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恋するのっぺらぼう

「おい、のっぺらぼう」


黒いランドセルを背負った男児2人が、うつむき加減に歩く赤いランドセルを背負った女児に言った。女児は無表情に歩いている。


「のっぺらぼう、何か言えよ。」


ひとりの男児が、そう言いながら笑った。隣にいる男児もにやにやと笑っている。


「かわいそうになあ…」


通りすがりの男の言葉に、男児達がぎくりとして男を見上げた。


「人をいじめたら、悪魔がくっついてくるのになぁ…かわいそうになぁ…」


男はそう言って通り過ぎて行った。


男児達は止まって男を見送っている。

女児も立ち止まって男を見送っていた。


……


もちろん、男とは風間の事である。


風間は角を曲がってから、ため息をついて立ち止まった。

後ろを振り返ったが、誰もついて来ない。


「ちゃんと聞こえたかな…」


そうつぶやいて、前を向いて歩き出そうとした時、前の角に赤いランドセルの女児が立っていた。


風間は目を見開いた。


「お兄ちゃん…ほんと?」


女児は風間に言った。


「人をいじめたら、悪魔がつくの?」


風間は目を見張って、女児を見ていた。女児の背中に、本当に「のっぺらぼう」の妖怪がついている。


「…本当だよ。」


風間は目を見張ったまま答えた。


「どんな悪魔がつくの?」

「その子の性格による。…君には「のっぺらぼう」がついてるよ。」

「!!」


女児は驚いて、目を見張った。

女児の肩にいる「のっぺらぼう」が「しーっ」と口…はないので、口の辺りに人差し指を当てている。


「だけど、のっぺらぼうは悪魔じゃない。いい妖怪なんだ。ただ、寂しがり屋でね。君が寂しがっているのを感じて、君についてる。」

「…!…」


女児は少しほっとしたような顔をした。


「…私が寂しいから…いてくれてるの?」

「そう。…そもそも、君はどうしてのっぺらぼうなんて言われてるんだい?」

「…表情が無いから…」

「表情がない?」


風間が聞き返した。そういうふうにも見えないが…と思った。


「お母さんが言ってたけど…赤ちゃんの時から、あまり笑わない子だったんだって…。皆が大笑いするような先生の話でも…自分では何がおもしろいのかわからなくて…いつも独り黙ってる。…それで…」

「のっぺらぼう…か。」


風間は施設に入った時の事を思い出した。親が消えてから、しばらくは風間も表情も感情も何もかも抜け落ちた時期がある。…この子もそうなのではないか…?


「君、ご両親は?」

「お母さんだけ。…いつも働いてて家にいないの。」

「!…そう…か…。今日もかい?」

「うん。でも夕方に一回帰ってきて、ご飯作ってから、また出て行くの。」

「夜も働いてるの!?」

「そう…朝まで帰ってこない時もあるよ。」

「!!」


生活のためとはいえ、こんな小さな子を独りきりで朝まで家にいさせるなんて…と風間は思った。


「そりゃ、のっぺらぼうが付くはずだよ。」


風間が言った。女児は顔を上げて風間を見た。


「さっきも言ったけど、君についているのっぺらぼうは、悪い妖怪じゃない。それも君とおなじくらいの子どもの妖怪だ。きっと君をずっと守ってくれるよ。」


風間が微笑んでそう言うと、女児の肩にいるのっぺらぼうが、必死に何度もうなずいた。


「ほんと!?…それなら…これから「のっぺらぼう」って言われても、嫌じゃなくなるかな…」

「…そうだね。」

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「ん。君、名前はなんだい?僕は祐士っていうんだ。」

「…さえ…」

「さえちゃんね。気をつけて帰るんだよ。」

「うん!」


女児は笑顔を見せて、走りだした。

風間は微笑んで見送った。


(…しかし…なんだ?この胸騒ぎは…)


風間はふと真顔になって思った。何かが起こるような気がしていた。


……


風間は夜、自宅でカードをスプレッドしていた。

さえのことが気になる。


スウォード8、正位置アップライト!」


1枚引き(ワンオラクル・スプレッド)で占った風間は思わず声を上げた。

カードの絵柄は、地面に刺されている8本の剣に囲まれた女性が、体を縄で縛られ、目かくしをされている。


「……」


風間は更に詳しく占おうと、カードをまとめシャッフルし始めた。


……


翌日、風間は昨日と同じ道でさえを待っていた。

小学校は終わったようで、児童達が何人か通って行く。

しかし、子どもたちの波が切れても、さえは現れない。


(どうしたんだろう?…昨日、家まで彼女を送るんだったな…)


風間がそう思った時、さえをいじめていた男児2人が通りかかった。


「!…君たち!」


風間は思わず声を掛けた。男児達はぎくりとした目で風間を見上げた。


「さえちゃんがいないようだけど…」


風間が硬直して動かない男児達に言った。


「…今日…休んでた…」


独りの男児が呟くように言った。


「!休んでた!?」


男児達がうなずいた。


「…学校にも連絡がなくて…先生が家まで行ったけど…後は知らない…」

「!!…ごめん、さえちゃんの家を教えてくれるかな…ちょっと心配な事があって…」


男児達は顔を見合わせたが、やがて2人とも風間を見上げて、うなずいた。


……


風間は男児達に連れられて、さえの家に言った。

小さなハイツだった。その1階の端の部屋の前に、男児達は立った。


「ここかい?」


男児達がうなずいた。


「ありがとう。君たちはもう帰ってくれていいよ。」


男児達は不安そうに顔を見合わせたが、2人とも頭を下げて帰って行った。


(いい子たちじゃない。)


風間はそう思いながら、人差し指を額に当てた。そして、2人についている「インプ(=子どもの悪魔)」を声を出さずに祓った。

風間は、玄関に向いてインターホンを探した。

だが、ない。

風間は仕方なく、ドアをノックした。


「さえちゃん!祐士だ!いたらドアを開けてくれ!…さえちゃん!」


風間はそう言いながら、何度もドアをノックした。

だが、ドアが開く様子がない。中に人がいる様子もない。


「…いないのかな…」


風間は途方に暮れて立ちすくんだ。すると、年の入った男性がこわごわと角から顔を出した。


「…あの…どちら様ですか?」

「え!?…あっ、管理人さん!?」

「はぁ…そうですが…」


管理人は何かおどおどとした目で、風間を見ている。

風間が言った。


「すいません!ここ…さえちゃんっていう女の子がいると思うんですけど…」

「ええ…今朝入院したそうですが…」

「!?入院っ!?」

「はぁ…夜中に熱を出していたんだそうですが、朝、母親が帰って来た時はもうだいぶん酷い状態になっていたそうで…」

「!!…病院はどこですか!?」

「…確か…近くの…」


風間は病院の名前を聞くと、管理人に頭を下げて走りだした。


……


風間は病院の前で、タクシーを降りた。

降りて、驚いた。


病院の建物自体が黒い霧に包まれている。…しかし、それは風間にしか見えていない現象だ。

…つまり、悪魔の何かがこの病院にとりついている。


(まさか…さえちゃんに何か…)


風間は病院に入り、ナースステーションに向かった。そして、さえの病室を尋ねた。

だが「さえ」しか聞いていなかったので、看護婦が不審げな顔をした。


「あの…どういったご関係の方ですか?」


看護婦が風間に言った。


「友人です。会えば、さえちゃんもわかってくれます!ご不審なら、一緒についてきてもらえませんか?お願いします!緊急を要するんです!」


風間は必死に看護婦に訴えた。


「あなた独りで不安なら、お医者様も連れてきて下さって構いませんから!」


風間がそう言うと、看護婦はやっと納得してうなずいてくれた。


……


風間は、看護婦2人について、さえの病室に向かった。

看護婦の1人が、ドアをノックした。

そして、開けようとした。


「待って!」


風間は思わず看護婦を押しのけ、自分がドアにへばりついた。そしてドアの中の様子をうかがうように、ドアに耳を当てた。

看護婦達は、不審げに風間を見ている。


「あの…やっぱり…」


看護婦がそう言いかけると、風間は「しっ」と人差し指を口に当てた。


「…やばい…やっぱり中に何かがいる…」


風間はそう呟くと、看護婦達に振り返って言った。


「ドアから離れていて下さい…そう…あの角に隠れて!」


看護婦達は驚いた目で顔を見合わせると、慌てるように風間の言う通りにした。

風間はそれを見届けると、一つ息をつき、ドアに向かって両手を差し出した。


「鏡の陣!」


小さな陣が現れた。風間は両手を広げた。

陣が膨らんだ。その陣の中には、ドアの向こうの病室の様子が映っている。


風間は目を凝らして陣が映すものを見た。

ベッドにさえが寝ている。…そして風間に見えたものは…。


狐狗狸こっくり!?」


狐とも狸ともわからない、何かの動物の形をした妖怪がさえの胸の上に座っている。

風間は人差し指を額に当てた。


「道を開き、我を導け!」


風間がそう叫ぶと、ドアが勝手に大きく開いた。

すると、強い風が風間を襲った。風間は大きく飛ばされ、廊下に体を打ちつけた。

看護婦達が悲鳴を上げ、お互いを抱くように座りこんだ。近くを通っていた医者や患者達も思わずその風に体を屈めた。


『…礼徳の弟子か…』


狐狗狸の妖怪が言った。竜巻の中にいる。


『身の程知らずが!お前などに私が祓えるわけなかろう!』

「なぜ、さえの傍にいる!?」


風間は体を必死に起こしながら言った。


『この子が呼んだからだ。…それも中途半端な儀式でな。』

「!!」


さえは、夜、独りで「狐狗狸」を呼ぶ儀式をしたのだ。…もしかすると、自分をいじめている男児達に仕返しをするつもりだったのかもしれない。

風間は、遠く病室の中で寝ているさえを見た。「のっぺらぼう」がいない。…「狐狗狸」に追い払われたのかもしれない…と風間は唇を噛んだ。


(くそ…どうすればいい…?)


風間はまだ止まない風を受けながら思った。だが、風が強くてどうしても立ち上がれない。看護婦達も座りこんだまま動けないでいる。

風間は人差し指を額に当てた。…しかし、なんの術を使えばいいのか思い浮かばない。


その時、小さく声がしたような気がした。


「?…のっぺらぼう?」


風間は風の音の中に「のっぺらぼう」の必死に叫ぶ声を聞いた。


「…!…」


風間はそれを聞きとると「狐狗狸」に向かい、人差し指を額に当てたまま叫んだ。


「逆流の渦!」


陣が渦を巻き始めた。


野箆坊のっぺらぼう召喚!」


渦が小さな体の「のっぺらぼう」を吐き出した。そしてその「のっぺらぼう」は、とたんに体を大きく膨らませた。


『ばかめ。お前なんかにやられる訳がなかろう。』


狐狗狸は、ふんと鼻を鳴らして言った。

だが次の瞬間、恐怖に顔を強張らせた。


『!!お前は…!』


「のっぺらぼう」のはずの顔に、大きな一つの目が突然開いた。そして、顔の下の方に真一文字に筋が入ったかと思うと、それが大きく開いた。

「!!だましたな!!」


「狐狗狸」はその言葉とともに、一つ目ののっぺらぼうに呑み込まれた。

風間は座りこんだまま、呟くように言った。


「…ダイダラボッチ?」


すると、一つ目ののっぺらぼう…「ダイダラボッチ」が風間に振り返った。


『息子が迷惑をかけたの』

「えっ!?…のっぺらぼうの親って、ダイダラボッチなのっ!?」

『うちの場合はの。いろんなケースがある。』

「ケースって…」


風間はそう思わず苦笑しながら、立ち上がりながら言った。


「さえちゃんは大丈夫なんだな?」

『…うちの息子も、人間の子を好きになっちまうなんて…困ったもんじゃ。』


ダイダラボッチは、背中から現れた「のっぺらぼう」を肩に乗せながら言った。


『じゃが、この子の気の済むまで好きにさせるさ。』


ダイダラボッチはそう笑いながら言い「のっぺらぼう」を見上げて消えた。

残った「のっぺらぼう」は、病室に入って行った。

風間も病室に入ろうとして、後ろを振り返った。


「あっ…すいませんでした!お祓いは終わりです!もう大丈夫ですので!」


風間はそう言うと、座り込んだまま動かない看護婦達や医者、患者に頭を下げ、病室に入りドアを閉じた。

皆、しばらく呆然として動かなかった。


……


「さえちゃん…大丈夫かい?」


風間がゆっくりと目を開いたさえに言った。さえは目を見開いて風間を見た。


「…お兄ちゃん…」

「お母さんはどうしたの?」

「…お仕事…」

「…そう。」


こんな日くらい休めばいいのに…と風間は思ったが、ここでは言わない事にした。


「さえちゃん「コックリさん」を独りでやったんだね?」


さえは驚いた目をしたが、やがてうなずいた。風間は首を振りながら、さえに言った。


「コックリさんは、単に悪戯が好きなだけの「のっぺらぼう」と違って、悪霊に近いものなんだ。これからはやっちゃだめだよ。」

「…はい…」

「でもね。君はラッキーだった。君を「のっぺらぼう」が、助けてくれたんだ。」

「!…のっぺらぼうが!?」

「そう。今姿を見せて上げよう。」


風間はそう言いながら、さえの体を起こした。そしてベッドから少し離れ、さえに向かって両手を差し出した。


「鏡の陣!」


風間はそう言い、両手を広げた。陣が膨らむ。さえが目を見張って陣を見つめている。


「見えた?」


風間が手を開いたまま言うと、さえは目を見開いたままうなずいた。

ベッドに座っている自分の姿が映っている。そのベッドの傍に、もじもじとしながら立っているのっぺらぼうの背中が見えた。


「のっぺらぼう、陣に向け。」


風間がそう言うと、のっぺらぼうはうなずき、陣に振り返った。

さえは笑顔になり「わあ!」と声を上げた。

のっぺらぼうの顔は本当に何もなかった。ただ、真っ白ではなく、真っ赤になっている。その両手はもじもじと、着物の裾を掴んでいた。

さえは鏡を確認しながら、のっぺらぼうのいる辺りに手を回した。ずると、のっぺらぼうがびっくりしたように体を強張らせた。鏡にのっぺらぼうの肩にさえの手が乗っている。


「私の手が乗ってるの…わかるの?」


さえがそう言うと、のっぺらぼうがうなずいた。


「…助けてくれてありがとう…これからも、ずっと一緒にいてね。」


さえのその言葉に、のっぺらぼうは何度も大きくうなずいた。

風間は思わず、くすくすと笑った。


……


「ダイダラボッチの息子とはねぇ。」


病院から出た風間は、道を歩きながら呟いた。


「…ちなみに、お母さんは誰なんだろう?」


風間がそう言うと、胸もとに何かを感じた。

風間は苦笑しながら、カードを取り出した。


「うそぉっ!!」


カードを見て、風間は思わず叫んでいた。「死神」のカードだった。


(終)


……


女児「さえ」のことを心配した風間が引いたカード「剣8」正位置の意味


「身動きの取れない状況」「病気」「危機」を表わす。逆位置は「悪化」「事故」を指す。どちらにしても悪い意味のカードである。


さて、今回も占い師ではなく、悪魔祓い師の「風間祐士」が、「コックリさん」のお話をしましょう。「コックリさん」と聞いただけで、ぞっとした方いらっしゃると思います。僕自身はしたことはありませんが、小学生の時、女の子達が放課後や昼休みに教室の隅でこっそりやっていたのを見たことがあります。

「コックリさん」は、本来3人でするもので、50音を書いた紙の上に10円玉を乗せ(100円玉ではだめらしい)その10円玉の上に3人の人差し指を乗せてするものだそうです。そして質問に対して「コックリさん」が答えてくれるのだそうな。…まるで人ごとのように言っておりますが、これは全く間違ったやり方であり、本当のところ、これでは「狐狗狸」は召喚できません。(逆にほっとした方いらっしゃるのでは?)それを証拠に、質問してから10円玉から手を離してみて下さい。10円玉だけで動いていれば、それは確かに「狐狗狸」が降臨したかもしれませんが、実際には動かないはずです。…ですが、途中で手を離すと、本当に「狐狗狸」が降臨していた場合は、憑依されてしまいますよ。ま、やめた方がいいでしょう。…召喚できない…といいながら、降臨しているかもしれないような事を書くのは、時々、傍にいる地縛霊等が憑く場合があるからです。これは「狐狗狸」ではないですが逆にやっかいなことになるので、やはりこういった儀式はやらないに越した方がいいでしょう。下手したら、一生付きまとわれることになりますからね。

さて、今回「さえ」ちゃんは、独りで「狐狗狸」を呼びだしてしまったわけですが、中途半端な儀式にも拘わらず、どうして本当の「狐狗狸」に憑依されてしまうことになったのか…。それは「さえちゃん」の念(それも怨念)が強かったことにあります。さえちゃんは僕に「これからは、のっぺらぼうって呼ばれても嫌じゃないかな」と言ってくれていたのですが、やはり心の中では悲しくて仕方がなかったのでしょう。もしかすると、それまでも何回か独りでやっていたのかもしれません。でないとあれだけ強い「狐狗狸」は現れなかったと僕は思います。

それを、一旦「狐狗狸」に追い払われた「のっぺらぼう」が僕の力を使って、父親「ダイダラボッチ」に「狐狗狸」を呑み込ませてしまうのですが、実際にはこう簡単には参りませんので、本当に興味半分で悪魔を呼んだりしないようにして下さいね。

では、また次回にお会いしましょう!

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