獏(バク)も喰えない夢
圭一と風間は能田刑事の運転する覆面パトカーに同乗し、暴走するタンクローリーを追っていた。
昼の高速道路である。本来なら渋滞して動かない時間のはずだ。
だが今は高速道路は封鎖され、暴走しているタンクローリーの後ろを圭一達の乗っている覆面パトカー、その後にも数台のパトカーが追っている。
タンクローリーの運転手は、ハンドルに頭を乗せたまま動かない。恐らく何かの発作を起こしたものと思われる。
だが車は側壁に突っ込むこともなく、スピードは落ちることはないが道路に沿ってうまく走っていた。
…つまり、これはただの事故ではなく「悪魔」が絡んでいる可能性があるということだ。
圭一と風間はそのために、能田の運転する覆面パトカーに同乗していた。
そして一般の人には見えないが、タンクローリーの上を天使「アルシェ」と悪魔「ザリアベル」が、それぞれ羽を広げて飛んでいた。
2人ともタンクローリーを止めるつもりでいるのだが、石油が満タンに入ったタンクローリーを無理に止めれば、なんらかの衝撃で爆発する可能性があるため、すぐには手を出せないでいた。
「アルシェ!とりあえず運転手を瞬間移動させろ!」
ザリアベルが飛びながら叫んだ。
「了解!」
アルシェは姿を消した。そしてタンクローリーの助手席に出現すると、運転手を抱き、高速道路の側壁へ瞬間移動した。
能田の後ろのパトカーを運転していた警官が、タンクローリーの運転手が突然側壁に姿を現したのを見て、スピードを落とし止まった。
そして助手席の警察官が、救急車を無線で呼んでいる。運転していた警察官はパトカーから降り、気を失ったままの運転手に駆け寄った。
アルシェはすぐに羽を広げ、タンクローリーを追った。
……
ザリアベルはタンクローリーの運転席に瞬間移動した。
そしてハンドルを操作しながら、ブレーキを踏んだ。…しかしスカスカという音がするだけで、全く効かない。見るとアクセルが下がったままになっている。
サイドブレーキを引いたが、同時にキリキリという音が響いた。ザリアベルは車の下に火花が散ったのを感じて、またサイドブレーキを下ろした。
火花がタンクに引火したら、爆発を起こし大事故になってしまう。
「くそっ!」
ザリアベルはそう言うと、運転席から外へ瞬間移動した。
再びタンクローリーはスピードを上げた。誰も運転していないはずなのに、アクセルは下がりっぱなしである。
風間が急に「能田刑事!」と声を上げた。運転している能田が、バックミラーでちらと風間を見た。風間が体を乗り出して言った。
「タンクローリーの前に回ってもらえますか?それで一定の距離を置いて走って欲しいんです!」
「…わかった!」
正直、危険な行為だ。…だが、今は風間の言うことを聞くしかないと能田は思った。能田はアクセルを踏み込み、タンクローリーと並んだ。
圭一は「風間さん、どうするんですか?」と言った。
「陣をタンクローリーの下に潜り込ませて、車体を浮き上がらせます。」
「!!」
「圭一さん、窓から体を出さなくちゃならないので、足を押さえてもらえますか?」
「わかりました!」
能田はスピードを上げ、タンクローリーの前に回った。スピードが半端じゃない。車の限界能力に近かった。
風間は窓を開け、上半身を乗り出した。
タンクローリーと並んで飛んでいるザリアベルとアルシェが驚いて風間を見た。
風間がその2人に向かって叫んだ。
「陣をタンクローリーに噛ませて、浮き上がらせます!浮き上がったと同時に車を止めてもらえますか!?」
ザリアベルとアルシェは目を見開き、うなずいた。
風間はタンクローリーに向けて、両手を差し出した。
「破壊の陣!」
陣がパトカーとタンクローリーの間に現れた。風間は両手を広げた。
陣が膨らむ。
「分解!!」
陣が光ったと同時に、いくつもの小型のボールに分かれた。そしてそれぞれ飛び跳ねた瞬間、タンクローリーがそれを踏んだ。
タンクローリーは、ボール状になった陣の上に乗った状態で車体を浮き上がらせ、左右に揺れ出した。
タイヤは道路から離れているが、かなりのスピードを出していたため、惰性で走り続けている。ボールのような陣も車体を落とさないようにして転がっている。
「今です!」
風間がそう叫ぶと、ザリアベルとアルシェは車体の前に瞬間移動し、同時に両手を前に伸ばした。タンクローリーはザリアベル達に押さえられるようにして、徐々にスピードを緩め始めた。
スピードは徐々に落ち、やがてタンクローリーは止まった。それと同時に陣は、シャボン玉が壊れて行くように弾けて消えて行った。
「ふえー…」
タンクローリーと一緒に車を止めた能田が言った。
風間は、車の中に体を戻した。圭一が「やりましたね!」と言いながら、強い風で振り乱された風間の髪の毛を整えた。風間は笑いながらうなずいた。
……
「…ってな、夢を見たんです。」
風間のその言葉に、向かいのソファーに座っていた浅野俊介と北条圭一は、目を見張っていた。
「…すごいリアリティーのある夢だなぁ…」
浅野が拍手をしながら言った。圭一が身を乗り出して言った。
「風間さん、どうして能田刑事をご存じなんですか?」
「え?本当に能田刑事さんっているんですか?」
「ええっ!?」
浅野と圭一が体を引いた。
「えっ…ご存じないのに、夢に出たんですか?」
「はい…。うわ、僕ってすごいかも…。」
風間が言った。そしてふと眉をしかめて言った。
「…というか…これ正夢だったら…やばいですよね…」
浅野と圭一が固まった。
……
夜-
(考えてみれば…)
風間はベッドに入ってふと思った。
(昨夜のあの夢…「獏」に食べてもらったら良かった…)
「獏」とは夢を食べる妖怪で、通説では悪い夢を食べてくれると言われているが、いい夢も食べてしまう者(?)もいると言う。そのため、これまでは悪い夢を見ても、あまり関わらないようにしていたのだが…。
(もし、同じ夢を見たら、今度こそ「獏」に食べてもらおう…。)
風間はそう思うと、目を閉じた。
……
風間の夢の中…
「アルシェ!とりあえず運転手を瞬間移動させろ!」
そのザリアベルの声を聞いて、風間は思わず「ストーップッ」と叫んで飛び起きた。そして両手を前に差し出し、手で輪を形作ると「逆流の陣!」と叫んだ。手の前に、小さな陣が現れた。風間は両手を広げ、陣を膨らませた。
「獏、召喚っ!!」
その風間の声と共に、大きな茶色い毛に覆われた熊のような妖怪「獏」が、陣の向こう側に飛び出し壁に激突した。…一瞬、部屋が揺れたが、これは一般人には感じない。獏は打った顔面を押さえてうずくまっている。
「獏っ!今の夢喰ってっ!!」
風間がそう言うと、獏はよろよろと立ち上がって振り返り「「何かようかい?」って言い損ねた…」と呟きながら、風間の頭を毛むくじゃらの両手でがしっと挟んだ。風間は思わず「ひぃっ」と目を閉じて言ったが、そのまま動かずにいた。
(まさか、頭ごと喰ったりしないよな?)
風間はそう思いながら、獏が行動を起こすのを待った。…だが、獏はそのまま動かない。
「?」
風間はゆっくり片目を開いた。獏はじっと風間の頭頂部を見つめている。
「獏?…どうしたの?早く喰って…」
「喰えねぇな。」
獏が風間の頭を押さえたまま言った。風間は驚いて「えっ」と目を上げた。
「獏にも喰えないのってあるのっ!?」
「あるさ。…これは、近い将来に起こる「正夢」ってやつだ。「正夢」は喰えねぇ。」
「えーーーーっ!?」
獏は両手をはずし、背を向けた。風間はベッドからジャンプして、その獏の背に飛びついた。
「やだっ!食べてっ!正夢なら、なおの事食べてっ!!」
獏は風間の手を払った。風間はそのまま床に落ち、尻もちをついた。
「獏~~~~~」
風間は涙目になりながらそう言い、壁に向かう獏の右足にしがみついた。
「お願いお願いお願い!喰ってっ!!お願いだから喰ってっ!!」
獏は必死に風間を払おうと右足を振るが、風間が強くしがみついて離れない。獏は風間の体を引きずりながら、風間の部屋をぐるぐると回った。風間は必死にしがみつきながら言った。
「獏ーっ!お願いですー!喰ってよー!!」
「だから、喰えないって言っておろうがっ!!」
「なんで喰えないのさっ!」
「だから「正夢」は喰えないんだって!」
「「正夢」喰ったらどうなるの!?」
獏は部屋の中を歩き回り、風間をひきずりながら言った。
「もっと最悪の結果になっちまうんだ!」
「!!!!」
「夢を見た限りでは、最後にちゃんとお前が解決しておる。…それを喰っちまったら、また夢が頭っからやり直しになっちまうんだ。そうなると、結果が違うものになる可能性が高い!」
「!」
風間はいきなり獏の足から手を離した。獏の右足が急に解放され、壁に勢いよくぶつかった。獏はぶつけた右足を抱えながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「こっ小指だけ打ったっ!小指だけっ!!」
(あー…それ痛いんだよなー)と風間は呑気に思いながら体を起こした。
「じゃぁ、あの夢はどうしても現実になっちゃうってこと?」
「んだ。ということで、さよなら…」
「待ってっ!!」
風間は、獏の背中に飛びついた。
「何かあの夢を現実にしない方法はないのっ!?」
「ない。じゃな。」
獏は急ぐように、壁の向こうに消えた。
「!!!」
風間は壁に激突し、両手を上げたまま、ずるずると壁を滑り落ちた。
壁の向こうから「うるさいっ!」という声がした…。
……
「獏も喰えない夢もあるんだ…」
翌日、浅野が自宅のソファーで驚いたように言った。隣に座っている圭一が眉をしかめている。
「…結構、大変な夢でしたよ…。」
向かいのソファーでうなだれて座っている風間は、力なくうなずいた。
浅野が腕を組んで呻くように言った。
「最後が本当にその通りになるんだったらいいんだが…その保障もないしな…」
風間は「はーっ」とため息をついた。
「僕だって、自信がありませんよ。陣の「分解」なんてやったこともないし…」
「えっ!?やったことないんですかっ!?」
圭一が驚いて行った。風間はうなだれたままうなずいた。
「やったことないです。…て言うか、陣が分解する可能性はほぼ0です。」
「えっ!?じゃぁ、そこだけ正夢とは違うってことですか!?」
「…そういうことになりますね…。だから、本当に夢の通りのことが起こったら、別の解決方法を考えなければならないってことです。」
「別のって…」
圭一がそう呟いたまま、黙り込んだ。浅野も腕を組んだまま考え込んでいる。
「やっぱりこういう時は…」
「?」
浅野のその呟きに、圭一と風間は不思議そうな目で浅野を見た。
「困った時の「ザリアベル」?」
「呼ぶな。」
ザリアベルが突然、風間の横に現れた。風間が椅子から飛び上がって「わーっ!」と声を上げた。
浅野と圭一が思わず吹き出している。ソファーから落ちた風間が、胸を手で押さえながら言った。
「ザリアベルさん…びっくりさせないでくださいよ…」
風間は、ザリアベルが笑いながら差し出している手を取って、立ち上がった。
「…あー…心臓が止まったかと思った…」
風間はソファーに座って、また胸に手を当てて言った。圭一がザリアベルに向いて言った。
「ザリアベルさん、紅茶飲まれますか?」
「ん。」
「ダージリンですけど、いいですか?」
「構わん。」
「わかりました。」
圭一はにっこり笑って立ち上がった。
「獏も喰えない夢だって?」
ザリアベルが、にやりとしながら風間に言った。
「そうなんです…。どうしたらいいかわからなくって…」
風間はまたうなだれながら言った。
浅野が、ザリアベルに向いて言った。
「ザリアベルは、風間君の夢の内容はもう見えてるんですか?」
「ああ、今、一瞬で見えた。…確かに最後のやり方は無理があるな。」
「…ですよねぇ…」
風間はうなだれたまま呟いた。しばらく沈黙が訪れた。ザリアベルは、圭一が置いた紅茶の入ったカップを取り、口をつけた。そして「美味い」と呟いてから言った。
「なんとか、アルシェと俺で止めるしかないだろう。」
「えっ!?」
浅野が驚いた目をザリアベルに向けた。
「2人で止めるんですか?」
「ああ。10kmくらいで、止められるんじゃないか?」
「10km!?」
浅野が素っ頓狂な声を上げた。
「10kmもタンクローリーを押さえたまま、バックで飛ぶんですかっ!?」
「そうだ。」
ザリアベルがにやりとしてそう浅野に言い、また紅茶をひと口飲んだ。必死に堪えていた圭一が笑い出した。風間も耐えきれずに吹き出してしまった。
「…ビデオに撮りたい…それ…」
風間のその呟きに、浅野が「おいおいー」と言って、目を手のひらで覆った。
「それはちょっと…」
「じゃぁ、お前が考えて見ろ。」
ザリアベルが苦笑するように笑って言った。浅野は「お手上げ」のポーズを取った。
その時、風間の胸ポケットから、がさっという音がした。風間は驚いて、胸ポケットから1枚のカードを取り出した。浅野達が風間に注目した。
「聖杯の7…正位置…?」
風間は首をかしげた。カードの絵には、幻想の中で浮かぶ7つの聖杯を見て、男性が困惑している様子が描かれている。
「……」
風間はしばらく考え込んでいたが、やがて「そうか!そういうことかっ!」と声を上げた。
浅野と圭一が顔を見合わせた。風間の心を無断で読んだザリアベルは、にやりと笑った。
……
「ぎりぎり間に合ったな」
ザリアベルが、高速道路を暴走するタンクローリーの上を一緒に飛んでいる天使アルシェ(浅野)に言った。
「ええ。うまく行くといいんですが…」
アルシェが眉間にしわを寄せながら言った。
「ザリアベルにも見えないですか?悪魔の姿…」
「ああ、見えない…。人間界で言う「遠隔操作」ってやつかもしれん。」
「そうですね…」
「そろそろ、やるか。」
「やりましょう!」
ザリアベルはスピードを上げ、タンクローリーを通り過ぎた。
すると、タンクローリーの前を走っている覆面パトカーの助手席から、風間が体を乗り出した。
アルシェが運転席に瞬間移動し、運転手を抱いて道路の側壁へ避難させた。それを見たザリアベルが覆面パトカーとタンクローリーの間に入り込むようにして、後ろ向きに飛んだ。
そして手を真横に一振りすると、黄金の剣が出現した。ザリアベルはその剣を両手に持ち替え、構えた。
「風間っ!準備はいいかっ!?」
「はいっ!」
その風間の返事を聞くと、ザリアベルはうなずいて黄金の剣を振り上げた。
「ツェアシュテールンク(=破壊)!」
ザリアベルはそう叫びながら、黄金の剣を真横に振り、走るタンクローリーを真っ二つに切り裂いた。
タンクローリーが大爆発を起こした。
同時に風間は「逆流の陣!」と叫び両手を前に差し出した。そして陣が出現すると、両手を広げて陣を膨らませ「獏、召喚っ!」と叫んだ。
獏が陣から飛び出した。
「獏、喰ってっ!!」
獏が咆哮した。周囲が一瞬で真っ白な霧に包まれた。
……
風間は飛び起きた。
「風間さんっ!」
圭一が風間の肩に手を乗せた。風間は息を弾ませている。体中にびっしょり汗を掻いていた。
「…良かった…夢で…」
風間はそう言うと、額の汗を拳で拭った。圭一の後ろにいた浅野が、風間の頭を撫でた。
「よくやった。」
ザリアベルが、そんな浅野の隣で腕を組み苦笑している。アルシェとザリアベルは、風間の夢を覗き見ていたのだ。
…風間の思いつきは、無茶とも言えるものだった。
「正夢とは言え、夢で見ているうちは「夢」なんですよ。」
その風間の言葉を、浅野と圭一はすぐには理解できなかった。
風間は、タロットカードが導き出した結果を見て「夢のうちなら何をしてもいいんだ」という突拍子のない結論を出した。そして「今度同じ夢を見たら、夢の中でタンクローリーを爆発させてみよう」と決めたのである。
同じ夢を見た風間はその通りにした。そしてそれを夢の中の「獏」に食べさせ、なかったことにしたのである。
…結局、現実にタンクローリーが暴走するような事件は起こらなかった。ただ、本当に「正夢」だったのかどうかは、疑問の残るところではあるが…。
(終)
カード「聖杯7」(正位置)の意味
「幻想」「空想」「想像」を表す。逆位置になると「現実的」「決意」となる。
では、今回も「悪魔祓い師」の「風間祐士」が「悪夢」についてお話しましょう!
今回は「夢」の中でも「悪夢」のお話でした。
皆さんも「悪夢」は見たことがありますよね?でも、今回のお話のように「悪夢」はあくまでも「夢」に過ぎないのです。「すぐに忘れること」「気にしないこと」が一番です。
事例の1つに、毎晩のように「海で「くじら」に追いかけられる」夢を見るという少女がいたそうです。そもそも「海を独りで少女が泳いでいる」ということ自体がおかしな話なのですが、夢の中ではどうしてもそれを「おかしなこと」とは認識できません。
すると、その少女の話を聞いた「心理学」の先生は、女の子にこう言ったそうです。
「今度「くじら」に襲われたら、そのくじらの背中に乗ってごらん。楽しいよ。」
少女は、夢の中で先生の言うとおりにしました。すると翌日から、全くその夢を見なくなったそうです。
そう。何度も言いますが「悪夢」はあくまで「夢」です。特に現実に近い「悪夢」を見た時は、そうならないように気を付けるようにすればいいのです。例えば、仕事で失敗する夢を見たのなら、その「失敗」はどうして起こったのか…と目が覚めてから分析すれば、現実に失敗することはありません。
え?悪夢は「獏」に食べさせたらいいんでしょって?…うーん…あんまり頼りにしない方がいいですよ。獏は気まぐれですから(^^;)
では、次回またお会いいたしましょう!