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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ネガポジドッグ

作者: 海星

この小説は、空想科学祭2010の参加作品です。

残酷描写が少し入っているので気をつけてください。


 空想科学祭2010の方の掲示板の感想を参考に、少し修正しました。ありがとうございました。

「あれぇ、新人さんですかぁ」

 ついてない。やっぱり俺は、ついてない。

「はじめまして。私、吹雪ルカっていいますぅ」

 別に、自己紹介は求めてない。話しかけてさえ、欲しくない。

「あなたの名前は?」

「・・・・・・江藤真二」

 って、おい。何答えてるんだ、俺。この間の出来事がショックすぎて、頭おかしくなったのか。

「いい名前ですねぇ」

 いつも思うのだが、その台詞って意味ないと思う。漢字まで言うならまだしも、「しんじ」としか言ってない。「信司」とか「新次」とかかもしれないじゃないか。もしかして俺は、この馬鹿っぽい女にお世辞でも言われているのか? こんなやつに気を使われるぐらい、俺は落ちぶれたのか?

「あなたも、職にあぶれちゃったんですかぁ?」

 そうだ。そうだよ。俺はこの前首にされたんだ。しかも、汚職まできせられて。


 俺は、自分で言うのもなんだが、かなり大きな会社に勤めていた。

 二十二世紀である今の時代、技術や頭脳はかなり重要だ。だから、俺は人一倍勉強して、トップで大学を卒業して、出世を目指して頑張ってきたんだ。

 その努力のおかげか、俺は歳の割にはいい出世をし、東京の、少し問題はあるが結構いいところの高級マンションに住んでいた。

 少しの問題というのは、その土地は、歴史のあるやくざ、「権藤家」の家があり、街中をその部下達などが歩き回っているということだ。

 権藤家は、国とも少し仲の良い、かなり昔から続くやくざの家。なぜ仲がよいのかというと、未だに国の象徴でもありテレビのトーク番組にも出るようになった天皇の親族だという噂がある。やくざと言っても麻薬取引などの不正なものはしていなく、それどころか少し警察に似たところもある。

 でも、やはりやくざはやくざ。この土地に住むと、このやくざのルールに従わなければならなくなる。

 その中でも有名なのは「権藤学」。やくざの頭である「権藤力夫」の息子だ。

 力夫はかなりの親ばかで、学にはとても甘いのだ。「遊園地に行きたい」といったら貸しきりにし、「学校はここがいい」といえば多額の援助をし、その学校に通う全校生徒の家にも挨拶をしにいき、学がやくざの息子ということで不快な思いをしないようにしている(学校の援助はするが、全校生徒の家にお金を渡すというのは不正な感じがするということで力夫はしなかった)。しかも、息子のことを「学」ではなく「マー君」と呼び、部下までそう呼ばせる始末。この呼び方は、学が小さい頃に「マー君って呼んで欲しい」と言ったため、始めたらしい。なので学も嫌がっているわけではない。

 力夫が学のためにすることには、絶対に逆らってはいけない。俺も、「この土地全部を使ってリアル鬼ごっこをしたい」という理由から、マンションを二日ほどあけ、有給休暇をもらい、このスタンガンを使ったリアル鬼ごっこに協力したことがある。

 しかし、お金を取るのでも暴力行為を行うわけではないこのやくざがしきるこの土地は、住み心地は悪くなく、むしろよかった。俺も、快適に過ごしていたんだ。

 なのに、親友の裏切りだけで、俺はここまで落ちぶれてしまった。

 ただ、自分の考えた新商品の企画書を親友に見せて、親友のやってしまった失敗の相談にのっただけなのに。

 新商品のアイディアが奪われただけでなく、勤めていた会社の情報を他社に流したという重罪を、親友にかぶされてしまったんだ。

 しかも、その親友は別れるときに、申し訳ないとか、哀れみの目を向けるとかせずに、軽蔑のまなざしで「負け犬」と言ったのだ。

 牢獄に入れられるということはなかったが、そんな重大な罪を起こしたと思われたら、誰も俺を雇ってくれるわけがない。

 それでも何とか生活ぐらいならできるだろうと思って家に帰ろうとしたら、その家まで謝罪金代わりとして取られてしまった。

 悲しがるだろうが、しょうがないから実家に帰ろうと思ったとたんに、両親ともに交通事故で亡くなってしまった。

 その葬式代で、俺の最後のお金もほぼなくなってしまった。

 屈辱的だが、俺は外で暮らすことに決めた。いわゆる、ホームレスというやつだ。

 だけど、住みやすそうなところは全部他のホームレスで埋まっていた。

 技術と能力が重要なこの社会。職にあぶれたやつは沢山いる。その数はあまりにも多すぎて、生活保護も手が回らなくなったぐらいだ。今では国の補助で生きている人間は、ホームレスの人口の一割にも満たない。

 俺は、必死になって探した。残ったお金で食べ物を、一日一食でがまんしながら買い、探した。

 しかし、いくらたっても見つからない。一ヶ月ぐらいしたら川のすぐそばあたりついたが、やはりなかった。そして、金もついに底をついてしまった。

 ネガティブな気持ちになり、すぐそばの川を見て、もう死んだ方が楽なのではと考えた。もうお金はないから食事代はない。昔ならコンビニに行けば賞味期限切れのものをもらえたらしいが、今は残り物がでないように計算し、生産する事ができるようになっているから、それは期待できない。

 周りにいる大量のホームレスが、興味深げな、しかし「ここは譲らない」という威嚇の光を込めた目を向けてくる。川のそばなら魚がとれるから大丈夫だと思っていたのだが、あまかった。同じように考える人はたくさんいるのだ。

 死ねば楽。というか、もう死ぬしかない。別に死んだって悲しむ人ももういないんだし、生きていたら何かできるというわけじゃないんだ。

 そう思いながら俺は川のそばにより、じっと川を眺めた。周りの目線が突き刺さっていたい。

 そう言えば、川でおぼれ死んだ人はぶくぶくにふやけちゃうんだっけと思いだし、どうせ死ぬなら苦しくないもっと楽なやりかたにしようと思い後戻りをしようと足を後ろに引いたとき。俺は何かを踏んだ。

 なんだと思い足元を見ると、そこには苔がたくさん生えていた。そのことに気が付いたとき、俺の周りの風景が回転をした。

 水分を吸い込んだこの苔の上は非常に滑りやすい。しかも俺は左足を後ろに下げ、その足下にはなにがあるかを愚かにも前からかがむように見てしまったので、前に俺は転がったのだ。

 周りの叫び声が遠くに聞こえた頃には、もう俺は川に落ちる寸前だった。そして、あぁ俺は結局ここで死ぬのかと思った頃、水中に身体が沈んだ。

 俺はそのまま気絶した。てっきり、死んだものだとおもっていた。

 しかし、遅いともとれるが幸運の女神が手をさしのべてきたらしい。

 俺は死ぬことなく川岸に打ち上げられた。しかも、誰もいない河原の。

 そこはどこか、すぐにわかった。数年前にできた、川のそばの原子力発電所だ。

 前にニュースで原子力発電所ができたことを知り、また住人が大量に移転したことを知った。

 原子力発電所の事故発生率は研究に研究を重ねて減らし、今では地球が真っ二つに割れて人類が滅亡する可能性よりもすくなくなっている。さらに発電コストも減っている。だから、世界では原子力発電の需要が伸びた。

 しかし、それでも「原子力発電は危険」という意識が住民には残っているらしい。だから発電所の周りの人たちには移住に必要なお金を配られる。

 どうやらそう考えているのはホームレスも同じようだ。だからきっと、ここには人がないのだろう。

 俺もどちらかと言えば原子力発電所のそばにはすみたくない。いくら可能性が減っているとは言っても、ゼロではないのだ。

 しかし、今は別だ。原子力発電所のそばと言うことよりも、誰もいない河原という方が、よい場所を探していた俺としては何倍にもよかったのだ。

 俺は安心して、珍しくいるはずのない神に感謝して、安心して眠った。

 しかし、目が覚めたら目の前にこの女がいた。

 別に、贅沢はいえない。それは判っているんだが・・・・・・近所の人がこの女というのはあまりにも酷だ。

 見た目としては俺と大体同じ年なのに、ものすごい馬鹿なのだ。しかも、ものすごいポジティブシンキング。

 俺は、馬鹿と楽観者が大嫌いだ。現実をちゃんと見ないで、のうのうと生きてるんだから。


「私と一緒ですねぇ。私も、入社試験にもアルバイト面接にも落ちちゃいまして」

 えへへと恥ずかしそうに笑いながら、女は甘栗色のふわふわとした髪をいじった。

 一緒にするな。絶対、おそらく、俺のほうがお前より努力している。

 そう思っていたら、俺の腹が盛大になった。そういえば、飯をまるまる一日食べてない。

「・・・・・・おまえ、仕事がないならどうやって生きてるんだよ」

 恥ずかしさをかみ殺しながらも、とりあえず目の前にいる頼みの綱につかまってみることにした。この世の中、悪評がうわさとなって流れたら、アルバイトでさえ雇ってくれない。

「え、だってここ、川のそばですよ?」

 女が、心底意味が判らないとでも言うかのような顔をした。いやいやいや待て。お前が何を言おうとしているのか、なんだかわかる気がするのだが。

「洗濯だって、飲み水だって、ご飯だって、全部できるじゃあないですか」

 そういいながら、女は自分の住処らしい石の山へ駆けていき、銛をもって戻ってきた。

 おいおいおい、どんだけサバイバルな生活を、俺はこの先やんなきゃあいけないんだ。


 俺は結局、あの後川で取った魚を摩擦によってつけた火で焼いて食べた。

 採れたての魚は、塩も何にもつけてないのに美味しかった。もしかしたら、この川にも有機水銀でも流れてそれを食べた俺は死ぬかも知れないが、こう美味しければ別にそれもいい気がしてくる。

「散歩しましょーよぉ」

 そして、朝起きたら、目の前にこの女の顔があった。そのせいで、寝たことで「これは夢だったんじゃないか」と期待していた俺は現実に引き戻された。

 俺はしぶしぶ起き上がり、驚いた。空は真っ暗で、まだ月も見える。

「おい、早すぎだろう」

 俺はすぐに抗議した。東の空の様子から、まだ朝四時ぐらいだろうと判断した。

「ええ~、でも、そろそろ朝食を採りに行きたいしぃ・・・・・・」

 俺は文字通り頭を抱えた。仕事の時よりも時間にはルーズになれそうだとは思っていたが、されさえも、無理らしい。

「・・・・・・こんな朝早くから行く必要が何処にある」

 俺は一応抗議した。

「だって・・・・・・あんまりにも遅いと、出勤している人に、ホームレスが食べモン拾ってるって思われちゃいますよぉ?」

 確かに、それは嫌だ。プライドどころか、この女のようにどっかネジが抜けてしまいそうな気もする。

「何を採りにいくんだよ」

 だったら川でまた魚を取ればいいじゃあないかと思いながらも、俺は立ち上がった。きっと、俺の意見は尊重されない。

「キノコですぅ」

 俺の頭に浮かんだのは、この女によって毒キノコを食べる羽目になった俺が泡を吹いて死んでいるさまだった。


「・・・・・・どうやって、そんな知識を手に入れたんだ?」

 まだ日が昇らない中、俺たちは山の中でキノコ採りをしていた。

 もちろん、俺たちがやっているのは不法侵入。だけど山には監視カメラもなかったので、意外と簡単に入ることができた。

 俺はてっきりこの女は毒キノコの判別もできないだろうと思っていたのだが、なぜかさっきから食べれるやつばかり採っていた。

 俺はキノコについての知識なら勉強してあるので知っているが、この女がわざわざ勉強をしたとは思えない。まさか、キノコマニアなのか?

「えっとですねぇ、全部食べて、お腹痛くなっちゃったやつは食べないようにしました」

 ・・・・・・アホだ、こいつ。なんで今までに死なないですんでいるんだろう。もし、猛毒のキノコがあったっていたらどうする。真っ直ぐにあの世行きだぞ。

「あ、これ、このキノコ。このキノコらへんから、ずいぶんと腹痛がなくなりましたよ。食べつくしたのかな?」

 そういいながら、女は一つの大きなキノコを見せてきた。その名は・・・・・・毒テングダケ。

 おそろしい・・・・・・この女、もう胃が兵器のようになってるんじゃないか? もう、爆弾とか食っても平気で生きていけるんじゃないか?

 俺は、たまに混ざる毒キノコを取り除きながら、できるだけ自分の知識でキノコを採るように努力した。


「おーい、真二さぁん!!」

 キノコとりを始めてから約30分。もうそろそろ帰ろうかというときに、女が大きな声で俺を呼んだ。

 しょうがないから、歩いて女に近づく。女は、座り込んで何か抱えていた。

 じっと目を凝らしてみる・・・・・・そいつは、銀色に鋭く光っていた。

 まさか、刃物!? こいつ、俺のことを殺す気だったのか!?

「この子、私たちで飼いましょうよぉ」

 警戒して立ち止まると、女が懇願するかのような目で訴えてきた。

 え、かうって・・・・・・それは刃物ではないのか? てか、買うお金なんてねぇぞ。

 更に近づくと、それが何なのかわかった。

 白銀色に光るドーベルマン。もちろん「白銀色」と言う時点で生身のものではない。そいつは・・・・・・たしか、十日前に発表された新型の犬ロボットだ。

 しかし・・・・・・白銀色って言うことは、これ、全部プラチナでできているのか? いや、メッキだという可能性だってある。

 そう思った俺は、こつんとロボットの腹をたたいてみた。俺が働いていたのはロボット系のところで、身の回りには金属がたくさんあったので、俺はたたくだけでもその金属はなになのか何となくわかるのだ。

 きっとメッキだろうと思ったのだがーー純プラチナだった。確かにそうすば加工しなくても錆びないが、家一個買うよりも、下手したら一生の給料を合わせても届かないぐらい高いのではないか?

 俺は思わず舌なめずりをした。これを売れば、きっと一生楽して暮らせるだけのお金が手に入るに違いない。俺が売りに行くことはできないが、この女はまだブラックリストに載ってないはずだ。

「このこ、動かないんですけど、寝てるんですかねぇ」

 女のこの言葉にはっとした。プラチナが原料の犬型ロボット。この様子だと壊れているらしいが、いくら壊れているとしても、こんな森の中に捨てるはずがない。

「この子、立派だから、もしかしたらアイドルとかの愛犬かもしれませんよぉ」

 いや、アイドルよりも、やくざの番犬の可能性が高くないか? これをここから持ち出したら、やくざに一生追いかけられる羽目になるのではないか? 勿論その一生は平均寿命どころか、捕まえられたら殺されるだろうということだが。

「・・・・・・それ、壊れてるぞ。置いていけ」

 俺はロボットを持ち帰りたくはなかったので、できるだけ自然に断ろうとした。幸い、この女はこの犬がプラチナ製とは気が付いていないらしい。

「つれて帰りましょうよぉ」

 女が、上目遣いで俺を見上げ、犬の顔まで俺に向かせた。

「うっ」

 やばい。はっきりいて、俺は可愛いものと小さいものには弱いのだ。ドーベルマンが可愛いと言えるかどうかは謎だが、なぜかこの攻撃にはいつも打ちのめされてしまう。会社に勤めていたときも、この攻撃を毎朝近所の子どもにやられて、毎日お菓子をあげたものだった。

「壊れているなら、直せばいいじゃないですかぁ」

 確かに、俺ならこのロボットのだいたいの仕組みを見ているので直せないことはないだろうが・・・・・・

 俺は結局、その後一分も持たずにプラチナ製の犬を連れて帰ることになった。


 犬は、思っていたよりも簡単にだいたい直った。ただ単に、エネルギー回路の電線がずれていただけなのだ。

 修理して、気が付いた。この犬、効率化を果たした小型ソーラーパネルで動いている。

 スイッチを入れると、犬が立ち上がった。そのままお座りをして、俺たち二人のほうを向く。

 最初の一言はやっぱりワンだろうな、と思ったときに、前の犬が声を出した。

「直していただき、まことにありがとうございます」

 そういって、ぺこりと頭を垂れる。

 ・・・・・・しゃべるのかよ。犬なのに、ぺらぺらとしゃべるのかよ。

 そう思ってから、俺は気が付いた。犬型ロボットは「ワン」というのが普通で、人語は話せないはずだ。それだけじゃない。人型ロボットでも、まだここまですらすらと言葉を言う技術はできていなかったはずだ。

 ・・・・・・ということは、だ。この犬は、やっぱりかなり金持ちなやつの犬なんじゃねえのか。

「わぁ、すごいですよぉ。しゃべりましたよぉ」

 そのことがどれだけ重要なことか、やっぱり女は気が付いていないようだった。

「お名前は、なんて言うんですぅ?」

「ティムです」

 ティムは、びしっと背筋を伸ばしてそう答えた。そして、その次の瞬間、雰囲気が一変した。

「・・・・・・マー君に、会いたい」

 耳も尻尾も垂れさせて、静かにつぶやいたその様子は、とてもさっきまでのびしっとしたドーベルマンと同一人物、いや、同一機械とは思えない。

 ・・・・・・マー君? マー君って・・・・・・もしかして、権藤学のことか? そういえば、この川原はあそこから離れているが、あの山はあの土地のすぐそばだった。この犬はとてもお金がかかっていそうだし・・・・・・場所と名前と値段から考えても、学のものの可能性が高い。

「なあ、そのマー君って、もしかしてま・・・・・・」

「マー君って、飼い主さんですかぁ?」

 俺が話している途中なのに、女が割って入ってきた。なんだよ、俺に不満があるのか? いや、そういえばそういうことが会社でもあった気がする。俺がそういう体質なのか?

「はい、マー君は、とっても頑張りやさんで、部下も沢山いて、かっこいいんです」

 まじめな口調で、尻尾を振りながら嬉しそうに話すその様子は、ギャップがあってなんだかかわいらしい。

 ・・・・・・じゃなくて、今ティムかなり重要なことを言ったんじゃないか? 部下が沢山? 「マー君」なんて呼ばれる歳の子どもに、普通だったら部下が付くわけがない。ってことはやっぱり、こいつが言っているのは「学君」の「マー君」なのだろう。

 そういえばさっき修理をしたとき、鼻の器官も壊れているようだったな。ネジが飛んでいて、そこだけは直せなかった。ということは、ティムは一人では帰れないということではないか。

「俺、そいつの家知ってるから、帰り道がわからねぇなら連れてってやるよ」

 厄介ごとは、早く片付けるにかぎる。今日にでも、こっそり届けに行こう。


 その後、橋の下に戻り、キノコ鍋を食べた。出汁は、昨日食べた後に干しておいた魚の骨。

 やはり新鮮だからか、結構おいしかった。しかも、妙に香りがいいと思ったら、あの幻の絶滅危惧種、マツタケまであって、かなり驚いた。まあ、マツタケの味は思っていたよりも美味しくなかったが。

 鍋を食べながら、ティムになぜあんなところで倒れていたのかを聞いた。

 すると、ティムはお腹を全開して道具入れを取り出し、一つのレーザー銃を取り出した。小さいが、なかなか殺傷能力の高いものだ。

 この銃は護身用に持ち歩いていた「お父様」からのプレゼントのなのだが、昨日自由研究で山の中に入ったらなくしてしまったのだそうだ。

 そこで、ティムは銃を見つけて喜ばしてあげようと山に入り、見つけたのでお腹の中にしまおうとお腹を全開にした。

 その時、木の上から石のようなものが落ちてきて、バッテリーなどにあたってしまったのだそうだ。

 その石のようなものはなにか、俺はすぐに見当が付いた。たぶん、この辺で増え続けている新種の岩ガラスの卵だろう。修理をしたときに、手のひらサイズの打撲あとと黄色っぽいジェルが少し付いていたのだ。岩ガラスの卵は、確か石と同じぐらい堅かったはず。しかも、巣を作るのは決まって一五〇メートルを越す木の頂上。故障しても仕方がない。


 俺たちは、キノコ鍋が食べ終わってからすぐに出かけた。人通りの少ないところを通って、だ。

 通り過ぎる人は、皆羨望の目でティムを見ている。きっと、犬型ロボットが珍しいのだろう。

 しかし、あたりの様子はだんだんと変わっていった。羨望の目から、獲物を狙うハンターの目になって行ったのだ。

 最初は尾行されるだけだったが、「やっぱり!」というよくわかんない叫び声を合図に、皆が一斉に走って追いかけ始めた。

 よく判らないまま、俺たちはひたすら走った。俺は脚にまあまあ自信があったのだが、なぜかティムならまだしも、女のほうが足が速かった。だが、そのおかげですぐに撒くことができた。

 しかし、そこで安心することはできなかった。人に会うたびに、追いかけられる始末。

 「まて! 誘拐犯!」なんてなぜか言われながら、必死の形相で追いかけられた。もちろん、こっちも必死だ。

 そのうち余裕がなくなり、大通りに逃げ込んだ。そして、すぐに後悔することになった。

「あ、いました! 誘拐犯と思われる人物達です。ティムもいます」

 なぜか大通りにはテレビレポーターがいて、俺たちのことを振り向きそう言ったのだ。

 それを合図に、全員一斉に追いかけ始めた。

「うおぉお!?」

 よく判らずに、ひたすら逃げ続ける。幸い辺りにはまだ人が集まっていなかったので、すぐに後戻りをすることができた。

 しかし、後ろにはやっぱり追っ手が来ていた。仕方がなく、塀の上に飛び乗る。それに習うように、女とティムが塀に乗った。

 すると、足をつかまれた。バランスを崩しそうになる。必死にそれを振りほどき、今度は太陽光パネルでできた屋根の上に飛び乗った。

「見てください!! 誘拐犯が、まるで忍者・・・・・・いや、これでは忍者の方に失礼ですよね。こそ泥、こそ泥の様に屋根を走っています!!」

 すぐに、レポーターが気が付いてそう言った。

 そこからは地獄絵図だった。屋根を降りるにも下には人が沢山いて降りることができず、ひたすら屋根を飛び飛び逃げ回った。

 しかし、すぐに逃げ道はなくなった。屋根が途切れたのだ。

「うわぁ、私たち、スーパーマンみたいですねぇ」

 だまれ。こんな時に、そんな事を考えることができるのはお前くらいだ。

 心の中で毒づきながらも、あたりを見渡して脱出策を探す。

「さあ、ついに追い詰められました!! 皆さん、捕まえちゃってください!!」

 下からは、人がどんどん屋根に上ってきている。レポーターなんか、マイクは小型バッチ式なのに、マイクを持って振りかざすような仕草をしていてのりのりだ。

 それより、何で俺が追い掛け回されなきゃいけないんだ。俺は親切に、ティムをマー君のところに届けてやろうとしただけじゃねえか。誘拐犯ってなんだ。もしかして、ここでティムをはなせば追いかけられなくてすむのか? いや、こいつらがティムのことを知っているということは、「マー君」の「お父様」あたりが命令を出したということだろう。下手したら、ただで死なせてもらえないかもしれない。

 少し立ち止まれたことで冷静になった頭で、色んな事を考えた。屋根の上に一人分の手が見えた。もう時間はない。

「ねぇ、スーパーマンだったらさあ、こっから飛び降りれないかなぁ」

 その言葉ではっとした。家が途切れていたのは、ここが崖だったからだ。下を見てみると、まあまあ深そうな川があった。

 どうする? 飛び込むか? この川は、結構流れも緩やかそうだし、上手くいけば傷もつくらないですみそうだ。いや、世の中そんなに上手くいくとは思えない。前に川に流されたときよりは流れが緩やかだとはいえ、高さがあそこの約三倍ぐらいある。下手したら、骨折どころか溺れて死ぬかも。

 俺は、自分が溺れてふやけてぐちゃぐちゃになっているところを想像してみた。・・・・・・うえ、気持ち悪い。吐きそう。

 でも、ただで死なせてもらえないよりはましなんじゃないか? よく、「川に飛び込み自殺」というのもあるらしいし。

 それに、俺は一度死にそうになって生き延びたんだ。ここで命を落としたって、別に悔いはないだろう。

 俺は珍しくポジティブにものを考えている自分に気が付いて、思わず苦笑いをした。首になってから、俺はネガティブに考えることが多かったきがする。前に川に落ちたときなんか、今の正反対だ。

「・・・・・・おい、ティム。お前、この中に飛び込んでも壊れないか?」

 唯一心配なのはティムだった。いくらプラチナ製で錆びないとしても、水に飛び込めば機内に浸透してしまう。

「大丈夫です。僕の素材は、発電機まで全部、水に強いもので作られていますから。海水浴もしたことがあります」 俺はにやりと笑った。何日ぶりの笑みだろう。そんなところまで、金かけてんだな。

「よし、じゃあ並ぶぞ」

 俺たち二人と一匹は、屋根の縁に並んだ。

「あー、誘拐犯とティムが崖に向かって並びました。・・・・・・え、崖? ・・・・・・早まるのは止めなさい!!」

 遠くで、レポーターが必死に叫んでいるのが聞こえる。ちらりと目を向けると、さっきまで興奮して赤かった顔が、真っ青に染まっていた。

「一、二、三で飛び込むからな。いくぞ・・・・・・」

 全員で、飛び込みの姿勢に入る。視界の隅に、止めるべく手を伸ばしている一般人の姿が見えた。

「一、二、三っ」

 背筋を伸ばし、手を頭の上で組んだ綺麗な飛び込み。俺としては十点満点だ。

「あーーー・・・・・・」

 遠くで、ここらへん一帯にいる人間の全ての叫び声が聞こえた気がした。


 目が覚めると、俺と女は畳の上に転がっていた。そばにティムはいない。

 どうなっているんだと起き上がろうとしたら、手と足が不自由なのに気が付いた。全身が痛むのを我慢して首を後ろに回したら、新型の手錠が付いていた。世界一つよいといわれる、スイッチ式の磁石手錠。これをつけられて自分ではずせた人は、今までに一人もなし。

 やっと、状況が理解できた。俺は、捕まったんだ。どうして飛び込む前に気が付かなかったんだ。テレビがあるということは、あれが全国に放送されているということ。川の流れは一つしかないのだから、下流に先回りしたら簡単に捕まえられるということ。

「おい、起きろっ」

 隣ですやすやと気持ちよさそうに眠っている女に、ひざで蹴りをいれた。といっても、足首が繋がっているから威力が出ない。

 でも、起こすには十分だった用だ。すぐに、「ふにゃ?」なんて間抜けな声を出しながら目を覚ました。

 そして、タイミングを合わせるかのように、人が入ってきた。

「起きたか」

 どすの利いたその低い声の持ち主は・・・・・・権藤力夫だ。

「さて、じゃあ早速話しを聞かせてもらおうか」

 その後ろから、補佐役らしきサングラスをかけたごついお兄さんが入ってきてそう言った。

「おまえらは、ティムを盗んでいった。厳重な警備の中で、どうやって入ったのかは知らないが、これは、死罪以上の罪がある」

「マー君も、怒っていたぞ」

 「マー君」という単語を聞いてびくりとした。

 やっぱり、ティムは権藤学のペットだったんだ。

 俺が口を開こうとしたときに、女が割って話し始めた。「えっとぉ・・・・・・なんで私たち、手と足を縛られているんですかぁ? あ、もしかして、お礼をあげる前に帰っちゃうのを防ぐためですかぁ?」

 俺は思わず顔をしかめた。こんなときにまで、なんて事を言い出すのだろう、この女は。ポジティブシンキングにも程がある。

 権藤力夫の眉間にどんどん皺がよるのが判る。もしかしたら、俺までこいつと同じような気違いと思われたのかもしれない。きっと、話の通じない相手だと感じたのだろう。

 俺があわててまた口を開こうとしたら、障子がまた勢いよく開いた。この障子は入る人の気持ちに合わせてスピードが出る設定になっているようだから、この人はだいぶ怒っているのだろう。そこに立っていたのは・・・・・・権藤学だ。中学生の癖に二メートル以上ある胴体をすこし曲げて中に入り、金髪のスポーツ刈りを手でかきあげ、耳に大量についているピアスをきらめかせながら、お父様こと力夫にも負けないような顔を作って、威嚇するかのように女を覗き込んだ。

「あぁ、おめぇ、何言ってやがんだ。おめぇらがティムを盗んだんだろう?」

 さすがに怖いのか、女が少し後ろに下がろうとする。

「てめえ、なんて名前なんだ」

「・・・・・・吹雪ルカですぅ」

 こんな時にもひるまないで答えられるというのはすごいと思う。

「なんだぁ、そのふざけた口調は」

 そう言い放ってから、学は顔を上げ、俺たちを見下しながら続けた。

「吹雪ルカ、ねぇ。名前のとおり、その心は冷たいんだろうよぉ」

 少し俺はカチンと来た。なんで、そんなことを言われなくてはならないんだろう。第一、俺らは親切にティムを届けに来たんだ。いくら本当のことに気が付いていないとはいえ、そこまで言われていい立場ではないはずだ。

「マー君、泣いてたじゃねぇか。どうしてくれるんだ」

 俺は反論をしようとして・・・・・・止めた。

 今、こいつ「マー君」って言ったよな? 「マー君、泣いていた」って言ったよな? こいつ、自分のことを「マー君」って呼んでいるのか? 見た目にあわなすぎる。というか、「泣いていた」って、なんで三人称なんだ。なんで、一人称じゃあないんだ。こいつ、ちゃんと教育されていないのか? いや、確か日本で一、二位を争うほど優秀な家庭教師をつけているって聞いたことがある。

 どういうことか良く判らないまま、俺は黙り込んだ。学はそんな俺を一瞥して、力夫のほうに振り向いた。

「お父様、もう死刑所の準備はできてんぜぇ」

 見た目に似合わない「お父様」という言葉をはきながら、学は外に出て行った。

 し、死刑場!? やっぱり俺らは殺されるのか!?

 あわてて反論をしようとする。しかし、その瞬間に、俺と女の口に猿轡がつけられた。ずいぶんと古風な趣味だ。「じゃあ、早速行くぜ」

 補佐役が、俺と女の首をつかむ。そのまま持ち上げて、部屋の中を出た。

 ・・・・・・いくらなんでも、怪力過ぎだろう・・・・・・?


 外に出て驚いた。

 目の前に広がっているのは、土でできた広場に、四頭の牛。そしてそこから約二十メートル先には、ちょっと気が荒れているっぽい馬が約50頭、柵の中にいる。牛のそばにいる部下っぽい人は、手に鎖が長いバージョンの手錠を四本しっかりと抱えて持っている。そして、敷地を囲むように立てられている柵の外には、無数の見物人らしき人が・・・・・・「きゃぁコワーイ」「初めてみる」「ドキドキすんね」なんて言いながら立っている。

 これは・・・・・・どんだけ古風趣味なんだ!? 今の時代、痛みを全然感じさせないで殺せる死刑の方法が主流だって言うのに。

 しかも、俺たちの骨まで残させないつもりらしい。あの大量の馬が、その証拠だ。俺も「ジンギスカン」という本の中で読んだことがある。たしか、子馬と一緒にやっちゃって、その親を使って何処に死体があるのかを確認する方法だよな。でも・・・・・・その子馬らしきものは見当たらない。これじゃあ誰も墓参りに来てくれないじゃあないか。いや、親が死んだいま、墓参りに来てくれる人なんていないか。

 俺は必死に説明しようとしたが、猿轡のおかげで声にならない。

 俺を持っている人と力夫が、すぐそばでしゃべった。

「どちらからやりますか? 牛は四頭しかいませんよ」

「大丈夫だ。ダーツを用意してある」

 おいおいおいっ。ダーツで順番を決めるのかよ!?

 俺はできれば最初がいいな・・・・・・だって女がやられているところを見たら、恐怖で狂うと思うから。いや、もしかしたら救いの手が来るかもしれない。二番目がいい。絶対に、二番目がいい。

 俺と女が荷物のようにおろされた。目の前には、例のダーツが・・・・・・これもずいぶんと古風なものだ。手動式でダーツも針ときている。

 目の前で、板が回る。多分、青が俺だろう。ひどいとは思うが、赤に当たれと俺は願う。

 力夫の手からダーツが放たれる。それは真っ直ぐに飛び・・・・・・赤に当たった。

 思わず、「よしっ」と叫ぶ。声にはならなかったが。

「赤か。よし、じゃあ男の方だな」

 ・・・・・・えぇ!? 俺!? 普通、青が男で赤が女じゃねぇの!?

 びっくりしてうめく。そんな俺を、補佐役が首をつかんで持ち上げる。少し女が補佐役の邪魔をしてくれたのが、少し嬉しかった。

 抵抗する俺の腕と足に、新しい手錠がつけられる。そのまま俺は仲良く四頭の牛とつながり、大の字になって寝転ばされた。口には、やっぱりまだ猿轡が。

 無駄とは判りながらも、必死に抜け出そうと身体をひねらせ、訴えようと声を出す。

 力夫の冷ややかな声が、そんな俺に向かうように放たれた。

「よし、打て」

 ああ、俺は死ぬんだな。誰でも努力すればいいことがあるなんて嘘だったんだな。あの年中勉強と言ってもおかしくない学生時代、せめて青春とか恋愛とかにつぎ込むんだった。

 俺の頭に走馬灯のように映像が流れる。いや、本当に死ぬんだから走馬灯で間違いないか。

 視界の隅に、鞭を大きく振りかぶる人が見えた。こんなときにまで、何でそんなに古風なんだという言葉が頭の隅をよぎる。

 鞭が振り下ろされる・・・・・・そう思ったとたんに、空から声がした。

「待って!!」

 ああ、天使がもうやってきたのか。そうだよな。悪いことしたわけじゃないんだし、せめて天国にいけてもいいよな。いや、そう言えば、今朝不法侵入をしたんだっけ。もしかして、あれのせいで地獄送りになっちゃったり……

 そう考えながら俺は、知らずうちに涙が流れていた目を、声のしたほうへと向けた。

 そこには・・・・・・ちっちゃい子どもが一人乗り空自動車に乗っていた。

「まって、その人は、無実なんだ!」

 男の子が、自動車から降りながらそう叫ぶ。

 俺の身体はまだ引きちぎられてはいなかったものの、間に合わなかった一人がもう鞭を既にうっていたので、右足が引っ張られていた。痛い痛い痛い、ひきちげられる。

 その男の子には見覚えがあった。確か、何か行事のたびにテレビに映っていた気がする。かなり有名な、偉い人のような・・・・・・

「守王子!?」

 力夫が叫んだ。

 守王子・・・・・・って、あの有名な天皇の子どもの!?

 天皇は昔は日本の顔として国事行為しかしてなかったそうだが、今の時代、天皇はテレビにもよくでる御茶ノ水にとっても身近な存在になっている。少し前までは普通の生活をしていた俺も、もちろんその顔を知っている。

「おい、マー君、何してんだ!?」

 俺の右足を引っ張っている牛が止められたとき、学が守王子に近づいた。そっか、「マー君」って、守王子のことだったんだ・・・・・・って、え!?

 そういえば、学と守は同級生で仲がいいとテレビ番組でやっていた気がする。だから、学が守王子のことを「マー君」と呼ぶことには理解ができるが・・・・・・さっき、学は「マー君、泣いていた」って言っていたよな? その「マー君」は守王子なんだから・・・・・・やばい、頭が回らなくなってきた。

「その人は、山の中で故障して倒れていたティムの事を直して、鼻が壊れちゃったティムを僕の家に案内しようとしてくれたんだって! 全部、ティムから話を聞いたんだから!!」

 守王子が学に対してそう説明していたら、守王子が乗っていた自動車の中からひょこりとティムが出てきた。

 ティムは、俺に近づいてくる。

 足の手錠をはずされて、猿轡もとられた俺は、息を整えてからティムに聞いた。

「なあ、お前の飼い主のマー君って、権藤学のことじゃないのか?」

 すると、ティムは首をかしげながら答えた。

「え? マー君は守くんのことですよ? 学とは違いますよ?」

 その学は、親に「マー君」と呼ばれているのだが・・・・・・うわ、面倒くさ。

 俺は事の真実に気が付いた途端に、安心と疲れが一度にきたのかそのまま気絶した。


「はっはっは、すまなかったすまなかった」

 今、俺たちは用意された服に着替え、天皇家と権藤家と一緒に夕飯を食べている。とは言っても、とても緊張して味わうことができない。しかも、この服はもう絶滅しかけている生糸で作られていた。この服を汚したら大事だ。

「まあまあ、許してくれたまえ」

 謝られただけで、冤罪により殺されたことを許すなんて軽すぎる気がする。が、やっぱり緊張して反論することができない。

 真相は、こうだった。ティムの飼い主は守王子で、国民に捜査を頼んだのは天皇。その捜査に、仲が良かった権藤家が進んで取り組み、そのまま死刑まで執行してしまおうとしたというわけだ。

 それにしても、守と学か。「マー君」というニックネームには、随分と振り回されてしまった。

「まあ、殺してしまいそうになったことには違いないし、なにかお礼でもした方がいいかな」 

 天皇がつなげてそう言ったのを聞き、俺はすぐに「仕事をください」と叫びそうになった。しかしその言葉は、声にならなかった。どうやら緊張しすぎて、のどがつっかえたようだ。

「そういえば、おまえって前に、俺の家が治めてたところに住んでいなかったか?」

 俺がなにも口に出せずにいると、学が急にそんなことを言ってきた。

「なんか昔に、一緒に遊んだような気がするんだけど……」

 俺は驚いた。俺が住んでいたところは人口が高かったため、学が俺のことを覚えているはずはないと思っていたのだ。

「そうなのか?」

「あぁ。たしか、二番地のマンションに住んでいたはずだ」

 口をパクパクさせている俺をしげしげと見ながら、学は続けた。

「だけど、確か二週間……いや一ヶ月か? そのくらい前に急に姿を消したんだぜ」

 権藤親子が、じっと俺のことを見てくる。なんだか、居たたまれない気分だ。

 どうしようかと迷っていたら、ルカが急に口を開いて、俺の重大なプライバシーを口にした。

「真二さんは、職にあぶれちゃったんですよぉ」

 俺は大きな声で「死ね」と叫びそうになってしまった。 しかし、さすがにそう言うことはできず、渋々口を開いた。

「……首にされちゃいまして……」

「なに、真二君は会社を首にされていたのか」

 天皇が、目を見開いて俺のことを見てきた。恥ずかしすぎる……

「……いや、ちょっと、同僚に汚職を着せられまして……」

 そういいながらも、あの出来事を思い出して悲しくなってきた。

「そうか……。今、真二君には仕事がないのか……」

「あ、私もありませんよぉ」

 いや、それは堂々と言えることじゃないと思う。

「そうか……」

 天皇は少し考えるような振りをしてから、力夫と少し席を立ち、部屋の隅で話し合ってから元に戻ってきた。

「よし、君達に仕事を与えよう」

「「え!?」」

「天皇家に仕える宮内庁は知っているだろう?」

 知っている。勉強から音楽などの趣味や食事まで、全てを世話しているところだ。

「そこの何処でも好きなところに入っていいぞ」

 俺は思わず立ち上がった。世の中に、こんな都合のいいことがあってもいいのだろうか。いや、さきほどまで殺されそうだったことを考えればプラマイゼロになるかもしれない。けど……これは……!!

「やったあ!!」

 気が付いたら俺は、隣にいた女と一緒に手を叩き合っていた。周りからの暖かいまなざしに気が付いて、あわててもとの席に着く。だが、俺の興奮は冷めないままだった。

「よかったな。たまには俺たちとも遊べよ」

 学が、俺たちに向かってにかっと笑ってそう言う。隣にいる守王子もうなずいていた。

 そばに控えていたティムさえ、笑っているように見えた。


 今、俺は守王子にロボット工学を教えている。ちょうど、そのジャンルの教師がいなかったのだ。

 守王子は素直で、飲み込みがよい。担当してから一年しかたっていないのに、もう小型のならばロボットを作れるようになっていた。

 ルカは、守王子にアウトドアについていろいろと教えているらしい。守王子が「ルカの授業も楽しい」とよく言っていた。

 あの手錠でくくられた時。情けなんてかけるんじゃないと、俺は正直感じていた。実際、俺は殺されそうになったのだから、それは仕方のないことだろう。

 しかし、もしあそこでティムを送ろうと思わなかったら、今のようにいい生活に戻れなかったはずだ。

 いや、今の生活は、前よりも向上をした気がする。あのときは絶望の淵に浸っていたが、むしろ首になったおかげでよくなったのではと、今は思える。

 別にだからといって、また絶望に浸るようなことは起こってほしくない。

 でも、今回の出来事により、人生は縄のように幸運と不運が重なっているということがあながち間違っていないのだと思うことができた。

 しかし、だからこそ、こんなにいい職に就けると、いつしかまた汚職などをきせられて落ちぶれてしまうのではと、よく不安に感じる。

 絶望がなくなっても、俺のネガティブな考えはぬけ切れていないようだった。

 この生活が永遠に続き、ネガティブ思考から抜け出せたらなと、俺は毎日願うことになった。


 こんにちは。海星です。

 空想科学祭2010の参加作品、二作目を投稿しました。

 といっても、「Terra」のほうはまだ終わってませんよね。

 正直に言うと、この作品は、「Terra」が期限内に終わるかどうか不安になったために急遽書いた作品です。

 もちろん、明日からは「Terra」に集中したいと思います。

 この作品は、実を言うと作者初めてのコメディー小説になりました。あと、短編も実は、ホラー以外書いたことがありませんでした。

 なので、感想、評価などで指導していただけると嬉しいです。


 空想科学祭2010の感想により、「荒川アンダーザブリッジ」という話しと設定がかぶっている、というご指摘をもらいました。

 一応言っておきます。私はその話を知りません。

 調べたところ、十月から始まるアニメのようですが・・・・・・私は親の都合でただ今海外にいるため、アニメは見れず、よってアニメ情報を見ることもありあせん。マンガもあるそうなのですが、一応マンガは売っているとはいえ、基本私は「少年」「少女」とつくコミックしか読まないので、同様に知りませんでした。

 設定がかぶってしまって、すみませんでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、ロメルと申します。 空想科学祭2010から来ました。 テンポがよく軽快に読める作品で、楽しく読ませて頂きました。 良い意味で予想から外れない王道なストーリーで、安心して読むこ…
[良い点] ・親ばかなやくざ、権藤力夫の行動に吹きました(笑 リアルで「リアル鬼ごっこ」、ちょっと楽しそうですねぇ。 ・毒テングタケを平気で消化できるらしい女に対し、主人公が恐怖に震えるシーン、よかっ…
2010/10/10 18:13 退会済み
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