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Refrain  作者: るるる
38/64

38_6代目の勇者の話(前編)



 姫君が産まれてからというものの、王都では意図しているのかいないのか、彼女の誕生日を境に季節ががらりと変わる。例年うっすらと積もるのみだった雪は家々の屋根をあっという間に覆い尽くし、色とりどりの草花で溢れていた城の庭園は一面の雪景色に変化する。あまりにも冷えるものだから人々は家に引き篭もり、代わりにもくもくと空へ伸びる暖房の煙が街を散歩する。故にこの季節は大忙しの暖炉を眺めながらコトコトと煮込まれる煮込み料理が、ここ最近の王都の風物詩だった。

 そして世間は、今までになかった『雪が降る冬』という季節を初めは異常だとうたがった。次いで誰が言い出したのか、姫君が冬を連れてきたのではないかと騒ぎ立てた。そして最後には生まれながらに精霊に愛される姫君は特別な存在に違いないと言い出しては、勝手に信仰の対象にしてしまった。故に、この国に住まう者は誰もが彼女の誕生日を祝う。そしてこの国の安寧を願い、彼女に託す。託される方の気も知らないで。


「うわあ、師匠見てよ!雪!雪だよ?!しかもめっちゃ積もってる!!」

「分かった分かった。だから早く窓を閉めろ。寒いだろ。」

 

 が、そんなものは上手く丸め込まれた何も知らない民間人の声で。エルは実際のところは、なんとも欲望に塗れた話であることを知っていた。

 ――事の次第はこうだ。単に女の子供が欲しかった若き日の国王は、どうにかして娘を授けてはくれないものかと精霊たちに泣きついた。精霊たちはいくら王家が女神の血と魂を受け継ぐ正当な魔法使いの家系といえども、世の中の平和のためならばまだしもあまりにも私利私欲に基づいた願いに困惑すると、誰もが渋った。が、冬の精霊と雪の妖精だけは「この国はいつも少し冷やしてはほんの少しだけ雪を降らしては、はいおしまいでつまらない!」「だから、もっと寒くして雪を降らせてもいいなら、なんとかしてあげるよ!」と無邪気に騒いだ。それを聞いた国王は他の精霊や妖精が止めるのも聞かずに、まさに藁にも縋る思いで彼らと正式な契約を結んだ。そして極寒の季節に愛された姫君が生まれ、冬の精霊と雪の妖精は毎年楽しそうに王都とその周辺に大寒波を引き起こしては大量に雪を降らせて楽しんでいる、というわけだった。

 

 ――つまりは、ただの因果応報。それも権力者による極めて私利私欲に塗れた、どうしようもない結果の因果応報なのだ。そしてどうしてエルがこれを知っているかといえば理由は至極単純かつ簡単で、「娘も欲しい」と泣き付いてきた国王に「なら精霊と妖精に相談でもすれば?」と面倒くさそう、もとい本当に面倒くさかった上に、いくら自身が大魔法使いと言えども子供を授ける魔法などないことを知っていたが故に、精霊たちに押し付けた張本人だったからだ。というかエル自身、まさか本当に叶えてくれる精霊がいるとは思っていなかったのだ。どうせ困惑されてドン引されておしまいだろうとタカをくくっていたから、適当にタライ回ししたのだ。要は、夜な夜な国王に泣き付かれるが本当に、心の底から面倒だし鬱陶しかったのだ。

 ところがこの国の季節と、もとい王都の冬いうものに不満があったらしい精霊と妖精が結託して、人の身では決して到達出来ない『奇跡』というものを行使して、不可能を可能に変えてしまった。その結果、王都の冬はまるで北西の雪原地帯のような厳しい冬になってしまったし、国王と王妃はエルへ彼女をなんら疑ってもいない、純粋かつキラキラとした眼を向けるようになってしまった。

 「これ、民間人が知ったら謀反一直線じゃない?」そんなことを言いながら、エルは一向に窓を閉める様子のない弟子を力づくで退かす。右半身を押して、左側へと押しやる。それからわざわざ朝一番に人の部屋に来ては窓を開けて騒ぎ立てる彼を軽くどついてから、窓をしっかりと閉めた。それから何か期待を込めた視線を向けてくる彼に大きなため息をひとつついてから「着替えるから出てけ。」と、背中を蹴って部屋から追い出した。





――――――――





 ザクザクと、雪の上をふたりで歩く。歩きながら、彼は田舎者丸出しといった様子でキョロキョロとあたりを見回す。朝早くということもあり誰も居ない広場、水抜きされた噴水に覆い被さる雪、雪がこんもりと積もった生垣、玄関前を除雪する街の人々。なのに普段より少しだけ様子の違う住宅街を抜けた先、大通りに面している市場は普段と変わらない活気で溢れていた。やれどこどこの新鮮な野菜が入荷しただの、牧場直送の絞り立てのミルクだの、今朝水揚げされたばかりの魚だの、喧騒が幾重にも混じり合っていた。

 エルはまるで今初めて見たかのような反応を示す彼に「別にいつも通りの光景だよ。」と苦笑しながら、数歩後ろを歩く。本格的な冬の初日、それも国を挙げての祝日の翌日ということもあってか、住宅街にも市場にもそれほど人の姿はない。そのせいかエルはいつもよりもはっきりと見えるような気がする後ろ姿と横顔とを眺めながら、防寒着くらい買えばいいのにと頭の後ろで手を組む。それから、コートも着ていなければ旅装束の下に暖かいウールの下着も着ていないのに妙に元気なのは、初めての雪に対する興奮と若さだなと呆れた。見ているこっちが寒くなる光景にエルはコートの襟を立てるとマフラーを鼻の上まで引き上げる。肝心の本人が雪に染まった王都を楽しむのに精一杯で、少しも自分の鼻や耳が赤いことに気が付いていないのも含めてお笑いだなとエルはマフラーの下で鼻を鳴らすと、石畳にブーツの踵の音を響かせながら彼の袖を引いた。


「寒くないの?」

「うーん、なんか冷たい?感じはする!」

「それ、寒いって言うんだよ。――ほら、こっちおいで。」


 エルは南の地方育ちと興奮故に、いまいち寒いという感覚に対して鈍い彼に呆れる。けれどなんとも『らしい』彼に笑うと、真っ赤になっている手をとった。それから市場に面する大通りから1本外れた通りに店を構える、王族貴族御用達の仕立て屋――昨晩のエルのドレスや彼の燕尾服のみならず、姫君から強制的に買わされた例の白のワンピースや今まさに身に付けているコートやマフラー、手袋に至るまで、確かな品質の品物を一瞬で仕立ててくれる正しく文字通り『魔法の仕立て屋』の扉を叩いた。

 彼は市場ならまだしも、こんな朝早くに開いている仕立て屋なんてあるのだろうかという不安と、もしかしてまたしてもエルが突拍子もないことをしているのではという疑いの眼差しとを彼女に向ける。エルはその視線に気が付くも、敢えて素知らぬ振りをすると何度ノックしても一向に開かない扉の向こうへ「おいこら。居留守するな。」と揶揄うような言葉を投げ掛けた。


「嫌です〜、もう働きたくないです〜…。」


 しくしくと泣きながら扉を開けたのは、綺麗な水色の髪をした少女だった。顔周りと頭の表面の髪は短く、後ろ毛だけが長い、かなり特徴な髪型をした少女だった。そして現代人に比べかなり小柄なエルよりも更に小柄…というよりかは、彼の身長の半分くらいしかない、子供のような外見の少女だった。彼女は「もう嫌ですよう…3週間も徹夜してるんですぅ…。無理ですぅ……。」と虚ろな目で呟くも、エルに「ならもう1日くらい大丈夫だな。」と言われると、あまりの非情さに両手で顔を覆っては「鬼!悪魔!人でなし!!」とわんわん泣き叫んだ。

 彼は彼女を泣かせているのは自分ではないものの、間接的には防寒着を持っていない自分のせいなんだよなあと何となく察すると、まだ年端もいかない少女を泣かせているという状況に少し気まずそうに視線を逸らす。が、エルを止めようとしないのは恐らく自分が何を言ったところで無駄だろうも分かりきっているからだった。故に彼は眉を下げると、少女から目線を逸らしつつ気まずさや申し訳なさを隠すように、人差し指で頬を掻いた。

 

「今すぐこの子のコートとマフラーと手袋と…それから帽子も頼むよ。」

「あの、エーデルガルト様?わたしの話、聞いてました?わたし、もう3週間、ほぼ寝てなくて……。」


 目の下にクマを作った少女はふらつきながらそう口にする。彼は(ああ、そんな弱々しい口調じゃ師匠は引かないぞ?もっと強く出なきゃ…。)』 (……いや、別に強く出たところで聞いて貰えるかどうかは別だけど…!)とひとりでヒヤヒヤしながら、外見の通り幼い声の少女を見遣る。するとエルはその反応まで想定済みだったのか右手をずいと少女の前に出すと得意げに指を3本立たせた。次いで一瞬考える素振りを見せると、指をもう2本増やして胸を張って言った。

 

「ああ、バッチリ聞いてたぞ。相場の3…いや、5倍でどうだ?」

「――おまかせください!!」


 エルがそう口にした途端、少女の澱んでいた目が爛々と輝き出す。それどころか上機嫌に鼻歌を歌い始めると、大きく扉を開けては「ささ、どうぞどうぞ!」とエルの手と彼の手を両手で引いて室内へと引き入れた。エルはその現金っぷりに「相変わらずだな?」と笑い、彼は(…あ、この子も師匠と同じく『そっち側』の人間かあ…。)と、真面目に心配して損だったなとゆっくりと息を吐いた。

 少女はエルと彼とを室内に通すと、2人がけのダイニングテーブルに案内した。次いで暖炉でコトコトと煮込まれているオニオンスープを小さなカップに注ぐと、木製のトレイに乗せてふたりの前に置いた。エルはぐつぐつと煮えたぎっているそれを冷ますことなく一気に煽ると、美味しいと頷いた。そして「これは料金内?外?」と尋ねた。少女は呆れたような、少し警戒しているような表情と共にエルの注文した品を手帳にメモしながら「……常識の範囲であれば料金内です、けど…。」と言葉を濁す。彼は(ああ、そんな言い方したら…!)と肝を冷やす。そして案の定、早速お代わりしようとするエルに自分の分のカップを素早く差し出した。が、エルは「何さ、人を化け物みたいに。」と呟くと不満そうな視線を彼に向けた。

 カップは、受け取って貰えなかった。


「化け物でしょう、あなたは。」

「それはキミだって同じだろう?」


 少女はエルと軽口を叩きあった後に、彼に「お構いなく、勇者様。」と苦笑しながらも微笑むと、空になったカップを手に取る。そしてカップのふちギリギリまで注ぐと、かさ増し代わりに自分が朝食に食べようと思っていた硬めのパンを入れた。そして乾燥パセリとチーズを軽く振って、小さい木製の匙を差し込んでからエルの前に置くと「次からは追加料金ですよ?」と困ったように眉を下げた。エルはやれやれと肩を竦めると、小さな匙でちびちびとそれを食べ始めた。彼はそれを見遣りつつ、もしお代わりが欲しいと言い出した時のために自分の分は飲まないでおこうと改めて心に決めた。


「ま、いつもみたいに宜しく頼むよ。」


 エルはそう告げるとひらひらと手を振る。そうしてあっという間にスープとそれを浸したパンを平らげると、慣れた手付きで店内兼作業所に併設された居住スペースを漁り始めた。特に台所のあたりを熱心に漁るエルに、彼は「ごめん!」と少女に向けて頭を下げた。少女は眉を下げながらゆるゆると首を横に振ると「どうぞお気になさらず。」と優しく微笑む。次いで「いつものことですから。」と目を細めた。彼は『いつものこと』という単語に頭を悩ませつつ、エルと少女の間に漂う心地よい無言と軽口の応酬――昨晩目にした王太子相手のそれよりも、ずっとずっと言葉少なく。それでいて嫌じゃない場の空気だとかふたりの表情だとかにどういうことかと首を傾げると、少女とエルとを交互に見遣った。そして台所から勝手に封の空いたチェリーボンボンを見つけては頬張り始めるエルに、彼は再度少女へと頭を下げた。

 ……頭を下げつつ、(あれ?おれの方が保護者か?いや、違うよな?)と首を傾げたのは内緒だ。

 

「――ついでに、新しい旅装束もいかがですか?」

「それ、サービス?」

「有料です。」

「生意気だなあ。」


 少女は勝手にとっておきであっただろうチェリーボンボンを頬張るエルを咎めるところか、商魂逞しく更なる商談を持ちかける。エルは当然有料のそれに呆れたように笑ってから「でも頼もうかな。料金は好きに設定していいから。」と緩く微笑むと、棚から勝手にウイスキーを取り出した。それを水で割る素振りも見せずにこれまた勝手に取り出したグラスに注ぐと、エルはなんの躊躇いもなく一気に煽る。彼はまだ未成年故に酒というものの味や中毒性は知らないものの、昨晩遅くまで浴びるように飲んだ挙句に朝から純度100%のウイスキーを煽る姿が正気とは程遠いものだということは本能で分かった。彼は思わずうわあ…と眉を顰めるも、少女は特に気にする様子もなく。寧ろ相変わらずだと笑って済ませると、手帳にサラサラと羽根ペンを走らせた。


「それでは勇者様。少し、失礼致しますね。」

「え?あぁ、うん…。」


 少女は手帳に注文された品とそれぞれの金額を書き込むと、一旦それを閉じて胸ポケットにしまう。代わりに今度はその小さな手のひらをひとこと断りを入れてから彼の身体に添わせた。頭、首、肩、腕、胸元――ぺたぺたと全身をくまなく触っては撫で回す少女の手に、つい彼はくすくすと笑ってしまう。少女はそんな彼に「ああ、ごめんなさいね。でも、必要なことですから。」と告げると、またしてもぺたぺたと全身を撫で回した。

 彼は撫で回されるにつれてちょっと擽ったいだとか、なんだか少し…否、かなり気まずいなだとか、そんな気持ちが芽生えてくると眼下の少女から目を逸らす。少女はそんな彼の反応と、意識すればするほど早鐘を打つ心臓とに気が付くと、申し訳なさそうに眉を下げた。


「一応、燕尾服を作る際に城の者からサイズは聞きましたが…。旅装束やそれに付随する衣服となれば話は別です。ですから、もう少しだけ我慢して下さいね。」

「……はあ…。」

「大丈夫だよ、我が弟子。泥船に乗った気持ちで安心しろ、そいつの仕立ての才能は本物だから。」

「ちょっとエーデルガルト様!泥船て!泥船てなんですか?!沈んじゃうじゃないですか〜!!」

「…………あの、師匠。今更ですけど、この子って…?」


 職人らしい鋭い目つきと頼もしい言葉を吐いたと思えば、エルに揶揄われてまたしても泣き出すその姿はどうにもアンバランスで。彼は脳の処理が少しも追いつかない目の前の景色と情報との整理を諦めると、静かに天井を仰いだ。そしてどう考えてもたどり着けない答えに降参すると、キッチンから恐らくは昨晩の残りであろうポテトや香辛料をたっぷりと振りかけた肉の塊を勝手に頬張っているエルへと声を掛けた。エルはその言葉に、漸く彼にここが仕立て屋であること以外何も告げていなかったことに気が付くと「ああ、」と口にしながら目を瞬かせる。そしていつものように少女との関係を語ろうと口を開きかけるも、真剣に手帳に彼のサイズや適切な素材、値段を書き込んでいく少女を目にすると静かに言葉を飲み込んだ。代わりにキッチンを後にすると、空になったカップにもう一度なみなみとオニオンスープを注いでから最初に勧められた席へ戻った。

 エルは煮えたぎっているを通り越して少し端が焦げているオニオンスープに口をつけながら「知りたい?」と笑う。その笑みがなんだかやけにニヤニヤとしていて、彼は思わず昨晩のあの思いもよらないサプライズ、もとい背筋が冷えた瞬間を思い出した。そして、まさかこの少女も王家関連なのかとびくりと肩を震わせた。少女は「……何したんですか、エーデルガルト様…。」と呆れたような顔をすると、ため息を吐く。エルはそれぞれ異なる反応を示す二者に満足そうに唇の端を歪めた後に、頬杖をついた。


「『魔法の仕立て屋』を経営している、世界一の仕立て屋にして妖精。それから、古い知人――いや、知妖精?」

「え、妖精?!」

「そ、妖精。……ほら、証拠、見せてやってよ。」

「んも〜…。エーデルガルト様?」

「いいだろ、別に減るもんじゃないし。」


 エルは彼へ少女の素性を明かすと、次いで証拠――妖精なら誰しもが生まれつき背負っている羽を見せるように促した。少女は勝手に話を進めるエルに文句を言いつつも目の前に妖精が居るとは到底信じていない、信じられないと言った様子でこちらを見つめてくる彼を見つめ返すと、小さく笑った。そして採寸らしくない採寸を終え、自身が魔法――人間にとっては『奇跡』と呼ぶ方が正しいらしい――を行使する準備が整うと、彼から手を離した。

 少女は一歩、二歩と下がるとぺこりと頭を下げる。次いで頭を上げるのに合わせて踵を2回、3回鳴らすと、その小さな体躯に似つかわしい大きな羽――彼が昨晩目にしたシルクのオーガンジーのように艶やかで、そのくせ一度目にしただけで神秘だと理解出来るほどに神々しく。なのにどこか庇護欲を掻き立てるような繊細な模様と淡い色のそれに目を奪われると、彼は言葉を失った。奪われた。ごくりと息を飲むと、その極彩色の羽をぼんやりと見つめる。少女は「そんなに見られると恥ずかしいというか、やりにくいと言うか…。」とほんのり頬を染めながら視線を逸らす。エルは互いの反応を心底楽しげに見つめると、これまた昨晩の残りであろうタルトタタンに齧り付いた。


「よく見ておくといい、我が弟子。彼女が行使するのは、『奇跡』そのものだ。……ちょっと局所的だけどね。」

「エーデルガルト様ぁ〜?!」

「何、心配するな。作り終わるまでの間はわたしが繋いでやる。」


 エルは8等分されたタルトタタンの残り、キッチンに置いてあった6切れのうちの1切れをたった3口で食べ終わると、2切れ目へと手を伸ばす。彼はどうにも止まる様子のないエルの食欲と、実際に目にする妖精――時に人に混じって生きる個体も居ると、幼い頃に移動図書館の司書に読み聞かせて貰った話を思い出しながら、ただただじっと少女を見つめた。

 鮮やかな水色の髪の少女は光の角度によって透明にも黄色にも水色にも、それ以外の色にも見える羽をゆっくりと動かしながら引き出しや戸棚を開けては、必要な布やパーツを取り出しては作業台に並べていく。そして一通りの材料が揃ったのを目視で確認してから軽く手を叩くと、鱗粉のように軽やかな声を響かせた。


「――みんな、お願い!」


 少女がそう呼びかけた瞬間、その声に応えるように仕立て屋のあちこちから声が上がる。「なんだなんだ、また仕事か?」「働き者だねえ、」「仕方がないよ、エーデルガルトが可愛がってるってことはあれは勇者だ!」――そんなことを口にしながら本棚の陰から。観葉植物の葉の裏から。あるいはカーテンの上から、はたまた棚に飾っているティーカップの後ろから。ぞろぞろと集まってきては「仕立てだ、仕立てだ!!」とはやし立てては盛り上がる小人に、彼は目を丸くする。それからエルに向かって「あれ…、」と小人を指差しながら何度も目を瞬かせては、酸欠の魚のように口をパクパクと開けたり閉じたりする。

 エルは想像以上の弟子の驚きっぷりに、まるで自分のことのように胸を張ると作業台の前、早速裁縫鋏を片手に布を見下ろす少女を眺めながら口を開いた。それから、相変わらず型紙なしで切り始めた少女に目を細めると2切れ目のタルトタタンを口の中へ押し込んだ。


「彼女と知り合ったのは、6代目の勇者との旅の終着が見え始めた頃だった。あの子は類稀なる『奇跡』を行使する力があっただけに、同族から虐められていた。そしてある日、遂に妖精の村を追い出された。

 ――キミも知っての通り、精霊や妖精は女神に次ぐ神秘の存在だ。けれどその分、戦闘能力というものは皆無に等しい。つまりは村を追われたあの子は、外に出た瞬間に魔物に襲われた。……で、わたしたちはそこに偶然居合わせたってだけの話。」

「……ちょ、それじゃあわたしがただの間抜けじゃないですか!?」

「あれ、違った?」

 

 エルのなんともざっくりとした説明に、少女は手を動かしたまま文句を垂れる。エルは悪びれた様子もなくそう返した後に、ニヤリとあの下卑た笑み――なんとも形容したがたい、性格の悪さが詰まった笑顔を浮かべると3切れ目のタルトタタンを口に運びながら目を細めた。


「だって命の恩人の6代目の勇者にそのまま恋をして、しかも妖精の癖に人間と添い遂げたんだから、ただの馬鹿で間抜けだろう?」

「ちょっと?!それはシークレット…!!」


 彼は顔を真っ赤にして慌てては「出禁にしますよ!?」と叫ぶ姿と、そんな状況でも裁縫道具を離さないプロ根性に感心しつつ、僅かばかりに目を見開いた。この小さな少女が種族の壁も、寿命の差も、何もかも受け入れた上で、かつての自分と添い遂げたという事実は、彼にとってかなりショッキングであると共に、同時にとんでもなく心強いことでもあった。

 ――この旅の終わり、魔王を打ち倒したその後。どう生きていくかは無論、昨晩恋心を自覚したばかりのエーデルガルトという存在とどう向き合うべきかを模索していた彼にとって、いつかの自分のかつての伴侶という存在はその事実以上に大きく、そして重かった。


「…………ま、まあ。作業しながらでもいいのなら、わたしの口からお話しますけど?」


 彼は視線をエルから少女へと向けると、真剣な眼差しを送る。その眼差しに気がついた少女は、少しばかり強がってから縫い針を手に取ると目にも止まらぬ速さで布と布を縫い付けながら語り出した。小人たちはそれぞれ布を運んだり、糸を継ぎ足したり、はたまたボタンを転がして遊びながら「わあ、恋バナだ恋バナだ!」「ボクたち、恋バナ大好き!」「妖精にも精霊にもなれないボクらだけど、恋バナは誰にも負けないよ!!」と騒ぎ立ててはチャコペンで落書きを始めた。


「帰る場所を失くしたわたしに、あの人は優しく手を差し伸べてくれたんです。……そんなの、好きになるしかないじゃないですか…。」


 少女はそう告げると、ちらりと彼を見遣った。――自分に言っているわけではないのに、可愛らしい表情でそんなことを言われては無意識に心臓が跳ねてしまう。彼は浮気はダメだと固く心に誓いながら、平静を装うために漸くカップに注がれたオニオンスープを口にした。

 すっかり温くなっていたそれを一気に飲み干すと、エルは嬉しそうに彼へ残り2切れとなったタルトタタンと最後のひとつのチェリーボンボンを勧めた。

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