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Refrain  作者: るるる
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64_エーデルガルトの話(5)



 とある平日のこと。季節の変わり目故か、熱を出してしまったエルは2日学校を休んだ。そして3日目となる今日は大分体調も良かったために登校しようとしたものの、心配性の兄と姉と両親――要するに過保護な家族全員から止められてしまったことに加えてここ最近、魔法の演習において教師陣から難なく1本取れるようになってからというものの、なんだか学校が楽しくなくなっていたこともあり、素直にその提案を受け入れた。

 というのも前までは楽しかった魔法の授業だが、ここ数ヶ月はどうも楽しいと言うよりかは同級生からの好奇の目だったり、教師からの冷たい対応だったりと、どうにも居心地が悪かったからだ。特にエルは同級生が「エーデルガルト相手じゃ勝てないから」と遠巻きに避けるのはともかく、自分よりもずうっと歳上のはずの教師までもがあからさまに顔を顰めたり、わざと無視をしたりしてくるのが本当に嫌だった。エルにとって大人というものは皆兄のように一緒に泥だらけになって遊んでくれるか、あるいは姉のように優しく諭し導いてくれるか。あるいは両親のように心配したり気にかけてくれたりするか――とにかく優しく包み込んでは頼らせてくれる存在という考えがあっただけに、大人げない彼らの言動には心底ガッカリしていたのだ。

 けれどただでさえ身体が弱いが為に、家族に余計な心配を掛けさせている自覚のあるエルは、最近の学校での出来事を話題には出していなかった。誰にも告げていなかったし、誰かにどうして貰おうとも思っていなかった。ただただ、人間という存在のなんとも矮小で浅ましい行動に心底ガッカリしては失望しただけだった。但し人間を見限ってはいなかった――というよりかは、大人顔負けの魔法の才を持っているとはいえ、まだまだ子供故にそこまで思考が回ることはなかった。ただ漠然と抜きん出た才能に対する世間の評価を、なんとなく噛み砕いている最中だった。

 

 だからこそエルは何がなんでも学校に行きたいと言うわけではなかったし、平日故に皆が出掛けてしまった後のそれなりに広いグロスクロイツ家の自室でひとり、本でも読みながら今後どう立ち振る舞っていくか思案しようと思っていたのだ。しかしながら、遠征直後の休暇を持て余している兄はともかく、両親までもが休暇を家に残るとは思わなかったから、エルは心底驚いてしまった。それからそんなに両親を心配させていただろうか、自分の嘘の付き方と演技力とに問題があっただろうかと、眉を顰めた。けれどそんなエルに対して母は「最近あまり休んでいなかったし、ここ最近は休日もいつも仕事ばかりだったでしょう?」と告げた。父は続けて「たまには親子でゆっくり過ごすのも良いだろう。」と付け加えると、長兄であるギュンターに家の留守を言い付けるや否や末娘の返答も聞かずに何処に出掛けようかとふたりで話し合いを始めるものだから、エルはぽかんとしてしまった。

 ――もしかしなくても、それはずる休みなのでは。そんなことを思いながらエルは兄へと助けを求めるように視線を向けるも、その物言いたげな目線を受け取った張本人はニコニコしながら「よかったなあ、エル!」と口にしては梳かした髪がぐちゃぐちゃになるまで執拗に撫でてきたものだから、エルは助けを求める相手を見誤ったなと静かにため息をついた。そしてひと足早く仕事に行ってしまった姉を全くの筋違いと自覚しながらも、少しだけ恨んだ。





 ――――――





「ほら、この本はどうだ?お前の好きそうな魔法がたくさん載っているぞ?」

「どれどれ?――あら、いいわね!花を一瞬で咲かせる魔法に、夜空の星がよく見えるようになる魔法に、遠く離れた人とお喋り出来る魔法!……これなんて、覚えたらギュンターが喜ぶんじゃないかしら?」

「……………………。」


 エルは最近オープンしたばかりの、本を読みながら茶を楽しむことが出来る、本屋と茶屋とが一体になった店主曰く『これからはこういうのが流行るに違いない!』と豪語する喫茶店にて、両隣を両親に挟まれながら目を瞬かせる。それもそのはずでもっと小さな頃、今ほど忙しくはなかった兄と姉に何度か手を引かれて騎士団まで両親の忘れ物――大抵は弁当だった――を届けに行った際に見た、記憶の中の厳しく騎士団員を指導する両親とも、普段の我が家での物静か且つ家でも仕事をしているような真面目な姿からは想像もつかないほどのはしゃぎっぷり――に、エルはそれなりに年齢を重ねた人でもこうして子供のように心が踊るようなことがあるのだなあと関心半分、どうすれば良いのか分からずに戸惑う気持ち半分だったからだった。

 エルはとりあえずは大きなアイスが乗ったクリームソーダをつつきながら、最後のひとつはともかく前ふたつの魔法は到底日常生活においてもなんの役にも立ちそうにないよなあ、と苦笑する。そんなもの覚えたところで…と、若干呆れてしまう。が、それ以上に魔法のことなどからっきしのはずの両親が真剣に手ばかり掛かる末娘に真剣に向き合ってくれている事実を何よりも嬉しくなると、思わずニコニコと笑顔を浮かべながら頷いた。


「そうだね。これ、勉強してみようかな。出来るようになったら、お父さんとお母さんにも見せてあげる!」

「そうかそうか。お前は本当にいい子だなあ、エル。」

「えへへ、本当?」

「ええ、本当よ。ギュンターもリオポルダも本当にいい子だし、わたしたちの宝物だけれど――あなたは更に大切。とびきりの宝物よ!」


 両親は遅くに生まれた上に、どうしても立場ある人間故につい仕事にかまけてはギュンターとリオポルダほどは構ってやれていないことへの申し訳なさと、健康体に産んでやれなかった後悔から、せめて言葉だけでもと思いつく限りの上等な言葉をエルに向けて告げる。エルはそんなこと言わなくなってわかっているのになあ、ともう一度苦笑してから、あまりの照れくささにもう一度「えへへ。」と笑っては頬を緩ませた。

 というのも、女神の圧倒的な神秘と威厳を以てしても依然として混乱の中にある世界において、身体が丈夫ではない子供や一族の家風にそぐわない子供というものは養子に出されたり、赤子のうちに捨てられることも少なくはなかったのだ。特にグロスクロイツ家は代々騎士として女神に仕えてきた、かなり高名かつ由緒正しい家系のひとつなのだ。そういった家においては特に病弱な子供や、今後『優秀な騎士を排出している家』としての地位を揺るがしかねない魔法に秀でた子供というものを、決まって養子に出す慣例があった。けれどエルの両親は、病弱なのは歳を取ってから産んだから――つまりは自分たちの責任であり、そ魔法に秀でているのは更なるグロスクロイツ家の発展の祖になるに違いない――そう言い切っては、エルを養子に出すことは決してしなかった。要するに歳をとってから出来た子供というものが、腹の中にいる頃から可愛くて可愛くて仕方がなかったのだ。歴代の慣例を無視して手元に置いてしまうくらいには、エルのことを深く愛しているのだ。

 それを幼い頃から溺愛エピソードのひとつとして兄から再三聞かされて育ったエルは、例え仕事で忙しくて顔を合わせる時間が少なくとも、両親が自分を手元に置いておいてくれることこそが何よりの愛情の証だということを、よく理解していた。だからこそその言葉を疑うことなどしなかったし、寧ろ改めて口に出されるとなんとなく気恥しくなってしまった。加えて今日はふたり揃って急遽休みを取ってこうしてずる休み――もとい久しぶりの親子水入らずの場を用意してくれたのだから、尚更だった。


「ねえねえ、お母さん。次はお母さんがわたしに本、選んで?」

「いいわよ。お母さん、張り切って探しちゃう!」

「…………ねえ、お父さんをその間、ちょっと早いけどお昼ご飯も食べたいな。……何か頼んでもいい?」

「ああ、いいぞ。食べきれなくてもお父さんが食べてやるから、心配せずに何でも頼みなさい。」

 

 エルは久しぶりに両親の愛情を独り占めしている優越感と満足感から、学校での自身に対する理不尽な扱いなどすっかり忘れてしまうと先程までの若干の戸惑いなど何処へ、子供らしく両親に甘える。父親が選んでくれた本を胸に抱えたまま、今度は母親に自分のために両親や兄、それから姉が喜びそうな魔法の書いてある本――きっと、少しも生活の役には立ちそうにない――を、探してきて欲しいと頼んだ。母は娘からのリクエストに少々張り切りすぎては、というほどに張り切るとエルの頭を撫でてから席を立つ。エルは本棚の間に消えていく母親の後ろ姿を見送ると、今度は父親に少し早い時間ではあるものの小腹が空いたことを告げると本は胸に抱えたまま、メニュー表に書かれている軽食を指差す。父はそんなエルにデレデレと鼻の下を伸ばしながら、なんとも甘い言葉――兄のベッタリとた甘さはここ由来だな、と嫌でも悟ってしまうくらいに甘ったるい言葉と共に店員を呼ぶ。エルは父と店員に礼を口にしてから、その言葉に甘えてケチャップがたっぷりのナポリタンとたまごがぎっしりと詰まったたまごサンドを注文した。次いで料理が届くまでの間、父が選んでくれた本――やっぱり何度読み返して確かめてみても、少しも女神の役に立ちそうもない、子供のお遊びのような魔法を眺めた。

 ただ花を咲かせるだけ。ただ、いつもより夜空の星が綺麗に見えるようになるだけ。一見唯一役に立ちそうだと思った遠く離れた人と会話出来る魔法も、よく見たら持続時間はたったの15秒だというのだから、エルはこれじゃあ習得したところで兄に彼の喜びそうな最低限の言葉――「頑張ってね」と「お兄ちゃん大好き」くらいしか言ってあげられないなと苦笑した。それでも花を咲かせることが出来ればああ見えて花が好きな姉は喜ぶだろうし、夜空の星がいつもより綺麗に見えれば夜中まで起きていられる口実になる。両親以上になかなか会えない兄に、親愛のこもった言葉を伝えることも出来る。――となると女神の役にはなんら立ちそうにないものの、少なくとも自分の身の回りにおいては誰かを傷つける可能性のある、一般に皆が言う『役に立つ魔法』よりかは余程役に立つし価値があるのかもしれないなとエルは思い直すと、父親に「この本、買ってもいい?」と問いかけた。

 父は無言で頷くと、エルの頭を撫でる。エルは了承してくれたことに目を細めると、早速帰って姉と一緒に読み込もうと決める。それから、まずは兄が次の遠征に行く前に遠く離れた人と会話出来る魔法を。次いで結婚式の近い姉のために花を咲かせる魔法を。最後に自分のために星が綺麗に見えるようになる魔法を。その順番で習得していこうかなと、まだ見ぬ魔法に胸を踊らせながら手元の本へと視線を落とす。忙しなく視線を往復させては、予習する。父はなんとも楽しげに魔法を学ぶ末娘の様子を眺めながら、徐に口を開いた。


「なあ、エル。」

「なあに?お父さん。」

「――学校、面白くないなら、行かなくたっていいからな。」


 エルはその言葉に思わず視線を上げる。それから、努めてなんでもない振りをして取り繕っていた、心の奥の本当の気持ち――何でちょっと魔法の才能があるくらいで、教師から目の敵にされなきゃいけないんだろうだとか。何もそんなに遠巻きにして恐れなくなっていいじゃないかという、同級生への不満だとか。そういうものをちゃんと受け止めてくれる人がここにはちゃんといること――加えて面白くないなら、不快なら、無理をして行かなくなっていいんだと。甘えではなく自分の心が歪んだり壊れたりしない為に、そう言ってくれる存在がいることに心底安堵すると共に、両親は一体どこまで自分が置かれている状況を知っているのだろうか、どうして相談しないんだと怒られるだろうかと、若干の怯えを含んだ瞳を父に向けた。

 けれど父はそんなエルに対して叱りつけるわけでも怒るわけでもなく、ただただ優しい瞳を向けると「……父親の勘だよ。」とだけ告げた。エルはその言葉にぽかんとした後に、両手いっぱいに本を持ってきた母親――どうやら選び切れなかったらしい――にけらけらと笑う。それから母に向かって「これも母親の勘?」と問いかけた。すると母は一体何の話だろうかと小首を傾げるも、夫からのアイコンタクトにそれとなく何を話していたのかを察するとテーブルに大きな音を立てながら本を置きつつ、答えた。


「うん、そうよ。母親の勘。それから、年齢を重ねた故の勘かな〜?」

「やっぱり。……大丈夫。学校、行くよ。ちゃんと楽しい時もあるから大丈夫!例えば――お弁当の時間とか、ね?」

「…………そうか。なら安心だな?」

「ええ、そうみたい。……わたしたちの子は、身体が弱い代わりに心が強いみたいね?」


 エルはおどけて答えたその返答が思いのほか両親に受けると、「やった!」と小さく拳を握る。それから明日からの学校はきっと昨日までとは違う気持ちで行けることをなんとなく悟ると、まずはタイミングよく運ばれてきたナポリタンを食すべくフォークを手に取った。

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