恋を占う(占)
風間は、今来たばかりの液晶テレビを満足気に眺めていた。
「薄いテレビー…すごいすごい…」
風間はそう言いながら、テレビの前や横をうろうろと歩き回っている。まるで初めておもちゃを買ってもらった子どものようである。
アンテナは電気屋が繋げてくれた。後は、リモコンから電源を入れるだけである。
「では、スイッチオン!」
風間はそう言うと、テレビのリモコンの電源を押した。しばらくしてからテレビがついた。
「うわ。めっちゃキレイ!!…そこに人がいるみたいだっ!」
風間はいちいち感動しながら、チャンネルを変えた。
「歌番組ないかなぁ…圭一君が出てるやつ…」
風間は、アイドルをしている「北条圭一」が見たくて、テレビを買ったのだった。
「そう言えば…番組表もテレビで見れるって言ってたっけ??」
風間はリモコンを凝視した。そして「あったっ!」と言うと、ボタンを押した。
「おおおー!新聞買わなくていいじゃーん!」
…新聞は、そういうためのものじゃないのだが…。風間は必死に目を凝らしながら、音楽番組を探した。
「えーとえーと…あったっ!始まったばかりだっ!よしよし…」
風間はチャンネルを選んで押した。
若い女性アイドルが歌っている姿が映った。
「うわ。ほんとにそこにいるみたいに綺麗だなぁ…。…この子は好みじゃないけど。」
風間はそんな失礼なことを呟きながら、体育座りをして画面に見入っていた。
その時、ぎくりとした表情をした。
スタジオの後ろの方に、男の影がある。どう見ても人間じゃなかった。
「!!悪魔!」
風間はテレビの画面に近づき目を凝らした。
「…なんの悪魔だ?…火か水か…」
そう呟きながら、目を凝らすがよく見えなかった。
「…わからないな…だけど、ここどこだ?場所がわからなくちゃ、祓えないしな…」
そう思った時、画面が女性アイドルのアップになった。
「うわっ!!」
風間は驚いて、尻もちをついた。
「あー…キスするかと思った。」
風間はそう言いながら「困ったなぁ」と呟いた。
「祓ってやりたいけど祓えないなんて…。しかし誰についているんだろう…。それがわからないと金取れないしな…」
風間がそう言った時、女性アイドルの歌が終わった。
そして、すぐにカメラがターンし、別のスタジオに移った。
風間は「あっ」と叫んで、画面に顔を近づけた。
「!!圭一さんだっ!!きゃーっ!圭一さーん!」
風間はさっきの悪魔の事を忘れて、黄色い声を出しながら拍手をした。
テレビの中の圭一は、白の開襟シャツに黒の上下のスーツを着ていた。
「あの時と全然雰囲気違うなぁ…かっこいいー…。」
風間はそう言うと、うっとりとしている自分に気がついた。
「いかんいかん。僕、ホモじゃないぞ。」
そう風間は呟くと、きりっと顔を引き締めながら圭一を見た。
しかし圭一が歌い始めた途端、風間はあまりの驚きに動けなくなった。
圭一は「私を泣かせて下さい」というオペラ曲を歌っていた。風間はクラシックは好きだが、オペラはあまり知らない。だが聞いたことのある曲だ…と思った。
「…アイドルじゃないよ!オペラ歌手じゃないか!」
風間は圭一の声に感動しながら、そう呟いた。そしてはっと何かに気がついたように、画面から顔を離した。
「録画っ!録画できるって言ってたような気がするっ!!録画ーっ!!」
風間はそう騒ぎながら、リモコンを端から端まで見渡した。
……
「…なんとか録画できた…」
風間はぜいぜいと息を切らしながら、もう音楽番組の終わったテレビの前で座り込んでいた。
「…圭一君のところ、もう一回見よう!」
風間はそう言うとリモコンを操作し、録画した番組を開いてみた。
圭一が歌っている。
「こんな声…どっから出るんだろう…。なんか気持ちが落ち着く…」
そう思った時、ぎくりとした目で画面を凝視した。
さっき見えていた悪魔が圭一の後ろに突然現れたのである。
「!!圭一さんっ!!」
風間は思わず叫んで、テレビの端を掴んだ。
しかし悪魔の様子がおかしい。圭一の肩の上で、両手をかざしたまま動かないのである。顔は何か苦痛にゆがんで見える。
「…なんだ?…苦しんでるぞ…?」
風間はそう呟きながら、テレビから手を離した。
悪魔は苦しんだ顔のまま、結局姿を消した。
「!!」
風間はしばらく動けなかった。
圭一は何も気づいていないように、歌い続けている。
……
「ああ、圭一君は「清廉な歌声を持つ魂」と呼ばれていてね。歌声で悪魔の動きを封じ込める力を持ってるんだ。」
携帯電話の向こうで、浅野が言った。
「すごいっ!」
風間はそう言って、携帯電話を耳に押し付けた。浅野が続けた。
「すごいだろ?本当のオペラ歌手としてはまだまだだそうだけど。」
「えー!?そうでしょうか?僕は心地いい声だと思いますけどね。」
「ん。俺もそう思う。」
「そうか…圭一さんもある意味「悪魔祓い(エクソシスト)」なんだ。」
「ん。そう言うことになるな。」
「あのっあのっ…圭一さんは今度浅野さんの家にいつ来られるんですか?」
「ん?毎日来てるよ。」
「ほんとですかっ!?じゃぁ、今度僕、圭一さんのCD買って持っていくので、サインしてもらいに行っていいですか!?」
興奮している風間の声に、浅野が笑いながら言った。
「もちろん、いつでもおいでよ。今からでも来るかい?圭一君、そろそろ来る頃だから。」
「えっ!いいんですかっ!?」
「ああ、いいよ。CD買ってきておいで。」
「はいっ!すぐ行きますっ!」
風間はそう言って電話を切ると、ばたばたと慌てながら自室に入った。
……
風間はどきどきしながら、浅野についてリビングに入った。
浅野が申し訳なさそうに言った。
「圭一君、収録が長引いているらしくてさ。まだ来てないんだ。来るのは来ると思うけど、待ってるかい?」
「はい!来られるまで待ちますっ!」
「思いっきりファンになっちゃったみたいだな。」
「はい!」
風間がそう答えると、ソファーに緩やかなウェーブのかかったセミロングヘアーの青年が座っていた。
青年が微笑んで風間に頭を下げた。風間も頭を下げた。
(綺麗な人…)
風間はとっさに思った。思ってから(こらこら。僕はホモじゃない。)と慌てて思い直した。
浅野は、その青年の隣に座って言った。
「この人が、君に占って欲しいそうでね。」
「えっ!?…そっそうですか!」
「占い料ちゃんと払うから、占ってあげてくれる?」
浅野がそう言うと、風間は「自信ないですけど…」と言った。
「なんのなんの!なかなか当たってるよ。ザリアベルも褒めたくらいだからね。」
浅野のその言葉に、青年が驚いて浅野を見た。
「ザリアベルさんが占ってもらったんですか?」
「そう。それも1番にね。」
「面白い人だなぁ…。」
青年はそう言って笑った。そして立ち上がると、風間に手を差し出した。
「バイオリニストの秋本と言います。よろしくお願いします。」
風間は「風間祐士です。」と名乗り、その手を握った。
……
秋本の話も深刻なものだった。今、付き合っている女性がいて、その人と結婚を考えているが、彼女を幸せにする自信がないというのである。
「俺って、電話とかメールとかマメじゃないし…俺が幸せにしてるつもりでも、向こうが幸せに感じてなかったら意味がないし…。こう…女の子を本当に幸せにしてあげるっていうことが、どうすればいいのかわからないんだ。」
「……」
その秋本の言葉に、浅野も風間も黙りこんでしまっている。
正直「そんなこと言われても…」という心境だ。
幸せの基準は人それぞれだ。この秋本という人は、その恋人の幸せの基準が何にあるのか知りたいのだろう。…だが、それを占えっていうのも酷な話である。
風間は困ったように黙り込んでいたが、やがて顔を上げて言った。
「じゃぁ、こうしましょう。とりあえずは、今、秋本さんの彼女がどういう状況なのか見てみましょうか?」
「どういう状況?」
「例えば、今幸せを感じているか感じていないかとか…」
「ええっ!?…怖いっ!!」
秋本が両頬に手を当てて言った。浅野が思わずその秋本の仕草に笑っている。
「そっそれで幸せじゃなかったらどうしよう!」
「秋本さん!大丈夫だって!」
浅野が必死に秋本を抑えている。
……
風間は、秋本にシャッフルしてもらった後、カードをまとめて「向きはどちらにしますか?」と言った。秋本は「そのままで」と言った。風間はうなずいて、上から7枚目のカードをテーブルに置いた。そして「ナインカードスプレッド」と呼ばれる、人の心を読むのに最適なスプレッドを展開した。
これはその名の通り、9枚のカードで占う。最初の3枚は「表面的な意識」を現し、次の3枚は「中間的な意識」を表す。そして、最後の3枚で「潜在意識」を占う。つまり1枚目から9枚目に行くにつれ、相手の深層心理へと近づいていくというわけである。
風間は残りのカードをまとめながら、スプレッドしたカードを見渡した。
1聖杯7(正)
2太陽(逆)
3金貨4(逆)
4金貨8(正)
5女教皇(正)
6月(逆)
7世界(逆)
8剣ペイジ(正)
9剣キング(正)
「うーん…彼女は、夢見る夢子ちゃんではなく、案外冷静な女性なんですねぇ。」
その風間の言葉に秋本は「えっ!?」と声を上げた。
浅野も驚いている。秋本の彼女「荒川真美」はとても可愛らしい少女のようなイメージなので、今の風間の言葉は意外だったようだ。
風間が秋本に向いて言った。
「…というより…秋本さんの彼女って…同じ仕事をしてらっしゃる方ですか?」
「えっ!?…そっそう。」
真美はまだ19歳だが、プロダクションの中でも「歌姫」と言われるほどの実力派歌手である。
「あー…それでか…」
風間の呟きに、秋本が身を乗り出した。
「それでって?」
「うーん、彼女はあなたをビジネスパートナーのように思っておられる意識が強いですね。」
「!!」
秋本は目を見開いて体を上げた。風間はカードを眺めながら言った。
「あなたのことをとても尊敬なさっているんですが、それは恋人…というより、仕事上で尊敬している…というような感じです。」
「……」
秋本が固まっている。浅野がそんな秋本の顔を不安そうに見た。
「秋本さん自身が、仕事を中心にされているからかな…。男性が陥ってしまうところなんですが、特に秋本さんは職人気質なところがあるんじゃないでしょうか。」
「!!」
秋本が驚いて目を見開いた。浅野が「確かにそうかも…」と隣で呟いている。
「今、プラトニックな関係を貫いておられるようですが…ちょっと彼女はそれを物足りなく思ってらっしゃるかな。…いや、体の関係を求めているという意味じゃないですよ!先に言っておきますけどっ!!」
風間が最後の言葉に力を入れて言った。
秋本が真っ赤になっている。何故か風間も真っ赤になって言った。
「僕が言っているのは…プライベートで会う時間が少ないことを、彼女が不満に思ってるということです。」
「…そうかも…」
秋本が考えるように呟いた。
「上辺の感情では、彼女自身あなたとの関係というか生活というんでしょうか。…をいろいろと夢見て楽しい気持ちでいらっしゃるんですが、意識が深まる…つまり上辺の意識から、深い…潜在意識に近づくにつれ、夢見る夢子ちゃんが、現実的な女性…つまり冷静に恋の行方を窺っているという感じです。ちょっとお2人の関係が、マンネリ化しているところもありますね。」
秋本がショックを受けたようにうなだれた。浅野がその秋本の背中を、なだめるように叩いている。
「でも…一時期、危ない時がありましたよね?」
「!?」
秋本が驚いて顔を上げた。浅野も驚いて風間を見ている。
「その時に何らかの誤解が生じたと思うんですが、そのことは完全に解消しています。それ以上に秋本さんに対する愛情が深まっているのが見える…。それだけに、秋本さんはもうちょっと彼女とプライベートな時間を持つべきですよ。じゃないと、結婚はできても、単なるビジネスパートナーに落ち着いちゃう。」
「…そうか…」
秋本は小さくうなずいている。何か納得するものがあるようだった。
「…この占いで見えたのはここまでです。」
風間がそう言って、顔を上げた。すると秋本が手を差し出した。
「ありがとう。とても納得のいく占いだったよ。」
「そうですか!良かったです!」
風間はほっとして、その秋本の手を握った。
その時、呼び鈴が鳴った。
「お!圭一君、帰って来たな!」
浅野がそう言って、慌てて立ち上がった。
……
(うわー…なんて、贅沢なんだー…)
北条圭一が、風間と浅野の前で歌っている。そしてその圭一の横で、秋本がバイオリンで伴奏していた。
風間は占い料はいらないから、秋本の演奏を聞かせてほしいとねだったのである。秋本は「そんなのでいいのっ!?」と喜んでくれた。すると圭一が「じゃぁ僕も歌います」と言い、この贅沢な空間が生まれたのだった。
圭一と秋本は「ライトオペラ」というユニット名で活動しているのだという。
その「ライトオペラ」のデビュー曲が、今演奏しているバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」なのだそうだ。もちろん風間も知っている讃美歌だ。
風間は浅野の横で、圭一が入れてくれた紅茶「アールグレイ」を飲みながら、贅沢な空間に浸っていた。
(そりゃ、こんな綺麗な歌声を聞いたら、悪魔が固まるはずだ。)
風間はそう思った。
(終)
……
第7カード「世界」逆位置の意味
「惰性」「マンネリ」「破局」を表す。恋占いでこれが出たら、何か建設的なデートを心がけるようにした方がよい。
正位置は「達成」「幸福感」を表す。
さて最後に、新人占い師「風間祐士」が今回の占いをご説明いたしましょう!
今回は恋占いでしたね。僕が最も苦手としているものです。恋する人って、思い入れが強いので正直悪い結果が出たらどうしようと、毎回毎回はらはらしちゃいます。
だから、結果を出す占いよりも、こういった「相手の気持ちを探る(?)」占いでごまかすことが多々あります。(おいおい)
そのごまかし(おい)に適したのがこの「ナインカードスプレッド」です。もちろん恋占いに限りません。嫌いな上司の気持ちとか、周りの目が気になる時とかにこのスプレッドを使うといいでしょう。
また内容がシンプルなのがいいですね。表面意識、中間意識、潜在意識と深まる気持ちをカードから汲み取るだけでいいわけですから。
ただ…秋本さんの当初の質問「彼女を幸せにするためにはどうすればいいか」…なんて…男にとって永遠の課題じゃないでしょうかねぇ…。秋本さんに「今度こそ占ってくれ!」と言われたらどうしようかと、今も戦々恐々としています(^^;)
では、また次のお話でお会いしましょう!(^^)




