッドし始めた。
6枚のカードで占う、二者択一スプレッドである。
無言のまま厳しい表情でカードを展開する風間を浅野達は見つめた。
スプレッドが終わり、風間は口に手を当てて、カードを見渡した。
1 女性の過去 剣3 正
2 女性の現在 棒クイーン 正
3 女性の未来 世界 正
4 悪魔の過去 女帝 逆
5 悪魔の現在 剣1 逆
6 悪魔の未来 審判 逆
圭一も浅野も黙ってカードを見、風間が口を開くのを待った。
「違いますね」
風間が言った。浅野と圭一がほっとした顔をした。
風間はカードを見つめたまま続けた。
「亡くなった女性はむしろ、彼の婚約を喜んでいます。そして、彼の婚約が決まったと同時に彼女は天に召されています。では、一昨日の事故の発端はなんなのか。」
浅野が身を乗り出した。圭一も風間を見た。
「あの悪魔の嫉妬です。」
「!?」
風間はやっと顔を上げて言った。
「そもそも半年前のカップルの追突事故も、あの悪魔が起こしたものだったんです。悪魔はそのカップルの仲睦まじい姿を見て、たまたま後ろを走っていた少年達の車を扇動し、追突させたんだと思います。」
「…ひどい…」
圭一が眉をしかめて言った。風間はうなずきながら続けた。
「亡くなった女性の呪いならば、全く関係のない人に呪いをかけても意味がない。婚約した男性に直接呪いをかけるはずです。だが、その男性は結納を無事済ませている。呪われているなら、そうはならないでしょう。一生結婚できなかったかもしれない。」
浅野と圭一はうなずいた。風間が続けた。
「悪魔が、あの場所であの時間に事故を起こさせるようにしたのは、亡くなった女性の怨念に見せかけるためでしょう。一昨日、事故で亡くなった男性も結婚間近だという事でしたし…。」
浅野が「気の毒に」と呟いた。圭一はカードを凝視しながら黙っている。
風間は4枚目のカードを指しながら言った。
「この悪魔の動きを表わすカードを見ると…嫉妬心から自分の力を悪用し事故を起こさせた…と出ています。そして最後には…」
風間は一旦そこで言葉を切り、6枚目のカードに指を乗せて言った。
「審判の逆位置」
風間は、自分を見ている浅野と圭一の顔を見て言った。
「このカードには天使「ガブリエル」が書かれています。つまり天使に悪魔は消滅させられた。それも復活できない完全な消滅です。もう、あの悪魔が現れる事は無いでしょう。」
圭一が拍手をした。浅野も「お見事」と言い拍手した。
風間は照れくさそうに、頭を掻いた。
……
2週間後-
「載りましたよ!風間さんの投稿!」
圭一が女性週刊誌を持って、プロダクションの食堂に入ってきた。
女子研究生達に囲まれて、占いをしていた風間は驚いて顔を上げた。
「あっごめん、占い中だったんですね。」
圭一は、女子研究生達が頭を下げるのを見て、自分も返礼しながら言った。
風間は圭一に「もう少しで終わりますから」と言い、向かいに座っている女子研究生に占いの結果を説明し始めた。
圭一は風間の後ろに立ち、カードがスプレッドされているテーブルを興味深げに覗き込んだ。
風間の説明は続いている。
「…ただ、この結果は、あなたがこれまで通り努力を怠らなかったと仮定しての結果です。また今一層努力すれば、もっといい結果に変わる可能性だってある。カードの中に事故や怪我などのカードは全くありませんし、安心して今後も研究生として努力を続けられるといいですよ。頑張って下さい。」
風間の言葉に、女子研究生は「ありがとうございます!」と頭を下げた。周りの女子研究生達が拍手をしている。
「ごめんなさい。今日はこれで終わりです。あなたの占いは明日にしますね。」
1人の女子研究生を見て、風間が言った。女子研究生は嬉しそうに「はい!」と答えて頭を下げた。
研究生達はそれぞれ「失礼します」と風間と圭一に頭を下げて、食堂を出て行った。
「ふえー…」
風間がそう言いながら、椅子の背にもたれた。
圭一は笑いながら、風間の隣に座った。
「連日大変ですね、風間さん。それも1人や2人じゃないでしょう。」
「これもいただいている給料のうちですよ。それに占いも洗練されるし、僕には願ったりかなったりです。」
「そう言ってもらえると、プロダクションに薦めた甲斐があります。」
圭一はそう言って「そうそう」と、開いてある女性週刊誌を風間の前に置き、赤ペンで枠をしている記事を指し示した。
「載りましたよ。風間さんの投稿…。編集者がコメントをくれています。すぐにでも風間さんの事が話題になるでしょう。」
風間は少しおどおどした様子で、赤ペンで囲まれている記事を読んだ。
自分の書いた文章があり、続けて女性編集者のコメントが載せられている。
「風間さんは新人占い師とのことですが、あの事故が亡くなった女性の怨念でない…という占いの結果に、個人的にほっとしました。新聞では、生き残った男性が婚約したことによる怨念と確かにありましたが、きっとその男性の方も婚約された女性も、心を痛めておられると思います。この記事を、その男性が読んで下さるといいのですが…。」
風間がわざわざ女性誌に投稿したのは、まさにこの編集者のコメントの通りになることを狙ったものだった。男性がこの記事を読む事はなくても、なんらかの形で知ってもらえたら、きっと今後は、幸せに暮らしていけるだろう。
もちろん、この記事を投稿する事はプロダクションに許可をもらっている。社長の相澤は「いいじゃない!君の宣伝にもなる!」とビジネスモード全開でOKを出してくれた。
その時、食堂にアナウンスが鳴った。
「風間祐士さん、お電話です。お近くのインターホンより、1番でお取り下さい。」
圭一が「もしかして!」と言い、風間を見た。風間は緊張した顔で圭一に向いた。そして圭一に背中を押されながら、キッチン横にあるインターホンの受話器を取り、1番のボタンを押した。
「はい…風間です。…!…ええ…あの記事を投稿したのは僕です。…ええ、そうなんです。相澤プロダクションに所属しています。」
風間の背中に体を密着させるようにして聞いていた圭一が、黙ってガッツポーズをした。
風間は必死に笑いを堪えながら言った。
「はい…はい…僕は構いませんが、プロダクションの許可がいりますので、また後日こちらからご連絡します。…はい、ありがとうございます。」
風間はそう言うと、インターホンを戻した。
「…雑誌の占いコーナーを担当してくれないかって言われました。」
その風間の言葉に、圭一が「やりましたね!」と言って、両手を上げた。風間はその圭一の手に、自分の両手をパンという音と共に合わせた。
圭一が嬉しそうに風間の腕を取りながら言った。
「さぁ!すぐに社長の所へ行きましょうよ!」
「はぁ…でも、何か全てが上手くいきすぎて怖いです…」
「何言ってるんですか!ほら早く!」
風間は笑いながら、圭一に引っ張られるようにして食堂を出た。
(終)
……
2番目のカード「棒クイーン」正位置の意味
「寛大」「愛情が深い」。逆位置になると「強欲」「嫉妬」となる。
さて、今回も新人占い師「風間祐士」が今回の占いの説明をいたしましょう!
今回は「二者択一スプレッド」を使いました。ただ、このスプレッドは特に枚数が決まってなく、増やせば増やすほど詳しく調べられる…というものです。基本は5枚のカードをV字型に展開するのですが、今回は亡くなった女性と悪魔がどうしたか…という占いでしたので、6枚のカードを使いました。
基本の5枚で占う場合は、1枚目が現状、2枚目がAの未来、3枚目がAの未来の心境(状態)、4枚目がBの未来、5枚目がBの未来の心境(状態)となります。
名前の通り「二者択一スプレッド」ですので、本来は「自分はこれからどちらの道に進むべきか」というような事を占います。あるいは、どちらの恋人と結婚すれば幸せになるか…なんてのも占えますよ(おい)。
今回は左に3枚、右に3枚縦に並べ占いました。左を女性、右を悪魔として占ったのですが、これが逆だと、どういう解釈になるかと言いますと…。右を女性とした場合は、女性が「嫉妬」し、「力を悪用して事故を起こさせ」、「天使に消滅された」となります。つまり女性の怨念という結果になってしまうように感じますが、左の悪魔のカードはどうなるかと言いますと、悪魔が「涙を流すほどの傷心」を感じ(これはカップルに嫉妬して傷心したとも取れますが)、それでも「寛大な愛情深い気持ちを持って」(???実際は寛大じゃないですよね?)、最後には「幸福感、達成感」を得た。(???)と、意味がわからなくなります。つまりやはり、左のカードを女性と見、右のカードを悪魔と見た方がつじつまが合うという事になります。
これは過去を占った場合ですから、未来を占う場合はどっちがどっちになるかわかりません。過去と現状のカードで判断する事もできないでもないですが、スプレッドの前に強い意志を持って「左が○○」「右が××」と決めて占って下さいね。
しかし今回は、とても悲しいお話でした。夜は悪魔や悪霊が活動を活発にする時間ですので、特に車の少ない高速道路は走らないに越した事がないと思います。悪魔や霊でなくても、信号もない同じ景色が続くような、暗い長い道を一定の速度で走り続けると、脳が混乱するとも聞いた事があります。(あるはずのないものが見えたり、あるべきものが見えなかったり…)夜はできるだけ外に出ず、ゆっくり眠るのが一番いいと思います。
では、また次回お会いいたしましょう!