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Refrain  作者: るるる
49/64

49_新たなる出立と4代目の勇者の話(中編)



「そういえば、ここからどう進むの?」


 見送りに来てくれた人々の顔も姿もすっか。見えなくなる程に、王都が遠ざかった頃。王都に向かう商人のキャラバンとすれ違った頃に、彼は徐にエルにそう問いかけた。というのも、彼が何度聞こうがエルは道のりをはぐらかしては教えてくれないのだ。それも、村を出る前からずっと。故に彼はエルに対して不満そうに唇を尖らせる。いつだってどこに進むかはエルしか知らないというのは、少々不安であると共に大いに不満だった。


「じゃあ、予想してみれば?」

 

 エルはまるで子供のようにむくれる彼にニヤリと笑うと、いつもの通り意地悪な言葉を吐く。それから懐から地図を取り出すと、彼に向けてぽいと投げた。彼は急に投げられた折りたたまれた紙を慌ててキャッチすると、意気揚々とそれを開く。が、広げて見てみたそれはいつもエルが宿屋や彼女の自室で見ているものとは違ってメモひとつ残されていない、まっさらな新品の地図だった。彼はそれらしく新品の地図を掴まされたことに気が付くと共に、恐らくはこれさえもエルの思い通りなのだろうと察するとじとりとした瞳を馬上のエルに向けた。

 しかしながらそこは年の功というべきか、あるいは歳を経て図太くなった神経のおかげというべきか。様々な経験を積み、死線をくぐり抜けた結果、村を出たての頃とは違ってすっかり鋭くなった彼の瞳――それこそ子供や小動物が彼に睨まれたら、すっかり萎縮して泣き出してしまうくらいには迫力がある――に凄まれても、これっぽっちも気にしなかった。寧ろ「おや、怒ってるのかい?」と更に煽って見せてはケラケラと笑うものだから、彼は怒りに任せて新品の地図をくしゃりと握り潰した。


「まあ、悪く思うな。」

「いや、悪く思うに決まってるじゃん。んな無茶言わないでくれる?」

「仕方がないだろう?わたしだって、本当は教えてやりたい気持ちは山々なんだから。」


 エルは彼に責め立てられると少々オーバーな程に肩を竦めた後に、よよよと泣く仕草をしてみせた。が、じとりとした視線の彼に「……本当に?」と問われると、目元を抑えていたコートの裾をパッと離してにやりと笑う。そして「いいや、全然?」と悪びれた様子のひとつもなく言ってのけたものだから、彼は心底呆れてしまった。はあ、と深いため息を吐いては、街道の上の小石を足先で蹴る。当たりどころが良かったのか悪かったのか、小石は地盤の影響かせり上がったレンガの壁面にコツンと音を立ててぶつかった後に街道を飛び出した。そして飛び出した先が緩やかな坂だったものだから、そのままコロコロと転がるうちにどんどん加速して、あっという間に坂を下って行くと共に見えなくなってしまった。

 彼はもう一度はあ、と重く深いため息をついてから、くしゃくしゃになってしまった新品の地図の皺を伸ばす。そして地図のやや中央より右に書かれた王都の文字を見つけた後に、次いで自分たちが出発した西門の文字を探す。そうして探し終えた後に、人差し指で西門から西の湿地帯へと続く街道をなぞっていった。そして太陽の位置から現在の大まかな時刻を割り出すと、だいたい今はこの辺かと目星を付ける。そして最後に地図に記された起伏を、目を皿にしながら読み取ると小石の消えた方向――真っ直ぐに行くと、エルとふたりで初日の出を見たあの山に通じる道であることを突き止めた。


「へえ。今ここら辺なんだ。」

「おっ、地図を読めるようになったんだな、偉いぞ。…早速勉強の成果が出てるな?」

「まあね?もう16だし。」


 エルは村にいた頃の、簡単な読み書きや計算こそ出来たものの少し難しい言葉や地図の読み方を知らなかった頃の彼を思い出すと、素直にその成長っぷりを褒めた。それから、褒められた途端に得意げな顔をしては胸を張る彼に「なら、次は化学の勉強でもして貰おうかな。」とわざと意地悪な言葉、もとい「その程度で満足するなよ」というエールを送る。彼は城のメイドや兵士の教育係、あるいは執務に忙しい姫君と時間を見つけてはコツコツと勉強した成果が遺憾無く発揮されたことを、もう少しくらい褒めてくれたっていいじゃないかと唇を尖らせた。

 エルはもう16になったとはいえ、相変わらずすぐムキになったり考えが表情に出たりする彼の子供っぽさというか、自分からはとうになくなってしまった初々しさに目を細めた後に、同じくすぐになんでも顔に出る4代目にそっくりではあるものの、彼よりもずっと真面目で勤勉な今の勇者ならば変なことはしでかさないだろうと考え直すと、ポケットの中に隠していた今後の道のりがメモされた地図を取り出す。そして「ほら、」と少々ぶっきらぼうに手渡してから、ゆっくりと口を開いた。


「4代目のキミはね、ちょっとそそっかしいやつでさ。おまけに魔王への道のりを教えるや否や、即効で特攻をかけに飛び出すようなとんでもない単細胞だったから、それ以降はキミがどういうタイプの人間か見極めてから、どうするか決めるようにしたんだ。」

「……ってことは、おれは合格?」

「まあ、今のところはね。」


 彼はエルが差し出した地図を恐る恐る受け取ると、そうっと開く。こんなことを言っておきながら、エルが実はそれも嘘でしたと言いかねない人間であることを、彼はよく知っていたからだ。が、彼の警戒心とは反対に、それは今度こそエルのメモがびっしりと書かれた、旅の途中で度々目にしていた地図だった。彼は前にちょうど収穫祭の時期に立ち寄ったあの大きな街へのルートだとか、彼がエルの故郷が見たいと言い出す前の東回りの場合のルートだとかが、びっしりと書き込まれていたことに驚く。けれどそれ以上に、地図に書かれているのはルートだけではなかったことに驚くと思わずエルを見上げた。それもそのはず、彼の手の中にあるエルの地図には、それぞれの地域に生えている危険な植物や魔物、その地方の名産品や予想される到達時期、その時期の物価など、とにかく事細かに書かれていたのだ。どんな小さな情報だろうが、ひたすらにびっしりと書き込まれていたのだ。

 彼はその地図に、エルが態度とは裏腹にいかに真剣にこの旅に望んでいるか、そして自分のことを考えていてくれたのかを知ると思わず感動のあまり唇を噛み締める。それから「師匠…!」と感情に任せて手網を握るエルの手に自分の手を重ねた。エルは「はいはい。鬱陶しいなあ、」感動のあまり目を潤ませる彼とは反対に、心底面倒くさそうに呟くと小さくため息をついた。


「……やっぱり見せなきゃ良かった…。」


 ぽつり、エルはそう呟くと彼の手を払う。それから「危ないでしょう。愛馬に踏まれるよ。」と半ば呆れたように告げると、尚も粘着したがる彼と距離をとった。それから4代目の勇者とはまた違う意味で単細胞だなと笑った。けれどその笑みは、エル自身驚いてしまうくらいにちっとも嫌な笑みではなくて。寧ろ子供のように簡単に感動してはべったりとへばりついてくる彼を心底可愛いやつだなと再認識してしまったのだから、エルはホープの甘やかし癖が移ったかもしれないなと苦笑した。それから、こんなにもドロドロのベタベタな関係じゃあ、緊張感の欠如なんて生易しいものじゃないなとため息をついた。次いで距離を取っても取っても「師匠、本当はこんなに弟子想いだったなんて…!」とまとわりついてくる彼に「少し平和ボケしているみたいだね?」と声を掛けたすぐ直後。身体にダメージが残らない程度の力を込めると、思い切り足でその腹を蹴った。

 腹にエルの愛の鞭を食らうと、流石に彼は目を瞬かせる。そして「やっぱり師匠はおれのことなんて少しも考えてないんだ…!」と、安っぽいメロドラマのような台詞を吐きながら先程とは異なる意味で目に涙を浮かべた。エルはそんな彼に呆れては眉を顰めつつ、「馬に近寄ると危ないからね。」と何食わぬ顔で答える。それを聞いた彼は唇を尖らせると、「でもさ。だからってこれは酷くない?!」と不満を口にした。次いですっかり正気に戻った様子の彼は、誰が見ても分かる程度には怒りながら地図を適当に折ると、元の反抗期真っ只中の少年らしく素っ気ない態度でエルへと地図を突き返した。エルは「酷かろうが酷くなかろうが、目が覚めたようで何より。」としれっと言い放つと、地図を受け取る。そして綺麗に畳み直すと、再度右のポケットに突っ込んだ。

 彼はそれを視界の端で見届けてから、わざとらしく蹴られた腹を抑える。そして愛馬の頬を撫でながら、チラチラとエルの方を伺う。エルは物理的には鬱陶しくなくなったものの、相変わらず――というよりかは、寧ろ相対的に更に鬱陶しくなった弟子に苦笑をすると、わざとその視線に気が付かない振りをしながら口を開いた。


「4代目のキミはね、それはそれは本当に単細胞だった。キミが可愛く見えるくらいにはね。」

「………………は?」


 唐突に、ここ最近聞いていなかった昔話――かつての勇者との思い出話を語り始めたエルに、彼はぽかんとする。ぽかんとした後に。唖然とする。次いでエルの性格上、自分が悪いと思っていないことは嘘でも謝らないことを知っている彼は、幾ら彼の方に非があるとはいえこうして昔話を語ることで自分への謝罪を有耶無耶にしようとしているエルに目敏く気が付くと、「え?おれへの謝罪は?ねえ、おれの腹を思い切り蹴ったことへの謝罪は?」と再びその足にまとわりついた。


「あれは、キミと出会って3日目のことだった。今でも具体的な日付まで覚えているよ。アンバーの月の14日だ。」

「いや、だからおれへの謝罪は?今、お互いに悪かったよね?ね?」


 エルは今度はそんな彼に敢えてぴくりとも反応せずに、淡々とかつての彼との思い出を語り始める。彼はこちらを見ようともしなければまるで空気のような扱いをしてくるエルに再び腹を立てると、そっちがその気ならとつんと明後日の方向を向く。……が、どうにも気になってしまうかつての自分の話に馬のように耳をぴくりと動かすと、村を出た直後よりかは随分と近くに見えるようになった渓谷を眺めながら、彼女の話に聞き耳を立てた。

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