05_17代目の勇者の話(前編)
「いやあ、今日は暑いねえ。」
気がつけばすっかり季節は夏だった。春よりも少しばかり身長が伸びた少年は珍しく髪を高い位置でひとつに結った上に、普段の魔法使いらしい格好ではなくもっとラフな――ただの真っ白なワンピースを着ているエルに向かって、少し目線を逸らしながら「どうしたの、それ。」と問い掛けた。エルはそんな少年特有の青さにくすくすと笑うと川べりの大きな岩に腰掛けながら言った。
「キミの母親の手腕さ。」
エルはそう答えると、素足を川に浸した。そのまま「ああ、気持ちいい…。」と間の抜けた声を上げては足をばたつかせるエルに、少年は釣竿片手に「…魚が逃げるだろ、」と文句を言う。エルは弟子の文句を「歳だから聞こえないや。」と笑いながら躱すと、懐からナッツとドライフルーツとがたっぷり入ったパウンドケーキ――それも焼き上げた後に更にバターを染み込ませて、砂糖をまぶした保存食品兼祝いごとの際のご馳走を丸々一本手に取ると、大きな口を開けてかぶりついた。
少年は凄まじい甘さとカロリーとを心底幸せそうに頬張るエルに胸焼けがすると、目を逸らした。代わりにエルの腰掛けている岩のすぐ隣の岩に同じように腰掛けると、針にミミズを付けてから釣り糸を垂らした。
「今日は魚?」
「……の予定。」
「わたし、魚は嫌いなんだよねえ。」
エルはそう言いながらパウンドケーキを頬張る。少年はたった1ヶ月、されど1ヶ月――それこそ四六時中、常に何かを食べているイメージしかないエルにも嫌いなものがあると知った瞬間、目を丸くした。それから、彼女の顔をまじまじと覗き込んだ。が、エルの灰色とも紫色とも似つかないふたつの眼に見つめ返されると、すぐさま目を逸らした。
「なんで嫌いなんだよ。」
「もう一生分食べたから。」
エルはいつもの調子で軽々しくそう口にした後にパウンドケーキから手を離すと、徐に彼に向けて手を伸ばした。少年は一体何事かと身構える。エルの手が彼の腰元に伸ばされると、緊張と共に小さく喉を鳴らした。――が、エルはそんな彼になど目もくれず、腰に下げている水筒を強奪すると勝手に蓋を開けて中身を飲んだ。
「レモン水か。まあまあだね。」
「………………。」
別に、何かを期待してたわけじゃない。第一、いつも何かを食べてばかりな上に飄々としていて、大事なことこそはぐらかすような女なんてこっちからごめんだと、少年は心の中で毒づく。毒づいてから、おれは一体何を期待して、一体誰に何の言い訳をしているんだと頭を抱えた。エルは隣でひとり百面相を繰り返す少年に首を傾げながらも水筒は強奪したまま、パウンドケーキの続きを頬張った。
「17代目のキミは、釣りが上手かった。」
ひとりで頭を抱えているかと思えば青ざめてみたり、赤くなってみたり。そんな少年を笑いつつ、エルは到底竿を持てそうにない弟子にやれやれと肩を竦めると彼の代わりに釣竿を手にした。というのも、先程まで口いっぱいに頬張っていたパウンドケーキ――それも特大サイズは、ものの5分でエルのお腹の中に移住してしまったが故に手持ち無沙汰になったからだった。
竿がしなる。釣り糸が震える。「これはなかなかの大物だぞ、我が弟子。」そう言いながら楽しそうに釣竿を手にするエルに、少年は魚はともかく少なくとも釣りは嫌いじゃなさそうだと呆れたようにため息をついた。




