風間の異変
「アイドル」北条圭一が、同じプロダクションの「タロット占い師」であり、「悪魔祓い師」でもある「風間祐士」の様子がおかしいと思ったのは、圭一が恋人の「マリエ」を風間に紹介してからだった。
マリエを見たその時の風間は、まるで雷が体に落ちたような驚きようだった。
マリエは、プロダクションのスター歌手の1人で、圭一よりも2歳年上である。またフランス人と日本人のハーフで、目は蒼く、肌は透けるように白い。そして、いつもは目立つという理由で、濃い茶色のカツラをかぶっているが、その時はコンサートの後だったので、金髪のままだった。
風間が、驚くのも無理はない…と圭一は思ったが、翌日から風間が圭一を避けるようになった。
食堂で会っても、逃げるように去って行ってしまうし、浅野の家にも来なくなった。
浅野に、何か本人から聞いていないかと尋ねてみたが、浅野も全くわからないと言った。
「まさか、マリエちゃんに一目惚れしたんじゃないだろうな。」
浅野が眉をしかめてそう言った。圭一は何かショックを受け、それから自分からも風間と目を合わせられなくなった。
そして、そんな日が1週間続いたある日、マリエが食堂でコーヒーを飲む圭一の隣に座った。
そして、圭一に頭を寄せて言った。
「ちょっと…あの風間さんて人…どういうつもりなのかしら…」
圭一は「えっ」とマリエに向いた。マリエが後ろを気にしながら言った。
「そっと、入り口のとこ見て。じっと、私を見てるのよ。ここ数日ずっとなの。」
圭一は少しだけ顔を後ろに向け、入り口を見た。確かに風間がこちらを見ている。
圭一は意を決して立ち上がった。
「ケイイチ!」
マリエが慌てて、圭一の手を取ったが、風間に向かって歩き出した。
風間は目を見開いて、背を向けて逃げ出した。
「風間さん!」
圭一は走って追いかけた。風間は開いたエレベーターに飛び乗り、「閉」ボタンを連打している。
圭一は飛び込もうとしたが、ドアは閉じてしまった。
圭一は、階段を走り降りた。
もし、マリエのことを好きになったのなら、なったで言ってくれたらいいのに…と圭一は思った。
どうして、マリエの後をつけるようなことをするのか…そして自分を避けるのか、本人に問い正さなければ気が収まらないと思っていた。
圭一が階段を降りきり、エレベーターに駆け寄った。…だが、風間は去った後だった。
……
圭一は、風間に避けられるようになってから、何度も風間に電話をしていた。だが1度も出ない。メールも返信されることはなかった。
そうするうちに、風間が「私用で1週間休む」とプロダクションに届け出た事を聞いた。
圭一はあきらめず、浅野に頼んで瞬間移動させてもらい、風間のアパートにも行ったが会えることはなかった。
瞬間移動は長い距離を移動したり、何度も繰り返すと、生体にかなりの負担をかける。
浅野は5日通った時点で「もうやめた方がいい」と言った。そして「何か結界みたいなのを張ってるな。」と眉をしかめていた。
(風間さん…まさかプロダクションをやめるんじゃ…)
圭一はそこまで考えた。そうなる前になんとか風間と話して、思いとどめさせなければならない。
…しかし、何もないまま1週間が過ぎた。
……
圭一は、朝、風間がプロダクションビルに出勤してくるのを待った。
姿を先に見られないように、応接セットのついたてに隠れるようにして、ガラス張りのエントランスから外を見つめた。
すると、マリエが入ってきた。茶色のカツラをかぶり、サングラスをしている。圭一は声をかけずに、マリエが、受付の女性に挨拶をしながら中へ向かうのを見送った。
その時である。
横断歩道の向こうで、風間が電信柱に隠れてマリエを見ているのを見た。
圭一は慌ててついたてから飛び出し、エントランスから出ようとして、はっとした。
風間が両手を差し伸ばし、手で円を形作るとそのまま広げた。しかし口はしっかり閉じたままである。そして、人差し指を額に当てた。
すると、マリエの悲鳴が聞こえた。
圭一が驚いて振り返ると、エレベーターに乗ろうとしていたマリエが背中から引っ張られるように、後ずさりしている。
「!!マリー!」
圭一は思わずマリエの本名を呼び、マリエに駆け寄った。
「何!?何なのよ!」
マリエはそう叫んでいる。圭一はマリエの体を前から抱き締め、風間の方を見た。
風間は、開いた両足を踏ん張るようにして人差し指を額に当て、強く目を閉じている。
(何かを祓ってる!…それも…マリーの何かを…)
圭一はそう思ったとたん、涙が溢れるのを感じた。
「ケイイチ!助けて!体が…引っ張られる…」
マリエが圭一の体にしがみつきながら言った。
圭一は「頑張って!耐えるんだ!」と言った。2人は必死に踏ん張っているにもかかわらず、エントランスに向かって、ずるずると足が引きずられている。
それを見ている周りの研究生たちや、受付の女性がうろたえていた。圭一は、必死にマリエの体を抱きしめたまま、風間を見ていた。風間の顔がかなり歪んでいる。
その時、駐車場から上がって来た浅野が、エレベーターから降りてきた。
そして圭一達を見、遠くの風間を見て目を見張った。
「きゃあっ!」
いきなりマリエがそう叫び、弾かれたように圭一の体にもたれてきた。ずっとマリエの体を引っ張るように抱きしめていた圭一は支えきれず、マリエを抱きしめたまま仰向けに倒れた。
「圭一君!」
浅野が思わず、倒れた圭一とマリエのそばにかがみこんだ。
「浅野さん!風間さんを!」
圭一が泣き出したマリエを抱き締めながら言った。
浅野が風間がいた方を見ると、風間はその場にあお向けに倒れていた。
通行人の男性が慌てるように風間にかがみ、携帯電話を取り出している。
浅野は、ビルの外へ飛び出した。
……
風間は、意識を失ったまま救急車に乗せられた。救急車には、浅野が同乗した。
だが病院に着く前に、風間が救急車の中で目を覚ました。
「!風間君!大丈夫か!?」
浅野が呼びかけると、風間は驚いた表情で救急車の中を見渡した。救急隊員が「大丈夫ですか?どこか痺れてないですか?」と風間に言った。
風間は目を見開いたまま、呟くように言った。
「救急車…初めて乗った…」
それを聞いた浅野と救急隊員は、思わず笑った。
……
「初めてマリエさんに会わせていただいた時、もうその「生霊」が見えたんです。」
風間は念の為と入院させられた病院のベッドに寝たまま言った。
ベッドの側には、浅野、圭一、マリエが座っている。
「怖がらせてはいけないと思って…圭一さんにも言えずにいました。すいません。」
圭一は涙を手で拭いながら、首を振った。マリエも目をハンカチで押さえている。
「最初は生霊だとわからなくて、悪魔の類だと思ったんです。今まで「霊」が見えた事はありませんでしたから…。でも見れば見る程、何かがおかしいと思っていたら、それが、マリエさんの前の彼氏だとわかって…そして、その彼氏がちゃんと生きていることもわかりました。」
マリエの前の恋人は独占欲の強い男だった。マリエがその恋人に結婚を迫られた時、マリエは、まだ歌手を続けたいと思っていたため、その恋人の家に行き、別れ話を切り出した。すると元恋人は逆上して「結婚すると言うまで外へ出さない」とマリエをそのまま監禁し、最後には、マリエの首を絞めて殺そうとした。…それを助けたのが、圭一だったのだ。
風間はその全てを「生霊」から知った。そして、まだその恋人がマリエに強い未練を持っている事を感じた。
「生霊は悪魔のように祓ってしまうと、生体の命すら奪ってしまう可能性があります。それだけはあってはならないので、1週間お休みをもらって、師匠の残した奥義書を片っ端から読んで、術を探しました。そして、ギリギリ最後の7日目に見つけたんです。」
風間は目を閉じて、思い出すように言った。
「「生ける魂を救い、邪なる気を祓え」…それが術の言葉でした。…でも言うのは簡単ですが、祓うのは簡単じゃなかった…。生霊は思っていたよりも強くて…なかなか剥がれてくれなかった。そのために、マリエさんの体にもかなりの負担がかかったと思います。圭一さんが、マリエさんを強く抱きしめてくれてなかったら、マリエさんごと陣に吸い込んでいたかもしれません。…僕の力はまだまだだと思いました。」
風間はそう言ってからため息をついた。しばらく静寂が訪れた。
「風間さん…」
圭一が風間の手を取って言った。
「僕、とんでもない勘違いをしていて…」
「……」
「風間さんがマリーのこと好きになったんじゃないかって…思ってて…」
それを聞いた浅野は、すっと目を反らせた。マリエがうつむいた。皆、同じことを思っていたからだ。
風間が笑いながら言った。
「そう思われても仕方がないな…とは思ってました。…本当はそう思われたままで、ずっと黙っているつもりでした。これで圭一さんとの友情が壊れても仕方がないって…。そしてプロダクションやめようって…」
風間がそう言って、涙をこぼした。
「でも、僕、うまく…さりげなく祓えなくて…結局…こんなに大騒ぎになってしまって…ごめんなさい…」
「風間さん!これでよかったんです!…何も言わずに辞められたりしたら…」
圭一がそう言って、一緒に泣き出しベッドに伏せた。
浅野が、ほっと息をついて立ち上がった。そしてマリエに目配せした。マリエはうなずいて立ち上がり、浅野に手を引かれて病室を出た。
圭一と風間はしばらく2人で泣き続けていた。
……
翌日-
プロダクションの防音室(本来は歌手が新曲等のレッスンをするための部屋)で、風間はテーブルの上にスプレッドしたカードを見つめていた。
顎に手を当て、考え込んでいる。
そのテーブルを挟んだ向かいに、マリエが不安そうな表情で風間を見ていた。
風間は顔を上げ、マリエにいきなり言った。
「…いったい、圭一さんのどこが心配なんです?」
「えっ!?」
マリエは面食らった表情をした。
「どこって…」
「ぜんっぜん、心配ないですって!圭一さんはマリエさんの事を全力で愛してます。」
風間のストレートな言葉に、マリエは顔を赤くしてうつむいた。風間は微笑みながら言った。
「そりゃ圭一さんは、アイドルにならなくてもモテる素質を持っています。マリエさんは、圭一さんがあまりにもモテるので、何かの拍子に他に心を奪われるんじゃないかと心配なのではないですか?」
「そっそう!そうなのよ!」
マリエは何かほっとしたように、しゃべりだした。
「だって、ケイイチって誰にでもいい顔をするんだもの。他の女性に見せる笑顔を見たりするたびに、何か不安みたいなのを感じちゃって…。「この子可愛いから、もしかして…」なんて考えだしたらもーっ!!」
マリエはそう言って、かぶったカツラを両手で押さえる格好をして、悶えるような動きをした。風間は驚いたように目を見張って、そんなマリエを見ている。
マリエはいきなり両手を離し、風間に顔を寄せるようにして、まくしたてた。
「私、年上じゃない?それも2歳もよ!…男の人って、どっちかというと、年下の方が好きじゃない!だから、年下の可愛い女の子に本気で言い寄られたりしたら、ケイイチがフラフラーっとその子に気を許しちゃって、とうとうその子を本当に好きになっちゃって、しまいには私をぽいっなんて…」
「マリエさん、マリエさんっ!!落ち着いて下さい!」
風間が慌てて立ち上がり、マリエの両肩を押さえた。マリエは息を切らしながら、はっと風間を見た。風間は苦笑しながら手を離し、椅子に座り直した。
「考え過ぎですって。さっきも言った通り、圭一さんはマリエさんを全力で愛しています。このカードを見て下さい。」
風間はそう言うと、最後にスプレッドしたカードを指差した。マリエはそのカードを見た。
白馬にまたがった子供が満足げな顔をしている。その上には太陽が降り注ぎ、その子供を見守っているようだ。
「太陽正位置」
マリエは顔を上げ、微笑む風間を不思議そうな表情で見た。
「…どういう意味?」
風間は微笑んで答えた。
(終)
……
最後のカード「太陽」正位置の意味
「幸福な結婚」「誠実」「喜び」を表わす。逆位置になると「失敗」「破局」となる。
では、今回は新人占い師ではなく「悪魔祓い師」の「風間祐士」が「生霊」についてご説明しましょう!
いやー…今回は、ほんとーに、圭一さんと破局(笑)するかと思いました。
でも「悪魔祓い師」とはそんなもので、一般の方には理解されにくい立場ではあります。ストーカーまがいのことをしなきゃいけなかったりしますからね。それも声を出せなかったので「言霊」の力を使えず、念だけで祓うのは大変でした(--;)
それに、相手は圭一さんの愛する「マリエ」さんだったから、なんとか祓いきらなきゃと、よけいに力が入っちゃいました。その為に、マリエさんに必要以上の不安を持たせてしまいました。(ほんとごめんなさい)
でも最終的に信じてもらってよかったですよ。でなきゃ、ほんとに「ストーカー」ですからね。充分に注意しないと警察沙汰になっちゃいます(--;)
あ、「生霊」のお話でした。「生霊」は、今回のお話でもおわかりの通り、死んだ人の霊より質の悪いモノです。
怨念や未練が強ければ強いほど、強大な力を持ちます。ですが本気で祓ってしまうと、生体そのものにも影響を与えるので、ほんとやっかいな祓いになります。
「生霊」は、「幽体離脱」と同じようなものです。ただ無意識に起こった「幽体離脱」ならば、霊が勝手に抜け出るだけなので大したエナジーは使いませんが、霊能者など、自分の意思で幽体離脱をしようとすると、とんでもないエナジーを必要とするのだそうです。(実際に生体が痩せたりするのだそうです。…誰ですか?それなら幽体離脱してみたいというのは…(--;))
今回の「マリエ」さんの元彼の場合は、強い未練に寄って起こされた「半意識」的な幽体離脱と考えられます。幽体離脱後の生体は眠っているので、昼間でも「マリエ」さんに憑依していた元彼は、いったいどういう状況にいる人なのかな…と、後でこっそり浅野さんに見てもらったら、元彼はまだ刑務所にいるのだとか。まぁ刑務所でもずっと寝てられる訳ではないでしょうから、休憩時間などに幽体離脱をしていたのかな…と思います。
元彼が刑務所から出たら危ないんじゃないかと思われるでしょうが、今後は「マリエ」さんをテレビで見ただけでも、恐怖を感じさせるくらいの術で祓いましたので大丈夫です。
…しかし、圭一さんとマリエさんって、本当にお似合いのカップルです。…でも、どっちかというと、圭一さんが尻に敷かれそうですかね(笑)
では、また次回にお会いしましょう!