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Refrain  作者: るるる
34/64

34_姫君とエーデルガルトの本音の話(後編)



「どうしたんだ、ぼーっとして。」


 ゴーレムを倒した、もとい魔法を解除した後に自分が倒れたことを自覚していたエルは、やけに懐かしいくせに聞きなれたその声にゆっくりと目を開けた。そうして眩しいばかりの光と緑とを視認した後に、目の前に居る『彼』に子供のように目をぱちくりと瞬かせてから、「……なんでもないよ。」と嘲笑した。

 ――懐かしい顔だった。声だった。少しくすんだ金の色の髪も、真昼の空と同じ綺麗な青色の瞳も、緑が似合う人であることも。くしゃりと笑ったその顔も、呆れながらも心配してくれる声も、全てが懐かしかった。遠い昔の思い出だった。だからこそ、エルはこれが夢だとすぐに理解した。何故ならば『彼』は、もう居ない。魔王と相打ちになる形で、命を落とした。……だからこれは自分の脳が見せている都合のいい幻で弱さの証だと、エルは何度でも嘲笑する。自分を嘲笑う。そんなに弱いやつだったかな、なんて心の中で反復してから、空を仰いだ。


「の割には、寝起きみたいな顔してるじゃん。」

「悪いね、生まれつきこういう顔だ。」

 

 ――本当に、随分と都合の良い夢だとエルは笑う。もしくは臨死体験かも、なんて心の中で悪態をつく。夢と分かっていても、優しい『彼』の姿はとっくに止まった心臓にくるものがあった。その少し揶揄い気味な言葉も、そのくせ心配そうな瞳も、手を伸ばせば届く距離も、何もかもが都合の良い夢であり、今はすっかり遠くなってしまったあの日の再演だった。

 実際問題、エルはこうして『彼』の夢を見ることはなかったものの、時折ふと思い出したかのように両親や兄姉の夢を見ることがあった。あたたかな食卓テーブルを皆で囲む夢、遠征帰りの兄に抱き着かれて「汚いからヤダ。」と嫌がる夢、友達と遊びに行った小川、姉と一緒に摘んだランプ草……。けれどエルはそんな夢を見る度に、これはもう戻れないことを知っているからこその懐古であり、重篤な脳のバグだと、悟った。そして日中の活動に影響のある夢だと自覚があったからこそ、よほど疲労が蓄積している時以外は眠ることをやめた。夜に目を閉じることはあっても、眠らないように努めた。そんなあたたかな夢を見てしまったら最後、ふと歩みを止めてしまいそうな気がしたからだった。それくらいに、何も知らない少女だった頃の夢は堪えた。

 そして実際、何千年かぶりに目にした『彼』を視認した時、エルは自身の想像通り、もうこのままでもいいかもしれないと反射的に考えた。「もう充分頑張ったし、」だとか「よく考えたら疲れてるし、」だとか、そんな言葉を無意識のうちに並べ立てて言い訳、もとい足を止める理由にしようとしていた。いっそうのこと、これがたとえ何かの罠だとしてもぬるま湯のような永遠に浸るのも悪くないかもしれないな、なんて考えに思考を寄せて、心地の良い悪夢に身を委ねようとした。けれど軽口を叩きながら数千年ぶりに『彼』の顔を真正面から見つめた時、エルは思わず息を飲んだ。それから、ふっと笑うと軽く頭を振ってから立ち上がった。


「ごめん、行かなきゃ。」

「……ま、そういう奴だよなあ、エルは。」

「うん、そうだね。これがわたしだ。」


 エルは言葉少なくそう返す。――それから何を弱気になって、勝手に立ち止まろうとしているのだと、もう一度自分自身を嘲笑した。それから再度彼の顔を見遣った。


 (………ああ、)

 

 今の弟子に、よく似ている。エルはそう思った。見た目だけじゃない。その笑った顔とか困ったような声とか、自分のことをよく理解してくれているところ、もとい理解しようと努力してくれているところだとか。そして少しくすんだ茶髪混じりの金の髪だとか、彼よりも少しだけ深い青色……海の色だとか、とにかく外見から中身まで酷似している『彼』に、エルは笑う。それから、違うくせによく似ているふたりを頭の中で並べると、笑いながら告げた。


「今の弟子は、キミによく似てるからね。放っておけないのさ。」

「そりゃ光栄だ。」

「どこがさ。手がかかるって意味だよ。」


 そう言って呆れながらも『彼』に背を向けたエルに、かつての相棒は口を開く。彼女の長い生涯において、永遠にたったひとりの相棒は、少しだけ迷って――それから、いつかの自分へのほんの少しの羨望と、孤独な魔法使いへの愛情を込めて、口を開いた。


「全部だよ。」

「――――――そう。」


 エルは笑う。「安心したよ、相変わらず頭の湧いてる馬鹿で。」と、笑う。笑ってから、振り返ることなくゆっくりと歩き出す。穏やかな悪夢を後にする。自分の弱さも孤独も、何もかもなかった振りをして再びあての無い未来へ向けて歩き出す。

 

 ――返事は、もうなかった。





 ――――――




 次に目が覚めると、そこはつい1年ほど前まで自分が毎日見ていた豪奢な天井だった。エルは上質なベッドからむくりと起き上がると、部屋の主たる自分はもう1年近く留守にしているというのに、綺麗に掃除されている部屋に感心した。それから壁に掛けられているカレンダーに気が付くとゆっくりとベッドを降りて、カレンダーの日付を見遣る。――1週間と3日後、つまり、あのゴーレムを解呪してから10日も経っていた。エルはふむ、と顎に手を当てて考え込んでからぽつり、普段と何ら変わらない顔で言い放つ。


「短期間に2回も全力を出して、昏睡していたのはたったの10日か。……これ、効率いいかもね。」

「――――――なんて、こちらの気持ちも考えずにそんな馬鹿なことを言っている口はどの口ですか?この口ですね?」


 エルがそう口にした瞬間、背後からにゅっと伸びてきた手のひらが思い切りその頬を引っ張った。エルは容赦のないその手と明らかに怒気を含んでいるその声にやれやれと肩を竦める。そしてさも子供を窘める親のような表情で、その手の持ち主――この国の姫君にして生徒である彼女の肩を、ぽんと叩いた。

 

「まあそんなに怒るな、我が生徒。」

「なら怒らせないでいただけますか、先生?」

「代わりに街道の平和は守ってやっただろう?」

「頼んでませんけどね!!」


 エルはどうにもこうにも先日から怒ってばかりの彼女とこの場を和ませようと、「そんなに怒ったら老けるよ。」と口にする。が、彼女と場は和むことなく、寧ろ「……誰のせいだと思っているのですか?」と怒りを助長させる結果になってしまった。エルは流石にこれはNGかと反省した後、彼女に何か言われるよりも先に再びベッドに潜り込む。こうなった時は大人しくするのがいちばんであることを、エルはよく知っていた。……とはいえ、あまりにも口うるさい生徒に「今度から耳に耳栓でも詰めておいた方がいいかもな。」と心の中で呟いたのは内緒だ。

 一方で姫君は恐らくは反省していないものの、表面上はさも反省したような顔をして大人しくベッドに戻って行ったエルにため息をついた後、一切使われた形跡のないドレッサーの椅子をベッドの横に運ぶとそのまま腰掛けた。そして布団を掛け直してやりながら、ぽつりぽつりと呟き始めた。


「――我々が先生と勇者様を発見したのは、あなたが倒れてから恐らく2日後のことです。

 ……彼、泣いていましたよ。『自分が不甲斐ないせいで、師匠が…。』って。『死ぬんですか?』って、何度も何度も聞かれました。」

「……そうか。それは悪いことしたなあ。」


 エルはただひとこと、そう答える。言葉とは反対に一体何が悪かったのか分かっていないようなエルの態度に、そして何よりもその言葉に、本心を見せようとしないエルに彼女は少し苛つくと、言葉強めに尋ねた。

 

「何故、彼にも手伝わせなかったのですか?」


 エルは明らかに血圧の上がっている姫君とは対象に、エルはその問いにぽかんとした表情を浮かべた。そして、あっけらかんとした表情で答える。


「ゴーレムに剣は効かないからね。」


 さも当然のことのように告げるその声は、明朗だった。恐ろしいほどになんの迷いも戸惑いもなかった。だからこそ返ってきたその答えに、姫君は絶句した。表情を失った。――その声は、表情は、そもそもとして彼女の問いを本質的には理解していなかったからだ。

 「何故歯が立たないと分かっていて挑ませるのか」「そもそも、自分がやれば済んだ話だ」――エルの声は静かに、けれど如実にそう告げていた。そしてそれを実行した自分自身に、誇らしげな表情さえしていた。エーデルガルトという人は、何が悪いかも何故姫君が怒っているかも、どうして彼が泣いたのかも、なにもかも理解していなかった。否、理解する気がなかった。そんなものは自分とは無縁だと、最初から期待をしていない顔をしていた。だからこその、その声と表情とだった。無垢で、なのにどこか遠い目をした、失ったものの正体さえ分からない迷子の顔だった。

 姫君は思わずごくりと空気と唾とを飲み込むと、視線を下げる。主人の帰りを待って綺麗に掃除された、埃ひとつない真白の部屋の床と絨毯とを見つめながら、ああ、この人は本当に他人に自分の荷物を背負わせることの出来ない人なのだと考えた。それから、なんて強い人なのだろう、と。そしてなんて悲しい人なのだろうと感じると、彼女は目を伏せた。一体、何が彼女をここまで駆り立てるのかと恨みさえした。自分が傷付いていることも分からず、全力で走り続けることしか知らずに生きてきたエーデルガルトという女性(ひと)を、どうか誰か早く解放してはくれないものかと天に願った。


「…………彼に、謝ってあげてくださいね。」

「ああ、もちろん。迷惑を掛けたからね。」


 そうしてなんとか絞り出した言葉さえ、彼女には届かない。彼がいかに心配したかも、不安だったかも、彼女は推し量ろうとしない。代わりにただ迷惑を掛けたと、仮に今回の件を報告書のような文書にする際に事実として列挙される事柄にだけ目を向けると、さもすべてを理解したかのような顔で頷いてから目を閉じる。姫君はその様子に怒りが消えたと言うよりかは、これ以上なんと言えばいいのか分からずに「……あとで食事を運ばせますから。」とだけエルに呼び掛けると、そうっと椅子から立った。そうして所定の位置へと椅子を戻すと、負け惜しみというわけではないもののつい無茶をしたがるエルを牽制しようと「最低でも1ヶ月は静養していただきますので、そのおつもりで。」と吐き捨ててから扉を閉めた。それから風の精霊伝いにそれを聞いたエルが早速窓枠を破壊して逃げようとしていると聞くと、呆れたように深いため息をついてから手を叩いて人を呼んだ。姫君は駆けつけた兵士に「即刻窓枠の強化と、王宮魔法使いに命じて強力な結界を。」と早くも次期女王然とした態度で命令すると、頭を抱えながら廊下を歩く。次いで「……私、まだ19ですよ?」と口にすると、よく磨かれた窓ガラス越しに自分の顔を見つめた。

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