表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Refrain  作者: るるる
53/64

53_彼とエルと軋轢の話(前編)



 王都を出発して2週間、幸いにして何の妨害もなく順調に旅は進んでいた。否、些か順調すぎるほどだった。特に西部で2度も彼女の魔法を退けたエルは、却って不気味なほど何もない旅路に違和感さえ覚えていた。が、今はもう居ないとはいえ、かつて確かに女神が存在した地を目前に敢えて魔王たちが手を出さない、もとい出せない理由――根強く残る女神信仰だとか厳しい寒暖の差だとか――がある以上、この気味が悪いほどの平穏も寧ろ正常か、と思い直すことにした。何にしろ、旅は順調に越したことはない。ましてやエルは自身にとっても実に数百年ぶりとなる里帰りに、少しばかり緊張していたのだ。

 どうせ彼女が暮らしていた跡などとうに砂に呑まれてしまって跡形もないだろう。けれど、今だって鮮明に思い出せる幾つもの時間がある。過去がある。思い出がある。そしてそういったものの全てが眠る場所こそが、どれだけの時間が経って様相を変えたとしても、確かに自分のルーツなのだと胸を張れることを、エルはよく知っていた。だからこそ、緊張していた。そのルーツに向き合う恐ろしさに、密かに臆病風を吹かせていた。

 そんな彼女とは反対に、彼は渓谷地帯故に徐々に角度を増していく大地やそこから吹き込んでくる風に混じる粒の細かい砂、砂漠化が進んでいる影響か明らかに緑の少ない土地の様子を興味深そうに観察しながら歩く。そして彼の村とは大いに異なる植物帯や気候に時折大いに目を輝かせては、忘れないようにと懐から姫君から貰った真っ白なノートに、これまた姫君から貰ったペンで、下手くそな文字を書いては記録を残していく。そこにあるのは純然たる興味と、この感動を忘れたくないという若者らしい素直な感情で。故にエルはそんな彼の邪魔はするまいと敢えて沈黙を選ぶと、普段とは真逆に余計な軽口のひとつも叩かずに歩を進める。とはいえ、足元の小石や大きな岩に彼が何かしらの損害を受けそうになったその時は、遠慮なく口を開いた。

 そうして暫し穏やかな旅路を進めた先にて、地図の記載通りの場所に村を発見するとエルはほっと胸を撫で下ろした。というのも、確かに地図自体は王家が国の事業として発行しているものの魔物が蔓延るこのご時世、 地図を発行している間に村ひとつ簡単に滅ぶことも少なくなかったからだった。特に情報の中心地たる王都から離れれば離れるほどに、情報は鮮度を失っていく。故にいざ地図に記載されている村に補給を兼ねて立ち寄ってみたところ、何かしらの要因によって人っ子一人居ない廃村だっただとか、あるいは今まさかに村を捨てて出ていこうとしている途中だった、なんてことも少なくない。

 特にましてや近年、渓谷地帯においては北の女神誕生の地であるエルの故郷における砂漠化が驚くべきスピードで進行しているのに伴い、周辺の気候や温度が著しく変化してきている。つまりは小さな村であればあるほどに、人々はこの土地に見切りを付けて新天地に旅立つ可能性が高いのだ。だからこそエルは地図の記載通りに村が存在したことに心の底から安堵すると、愛馬の耳を撫でた。


「良かったな、お前。ちゃんと留守番出来る場所があったぞ。」

「……あ、そっか。そろそろこいつ、預けないとだっけ。」

「実はラクダって言うんなら連れてっても構わないけどね。」


 エルはそう軽口を叩くと、村の入口前で馬を降りる。それから門番兼見張り役の若者に「王都からの旅人だよ。入ってもいいかな?」と声を掛けた。若者は槍を片手にエルと彼、それから彼の愛馬とを頭のてっぺんから爪先まで注意深く見つめた後に静かに頷くと横に一歩、歩を進めた。そして村の内部へ続く、僅かに舗装された道をふたりの前に示す。エルは若者に「ありがとう。」と礼を述べると、木で出来た簡素な門をくぐる。彼もエルに倣い、門番の若者に礼を述べてから門をくぐった。そうしてふたりが村に入った瞬間を若者はしっかりと見届けた後に、再び門の中央に陣取ると背を向けると共に万が一に備えて体勢を整える。が、あくまでも目線は前方、警戒を続けたまま徐に口を開くと、宿屋の場所とそれに伴うセールストークを始めた。


「この村は女神様誕生の地に最も近い場所にあります故、旅人が多くいらっしゃいます。そのため、宿屋も数多くありますが、自分のオススメはなんといっても村を入ってすぐの服屋の隣の宿屋です。――何故ならば馬宿がある上に、自分の両親が営んでいるからです。」

「そうか。なら、キミの実家にお邪魔させて貰おうかな。」

「そうしていただけると嬉しいです。」


 若者は真面目くさった顔でエルと言葉を交わした後、改めて体勢を整える。そこから先は無言だった。エルはなんとも真面目な若者に少しだけ口角を歪ませた後に、早速村全体を見渡す。――カボチャ畑とにんじん畑と小麦畑と、放牧された牛と羊と鶏と。絵に描いたような、平和でのどかな村だった。エルはなるほど、と小さく呟く。彼はその隣で、自分の故郷を想起させる田舎の田園風景に親近感とを覚えると共にほっとしている自分に気がつくと、やっぱり都会人にはなれないなと小さく苦笑した。


「はい、これ。……先に宿、取ってくるから。キミはゆっくり散歩でもして、そいつの機嫌でも取っておいて。」


 エルは彼へ手網を半ば押し付けるように手渡すと、ここまで野宿続きですっかり御機嫌斜めな彼の愛馬の機嫌を取ってくるように命じた。彼はエルの意図を瞬時に汲み取ると、頷きながら手網を受け取った。

 すると馬というものはなんともまあ、賢い生き物で。ここ2週間、殆ど野宿故に干し草とドライフード、それと平原に生えている名前も分からない雑草しか口にして居なかった彼の愛馬は、早くしろと言わんばかりにブルルンと鼻を鳴らしては忙しなく前脚を浮かせた。相当ストレスが溜まっていたのか普段の穏やかで従順な様子とは反対に、鼻息荒く主人を急かす。もとい、遠目に見る分にはどちらが主人が分からないほどの力と勢いで、彼を人参畑とその横を流れる小川へ向けて引っ張って行った。

 エルはその背中を見送りながら、幾ら王都でのんびりしてしまった分を取り戻すためとはいえ、2週間ほぼ野宿はちょっとやりすぎたかなと些か反省した。と同時に、3日前くらいから目に見えて不機嫌だった愛馬の様子を思い出しては、密かにいつ堪忍袋の緒が切れるのか、切れたらどうなるのか、少しだけ……本当に少しだけ楽しみにしていた身として「うーん、残念。」と小さく呟いた。それからこんなこと、弟子の前では間違っても口に出来ないなとひとり苦笑してから程よく整備された道を歩き始めた。


「村を入ってすぐの服屋の隣の宿屋…ってことは、あれだな。いやあ、分かりやすくて助かる。」


 エルは少し歩いたところで右手に服屋の看板を掲げている小さな店と、その隣に隣接する形で建てられている大きな建物とを見遣りながらそう呟いた。それから、同じくなんとも分かりやすい殺気――この村に足を1歩踏み入れた瞬間から感じていた、肌を刺すような明確な殺意を改めて感じ取るとあたりを見回した。村の外に居るのか、中に居るのか。自分が魔女だと知っていて殺意を抱いているのか、それとも単に外から来た旅人を警戒しているだけか。――もし自分のことをエーデルガルトと知っていて、殺意を隠すことなく放っているとするのならば、一体どれくらいの規模の集団なのか。エルはそんなことを考えながら暫し宿屋の前で一見のどかな村を見回すも、畑仕事に勤しむ老人や蝶を追いかけて走り回る子供は無論、店先に立って呼び込みをしている店員や話に花を咲かせながら洗濯に勤しむ婦人の集団、あるいは槍を片手に案山子相手に訓練をする若者――要はこの村に住まう人々からは少しも感じない違和感や殺意に、少し警戒しすぎたかもしれないなとひとり吐息を吐くと宿屋の扉を開いた。

 エルはもしかしたら村の外で狩りをしている人間の放っている殺意かもしれないと自分に言い聞かせると、宿屋のカウンターで暇そうに指先を弄っている若い女性へ「いいかな?」と声を掛ける。次いで「大人2人、1週間。部屋は相部屋で構わない。それと馬宿も頼むよ。」と手短に要件を伝えると、差し出された宿帳に自身の名前と弟子の名前を書き込んだ。カウンターの女性はそれを退屈そうに眺めつつ、相変わらず指先を弄っていた。が、書き終えたエルから宿帳を受け取ると、流石に手遊びをやめて代わりに彼女へ2人用の部屋の鍵を手渡した。


「お部屋は2階を上がって右の突き当たりでございます。」

「ありがとう。」


 エルは差し出された鍵を受け取る。部屋ナンバーは203だった。エルは右の突き当たりということは角部屋だなと、少しだけ嬉しくなった。とはいえ、エルは自分ひとりならば別に両隣に部屋があろうがその部屋に人が居ようが、そんなに気にしない。寧ろ安くなるならば真ん中の部屋でいいとすら考えている。それでも嬉しいと咄嗟に感じたのは、騒音問題とは無縁のど田舎出身の彼のことを考えてが故だった。

 家と家の感覚が広く、また、四六時中家畜の鳴き声がする中で育った彼は一見しておおらかで細かいことには拘らない人種に見える。実際、村にいる時は仕事に対する細やかさや丁寧さはともかく、周囲の環境に対しては至って無頓着だった。寧ろ少年らしくガサツですらあった。が、これはエルは言わずもがな彼自身でさえも旅を始めてから知ったことだったが、案外彼という人間はその見た目や生育環境に反して、細やかなタイプだったのだ。言い換えるならば神経質なタイプだったのだ。具体的には枕が変わるとなかなか寝付けなかったし、宿屋に泊まれば隣人のいびきで眠れなかった。食事をすれば、慣れるまでは誰が使ったか分からない食器はちょっと…と本気で躊躇していたし、なんなら未だに密かに抵抗があるらしい。――つまりは、良くも悪くも現代っ子だったのだ。だからこそエルは現代っ子の弟子にも、2週間野宿続きでご機嫌ななめな愛馬にも、双方に満足して貰えそうな宿だと嬉しくなったのだ。

 エルは早速手にしている最低限の荷物が入ったバッグを置きに行こうと、カウンター横の階段へ向けて1歩踏み出した。が、それを慌ててカウンターの女性が止めた。


「あ、お客様!馬宿もご利用とのことですが、お馬様は…?」

「ああ、今は連れが散歩させてる。…大丈夫、自分たちで勝手に入れておくから安心して。」

「さ、左様でございますか。…承知致しました。お呼び止めしてしまい、申し訳ございません。」


 カウンターの女性は、エルに対して頭を下げる。エルはそれに対して、気にしていないという風に軽く手を振ってから階段を登る。そして言われた通りに右の突き当たりへ進んだ。しかし、右手の突き当たりに存在したのは203の客室ではなく、207の客室だった。エルは念の為カウンターで貰った鍵を差し込んでみるものの、案の定鍵穴は回らない。となると、左右を聞き間違えたかなと来た道を戻った。

 「……右って言ったと思ったんだけどなあ…。」そんな呟きと共に、エルはもしかしなくても本当に歳なのかも、と心の中で考えながら、今度は左手の突き当たりの部屋へと向かった。するとそこには203のプレートが掲げられていた。そしてこれまた念の為にと差し込んだ鍵穴と手の中の鍵とがピッタリと嵌ったものだから、エルはきっと自分の聞き間違いだったんだなと自らに言い聞かせながら扉を開けた。そして手にしていた鞄をテーブルに置くと、彼とその愛馬とを呼びに行かなくてはと203号室を出た。しっかりと鍵をして、部屋が左手の突き当たりであることを確かめてから、階段を下る。そしてカウンターの女性に「今から連れを呼んでくるから。馬房、使わせて貰うね。」と声を掛けた。

 するとカウンターの女性はエルの言葉に頷いた後に「お部屋、大丈夫そうですか?」と心配そうに問い掛けた。エルはその問いに、そういうのは普通宿を出発する時にするものじゃないのかなと若干不審に思いつつも、カウンターの女性がまだ若いことから勝手な憶測――きっと初めてひとりでベットメイキングをしたのかもしれないなと考えると、大丈夫だと頷いた。カウンターの女性はその言葉にほっと胸を撫で下ろした後に「ああ、良かった!右の角部屋、日当たりが悪くてジメジメしてたから…。」と安堵した様子で笑った。エルはなんだそんなこと、と笑ってから宿屋を出ると、川に脚を浸して水浴びしている彼と愛馬とを尻目に宿屋を振り返る。そして若干――否、大きな違和感を抱えたまま歩き出した。


 確かにカウンターの女性は、右の角部屋と言った。だが、実際には左の角部屋だった。もしかしたら左右盲の可能性もあるが、そういう人間というものは得てして一瞬考えてから左右を判別するものだ。ところが、彼女にはそうやって一瞬足を止めるような動作は見られなかった。加えてこの村に足を踏み入れた時から感じる、明確な殺意。――エルは考える。この村は、何かがおかしい。エルは確固たる証拠こそないものの、そう思った。そして1度そう思ってしまった以上は、例え勘違いだとしても早めに出発するに越したことはないと考えた。となると、殺意を抱いている『誰か』が、人の目があるが故に行動には移さないであろう昼間のうちに休んで、夜にここを出た方がよいかもしれないと続けて考えた。今すぐにここを出るという選択肢もあるにはあるが、その場合には殺意を抱いている『誰か』を刺激しかねない。そしてその結果、村と村民に被害が及ぶ可能性をエルは考えた。故にエルは昼間は宿屋で休んで『誰か』の目を誤魔化し、夜にここを出るのが最も無難だろうと結論付けるや否や、彼と愛馬との元に急いだ。彼らは不満を口にするだろうが、こういう時の嫌な予感――それも確証がない上での第六感というものは、得てして当たるものなのだ。

 エルはそんなことを考えながら、川で水遊びを楽しむ彼と愛馬との元に駆け寄ると「誰がいつ水遊びをしろと言った?」と嫌味たっぷりな言葉を浴びせる。それから「夜にはここを出るぞ。」と、敢えて彼に不安を抱かせないようにと結論だけを素早く口にすると手綱を奪った。彼はあまりにも急すぎる出立にポカンとした後に「え、なんで?どうして!?」とエルに付き纏う。エルは「何がなんでも。」とだけ答えては、宿屋と馬房に向けて歩き出す。

 そんなふたりと1頭の会話を、農作業途中の老翁と老婆の夫婦だけが聞いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ