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Refrain  作者: るるる
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56_彼とエルと埋葬と『明日』の話(前編)


 北の朝は早い。それ故に空が白んだかと思った次の瞬間には、エルと彼の気持ちなど知りもせずに気持ちの良い朝が始まっていた。頭上高く広がる空には綺麗な青色が広がり、どこからかともなく吹き付ける風にタンブルウィードは気ままに転がる。遠くでは鳥が声高らかに新しい日の始まりを歌い、それを受けた魚は元気よく跳ね、水飛沫を上げる。朝の爽やかな空気と陽光を受けて輝くそれは、今日という日に対する確かな希望に煌めいていた。

 エルは結局、一睡も出来なかった。否、既に生きていないだけの彼女は本来睡眠を必要としない。それでも野宿でない限りは、夜というものは目を閉じてじっとするものだと決めていた。そして極力何も考えないように努めては、魔力の回復に全力を尽くす。それが最善だと知っているが故に、エルは夜というものは眠らずとも極力意識を持たないように意識していた。けれど弟子を危険な目に遭わせてしまった罪悪感と、非人道的な手段を用いてまで助けたかったその弟子に拒絶された苦しみとで、エルはどうしても頭を空っぽに出来なかった。

 そうやっていたずらに時間だけが過ぎ去っていき、朝になった頃。エルはのそのそと瓦礫が散乱し、乱れたベッドから起き上がると顔も洗わずに203号室を出た。そしてつい癖で鍵をかけようとするも、この村においては最早意味を成さないことに気がつくとそんな自分をふっと鼻で笑ってからルームキーを放り投げた。そして廊下の床の上にルームキーが落ちる金属音を背に階段を降ると、誰もいないロビーを通り過ぎ外に出た。そうして陽光の元に晒された昨晩の惨状を目の当たりにしてから、ため息をひとつ漏らした。そのため息は常人には到底推察出来ない、様々な感情――もう少し何か手段があったのではないかと悔やむ気持ちだとか、怒りに身を任せすぎた自身の未熟さを恥じる気持ちだとか、それでも彼らの信じる『神』の信仰する『神』の手によって旅立てたのだから幸せな最期ではあったに違いないと憐れむ気持ちだとか――とにかく喜怒哀楽といった分かりやすく、また、明確な感情だけでは到底言い表せない複雑な感情だった。恐らくはエルにしか理解出来ない感情だった。彼女はそれを吐息に混じらせると、杖片手に村を歩いた。

 

 元の村民が丁寧に手入れをしていたであろう畑に、応急処置を施された水車。広場の中央に置かれた、よく磨かれた女神像とそれを囲むように植えられた色とりどりの花々――エルは事細かにこの村を見て回った後に、やはり広場が最も適しているなと結論付けると、まずはこの村に住んでいた本来の村民が手厚く信仰していたであろう女神像を浮遊(シュヴェーベン)の魔法で浮かせると、誰かの家の軒下へと運んだ。次いでよく手入れていたのだろう、生き生きと咲き誇る花々を周囲の地面ごと、風魔法で抉り取るとふかふかの土の畑の脇に移した。それから折り重なった遺体を浮遊(シュヴェーベン)の魔法を用いつつも、ひとつずつ丁寧に運んで退かした。そうして遺体を全て退かした後に血に濡れた地面目掛けて(ヴィント)爆発(プラッツェン)の魔法を組み合わせて広場に大きな穴を開けてから額の汗を拭うと、次いで再び浮遊(シュヴェーベン)の魔法を遺体に向けて放つ。そしてその穴にひとつ、またひとつと丁寧に並べていった。

 それは、なんとも骨の折れる作業だった。けれど自分がしなければいけないことだと、エルは強く思っていた。信仰も、それを受けての信念も生き方も、何もかも彼らとは分かり合えないことをエルはよく知っていた。だからこそエルは昨晩、どれだけ考えても結果としてこうするしかなかったであろう事実を噛み締めつつ、せめてもの務め――彼らの命を奪ったのが自分であるという決して覆りはしない現実と、その命を自分は背負っているのだという責任とを果たすために、穴を掘った。彼らを埋葬しようとした。どれだけ時間が掛かろうとも、そして彼に許されなくても、仮に軽蔑されたままだとしても、エルはそうすることにした。それが奪った者が奪われた者へしてやれる、最後の慈悲だと知っていたからだった。加えてたとえ自己満足だと罵られようとも、自分がそうすることに意味があるとエルは信じていた。彼らが魔王を信じていたように、彼女はそう信じていた。故に額に汗を浮かべながら、外なる神を喚んだ反動に気怠い身体に鞭打って彼らを埋葬するべく忙しなく動いた。文字通り、休みなく動いた。

 その成果もあってか、昼を迎える頃にはエルは広場周辺の遺体を穴の中に並べ終えた。エルはこの季節にしては存外に気温が上昇しているためか、あるいは休みなく動いているためか、額のみならず頬や首筋にも汗を浮かべる。が、休んでいる暇などない。次いで道端で息絶えた者たちの遺体を運んでこなければと使命感にも似た感情に突き動かされると、ふらつきながらも足を前に出した。


「…………ぁ、やば…。」


 そう口にした瞬間、世界がぐらりと傾く感覚と脱力感とをエルは感じた。そして流石に無理をしすぎたかなと自身を嘲笑しては、顔を伏せつつ襲い掛かるであろう衝撃に備えた。けれどいつまで経っても地面に倒れ込むこともなければ、それ由来の鈍痛が訪れることもなかった。代わりに無防備な左腕を誰かに掴まれる感触に、エルは伏せていた顔を上げる。するとそこには、昨晩振りとなる彼が居た。


「――――――――。」

 

 彼は何も言わずに、けれど確かに今にも倒れそうなエルの腕を掴むと支える。そしてやはりひとことも発しないままエルを広場の端のベンチまで引き摺っていくと無言で、かつ有無を言わさずに座らせた。エルは流石に疲労を感じていることも相まって、素直にベンチに腰掛ける。次いでどうにも目眩がする瞳に瞼の薄い皮膚越しに手を当てると、何度かゆっくりと深呼吸をした。普段ならばそれだけで随分と落ち着くものだが外なる神の魔法、それもかなりの規格外の存在を喚び寄せる魔法を使ったからか、あるいはここ最近そういった魔法――所謂外道の魔法ばかりを使う機会が多かったからだろうか。幾ら深呼吸を繰り返そうとも、どうにも目眩は収まらなかった。

 エルはいよいよもって化け物じみてきたなと、そんな自分を笑う。自嘲に満ちた笑みを鼻から零しては、自分自身のことを冷笑する。これじゃあ昨晩のあの振る舞いといい、どっちが魔王か最早分かりはしないなと皮肉がたっぷりと籠った吐息を漏らす。それからどうせ良くなる見込みがないなら、と杖を支えにベンチから立ち上がろうとした。が、彼はエルの肩を無言で掴んでは無理やりベンチに座らせると、懐から水筒を取り出す。そしてやはり無言のままエルの眼前に突き出した。


「…………いいの?」


 エルは眼前に突き付けられた水筒を見つめた後に、そろそろと顔を上げる。そして水筒と彼の顔とを交互に見比べては、一体どういう意図なのだろうかと頭を悩ませた。それもそのはず、その顔に貼り付けられた表情はどうにも何を考えているのか読めなくて。その上、逆光と目眩も相まって、よく見えなかった。だからエルは大いに困惑した。が、思い切ってそう問いかけながら水筒を指差すと、彼は大きく頷きながらエルの手にそれを握らせた。エルはなんとも強引な手つきに、これは彼の優しさなのか、それとも恐れなのかと一瞬考え込んだ。けれどやはり無言のまま自身の一挙手一投足を見つめてくる彼にいたたまれなくなると、エルはその視線から逃れようと水筒のキャップを開けては勢いよく中の液体を煽った。中身は井戸で汲んできたばかりなのか、やけに冷たい水だった。無味無臭のそれが喉を通る度に感じる心地良さにエルは思わず目を細めると、何度も喉を上下させた。

 彼はその様子を静かに眺めた後、ふらりとその場を後にする。そしてエルが冷たい水に夢中になっているうちにと懐からハンカチを取り出すと、川に浸した。そしてそれを固く絞ってから再びエルの元へと戻ると、彼女の手から水筒を取り上げる。代わりに井戸水ほどではないものの、それなりに冷たい川の水で濡らしてきたハンカチを丁寧に折り畳んでからその額にそうっと宛てがうと汗を拭ってやった。エルは相変わらず無言のまま、あれやこれやと世話を焼いてくれる弟子に少しだけ居心地の悪そうな顔をする。が、肌に直接触れる程よい冷たさに疲労も相まって、思わず目を軽く閉じて感じ入ってしまう。彼はそれを暫く見つめた後、一旦ハンカチをエルの額から離す。そして水筒の中に残った井戸水をハンカチに掛けて、少しぬるくなったそれを冷やしてから再度固く絞ると、今度は細長く折り畳んでエルの目元へ宛てがっては覆った。それから、まるで「ここで休んでいろ」と言わんばかりに軽くエルの肩を押すと、ベンチに横たわらせた。そしてエルが素直に横になったのを確認してから、やはり言葉なく彼女のもとを後にすると道端の遺体を運び始めた。

 

 エルは、彼に抵抗しなかった。抵抗しなかった代わりに、時折目元のハンカチをずらしては彼の動向を伺った。そして自分の代わりに残りの遺体を運んでは丁寧に穴に並べ入れる弟子をその瞳に映しては、ただただ彼は今どういう気持ちなのだろうと想像した。けれど他人の気持ちにはどうにも鈍感というか、何千年も生きていくためには鈍感にならざるを得なかったエルには、彼がどういう気持ちで自分の後を引き継いでは彼らを弔おうとしているのか少しも分からなかった。師匠の後始末に怒っているから無言なのか、それとも彼の中における師匠像というものが音を立てて崩壊したから目も合わせてくれないのか、あるいは幾ら危機的状況だったとはいえなんの躊躇いもなく同族殺しをしてみせたことへの失望故のつれない態度なのか、ありとあらゆる悪い想像をしてみせてはその度に頭の中がこんがらがる感覚と、またしてもぐるりと回り始める世界とにため息を吐く。そしてハンカチで再び目元を覆っては、彼の気持ちなど分からないまま、見えないままの方がマシだと何度目かも分からない嘲笑を浮かべた。

 そうしてどれくらいの時間が過ぎただろう。少なくとも最も暑い午後の時間帯を越えた先だったことは確かだろう。少し太陽が西に傾いては昨晩流した鮮血のような色に染まり始めた頃、エルはようやく目眩が収まる程度には魔力が回復するとのろのろと起き上がった。本来ならば以前のように早くとも数週間、遅ければ王都で暫く療養していた時のように身体と精神に甚大な損害を与える外なる神の魔法だが、今回は場所が良かった。というのも、このあたり一帯は人口こそ少ないものの今も尚熱心に女神を信仰している地域なのだ。故にそこらじゅうが心地よい神秘、もとい魔力に溢れ返っている。加えてエルの故郷である女神が生まれた地も近いだけあって、とても現代とは思えないほどの濃度の魔力に溢れている。エルは不幸中の幸いだったな、とひとこと漏らしてから目元のハンカチを退かすとベンチ脇に置く。代わりに立て掛けられていた杖を手に取ると、こちらに背を向けて作業に勤しんでいる彼の元へと歩み寄った。

 彼は猫車にエルが穴を掘った際に出た土をショベルで乗せると、遺体に向かって土を被せる。そうして何度も何度も穴と発生土置き場とを往復しては、遺体を埋めようとしているようだった。けれど優に50人は超える人数をいっぺんに埋めるだけの大穴なだけに、どれだけ運ぼうともちっとも足らない土に額に大粒の汗を浮かべていた。それでも決して手を休めることはなく、猫車にシャベルで土を乗せては運んでいく。まるでそうすることが自分に与えられた使命のように、額に浮かんだ汗さえ拭わずに手を動かし続ける。エルはその光景に唇をぎゅっと固く結んだ後、ゆっくりと解くと彼に声を掛けた。


「後はわたしがやるから、少し休むといい。」

「…………………………。」


 彼はやはり何も答えない。まるで言葉を失ってしまったかのように、口を少しも開かない。エルはそんな彼を横目に杖を構えると、発生土に向けて浮遊(シュヴェーベン)の魔法を放つ。そしてそれを操作して大穴の上まで運んだ後に解除すると、彼の努力が馬鹿らしくなってしまうほどに一瞬で土葬が完了した。彼はバツが悪そうに顔を背けるも、エルはそんな彼に向かって「ありがとうね。」と声を掛けた。相変わらず返事はなかった。


「…………何してるの?」


 彼はエルの言葉など聞こえていないかのように、休むことはしなかった。それどころかやはりエルの問いかけにはひとつも答えずに、今度は腰に提げたポーチから種袋を取り出すと土葬の上にばら蒔いた。それはいつか旅を終えた後で村に帰って育ててみようと彼がコツコツと集めてきた花や野菜の種であった。それを大切にしていたことを知っているエルは目を大きく見開くと咄嗟に止めようとした。が、それがきっと彼なりの弔い方なのだろうと思い直すと、それ以上は何も言わなかった。ただただその代わりに魔法で水を撒くと、彼に向けて「花。咲くといいね。」といつもの調子で話し掛けた。笑いかけた。

 

 ――けれど。やはり返事は、なかった。

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