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Refrain  作者: るるる
44/64

44_彼とエルと新年の話(前編)


「どうしたの、それ。」


 何とかして安く買い叩こうとする素材屋の店主を時に持ち上げ、時に罵り、時に褒め称え、あの手この手でなんとか納得のいく値段で買い取って貰った後。彼はパンパンになった財布にだらしなく頬を緩めながら、流石は大人げない大人であるエル直伝の交渉術だとニコニコ笑顔で城に帰った。そして執務室にて仕事をする姫君に今週の分の生活費、もとい滞在費を払ってから、王宮兵士の詰め所の一角でも借りて日課である剣と盾の手入れをしようかと歩いている途中だった。日が昇り、ようやく暖かくなってきたからか活動を始めたエルと廊下ですれ違った。両腕いっぱいにサンドウィッチやらスコーンやらを抱えているのを見るに、どうやら台所帰りらしい。彼は相変わらずだなと苦笑してから寝坊助と彼女を揶揄おうと口を開きかけたが、それよりも先にかろうじて空いている左手で耳を指されると、たったそれだけにも関わらずなんだか無性に嬉しくなった。


「あ、分かる?」

「そんなキラキラしたの着けてたら、嫌でも分かるよ。」


 エルは至って普段と変わらない、到底表情があるとは言い難い顔を僅かに歪ませて苦笑する。それは彼が年齢相応の顔をして胸を張っているだけではなく、たったひとこと『どうしたの』と聞いただけで、まるで子犬のように尻尾を振ってはさり気なく近寄ってくる様子が微笑ましくてつい頬が緩むと同時に、ここまで分かりやすい上に可愛い弟子もそうそういなかったなと考えてしまったからだった。エルは少しずつ距離が詰められて行った結果、気がつけば触れ合えるくらいの近さになっていた彼の頭へせっかくだから、と両手いっぱいの食料をなんとか小脇に抱えて、手を伸ばした。が、最初出会った時や村を出た時とは違い、少し踵を浮かせないと届かなくなった頭に気がつくとほんの一瞬だけ寂しそうな目をする。けれどそれもほんの一瞬で、すぐにいつものように嫋やかな笑みを顔に貼り付けると、ぽんぽんと頭を軽く叩いてからゆっくりと前後に動かした。

 彼はいつまで経っても子供の対応しかしてこないエルに、少しだけムッとした顔をする。が、こういう時にすぐに感情を顔や声や態度に出すからいつまで経っても子供としか見られていないんだよなと思い直すと、全くなんとも思っていない涼しい顔を浮かべようと努める。エルは早速ピアスを開けた成果――少し大人になったところを見せようとする弟子と、現状なんとか平気な顔を浮かべてはいるもののパタパタと忙しなく振っては喜びを表現している尻尾――勿論架空だが、やけにハッキリと見える――に、思わず思い切り口元を歪ませる。ここで笑ったらせっかく大人ぶっている彼を怒らせると自覚しつつも、あまりにも不格好な『大人の振り』に笑いを堪えきれなくなると、ぷっと音を立ててから盛大に吹き出した。そして堪え切れなくなったのなら仕方がないと一転、彼を揶揄うモードに切り替えると口元と腹とを抑えながら問い掛けた。


「泣かなかったかい?」

「んなワケないだろ!ヨユーだった!」

「じゃあ、『やっぱり怖いよぉ〜!』って、暴れなかったかい?」

「……あのさあ…。」


 眉間に皺を寄せ、怒りと呆れとを含んだ鋭い目を向けてくる彼の反応は、エルの想像通りだった。想像通りすぎる反応にエルはまたしても笑ってから、更に揶揄ってやろうと「そうかそうか。偉いぞ、我が弟子。」と話半分、もう半分は馬鹿にしたような口調で呼び掛けると再び頭を撫でた。彼はどこまでも小馬鹿にしてくるエルの態度に声にならない声を上げながらその手を振り払ったかと思えば、急に「ぁあ〜……!!」と悲痛な叫びを上げる。そしてすれ違う王国兵士や通りかかったメイドをビビらては怖がらせる。エルはまるで狼の遠吠えのような声を上げつつ、怒ったかと思えば今度は急に嘆き出した彼――またしても子供っぽい態度をとってしまったことだったり、撫でられて嬉しいのについ手を振り払ってしまった自分だったりを馬鹿、間抜け、お子ちゃま!とひとり心の中で罵倒しながらしくしくと涙を流す彼に首を傾げる。それから本当に見ていて飽きないやつだなあと笑うと、流石に可哀想かと思い直した。

 エルは小脇に抱えた食料の中から、彼の好きそうなもの――チョコチップがたっぷりと練り込まれたスコーンを手に取ると、差し出す。そして「まあ、なんだ。泣くなって。」と声をかけつつそれを差し出す。彼は反省点を活かし今度は素直にそれを受け取る。が、つい反射的に反抗的な態度をとってしまった自身の行動を省みては、変わるというのは難しいことなのだなと変わらず涙を流す。エルは相変わらず弟子が何をそんなに嘆き、泣いているのか分からないものの、とりあえずは励ましてやる。けれど内心(面白い子だなぁ…。)と思えば思うほどに、ついつい興味深い事象を前に観察したくなる癖がムクムクと頭をもたげてきてしまった。


「ところで、なんで泣いてるの?」

「ほっといて…。」

「いやいや、可愛い弟子――それもまだ15の子どもが泣いていたら気になるものだろう?」

「……もうすぐ16だから子供じゃない…。」


 故にエルは彼からすれば無神経極まりない言葉を吐くと、彼の顔を覗き込む。彼は力なくそう口にするも、尚も執拗いエルの問い掛けに大人になることを諦めると、手の甲で乱暴にゴシゴシと涙を拭ってから、少し反抗気味な思春期の少年らしいムッとした表情と声で反論する。エルはなんとも子供らしい反論に苦笑しながらも、ついこの間15になったばかりの頃に出会った少年がまたひとつ歳を重ね、大人になろうとしているだなんて時間の流れは早いなと感心してしまった。それから頭の中でカレンダーを思い浮かべる傍ら、彼がひとつ歳をとる日――ちょうど新しい1年を迎える日に生まれた彼の誕生日を指折り数えるとその言葉通り、彼が16になる日がすぐそこまで来ていることを知った。そして再び時間というものの流れの早さに目を瞬かせると共に、背も伸びるわけだと小さく笑った。

 エルはひとり静かに頷くと、彼から手を離して歩き出す。そして脇から零れ落ちそうな食料をはやくテーブルに置かなければと自分の部屋を目指すも、ここからなら自室よりも彼用に宛てがわれたゲストルームの方が近いことに気がつくと本来左に曲がるべきところを右に曲がった。そして、それを見送ろうとしている彼に「ほら、何してるの。手伝ってよ。」と告げるとつかつかと今来たばかりの道を足早に戻っては、彼の両手にどかりとサンドウィッチがたっぷり詰まったバスケットを乗せた。彼は明らかに朝昼兼用とは思えない量のそれに「……用事あるんだけど…。」と渋るも、どうせ渋って拒んだところで付き合わされることが目に見えているが故に、予定――剣と盾の手入れは後回しにすることに決めた。


「そうか。あと数日で16か。……プレゼントは、何が欲しい?」

「え、プレゼント?――うーん、別にいらないかなあ。」

「年に一度の誕生日くらい、遠慮せず師匠に甘えていいんだぞ?」

「それは嬉しいけど…。旅してる時に何か貰ってもさ、無くしたり壊したりしちゃいそうじゃない?それに、特に欲しいものも思い浮かばないし、いいよ。大丈夫。」


 エルがどこへ向かっているのか知らない彼は、まさか自分のゲストルームに向かっているともつゆ知らず呑気に答える。エルは随分と子供らしからぬ返答をする彼に遠慮するんじゃないよと告げるも、彼はますます困った様子で眉を下げると首を横に振りながら再度同じ言葉を繰り返した。エルは村に居た頃から子供ながらも妙に大人びているというか達観しているというか、勿論歳相応に時折何かを羨ましがったり望んだりはするものの、根本的にはあまり物欲や自己顕示欲といった、子供らしい欲求というものを感じられない彼に「今時の子供は堅実で真面目だねえ…。」とボヤく。続けて「わたしが子供の頃なんか、毎日欲しいものだらけだったけどね。」と絶妙に反応に困る言葉を吐きながら、とある扉の前で立ち止まった。そしてその扉を足で蹴り飛ばして開けると想像通りと言うべきか言わないべきか、綺麗に使われているゲストルームに感心しつつテーブルの上にどさりと軽食とスイーツの入ったバスケットを置いた。彼は「……って、おれの部屋じゃん!なんで!?」と、こちらは想像通りの反応を示しながらも素直にバスケットをテーブルの上に置いた。

 エルはさもあたりまえのように「なんでって、キミの部屋の方が近かったからね。」と答えると、いそいそと彼が持っていたバスケットの中身をテーブルの上に並べ始める。紅茶の入ったポットに、ハムとチーズのサンドウィッチ。それとベーコンとレタスと半熟卵のサンドウィッチと、固ゆで卵。自身が持っていたバスケットからはレアチーズケーキをワンホールと、新鮮なミルクと卵を使ったぷるぷるのプリン。中から小皿とフォークとスプーンを適当に取り出しては彼に手渡すと、エルはこれ以上何か言われる前にとそそくさと彼の部屋のソファに座った。そしてまずは分厚いベーコンとシャキシャキのレタス、そしてトロットロの半熟卵がひしめき合うサンドウィッチを手に取ると、ワックスペーパーを半分剥いて口を開ける。そのまま勢いに任せてサンドウィッチにかぶりつくと、その拍子に半熟卵が潰れてパンの隙間から溢れ出した。ワックスペーパーの上で揺蕩う半熟卵がパンに染み込んでいく様子を見つめながら、エルは幸せそうに目を細める。


「じゃあ、勝手に用意するから。」

「だからいらないってば。」

「大丈夫、ちゃんと荷物にならないものにするから。」

「あの、おれの話聞いて?」


 彼はいつにも増して話の通じないエルに頭を抱えつつ、エルの唇の端にちょこんとついた半熟卵の黄身を指摘する。エルは舌をちろりと覗かせたかと思えば、舌先でそれを舐めとると「まあまあ、期待して待ってろって。」と口にした。彼はどうにもこうにも話の通じないエルに大きなため息をついてから、ホープのところで昼食を済ませてきてしまったが故にポットに入った紅茶だけをいただくことに決めるとバスケットの中から、乱雑に転がっているティーカップを取り出す。彼はどう見てもお高そうなティーカップを割れる心配ひとつせずにバスケットに放り込めるのは世界中を探してもエルだけだなと考えると、心底呆れながら本当にひび割れや欠けがないかを心配そうに点検し始めた。そして外見上は大丈夫そうなことにほっと胸を撫で下ろし、安堵のため息をつくと8分目ほどまで注いで、まずはエルへ。そして次に自分にと半分ほど注ぐと、エルの豪快な食べっぷりを眺めながらほんの少しだけ――本当にほんの少しだけ、何の躊躇もなく誕生日プレゼントについて聞いてくれたエルのことを嬉しく思うと、目を細めた。

 ――本当は、欲しいものはたくさんあった。けれどそれは新しい鎌だとか、ヤギや牛からミルクを絞る時に使う搾乳器だとか、もう少し頑丈な柵だとか。旅をしていては到底無理なものな上に、牧童として日々の仕事を楽にするために欲しいものだった。そしてなんとも不思議なことに、彼は子供の頃からただの自分として欲しいと感じるものはそう多い人間ではなかった。よく言えば大人、無欲。悪く言えば子供っぽくない、妙に大人びている彼は、もっと小さな頃は両親を困らせたなと思い出しては苦笑した。そして家族会議の結果、何も欲しいものがない時は1冊本を貰うことに決まったんだったな、と過去を懐かしんだ。事実として、彼は貧しい田舎の村の少年ながらも本が好きだった。なんなら旅に出るまでは年に一度、村を訪れる移動図書館が待ち遠しかった。だから特に欲しいものがなくたって、両親が選んだ本だとしても、それだけで充分すぎるくらいに嬉しかったし満たされていた。とはいえ、今共に旅をしているもう1人の大切な仲間――今は城の厩舎で高級な代わりに鮮度がイマイチな野菜にたいそうご立腹な愛馬は一昨年の誕生日に、珍しく自分からリクエストしたんだったなと思い出した。

 それは突発的な『欲しいもの』だった。理由も分からずに、急に欲しくなったものだった。自分でもよく分からない衝動のままに口にしていた突発的な要求ではあったもののちょうどお産のシーズン、それも運良く彼の誕生日の数日前に隣の牧場で生まれたばかりの子馬を買って貰えた時のことを、彼は昨日のことのように覚えている。そしてどうしてあんなにも馬が欲しかったのか、今考えてみても理由なんてものは少しも分からなくて。けれど神話に生きるエーデルガルトという魔女に次なる勇者として選ばれ、旅をすることとなった今となってはまあ第六感だったんだろうなとなんとなく納得は出来て。彼はなんだか何もかもがおかしく感じると、くすりと小さく笑う。けれどそれをエルに勘付かれる前に紅茶を飲んで誤魔化すと、初めて貰う赤の他人からのプレゼント――それも、恋心を抱えている相手からのものという事実に、早くも胸をときめかせた。


「師匠。」

「ん?」


 エルの性格上、言葉通りに旅の邪魔にならないようなものを選んでくれるだろう。それが何なのかは分からないが、彼はほんの少しだけ――本当にほんの少しだけ期待に胸を弾ませると、エルに声を掛ける。口をモグモグと動かしながら次のサンドウィッチに手を伸ばしていたエルは、くぐもった声を発しながら彼を見遣る。その間もワックスペーパーを剥ぐ手が止まらないエルに彼は思わず吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化すと、ニコリと笑って言った。


「期待、してるから。」

「――ああ、任せておけ。」


 そう告げるなり、エルは具沢山のサンドウィッチをたったのふた口でお腹の中に移してしまう。それから間髪入れずに卵を殻付きのままむしゃむしゃと食べ始めるものだから、彼はとうとう笑いを堪え切れなくなると吹き出してしまった。

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