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Refrain  作者: るるる
37/64

37_彼と姫君とエーデルガルトの話(後編)



 気が付けば王都の家々の屋根にはうっすらと雪が積もり、代わりに煙突からは煙が吹き出す季節の19年前の深夜2時43分、この国の誰もが待ち望んだ姫君が産声を上げた。真夏の太陽のような美しい金の髪と、翡翠の色の瞳の、可愛らしい姫君だった。

 愛する王妃との間に長らく女子のなかった国王は待ち望んでいた姫君の誕生を誰よりも喜ぶと、その親馬鹿っぷりから姫君の生まれた日をこの国の祝日に制定するだけでは飽き足らず、毎年自国のみならず周辺国家の王族貴族、大商人や各地の豪族まで王城に集めては晩餐会という名の誕生パーティーを催すようになった。全ては宝石のように美しく、梟のように賢く、そして伝説に語られる勇者のように、勇敢になれと願いを込めて――。


「ところが現実は非情だぞ。見てみろ、あの容赦のない性格。相手を負かそうとよく回る舌に、相手の弱点を突こうと常にフル回転している脳味噌。言いよってきた貴族たちは全員返り討ちに遭って、すごすご泣きながら帰る始末だ。……あれじゃあ見た目が満点でも、中身で大損だ。そうは思わないかい、我が弟子?」


 晩餐会の会場の片隅。彼とエルはなるべく目立たない位置で背中に壁を押し付けながら並んでいた。案の定退屈なパーティーだとエルは欠伸をひとつ漏らすも、やけに緊張している様子の弟子に気が付くと緊張を解こうというわけではないものの、国王の親馬鹿っぷりがたっぷりと詰まったこの晩餐会の由来を語って聞かせた。それから、エルから見た所見――主に恨みつらみが混じっている評価を口にすると、彼女はシャンパングラスを一気に煽る。

 彼はこんなに端に居るというのに、エルの手にしているグラスが空になった瞬間にサッと音もなく静かに近付いてきてはグラスを回収し、次の飲み物を勧めるウェイターの働きぶりに舌を巻くと、ブドウジュースを飲みながらエルの所見についての率直な意見を述べた。

 

「…………それ、自分のこと言ってる?」

「まさか。あそこでお行儀の良い仮面を被って、にこやかに手を振っている諸悪の根源に向けて言ってるよ。」

「あ、そう……。」


 彼にしてみればまるで自己紹介のような言葉だったが、どうやらエルにとってはそうでなかったらしい。自分の目から見ればどっちもどっちどころか、寧ろ正当性のある理由で怒っている姫君の方が余程正しい、もとい出来た人間なのでは?と思ったものの、そんなことを静かに怒っているエルに告げればどうなることか分かったものではない。彼は苦笑混じりにもう一度ブドウジュースを飲んでその場を誤魔化すと、彼の両親と共に営んでいるよりも随分大きなホールにも関わらず、酔ってしまいそうなほどに蠢いている人の波をぼんやりと眺めた。


「顔見知りくらい作っておけば?キミ、顔は悪くないんだし。」

「……ちょっと…田舎者にはさ、刺激が強すぎるかなって……。」

「だろうね。」


 早くも疲れている様子の彼に、エルは笑う。それもそうだろう、着慣れない燕尾服を着せられ、髪型をセットされ、おまけに勇者だと紹介されそうになったのだから。――もっとも、彼自身が全力で固辞したため勇者だと紹介される演出がカットされただけ、大いにましではあったが。それでも遠慮と謝罪のコンボと共に声を張り上げて固辞し続けたのだから、疲労は相当なものだろうとエルは笑った。それから「まったく、本当にどの弟子もわたしを楽しませてくれる」と呟くと、再びシャンパングラスを傾けた。


「師匠は?誰かに挨拶とか…。」

「いるもんか。」


 言葉少なく告げられた言葉に、彼はそれ以上は追求しない。否、出来なかった。代わりに「料理、取ってこようか?」と尋ねることしか出来なかった。エルは「気が利くね?」と薄く微笑むと、ホールの端に何ヶ所か設置されたローテーブルとソファのうち、最も手短な空いている箇所に座る。それから「肉ね。それとチーズと揚げ物とケーキと…。」と、彼女の好物である動物性タンパク質と高カロリーなものに加えてデザートまで一気に要求した。彼はハイハイと呆れたように頷いてから、どう見たって服に着られていることを自覚しながら人混みの中へと足を1歩、踏み入れた。そして給仕しているウェイターの中でも、とりわけ手の空いてそうなウェイターへと料理の取り分けを頼むと、案の定「こいつ、そんなに食うのか…」と言わんばかりの目で見られて少しどころか、かなり恥ずかしかった。食べるのは自分じゃないと、子供のように大声を上げて叫びたかった。

 が、なけなしのプライドでなんとかその言葉を飲み込むと、皿いっぱいの料理を零さないようにそろりそろりとゆっくりと歩き出した。

 

 ――服飾のことは、正直言って男の自分にはよく分からない。王都や最新のファッションに憧れる幼馴染の少女なら田舎とはいえそれなりに詳しいだろうし、綺麗に着付けて貰えたエルのやれ化粧がどうだの、アクセサリーがどうだの、事細かに気がついては遠慮なくそれを口にして誉めて、もっと距離を詰めることが出来るのだろう。けれど自分は生憎男で、それも服なんて解れていなければどうだって良いタイプで。化粧だって、アクセサリーのことだって、女の姉妹がいるわけでもないから、てんで分からなかった。

 ただ、今日の晩餐会のエル――普段の魔女然とした首元までぴっちりと閉じられた暗い色のワンピースではなく、思わず彼が何度も目を擦っては現実のものかと確かめてしまった晩餐会用のドレス――デコルテから肩にかけてのみならず背中までもが大胆に露出している上に、まるで妖精の羽のようにふんわりと広がる裾。首元や上半身のみならず、普段は腕同様ぴっちりと隠されている脚が良く見える、少し裾の短いドレスは彼の心臓に大変悪かった。加えてすらりとした素足を彩る、ヒールの高めな淡い紫色のパンプスにあしらわれたリボンと、お揃いの色のシンプルでクラシカルなドレスをひと段階上へ引き上げる、ドレス全体に縫い付けられたシルクのオーガンジー。更にそのオーガンジーの上から首元を輝かせるエメラルドのネックレスと、パンプスとドレス同様お揃いのピアス。いつもはただ風に吹かせているだけの長髪も、この日ばかりはスタイリストの手によって高い位置でポニーテールにされていた。それもただのポニーテールではなく、毛先がくるりと円を描いているポニーテール……要するに、きちんとヘアセットされた大人らしい髪型だった。それでいてどこか子供っぽくもある、『らしい』髪型だった。

 なのに身に纏うドレス姿は目元や唇に引かれた紅や素足も相まってかどことなく淫蕩で、なのに紡ぐ言葉や行動は普段の彼女と全くもって一緒で。それがドレスを破くんじゃないかと彼をヒヤヒヤもさせるし、同時にそれ以上にドキドキもさせた。もし今のエルに弱々しく甘えられたら全然どうにかなる自信があるくらいには、今夜の彼女はただの師匠ではなかった。まだ恋を知らない少年に恋を教えるには完璧すぎるくらいに甘くて、なのに華やかで。それでいて危険とわかっていても尚触れたいと思ってしまう毒さえも含んでいる、危険な存在だった。――要は、彼は自分でもびっくりするくらい、支度を終えたエルを見た瞬間に、「この人のことが好きだ」と思ってしまったのだ。生まれて始めて自分が自分で居られないような感覚を味わったのだ。そのくせ、それが心地よいくらい腑に落ちた。妙に納得してしまった。そして会場をざっと見回しても彼女以上の女性は居なかったことに無意識に安心したし、同時に不安にもなった。それはまだまだ自分が彼女の横を並んで歩くには力量不足であることを知っているからだった。そして何より、自分よりもずっといい男が一堂に会しているこの現状そのものに対して、酷く不安にもなった。なのに彼女の傍を離れたのは、少し物理的に距離をとって冷静にならないと、ネズミ並の速さで動く心臓の音を彼女に聞かれてしまうのでは、と心配になったからだった。


(まあ、知り合いなんて居ないって言ってたし、大丈夫だろ。)


 彼は王都で暮らしていた頃のエルを知らない。知らないけれど、どう見ても人付き合いが上手いわけがないエルを知っているからこそ、その言葉をまるっと信じていた。安心していた。仮に知り合いが居ると言われたとて姫様関連の知り合いや、或いはもうヨボヨボのおじいちゃんくらいしか居なさそうだよなあ、なんてことを無意識に考えていた。だからこそ料理を手に帰ってきた彼の前で、エルが自分以外の人と楽しそうに話をしている様子――それも同性ならまだしも、異性と心底楽しそうに話し込んでいる様子を見ると、勝手に『裏切られたな』なんてことを感じた。

 

 ――知り合いなんて居ないって言ってたのに。

 

 それもついさっき「顔は悪くないんだし」と言ってくれた自分よりも、よっぽどいい男が。身なりだって、顔だって、ずっとずっと自分よりも大人で余裕が感じられて、彼女を守ってあげられそうな、そんな男が。いるじゃないか、この嘘つき。大嘘つき。女狐。――そんな言葉を感情のままに口走りそうになった時、彼が帰ってきたことに気がついたエルが手を振った。その度に揺れるエメラルドのネックレスが照明を反射してきらりと輝く。その輝きに彼はいやいやいや、別にどうだっていいですけど?と自分に対して嘘をつくと、曖昧な笑みと共に手を振り返してからエルの隣に座った。……別に、向かいが埋まっていたって、隣が空いてるからいいし。というか、弟子だし?なら隣に座る方が寧ろ自然だし?なんて言い訳じみた嫉妬心を心の中でぶつくさと呟きながら、エルに「白い目で見られたんですけど。」という文句と共に大盛りの皿を手渡した。

 エルはそれを受け取りながら「何をむくれてるのさ。」と呆れたように苦笑すると、早速揚げたてのチキンにフォークを刺すと大口を開けた。スタイリストが丁寧に塗ってくれた口紅を、その油でものの数十分で剥がれさせると「うん、美味しい。」と頷いた。それから彼と、エルの前に座る人物にも食べるように勧めた。が、目の前に座る誰かは苦笑しながらそれを固辞した。だから代わりに彼はわざとエルの食べかけのチキンにフォークを刺すと、彼女に負けず劣らずの大口を開けてそれを食べた。


「おお、いい食べっぷりだね。それでこそわたしの弟子だ。偉いぞ。この調子で元を取ろうじゃないか。」

「……エーデルガルト様、まだそういうことおっしゃってるんですか?」


 エルの向かいの彼が呆れる、もとい懐かしむようにそんなことを口にするものだから、彼はますますムッとして「それでこそエルだ。」なんて、故郷の村を出てから久しく口にしていなかった彼女の愛称を数ヶ月ぶりに口にした。すると目の前の人物はぽかんとした後、彼とエルとを交互に見比べてから腹を抱えて笑い出した。彼はそれさえもなんとも余裕のある態度に見えると、ついじろりとその人を睨み付けた。その視線、もとい犬が背中の毛を立ててグルルと威嚇するような彼の態度や雰囲気に、目の前の男はますます笑う。男は目に浮かんだ涙を拭いながら「本当、あなたの周りは面白おかしい人だらけだ。……もちろん、あなたやお隣の『勇者様』も含めて。」と彼からしてみればエルを口説き落とそうとしているとしか思えない言葉を吐いた。彼はその言葉に頭に血が上るのを感じたが、ふとあれほど勇者であることを公表するのを固辞したにも関わらず、何故この人はそれを知っているのだろう?と首を傾げた。エルはケラケラと笑うとぽんと彼の肩を叩く。それから上品なドレス姿に似つかわしいニヤニヤとした下卑た笑みを浮かべると、彼の顔を覗き込みながら言った。


「良かったなあ、我が弟子。王太子に褒めて貰えたぞ?――ありがとうごさいます、は?」

「…………は?王太子?」


 エルの口から飛び出した思いもよらない言葉に、彼は思わずフォークを落とした。ウェイターは一礼してからそれを素早く回収すると、新しいフォークを彼の手に乗せてから再度一礼して去って行った。一方で、彼の反応とエルのなんとも品のない笑いに男は眉を下げると、胸の前で手を振っては心底困ったように謙遜した。

 

「とっくに自分よりも優秀な妹に王位継承権を譲っている上に、普段は隣国で暮らしているような男を王太子とは言いませんよ、エーデルガルト様。」

「そうか?キミも充分優秀だと思うけどね。」

「………………は?いや、何?どういうこと?」


 ひとり取り残されている彼に向けて、男改めて王太子は軽く頭を下げると自己紹介――「普段は隣国で婿をやってるからね。知らなくても無理はない。――つまり、『勇者様』とはこれが初対面ですね。……どうかこの国を、宜しくお願いします。」と頭を下げた後に右手を差し出し、握手を求めた。彼は噛み付こうとしていた相手がまさかの相手だったことに冷や汗をかきながら、そうっと真新しい衣装の膝上あたりの布でバレないようにこっそりと手汗を拭いてから握手をした。それから額が地面とキスしそうなくらいの勢いで頭を下げると、心底余計なことを言わなくて良かったと冷や汗をかいた。

 エルは表面上は和やかに握手を交わすふたりを見ながらこんもりと盛られたローストビーフの山にフォークを突き立てると、ひと口で食い尽くした。それからわさびのソースに目を瞬かせた後に、「うん、いい刺激だ。」と呟いた。いい刺激どころか時と場合よっては即刻処刑でもおかしくなかった現状に、彼は(刺激的すぎて死にそうだよ!!)と心の中で叫ぶと、先程までのエルのように一刻も早くこの晩餐会がお開きにならないかなと、そのことばかりを考え始めた。


「――おや。ダンスが始まるみたいですよ?」

「だってさ、我が弟子。王太子様の握手が有難いのは分かるけど、いい加減手を離してやったらどうだい?――王太子殿は、野郎の手よりも、早く愛する妻の手を取りたいんだってさ。」

「――エーデルガルト様?」

「ちょっと揶揄っただけだろう?……本当、キミといいあの子といい、怒った顔はこれっぽっちも可愛くないな!」


 エルは冗談交じりに王太子、もとい隣国に婿入りした元第一王子に嫌味のような皮肉のような、けれどその実『離れてもキミは変わらないな』というメッセージの込められた言葉を吐くと、そそくさとソファから立ち上がる。そして未だ握手したまま固まっている彼の手を無理やり取ると、「ほら、踊るんだろ?これでミッションコンプリートだ。」と顔を覗き込んだ。彼は下から顔を覗き込まれたその拍子にエルのあまりない胸とドレスとの間の僅かな隙間と、そこから顔を覗かせる素肌とが目に入ると慌てて顔を上げる。エルは夕焼けよりも真っ赤なその顔を「さては間違えて酒でも飲んだか?」と揶揄うと、練習の時とは逆に彼の背中に腕を回した。


「仕方がないなあ、これだからお子様は。……特別にわたしがリードしてあげよう。」

「………………もう、なんでもいいから早く終わって……。」

「そう思うなら足、踏むなよ?」


 エルはそう告げると最初の1歩を踏み出す。それに合わせて、高い位置で言われたポニーテールと巻かれた毛先が揺れる。足の動きに合わせて、シルクのオーガンジーとその下の薄紫の丈の短いドレスが揺れる。素足が視界をちらつく。


「――――地獄だ。」

「はいはい。分かったから我慢しろって。な?」


 くるりとエルがターンした拍子に覗いたパニエに、彼はそう呟く。エルだけがその言葉の意味が分からずに苦笑すると、「さっさと終わらせて元を取ろうね。」と囁いた。

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