表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Refrain  作者: るるる
43/64

43_彼とホープとピアスの話(前編)


 姫君の誕生日、即ち冬の訪れからひと月と経たないうちに最早誰が決めたかも分からない1年が終わり、そしてまた始まる。すると王都の冬はますます寒さと厳しさを増すのだと、彼はこの約1ヶ月――エルが倒れ、王都に身を寄せてからの期間にすっかり顔馴染みになった素材屋の随分と恰幅の良い店主から聞かされると、彼はふうんと理解したような、していないような返事をしながら袋の中から今日の成果を取り出してはカウンターに並べた。

 「南から来た田舎っぺには分からんだろうけどなあ、本当に寒いんだぞ?」「おじさんだって北西部の渓谷出身の田舎っぺじゃん。」そんな軽口の応酬を繰り返しながら、彼は誰に頼まれたわけでもなく退治してきた魔物たちの素材――頭まで毛布にくるまったエル曰く「あともう少し、暖かくなるまで…。」の約束で王都に滞在する間、暇潰しと実益を兼ねて周辺の魔物の討伐を始めた結果、手元に残ったそれ――を、年季の入った筒型の巾着越しにカウンターに置いた。ごつん、狭い店内に響いた鈍い音に店主は身を乗り出した。

 元から真面目で仕事熱心な牧童である彼にとって、エルのように布団に包まっては惰眠を貪りつつ時間が過ぎるのを待つのは、非常に歯痒いと同時にムズムズするもので。加えてつい1ヶ月前の出来事――エルがどう思っているかはさておき、無理をしすぎた彼女が倒れたあの一件から彼は自分の不甲斐なさを強く感じると、ますます真面目かつ真剣に剣の修行、改め実地訓練に取り組むようになった。

 とはいえ、下心がないわけでない。だからこそ彼は倒した魔物の素材を剥ぎ取っては、日夜あくせくと素材屋の元へ運んでは日銭を得ていた。その理由は至極単純、王都の物価の高さあった。何を買うにも体験するにも、故郷の村とは比べ物にならないくらいの値段に彼は生まれて初めて都会というものを知ると、途端に幾ら勇者とはいえ王都に滞在している間の金銭を王家に負担させるのは忍びないと思ってしまったのだった。いっそうのこと、エルのように何も気にしない強靭な心があれば気に病むこともなかったのかもしれない。だが元を辿らずとも現役の庶民の彼は、その滞在費の出処が税金だと知っていた。否、瞬時に悟った。だからこそ全額負担とまではいかないものの、ほんの少しでも負担しなければという一瞬の使命感にさえ駆られたのだ。その結果が鍛錬を兼ねた王都周辺の治安維持だった。

 本日のラインナップはシルバーウルフの牙とアルミラージの角、それと瓶に詰めたスライムのコアだ。どれも仕留めよう、剥ぎ取ろうとすると一苦労する素材ばかりだった。故に素材屋の店主は減らず口を叩く彼に「本当に生意気な坊主だな、」と肩を竦めてから、カウンターの端から端まで所狭しと敷き詰められた魔物の素材にヒュウと口笛を吹くと虫眼鏡を手に取った。そして「存分に買い叩いてやるからな?」と、お決まりになった台詞を口にしながら査定を始めた。彼もまた、いつものように「お手柔らかに。」と苦笑すると、ドアノブに手を掛けた。そして「また後で戻ってくるから。」と査定中離席することを伝えてから扉を開けると、大通りの入口に面している素材屋を後にした。


「……眩し…。」

 

 1歩外に出た瞬間、彼は眩いほどの白に目を細める。それから、あの魔物の素材を売った金でサングラスなるものを買ってみようかなと考えてみた。が、エルの言葉を信じるのならばあと2ヶ月かそこらでこの厳しい寒さは収まり、徐々に春になっていくという。加えてエルの性格上、完全に春になるのを待つまでは流石に王都に居ないだろうと信じたい彼は、せいぜいこの人だらけの都会ともあと1ヶ月くらいの付き合いだろうなと目処を立てると、たったそれだけの期間のために高価なものを買うのは勿体ないか、と思い直した。それよりも金は次の出立に向けた物資や燃料の補給分に割くべきだなとひとり頷くと、彼は大通りから1本外れた静穏と表現する他ない裏通りに足を踏み入れる。そしてかつてはエルに案内されて訪れた彼女の旧知の友が営む店――裏通りに店を構える『魔法の仕立て屋』の店主である、妖精の元を訪れた。

 彼はとっくに昼だというのに、まだ『closed』の看板が掛けられている扉を見遣ると眉を顰めた。それから扉を軽く3回叩いてから「あの、ホープ?おれだけど…遊びに来たんだけど、起きてるかな?」と扉越しに声を掛けた。すると扉の向こうからは賑やかを通り越して騒がしい音、もとい何かが倒れる音やそれを囃し立てる小人たちの声が聞こえてきた。彼はそれに(………なんというか、本当に危なかっしい子だよなぁ…。そりゃ、6代目のおれも放っておけないわけだ。)と苦笑しながら、静かに扉が開くのを待った。そして暫し沈黙の後に、慌ただしく開かれた扉と何食わぬ顔の店主と、彼女の頭のてっぺんでぴょんと跳ねるアホ毛とを見遣ると、笑いながら黙ってそれを指摘した。その笑い声に物陰から、あのイマイチ仕立てを手伝っているとは言い難い小人たちが顔を覗かせた。





 ――――――――――

 



「ピアス、開けて欲しくてさ。」


 何日かぶりに訪れたにも関わらず店内の暖炉には相変わらず大きな鍋と、その中でぐつぐつと煮えたぎるオニオンスープがあった。ホープは彼を招き入れると、前回同様その鍋の中からスープを掬うとカップに入れて差し出した。それから紅茶も淹れて彼の前に置くと、久しぶりに太陽が頭上に昇るまでたっぷり眠っていたが故にまだ済ませていなかった朝食兼昼食にと、自分の分のオニオンスープと紅茶とを注いでから買い置きの白パンを別の皿に盛った。「良ければどうぞ。」と言って自身の前にも置かれた白パンに、彼はホープという少女は本当に善性に溢れた存在なのだなと感じると、礼を口にしつつそれを受け取った。それから数日ぶりにこの店を訪れた目的を口にしつつスープを口に運ぶと、その美味しさに口元を緩めた。

 前回は緊張していたが故によく分からなかったスープの味だが、きちんと心構えをした上で真正面から彼女の善性を受け取ったためか、今日はよく分かった。そして率直に美味しい、と感じた。しっかりと効いているコンソメに溶け出しているベーコンの旨味と玉ねぎの甘みに、彼は舌鼓を打つ。それから、これほどまでに玉ねぎの甘みを引き出すのに一体どれほど炒めたのだろうかと想像すると、ホープという少女がいかに公私共に丁寧な生活を送っているかを想像しては感心してしまった。加えて舌に乗せるだけであっという間にとろけてしまう玉ねぎは、よく煮込まれた証拠だ。彼はまるでスイーツのような甘さのそれをあっという間に飲み干してしまうと、ほぅ…と息をついた。そんな彼にホープは目を丸くした後に、心底嬉しそうに目を細めると「おかわりはいかがですか?」と問い掛けた。彼は一瞬迷ったものの、お世辞抜きで今まで飲んできたオニオンスープの中でいちばん美味しいと言っても過言ではないその味に直ぐに降参するとバツが悪そうに「お支払いしますので…。」と言いながらカップを差し出した。ホープはそんな彼をくすくすと笑ってからカップを受け取ると、首を緩く横に振る。それからカップいっぱいにオニオンスープを注ぐと、先日エルにそうしたようにチーズを削って乗せた。


「どうしてみなさん、わたしにピアスを開けるのをお願いしてくるのでしょう?……わたし、ただの仕立て屋なんですけど…。」


 お代わりのオニオンスープを彼に差し出してから、ホープは椅子に座ると白パンをちぎる。そしてちぎったそれをスープにひたひたになるまで浸すと、木製の匙で掬ってから口に運ぼうとする。が、その前に火傷しないように小さな唇を尖らせて息を吹き掛けて冷ました。それからこれまた小さな口を精一杯開けて頬張るホープに、彼は(……なるほど…。)とふたつの意味で感心した。ひとつは敢えて柔らかいパンをスープに浸すというこの上なく贅沢な食べ方、もうひとつはホープの動作ひとつひとつがなんだか放っておけないと感じる心――要は、いつかの自分や姫君、そして王都に住む人々が抱いている彼女への庇護欲というか、無性に可愛がってやりたい欲というか、そんなものに対してだった。

 彼はまずは前者の食べ方を真似て、白パンをちぎってスープに浸すとチーズをよく絡めてから匙で掬って口へ運んだ。硬いパンを汁気で誤魔化すのとはまた違う、なんとも格別な味わいに口元を緩めてから目の前のホープを見遣る。小さな口を精一杯に開いて頬張る様だとか、時折冷ますのが足りなくて目を瞬かせる様だとか、そもそもとしての彼女の容姿――姫君曰く『妖精としては一般的な大きさ』ではあるものの、こうして見ると幼子にしか見えない外見を、じいっと観察する。それから、不意にこれまた姫君曰く本来は人間社会に馴染めない筈の妖精が何千年にも渡って人間に受け入れられているという事実――今までの歴史において前例がない奇跡だということを思い出すと、それはホープ自身の人の良さや善性が故なのだろうな、と目を細めた。

 ホープは優しい目をして見つめてくる彼に気がつくと、食事の手を止めて首を傾げた。するとさっき直した筈の寝癖がまたぴょんと跳ねたものだから、彼は苦笑してしまった。彼が何故笑っているかを知らないホープは、その笑みと何故か皆自分にピアッシングをお願いしてくる街の人々とに再度首を傾げると「まあ、わたしは構いませんが…。」と口にした。

 

「だからこそ、かな。ほら、普段から針を使ってるから、なんか安心出来るっていうか、信頼出来るっていうか?」

「…………それなりに痛いですよ…?」

「それはまあ、百も承知というか……。でもなんかこう、上手くやってくれそうなイメージがさ、あるんだよ。」

「……あの。わたし、仕立て屋なんですけど…!?」


 今まで疑問に思いながらも街の人々には聞かなかった、もとい「まあ、求められているのなら…。」と敢えて言及して来なかったホープは、彼の言葉を聞いた途端に頭を抱えた。何故街の人々が友人同士や家族ではなく、こぞって自分のもとを訪れるのかを理解した。そして今までは少額とはいえお金になるし、お客さんは喜んでくれるしとそこまで深く考えていなかった需要の裏に隠された民衆の意図に気がつくと、「皆さん、針にイメージを引っ張られすぎです……!!」と大いに嘆いた。彼はその様子に思わず笑いそうになるのを必死に堪えると、仕立て屋イコール針というイメージは然ることながら、いちばんはホープの人の良さというか押しに弱そうというか、事実押しに弱いところなのでは?とぷるぷると肩を震わせた。


「分かってるって。お詫びに、何か買うからさ?」

「………いえ、結構です……。」


 気落ちこそしていないもののそれなりにショックを受けているであろうホープに流石に悪いことをした、もとい口にしてしまったかなと感じた彼はそう申し出た。が、ホープは力なく首を横に振った後にしょぼしょぼと残りのパンをちぎってはスープに浸すと、まるでやけ食いだとも言わんばかりに台所からチーズの塊とスライサーと、それからパンと一緒に買ってきた1口サイズのチョコレートのタルトが入った箱とフォークと小皿とを持ってくると、テーブルの上にどんと音を立てて置いた。そして自身のカップにたっぷりとチーズを振りかけた後に、今日いちばんの大口を開けて食らいついた。続けて咀嚼しながらチョコレートのタルトにフォークを突き刺すと、口の中のスープとパンを飲み込んでからひとくちで食べようとこれまた大口を開けるも、流石に大きすぎることに気がつくと諦めてふたくちに分けた。

 彼はその様子を心配半分、一体どういう気持ちなんだとビクビクする気持ち半分で見つめる。それから、箱にぎっしりと詰められた1口サイズのタルトは、自分も食べていいのかと思い悩む。が、答えを出すよりもあっという間に箱いっぱいのタルトを半分食べてしまったホープの「決めました!」という声にびくりと肩を跳ねさせると、視線をタルトの入った箱から彼女へと向けた。


「わたし、この店を仕立て屋で終わらせません!ファッション全般の店にします!!」


 力強くそう宣言した後に再びオニオンスープを煽った彼女に、今までふたりの様子を伺っていた小人たちが物陰からわらわらと姿を現した。そして小人たちは心底嬉しそうに飛び跳ねたりステップを踏んだりしながら「ねえ聞いた?ご主人が俄然やる気だ!」「聞いた聞いた!ボクたちもっと儲かっちゃうね!」「服に靴に鞄に髪飾りに……ああもう、手が足りないね!」「嬉しい悲鳴だね!」と各々好き勝手に口を開くものだから、店内は一気に喧騒に塗れてしまった。先程までのずんとした暗い顔から一転、ヤケになったのか覚悟を決めたのか、それとも新たな商売の匂いと儲け話に期待を膨らませているのか、明るい顔をしては目を爛々と輝かせるホープは椅子から立ち上がると小人たちの方へ向けて「みんな!頑張るぞー!おー!」と拳を振り上げた。小人たちはやる気満々なホープにキャッキャと無邪気に騒ぎ立てると、主人を真似て「おー!」と口々に叫びつつ拳を上げた。

 彼はそのあまりの勢いの良さと思い切りの良さに目を丸くした後に(……まあ、いい方向に向かったみたいで良かった……のか?)と首を傾げつつ、カップを空にするとすっかりぬるくなった紅茶を飲んだ。「なら、記念すべき正式な最初のお客さんはこの人だね!」「値段は?ねえ、値段はどうする?」「せっかくだから無料にして宣伝してもらってさ、集客効果を狙おうよ!」――そんなことを思い思いに口にする小人たちに、彼は再びなるほどと頷いた。どう見ても押しが弱くて人の良いホープが悪人に騙されることもなければ赤字になることもなく、寧ろ王都で繁盛しているのは彼女の腕が確かなことに加えてこの騒がしい従業員たちが経営に関して鋭い視点を持っているからなのだと納得する。が、彼は次第に白熱していく最初の客への対応と料金の議論にすっかり置いてけぼりを食らってしまうと、ちぇっと舌打ちをしながら箱に残ったチョコレートのタルトへと手を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ