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Refrain  作者: るるる
54/64

54_彼とエルと軋轢の話(中編)


 エルはどういうことかと問い詰める彼の声を無視して足早に宿屋へと向かう。そして併設されている馬房に適当に愛馬を突っ込んだかと思えば、今度は彼の手を引いて宿屋の扉を開けた。そしてカウンターから投げ掛けられた「お帰りなさいませ」のひとことに相槌のひとつも打たずに、彼を宛てがわれた部屋へと引っ張っていく。エルはそうして辿り着いた左手の突き当たり、203号室の扉に掛けられた鍵を手早く開けると半ば強引に彼を押し込んだ。続けて綺麗に整えられたベッドに放り投げると、カーテンを引く。そしてやはり理由らしい理由など伝えないまま、薄暗い部屋の中で彼に命じた。


「寝ろ。」

「……寝ろ、って…。んな無茶な。てかなんで?さっき着いたばっかじゃん!それに、ここから先は村がないんだろう?あいつを預けるって話だって――。」

「――――いいから、寝ろ。」


 彼はいつになく強引なエル――もう少しだけシチュエーションが違えば、きっと酷く胸が高鳴って仕方がないだろうなと容易に想像出来てしまったのが、男の性というか若さというか。とにかく、彼の若干の気恥しさと期待とを打ち消すほどの困惑と今まで見たことがないくらいの気迫に満ち溢れたエルに、彼は大いにたじろいだ。そしてエルに無理やり宿屋に連れて行かれる前から繰り返していた、ごくごく当然の疑問である「どうして」をぶつけた。加えて何も知らされていない身としてはこれ以上ない真っ当な反論を口にしつつエルに掴み掛かるも、その途中で痺れを切らした彼女の指先から放たれた魔法――『睡眠(シュラーフ)』に、魔法に対する耐性のない彼は至近距離で放たれたこともあってあっさりと掛かってしまった。否、本人にその自覚はない。ただエルの指先が額に触れた瞬間、ずしんと重くなった瞼に彼女が何かしたことを悟ると、とろんとした瞳で精一杯に睨みつけながら「卑怯だぞ…!」と負け台詞を吐いた。

 エルは普段通りの無表情のまま「そうだよ。魔法使いは卑怯なんだ。知らなかったの?」と、既に眠りに落ちた彼にそう返答すると、力の抜けた身体を抱き留める。そして既に自分よりもずっと背丈もあれば筋肉もついている彼を、改めてやや乱暴にベッドに放り投げると布団を掛けてやった。これで少なくとも夜までは起きないだろう、とエルは爆睡している彼を横目に安堵の吐息を吐く。それから簡易的な結界を部屋に貼ると、しっかりと鍵を締めてから再び203号室を出た。


「悪いね。ちょっと予定が押してるんで、明日の朝には出ることにするよ。」


 そしてカウンターの受付嬢へ、当初の予定とは違うスケジュールになったことを詫びると詫び料を兼ねたチップとして金貨を3枚重ねて置いた。続けて「こっちの都合での変更だから、料金はそのまま取っておいてくれて構わないから。」と付け加えた。受付嬢は思わぬ変更はともかく詫び料兼チップにしては多すぎるそれを前に狼狽えるも、エルに「いいから取っておけ。」とやや強引に腕を掴まれ、手の中に無理やり金貨を押し込まれると押し黙った。それから、ただただ黙って頭を下げた。エルはそれを視界の端に収めてから宿屋を出ると、とにかく最低限必要なもの――馬車の中に収められている在庫を思い出しながら、村の雑貨屋へと足を運んだ。

 自身の記憶が確かであれば、想像以上に冷える平原のせいで燃料の類は随分と少なくなっていたなとエルは考える。が、ただでさえ嵩張る燃料を手配して馬車に積み込むなどという目立つ真似は避けたかった。となると、燃料の類の補給は諦めるしかないだろう。代わりに一晩中、炎の魔法を使って暖をとってやることにしようとエルは彼のために自分の身を削る覚悟をした。そして代替が可能な燃料はさておき、どうしても変えることの出来ない品は何かと考えた時に、やはり食料と薬に辿り着いた。

 が、食料はともかく、薬の類は王都で腕利きの薬剤師に調合して貰ったのが想像以上にまだたっぷりとあったはずだと、エルは思い出す。王都に滞在している間、ほぼ毎日のように周辺の魔物を相手に鍛錬をしていたおかげか、彼の戦闘スキルというものは随分と向上していた。まさに『男子三日会わざれば刮目して見よ』とはこのことだなとエルは改めて感心してから、食料と日用品程度で済むであろう補給にやれやれと軽く息をついた。自分ひとり、それも短期間でどうにかなりそうな物品で良かったと僅かに安堵しながら村を歩く。そして雑貨屋の看板が掲げられている店に入ると、愛馬用に新鮮な野菜を籠3つ分。そして彼と自分用に保存食の類とちょっとした日用品――洗剤や消毒用のアルコール、ちり紙などを買った。店主はひとりにも関わらず、随分と買い込むエルに「宿まで運んでやろうか?」と申し出る。けれどエルは「ううん、平気。魔法で運ぶから。」とだけ答えると、店先に並べられた購入品に『浮遊(シュヴェーベン)』の魔法を掛けると空中にふわふわと浮かべた。そして、そのまま嫌がる犬を無理やり散歩に連れ出しては引き摺るかのように、自身の後を着いて来るよう命じる。すると購入品たちは本当に散歩を嫌がる犬の如く、ノロノロとではあるもののエルの後を着いて行ったのだから、店主は妙に感心すると共に感動してしまった。

 エルは雑貨屋の店主やすれ違う人々の歓声を一身に受けながら宿屋への道を歩く。この村に到着したのが昼過ぎ、おそらく13時か14時頃だろう。そして大まかな現在時刻は、太陽の位置や徐々に冷たくなっていく風から察するに、夕方前だろう。今から馬房の横に停めてある馬車に荷物を積み、改めて不足している品がないかチェックすることを考慮すると、結局はエルの休みは30分もあれば良い方だろうか。エルはやれやれと肩を竦めるも、急に発つと言い出したのは自分だし仕方がないかと頬を緩めた。――ほんの少しだけ自分の中に余裕が生まれたことにエルは安堵しながら、馬房に到着するとその横に停めてある馬車へ荷物を運び入れる。そして最後に自身が馬車の中に入り込むと、再度この村で補給しなければ枯渇しそうなものが無いかを念入りに点検した。


「…………まあ、とりあえずは大丈夫そうかな。」


 エルが馬車に乗り込んで数十分後。北の日暮れとは早いもので、エルがそんな言葉と共に馬車から顔をひょっこり覗かせた時にはもうあたりはすっかり薄暗くなっていた。エルは案の定少しも休めなかったことにやれやれとため息をつくと、馬車の荷台から降りる。そして東の空に浮かぶまだ薄い星と月を眺めながら、そろそろ『睡眠(シュラーフ)』の効果時間が切れる頃合だなと推察した。それから、さてはて『睡眠(シュラーフ)』の魔法から目覚めた彼に一体どんな文句を浴びせられることやらと想像しては再度思いため息を吐いた。

 エルはすっかり暗くなったが故に、松明が灯されている村をぼんやりと見つめながら馬宿から宿屋までの極めて短い道のりを歩く。そして宿屋の前にて新しい松明の準備をしている、あの門番の若者に「お疲れ様。」とだけ声を掛けてから扉を開けると、カウンターの向こうに居る若い女性……ではなく、あの女性と門番の若者の母親であろう妙齢の女性と目が合った。妙齢の女性はエルに「お帰りなさいませ。」と声を掛ける。エルはこんなことにさえなっていなければどんな夕飯が出てきたんだろうと後ろ髪を引かれる思いで「どうも…。」とだけ答えると、曖昧な笑みを浮かべながら階段を登った。そして左手を向くとその突き当たりの角部屋、自分たちに宛てがわれた203号室の鍵を開けながら、おそらくはちょうど現実と夢の間をふわふわ、ゆらゆらしているであろう彼へ声を掛けた。


「やあ。もう起きたかい?我が弟子。」


 けれど、エルの予想に反して返事はなかった。代わりに真っ暗な室内の中、自分でも彼でもない第三者の気配――それも肌がひりつき、指先が痺れるほどの強い殺意に、エルは素早く背中の杖を構える。そして建物が壊れることを気にも留めずにその気配に向けて火炎(フラム)の魔法を放つも、暗闇の中に響いたのは窓ガラスが割れる音とレンガが崩れる音だけだった。エルは小さく舌打ちをすると、続けて(ヴィント)の魔法を矢のように鋭く練ると、気配のする方へ向けて放った。すると相変わらず建物が崩れる音しかしなかったものの、彼の返事の代わりに低い男の声――それもエルの焦燥を楽しむかのように、くつくつと喉で笑う声が聞こえてきた。

 

「ちょうど永眠するところだよ。」


 そう言って男――昼間、彼と愛馬を迎えに行った際に、近くで農作業をしていた老翁は、エルが建物に開けた風穴越しに月光を浴びると、その本来静穏であったはずの夜に、にたりと邪悪な笑みを落とした。次いで月明かりの下、エルの眼前に既に魔法が切れ、覚醒している彼を晒した。彼は口に猿轡を噛ませた上で全身をくまなく殴り付けられており、唇の端からは血が小川のようにさらさらとその肌の上を走っていた。目の上の皮膚は既に青くなっていて、なんとも痛ましい。どこか身体の骨が折れているのか、ぐったりとしている彼を見遣った瞬間、エルは身体中の血液が沸騰する感覚を覚えた。次いで村の中だからと安心して簡易的な結界で済ませたこと、彼をそれなりにひとりにしてしまったことを悔いると、自分の詰めの甘さに嘲笑した。そして無言で杖を握り締めると、ただただ静かにひとこと言い放った。


「――――――殺す。」

「そうか。そいつは結構だ。……だが、幾らお前が神代の魔法使いと言えども、俺たち全員を相手に出来るかな?」


 老翁は目の据わったエルに臆することなく、寧ろ彼女を挑発するかのような口調でそう告げる。それから彼を脇に抱えると、まさにエルが宿に開け放った風穴から外に躍り出た。エルは素早く床を蹴っては老翁を追い掛け、宿屋の2階から村の外へと飛び出した。すると老翁の言葉通り、村の外はエルの命を狙う暗殺者、もとい伏兵で溢れ返っていた。

 エルは宿屋の屋根から、眼下に広がる光景をただ黙って見つめる。彼女の目には老翁と共に畑仕事に精を出していた老婆に、最初に宿屋のカウンターに立っていた受付嬢。そしてあの門番の若者に、先程買い物をしたばかりの雑貨屋の店主、そして直接はなしてこそいないものの、すれ違った村の人々が映っていた。そして皆が皆、エルに対して殺意を向けていた。曇りなき、真っ直ぐな殺気で神代の魔法使いの首を狙っていた。

 

「――なるほどね。敵はお前だけじゃない。言うなればこの村そのものが敵で、罠だったわけだ。まったく、一本食わされたよ。」

「ああ、そうさ。魔王様の細君直々の命令だ。この村の住人に成り代わり、もうすぐ訪れるお前と勇者を殺せとな!」

「元の村民はどうした。」

「知るか。俺たちが来た時には既にもぬけの殻だったよ。……大方、細君に喰われでもしたんじゃねえの?」

「そうか。なら良かった。」


 エルは自分の一挙手一投足に注目する伏兵たちを前に、まるで人気者になったかのようだと感じた。それから嘲笑を含めた言葉と共にこの状況を鼻で笑い飛ばすと、「……脅されて魔王についてるってわけじゃないってことは、本気で殺してしまってもいいわけだ。」と呟いてから、徐に老翁に向けて隠し持っていたナイフを投げつけた。シュ、と鋭い音を立てながら夜と空気を切り裂いたナイフは老翁の腕を掠めると、そのまま地上に重力に従って落ちていく。老翁は人質の命など気にせずにナイフを投げつけてきたエルに驚くと、咄嗟に地上に身を降ろした。そしてエルか放ったナイフを地面に落ちるよりも先に受け止めると、素早く持ち直してから彼の喉元に宛てがう。続けてエルを脅すような、いかにも悪党らしい言葉を吐いた。


「おっと。この男がどうなってもいいのか?!」

「良くないよ。……だから、お前たちに選択肢をやる。」


 客観的に見れば、多勢に無勢。どう見ても村の住人が優位かつ主導権を握っているにも関わらず、エルの放つ言葉はさも『自分の方が優位だ』と言いたげだった。故に老翁は言わずもがな、伏兵たちはエルの挑戦的な言葉に怒り狂うと共に、どこからかともなく『そこまで言うのならば男を徹底的に痛めつけてやれ』といった、なんとも同じ人間が放っているとは思えないほどに愚かしい言葉が沸いて出てきた。エルはその下卑た村民改め、魔王の息がかかった集団――おそらくは魔王が復活する度に、どこらからともなく小バエのように湧き出てきては魔王とその妻である『彼女』を祖と崇め奉り、身を捧げる狂信者たちをその銀とも紫とも似つかない色の瞳でひと睨みした後に、彼らが放つものと同等か、あるいはそれ以上の殺気を放ちながらドレスの裾を靡かせつつ華麗に地上に降り立つと、杖をしっかりと構え直した。そしてゆっくりと口を開いた。


「選択肢はふたつ。ひとつ、今すぐ彼を解放してこの場を立ち去るか。ふたつ、この場でわたしに殺されるか。――さあ、選べ。」

「…何を生意気な…!!」

「さあ、どうする?今すぐに弟子を解放してくれるなら、命だけは助けてあげるけど。」


 エルは老翁の言葉など聞こえていない風に、あくまでも伏兵全体に呼び掛けるように言葉を紡ぐ。けれど狂信者ということもあってか、誰もエルの差し出した選択肢のうちの前者に乗るものは居なかった。寧ろ幾ら魔女とはいえこの人数を相手に勝てるはずがない、ただのはったりだと言う声が先程同様どこからか上がった。加えて自分たちの信仰を愚弄するかのような言葉に、老翁は静かに怒りに震えるとすぐ近くにいた妙齢の女性――エルと彼が村を訪れた際に、川で洗濯をしていた――に、ぐったりとしている彼を押し付けると腰の長剣を抜きつつ、啖呵をきった。

 

「――ッ、ふざけるな!俺たちは魔王様に忠誠を誓った身だぞ?!死ぬことなんて恐れるものか!!」

「そうか。じゃあ死ね。」


 エルはただひとこと、そう口にすると両手に長剣を携えながら襲いかかってくる老翁の心臓を予備動作も魔法の詠唱もなしに、ただただ見つめるだけで的確に射抜いた。その動きは無論、とても魔法使いとは思えぬほどに洗練されている戦闘能力に、老翁はもちろん周囲の人々さえも一瞬何が起こったのか分からなかった。否、老翁は心臓に彼女の眼差しを受けた瞬間に、理解した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 それもそのはず、魔法使いというものはどれだけの研鑽を積もうとも、杖という指示具がなければ魔法を放つことは無論、精霊や妖精に協力を仰ぐことも出来ない非力な存在のはずなのだ。長命種であるエルフや妖精の中には、詠唱を省略して魔法を行使するものもいる。が、それでも杖すら用いずに魔法を発動するだなんて芸当は、不可能なのだ。だというのに、目の前の彼女はさも当たり前のようにひと睨み効かせるだけで、熟練の魔法使いがきちんと杖を構え、長ったるい詠唱を噛まずに口にしたうえで心を充分に落ち着かせるだけでなく、最大限の精霊と妖精の加護がなければ到底成し得ないような芸当――文字通り『目で心臓を撃ち抜く』なんて、本来有り得ない前提をなんでもないような涼しい顔をしてやってのけたのだ。

 故に老翁は死の間際に触れた神秘に、崩れていく身体で今にも途絶えそうな思考に任せて手を伸ばす。そして声にならない声で魔王と仲間の安否を案じた後に、自分たちがとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったことを充分に自覚、及び後悔しながら逝った。エルはそれを静かに見届けた後、風に遊ばれている長髪を手で抑えながら再度残りの伏兵たちへ同じ質問を投げ掛けた。


「…………で、どうする?今すぐ死ぬ?それとも後で死ぬ?」

「――――――ふざけるなぁ…ッ……!!」


 誰かがエルの問い掛けに対して、そんな言葉を吐いた。それを契機に一斉に襲いかかってくる伏兵たちを前に、エルは彼女らしからぬ至極冷たい色をその瞳に宿すと無言で杖を持ち直した。その光景を、彼は地面に転がりながら掠れ滲む視界でただ見つめることしか出来なかった。

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