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Refrain  作者: るるる
41/64

41_彼と姫君の話(前編)


 『魔法の仕立て屋』を後にした彼とエルは再び大通りの活気ある市場に繰り出すと、ふたりで揃いの深い緑色のコートを靡かせながら朝の澄んだ空気の王都を楽しんだ。途中で朝食代わりに中に肉や野菜のたっぷりと入った饅頭を買っては食べ歩きながら、彼はエルにいつ王都を出発するか尋ねた。するとエルは「そうだね、新しい服も仕立てて貰ったし、明日明後日にでも――。」と言いかけるもその瞬間、顔面に地吹雪を受けると無言でコートの裾で雪を払ってから「……もうちょっと暖かくなってからにしようか。」と、何食わぬ顔で言った。彼は腹を抱えて笑いながら、内心時間が出来たことに喜んだ。


「ならさ、師匠。おれ、一回真面目に勉強してみたいんだよね。…どうかな?」

「いいんじゃない?学者になったキミも居たしね。」


 急に『らしくない』ことを言い始めた弟子に苦笑しつつも、エルは悪くはないと手にした饅頭を大口を開けて頬張る。もちろん先程の地吹雪が直撃したそれはすっかり冷めてしまっていたが、エルは気にせずにぺろりと平らげた。それからどういう風の吹き回しかはさておき、新しいことに挑戦する弟子の肩をぽんと叩くと「ま、頑張れよ。」と他人事のように応援した。否、事実他人事ではあるのだけれど、彼が急にそんなことを言い出した理由を知らないエルはいつものように頭の後ろで手を組むと「分からないところがあったら持っておいで。気が向けば教えてあげるから。」と言い残すと、大きな欠伸をしながら城の方へと足を向けた。

 彼はその様子にエルが城に帰るなり早速二度寝をするつもりだと見抜くと、これ幸いにとその後に続きながらこの国でエルに次いでもっとも魔法に優れている人物――即ち姫君ならばエルに掛けられた呪いのことも何か知っているだろうかと、思考を巡らせた。それから、いくら勇者と言えどもまだろくな実績もない自分が果たしてエル抜きで姫君に謁見出来るかどうか不安になると、重いため息をついた。





 ――――――





 ダメで元々、どうにでもなれと少々無謀な勇気――エルがこの場に居たら「それは蛮勇だよ。」と言われること間違いなしの向こう見ずな勇気を振り絞って城の兵士に姫君に会いたいこと、相談したいことがあると告げるや否や、速やかに彼女の自室に通された彼は抱えていた不安とは反対に、あまりのその呆気なさに拍子抜けしてしまった。と同時に、まだ大した成果を上げていないにも関わらず、勇者というだけで多少の無理が通ってしまうこの状況に改めて緊張すると姫君の自室の入口にて、まるで石像のようにカチンコチンに固まったまま佇む。姫君は自分から話がしたいと言っておきながら自室の入口にて微動だにしない彼にくすくすと笑うと、緊張を解そうと王女自らティーポットに茶葉と湯を注いだ。

 すると彼は姫君の思惑通り、王族という立場ある人物に茶の準備をさせていることに漸く気がつくと、慌てて部屋の中央に鎮座する白を基調とした豪華なローテーブルとソファまで歩み寄る。それから「あ、あの、おれが…!」と声を上げるも、姫君は「いえ。勇者様はお客様ですから。」とにこやかに、けれどエル曰く「有無を言わさない笑顔」を見せる。彼はなるほど、エルの言っていたことはこういうことなのかもしれないとただそこに居るだけで圧を放つ姫君に勧められるがままにソファに腰掛けると、やはりエルに次ぐ魔法使いである姫君に謁見はちょっと勢いが良すぎたかなあ、と内心冷や汗をかいた。


「――あら。そのコート…もしかして、ホープのお店に行ったのですか?」

「えぇ?!あ、はい!そうです!」

「いいなあ…。ホープの店に行くなら、私も誘って欲しかったです。――知っていますか?ホープの仕立ては服には、少しだけ他人に優しくなれる魔法が掛かっているんですよ。」


 エル曰く「王家はわたしのことが嫌いだからね。」と散々聞かされていた彼は、ティーカップに茶を注ぐ姫君をじいっと見つめつつ(やっぱりいくら何でも考えなしすぎたかなあ…?)と、頭を抱える。そして頭を抱えるのみならず、自身の蛮勇を呪い始めた頃だった。ふと顔を上げた姫君は彼が手にしているコートから放たれている魔力が見知ったものであることに気が付くと立場ある人物らしい圧のある顔から一転、彼とそう歳の変わらない少女らしい顔と共にそう尋ねた。彼はまさかつい先程まで邪魔していた店の店主の名前が出てくるとも、姫君がそんな少女然とした顔も出来るとは知らなかったが故にあからさまに動揺するも、なんとか頷いた途端に自分も誘って欲しかったとボヤく姫君の歳相応な口調に気が付くと、目を瞬かせた。確かに昨晩の晩餐会や、倒れてしまって目を覚まさないエルを引き渡した時の彼女は次期国家元首らしく冷静で、どこか手が届かないとさえ感じる女性だった。けれど今はどうだろう、と彼は再度目を瞬かせる。――ほんの少し、それこそ政治や国民の目から離れてしまえば、そこに居るのは自分よりも2,3歳歳上なだけの子供だった。

 彼はそのことに気が付くと会話のきっかけのみならず、自身の緊張をも解してくれたホープに感謝しつつ丁寧に折り畳んでは左手に掛けていたコートを上質なソファに寝かせると、「そのことでお話があります。」と切り出した。姫君はその言葉を聞くなりとてもじゃないけれど歳上、それもエルと違って威厳もなければ妖精らしくいつもフワフワとしていて、なんだか見れば見るほど心配になってくる彼女の身に何かあったのかと視線を鋭くした。彼は慌てて顔の横で両手を振ると「いえ、ホープじゃなくてですね。その…。」となんとも歯切れの悪い言葉を紡ぐ。こういう時、彼は決まって上手く口が回らないのは父親に似たんだなと内心嘆く。どう頑張っても母親やエルのように理路整然と説明出来ないもどかしさに悶えつつ、彼はますます鋭くなる姫君の視線に耐え兼ねると遂にぐちゃぐちゃのままの言葉をそのまま吐いた。


「ホープに、お願いされたんです。どうか師匠のことを、今度こそ死なせてあげて欲しいって。おれ、それで――。」

「…………そう、ですか。…いかにも彼女が言いそうなことですね……。」


 彼がそう口にするなり、鋭い視線を収めてはティーカップ片手にしんみりとする姫君に彼は「いや、そうじゃなくて!」と声を荒らげる。姫君は急に声を荒らげた彼に首を傾げつつ眉を顰めた。その顔と目は明らかに不審者や頭の良くない人を見るそれで、彼は頼むからそんな目で見ないでくれと願いつつも、実際問題言葉が足りていないのだからその反応もまあ仕方がないよなと心の中で静かに泣いた。それから自分とぐちゃぐちゃの頭の中を落ち着かせようと、姫君が淹れてくれたティーカップの中の紅茶をひとくち啜ってから、鼻腔と口内とを吹き抜ける爽やかなハーブの香りにゆっくりと深呼吸をしてからもう一度、今度はなるべく姫君を混乱させないようにと彼の中で順序立てて説明を始めた。


「今朝、師匠に連れられてホープの店に行って、何着か仕立てて貰いました。そして店を出ようとしたところ、おれ、ホープに言われたんです。今度こそ師匠を死なせてあげて欲しいって。

 ……でも、どうしてか咄嗟に、本当の言葉じゃないと思ったんです。多分、あの子、震えてたから。…だから、おれ、言ったんです。魔王は倒す、でも師匠のことは死なせない、って。」

「…………そうですか……。」

「――そうしたらあの子、喜んでました。そして、言われました。未来を、新しい明日を、師匠と一緒に迎えに行ってあげて欲しいって。」

「……彼女らしいですね。」

「はい。おれも、そう思います。」


 顧客と店主という立場で長年の付き合いがある王家の人間と違って、今日出会ったばかりの彼女の何が分かるのかと言われれば、正直なところ彼は何も分からなかった。しかしながら、まるで経験則のように『ホープらしい言葉だ』という確信があった。それが何代にも積み重ねてきた勇者の魂としての既知に基づく経験則なのか、あるいは出会った瞬間に嗅ぎ取った野生の勘なのかは、彼自身にもよく分からない。分からないが、漠然とホープという妖精はそういう存在――無垢で、健気で、少し不器用で。けれど、だからこそ6代目の勇者が愛した女性であり、長年に渡って王家のみならず王都の人々にも必要され、愛される存在なのだと胸を張れるだけの自信が、彼にはあった。だからこそ姫君に「ついさっき出会ったばかりの癖に何がわかるのですか」と言われる可能性を危惧しつつもそう言って頷く以外の選択肢は、彼にはなかった。

 そしてエル相手ならまだしも、姫君はほぼ初対面と変わらない彼をそうやって罵倒するような人間ではなかった。寧ろ精々1時間にも満たない時間の中でホープという妖精の本質をそこまで見抜く彼に感心すると共に、自身の大切な友人でもある彼女の本当の願い――エルに齎されるべきは安らかな死ではなく、希望に満ちた明日なのだと、きっと子供のように泣きながら声に出したであろう彼女をただただ優しく受け止めてくれた彼に感謝さえした。それは王家の姫君である自分の声も、長年の友人である彼女の声も、最早エーデルガルトという女性(ひと)に届かないことは、姫君自身よく知っていたからだった。


「…………あの方は、きっと摩耗し切っているんです。」


 姫君はティーカップの中の紅茶をふたくち飲んでから、重い口を開いた。――歴代の姫君たちが残した日記帳や、最初にエルの生徒となった姫君の手記を見れば、それは一目瞭然だった。「あの方は、手足が千切れても気にしない。それどころか、寧ろ傷付くことを喜んでいる節さえあった」「外なる神の魔法を使って1ヶ月昏睡状態に陥ったにも関わらず、ただ『死に損なったな』と笑うのみだった」「本日逝去なさった勇者様を、あの人は遠くから見送ったのみだった」「昔話をしている時の顔が、いちばん生き生きとしているのがなんとも痛ましい」――歴代の姫君たちが綴ってきた言葉は、エーデルガルトという魔女の感情がとっくに擦り切れていることを如実に語っていた。彼女がひとり、終わりのない狂気と戦ううちにすっかりと感情を摩耗してしまっていると、嘆きながら伝えていた。だからこそ、中にはホープ同様「はやく誰かあの方を楽にして差し上げて欲しい」と書き記している姫君も居たことを、静かに告げた。

 その気持ちは分からなくもないと、彼の前に座る姫君は語る。もし自分がエーデルガルトの立場だったらと想像したことはあるかと、姫君は彼に問い掛けた。彼は次元が違いすぎるが故に今まで想像すらしたことがなかったと素直に告げてから、それを想像してみた。そうして、どれだけの愛を注いでも時間の経過と共に死んでいく周囲の人々と取り残される自分とをたった一瞬想像するだけで、目眩がしそうな程の虚無感が襲いかかってくると、彼は慌てて首を横に振った。姫君はそうやって咄嗟に頭の中から気が狂ってしまうほどの孤独を追い出した彼を見遣りながら「そうでしょう?」と物憂げに視線を下げると、ドレスの裾を握り締める。そしてまさに彼が聞こうとしていた質問に対する答えをいち早く口にすると、目を伏せた。


「――現状、あの方の呪いを解くことは出来ません。」


 そう告げる姫君に、彼は「やっぱりな」という気持ち半分、「どうして」という気持ち半分だった。前者に関しては至極単純で、世界でもっとも強いであろう魔法使いであるエル自身が解呪のためには術者である魔王を殺して解呪する他ないと再三彼に口にしていたからだった。つまりは彼自身、良くも悪くも予想通りだとガッカリしながらも安心していた。他の勇者に出来なかったのだから自分にも出来なくても仕方がないと、ある種諦めるには良い口実だと思った。これはいわば『勇者』としての彼の安堵だった。

 けれど後者は逆に、勇者ではなくただの牧童としての『彼』の率直な気持ちだった。加えてエルが、そして時に神話が語る、王家の人間に対する明確な怒りでもあった。困った時だけ英雄だと持て囃してはその実、用が済んだらポイと捨ててしまう人間という生き物の愚かさへの怒りと失望でもあった。エルの感情が摩耗するほどに擦り切れているくせに、それを黙って見守るだけで手を差し伸べすらしない人間の薄汚さに対する憎悪だった。エーデルガルトという人が守ってきたこの世界に生まれたひとつの命としての、憤りだった。

 彼は相反する感情と思考に、ズボンをぎゅうと握り締める。力いっぱいに握り締める。姫君は視界にその様子が映ると、歯を食いしばりながらひたすらに自身の無力さを嘆く彼を見兼ねて立ち上がった。そして隣に腰掛けると、そうっと痛いほど握られた拳の上に手を重ねた。次いで彼の顔を覗き込むと、ゆるゆると首を横に振りながら口を開いた。


「落ち着いてください。……現状、と言ったでしょう?」

「…………どういうことですか?」


 姫君に至近で見つめられている恥ずかしさから、ふいと視線を逸らしては拳に込めていた力を緩めた彼は一体彼女が何を言いたいのか検討もつかずに困惑した声を上げる。姫君はすっかり緩まった手のひらに安心したように微笑むと、ゆっくりと手を離した。それから再び腰を上げると、ヒールの音を響かせながら自室と地続きに作られた部屋へと続く扉のドアノブに手を掛けると、肩越しに彼を見遣った。

 

「私も、歴代の姫君も――お祖母様もそのまたお祖母様も皆、先生を助けたくて足掻いてきた、ということです。」


 姫君はそう告げてから彼を一瞥すると、ゆっくりと扉を押して開けた。扉の向こうから吹き込むあたたかな春の風に、彼は逸らしていた視線を再び姫君へと向ける。それから姫君が開け放った扉の向こう、雪の降り積る王都とは思えないほどにあたたかな日差しと風と花々に満ちた空間を目にすると一体何が起こっているのかと目を瞬かせた。

 姫君は驚いた様子の彼にくすりと笑ってから手招きする。彼は誘われるがままにソファから立ち上がるとゆっくりと姫君に近寄る。そして勧められるがままに扉の向こうに顔だけ入れると、あたり一面に咲き誇る見たこともない花に再び驚くと姫君とその花とを交互に見遣った。姫君は目を丸くして驚いている彼に満足すると、手を伸ばしてベッドサイドに置かれた小さな竪琴を手に取る。そうして指先でポロンポロンと弾いてみせると、いつかエルの元まで飛ばした真っ白な鳩が飛んできては姫君の肩にとまった。鳩は彼の顔をじいっと見つめた後に、主人である姫君の横顔を伺ってからその肩から下りると、ぴょんぴょんと跳ねながら地面を歩く。そして手短なところに生えていた見たことのない花を器用に嘴で摘むと、今度は彼の肩目掛けて飛んだ。


「――この花は、ランプ草といいます。先生曰く、かつてはこの国のあちこちに生えていたそうですが、技術が未発達であったが故に『何の役にも立たない』と断じられ、絶滅寸前にまで追い込まれてしまった花だそうです。」

「その花が、どうしてここに…?」

「歴代の姫君たちの弛まぬ努力のおかげ、と言っておきましょうか。」


 彼は肩にとまるや、否や見たことのない花改めランプ草を差し出してくる鳩からおそるおそるそれを受け取った。そしてこの花と歴代の姫君たちの努力とエルの呪いを解くことにどう繋がるのか理解出来ずに首を傾げると、自慢の庭園を前に微笑む姫君をじいっと見つめた。すると鳩はどうにも察しの悪い彼に苛立ったのか、肩から頭へぴょんと飛び乗ると彼の髪をぐしゃぐしゃに乱した上に、脚を腹の下に押し込むと座り込んでしまった。彼は糞でもされたらたまったものではないとなんとか頭の上の鳩を下ろそうとするが、残念ながら鳩の方が彼よりも一枚も二枚も上手だった。捕まえようとする彼の手をひらりと躱しては頭の上でふんぞり返るどころか、まるで「ばかだなあ」とでも言いたげにクルッポーと鳴く。姫君はその様子に口元に手を当てて笑った後に、ウインクをひとつすると彼の手を引いて秘密の庭園に一歩、足を踏み入れた。


「もしかしたら、もしかしなくても、かつて『役立たず』だと断じられたこの花たちが。かつて先生のことを目の敵にしていた、王家の一員である私が。――先生のことを、助けられるかもしれないのです。」


 姫君は静穏に、けれど声高らかにそう告げると、彼の手を思い切り引いた。引かれるがままに足を踏み入れた庭園は見事にランプ草しか生えていなくて、彼はまさかそんな夢みたいな話…と咄嗟に否定しようとした話を信じるしかなくなってしまったものだから、どう反応していいのか分からずに目を瞬かせた。それから早速舞い込んできた希望に口元を緩めると、「……ホープの仕立てた服はよく効くなぁ…。」とぽつり、呟いた。

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