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Refrain  作者: るるる
63/64

63_エーデルガルトの話(4)


 その日、遠征帰りということもあり1ヶ月の休暇を貰った兄は珍しく討伐隊の部下と朝まで飲むと言って夕方に家を出ていった。エルは遠征が終わるなりべったりと張り付いては何があろうとも離れようとしない兄が自主的に、それも「今日は朝まで帰らないからな!」と宣言したことに対してこんな珍しいこともあるんだなあと感心しながら見送った。それから寂しいことは寂しいものの、漸く妹離れが出来そうで良かったとも思ったのだ。

 けれどもそんなエルの思考とは反対に、兄が家を出ていった約10分後に仕事終わりの姉に引き連れられてやって来た人物を見た瞬間、エルは兄がどうしてエルとの自称蜜月を放棄してまで家を出たのかを全て理解した。と共に、未婚の長兄のプライドなどという非常に面倒くさい大人の世界と感情を悟ると、やれやれと肩を竦めた。


「なるほどね〜…。」

「?何が『成程』なんだ、エーデルガルト?」

「ううん、こっちの話。」


 エルは思わず口から突いて出た言葉を姉に拾われると、兄の名誉のために素知らぬ振りをした。それから姉が招き入れたもうすぐ家族になる青年へ、こんにちはと口にしながら頭を下げた。姉の婚約者は行儀よく挨拶の出来たエルに、ニコニコと人の良い笑顔を浮かべると手にしている箱――いつも手土産を持ってきてくれるのだ――を、手渡した。エルはそれをお礼を言いながら受け取ると、キッチンに持っていく。そして箱を開けると、中に入っているケーキに目を輝かせた。何故ならばそれは以前エルが美味しいと零した、姉の婚約者手作りのふわっふわのシフォンケーキだったからだった。

 エルは以前、姉の婚約者にご馳走して貰った手作りのケーキを美味しいと褒めたこと、また食べたいと強請っては母親に諌められたことを思い出す。それから彼がそれを覚えてくれていたことに感動すると、思わず今すぐケーキを切り分けては頬張りたい気持ちに駆られた。が、今は夕方。じきに両親も帰ってくるだろう。何よりも仕事終わりの姉が連れてきたということは、今夜はグロスクロイツ家の面々と夕食を共にするということなのだろう。加えて明日は休日なのだから、もしかしたらそのまま泊まっていく可能性だってある。――何れにしろこれは夕食後、とエルはなんとか理性で食欲を抑え込むと、仕事終わりの姉とその婚約者に、魔法でキンキンに冷やしたストレートティーを出した。


「ありがとう、エーデルガルト。」

「ありがとう、エルちゃん。」

「どういたしまして。……それよりもお姉ちゃん。お兄さんが今日来るなんてわたし、知らなかったんだけど?」


 エルはそろそろ初夏の様相、それも仕事終わりということを加味して出したアイスティーがみるみるうちに飲み干される様を、テーブルに頬杖を着きながら見つめる。次いでふたり揃って空になったグラスにお代わりを注ぎながら、恐らく家族の中で自分だけが知らされていないであろう事柄に対して唇を尖らせながら文句を言ってみせた。

 すると姉の婚約者はともかく、姉本人はエルの言葉にぽかんとした表情を浮かべた後に目を丸くする。そして不満そうな表情を浮かべる妹に対してなんとも怪訝そうな顔をすると、再度グラスを満たしたアイスティーを口にしながらエルが予想だにしていなかった言葉を吐いた。


「……いや、今日こいつを連れてくることは、誰にも言っていないが…?」

「………………へ?でもお兄ちゃん、ついさっき出て行って――。」


 姉の言葉に、次はエルがぽかんとした表情を浮かべつつ目を丸くする番だった。それから予め知っていたとしか思えないタイミングで家を出ていった兄のことを口篭りながらも姉と婚約者に伝えると、リオポルダはやれやれと重いため息を吐きながら額を押さえた。これが頭の出来はともかく、剣の実力だけで討伐隊の隊長にまで成り上がった男の本領――いわば凄まじいまでの野生の勘。言い換えるならば生まれ持ってのシックスセンスなのだなとため息を吐いた。

 一方で義兄となるその人は、どういうわけか自分が来ることを知ったギュンターが気を利かせて飲みに行ったのではないかと、申し訳なさと居心地の悪さとが同居したような表情を浮かべる。それから幾ら1年の殆どを遠く離れた戦場で過ごしているとはいえ、未だにちゃんと顔を合わせたことのない現状に、もしかして自分はギュンターに嫌われているのかもしれないとがっくりと肩を落としては項垂れた。が、姉に「直ぐに落ち込むな。」と至極冷たく言われると、表情こそまだどんよりもしていて暗いものの、背筋だけは不自然な程にシャキッと伸びたものだから、エルはなんだか普段の仕事風景が目に浮かぶような気がして思わず笑ってしまった。それから恋人同士なのか部下と上官なのか、どうにもよく分からない関係性のふたりに再度「なるほどね〜…。」と口にすると、自分のグラスを傾けた。


「ねえエルちゃん。やっぱり僕、ギュンター様に嫌われてるのかなあ…?」


 もうすぐ両親が帰ってくるだろうから一足先に支度をと、姉はキッチンに立つと夕食の支度を始めた。人の良い姉の婚約者は自分も手伝うと腰を浮かせては申し出たものの、リオポルダに「お前は客人だ、座っていろ。」と、やっぱり恋人なんだか違うんだかよく分からない、けれど姉なりの優しさが滲んだ言葉と剛腕に無理やり椅子に座らせられた。加えて間髪入れずにエルへと「客人を退屈させないように頼んだぞ、エーデルガルト。」と頼んだものだから、彼にはもう否が応でもリビングでゆっくりするという選択肢しか残されていなかったのだ。

 そうして半ば椅子に縛り付けられるように座りながら最初はエルに学校は楽しいかだとか、友達はどうだとか、最近子供の間では何が流行っているんだとか、そういう当たり障りのないことばかり聞いていた彼だったが、とうとう無難な話題を使い切ってしまうと気の弱さが伺える弱々しい言葉と共にそう問い掛けてきた。エルは騎士といえども兄のように剛腕でねじ伏せるタイプでもなければ姉のように理路整然とした言葉で人を導くタイプでもない、どちらかと言えば守られる側の人間にしか見えない彼に、こんな頼りない騎士もそうそういないだろうなとリオポルダに紹介された時から抱いていた感想を再三抱くと、わざと意地悪な言葉を吐いてみせた。


「うーん、そうかもね?」

「そんなぁ?!そこは違うって言ってよ…。」

「じゃあ違うんじゃない?」

「エルちゃん!?」

「あははっ、おもしろ〜い!!」


 エルは姉の婚約者を揶揄うと、予想以上の反応を示してくれる彼にけらけらと笑う。それからこんなにいい反応をしてくれるのならば、何だかんだで兄とは別ベクトルで面倒見の良い姉に気に入られるのも納得だなとひとり頷いた。次いで舌をちろりと覗かせながら「ごめんね?」と、あんまり反省している様子のない言葉――実際、少しも反省していない――を紡ぐと、気が弱く温厚な彼ながらも流石に怒られるのではないかと危惧すると、徐に立ち上がった。 次いで叱られる前にそそくさとキッチンで夕食の支度をしている姉のもとへ駆け寄ると、刃物を持っていないことを確かめてからその腰に抱きついた。

 リオポルダは急に腰に感じた小さな衝撃に少しばかり口元を緩める。それから炊事の傍ら聞こえてきたふたりの会話とを思い出すと、苦笑しながらも軽く手を拭いてから妹の頭を優しく撫でてやった。次いでここ最近、学校の教師陣や神官相手に引けを取らないばかりか、寧ろ魔法のスペシャリストたる彼らさえも負かすほどになってきたエルの、まだまだ子供らしい表情――無邪気で、あどけなくて、幼い――を見遣ると、近頃騎士団の上層部から上がっている声を思い出した。


「あまり揶揄ってくれるな、エーデルガルト。あいつは気が弱いんだ。」

「はあい、ごめんなさい。……でもおもしろいんだもん、仕方がないよね?」

「…………ま、気持ちは分かるがな。」

「ちょっと、リオポルダさん!?」


 リオポルダはエルに勘づかれないように眉を顰めると右手はその小さな頭を撫でたまま、左手でぎゅうと固く握り拳を作る。それから自分に遠慮なく甘えてくる姿に、小耳に挟んだ上層部の言葉――『グロスクロイツ家の末妹は魔法の天才らしい』『ならば成人を待たずに騎士団に入れた方が良いのでは?』『新たに魔法使いを中心とした遠征部隊を結成するのも良いのではないだろうか』『いずれにしろ、騎士団に取り立てない理由はない』――リオポルダは頭の中をぐるぐると駆け巡る、勝手に妹の未来を決めようとする人間たちの声をかき消すようになんてことない言葉を紡ぐ。胸の内に渦巻く不愉快さを打ち消すように、わざとエルと一緒になっては婚約者を揶揄う。そうすれば子供らしい笑顔をよりいっそう咲かせてはけらけらと声を上げて笑う末妹に、リオポルダはますますエルの未来を他の誰かに決めさせてなるものかと目の前の光景に誓った。ましてやエルが魔法を選んだ理由は身体が弱く、とてもじゃないけれど剣を振れそうにないという身体上の問題なのだ。リオポルダは兄のような遠征など、エルには無理だと無意識に歯を食いしばった。あんな言葉は馬鹿げている、と静かに息を吐いた。

 ――けれど。それでも自分も家族のようにゆくゆくは女神様の力になりたいと言って、エルは杖を取った。そして努力の結果、その才能を遺憾無く発揮し始めている。となると、エルにとっては騎士団への誘いは寧ろ歓迎すべきものなのかもしれないとも、リオポルダは思うのだ。と同時に、妹可愛さに本人の意思を確認しないであれこれひとりで悩んでいる自分さえも、結局は上層部となんら変わらないのかもしれないと自嘲すると、ほんの少しの勇気――「騎士になりたいか?」と直球で聞くほどのそれはなかったから、代わりに言葉を濁した――を、エルに向けて放った。


「なあ、エーデルガルト。お前は将来、何になりたい?」

「え〜?どうしたの、急に?」

「……いや。最近のお前は、私の結婚式を楽しみにしているだろう?それで『花嫁になりたい!』と言い出すんじゃないかと、兄上殿が気を病んでいてな。こっそり聞いておいてくれと頼まれた。」

「あはは、お兄ちゃんらしい〜!!」


 エルは姉の咄嗟に吐いた嘘――と言いきれない嘘に、けらけらと笑う。小さな肩を揺らし、腹を抱え、その衝撃に長い髪を靡かせながら、明るい笑い声を響かせる。あまりに笑い過ぎた結果、目頭と目尻に薄らと涙さえ浮かぶようになった頃、エルは姉の腰から腕を離すと指先でそれを拭った。次いで初めて魔法を使った時のような、どうしようも無い喜びと自信とに満ち溢れた顔と共に胸を張ると、何の躊躇も躊躇いもなく、姉に向けてニコリと笑いながら告げた。


「――世界一の魔法使い!!」

「…………そうか。お前ならなれるよ。絶対に。」


 リオポルダはその声に、言葉に、表情に一瞬だけ目を丸くする。それからなんとも子供らしく、かつエルらしい返答に目を細めるともう一度その頭を優しく撫でた。そして気が弱く頼りない婚約者のことも、この純粋無垢な笑顔も、どちらも守らなければと改めて胸の内でひとり静かに誓うと、穏やかな声で言葉を紡いだ。それから「ギュンター様も安心だね!」と告げる、自身の胸の内も上層部の考えも知りもない一兵卒の彼の言葉にムクムクと悪戯心が頭をもたげてくると、リオポルダは「エーデルガルトのお陰で、お前は戦場からお役御免だな?」と、愛しの婚約者殿に向けて言い放った。

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