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Refrain  作者: るるる
33/64

33_姫君とエーデルガルトの本音の話(中編)



 せめてもの抵抗にきっかり1週間収穫祭を楽しんだ、もとい彼に楽しませてきたエルは、撤収作業に勤しむ出店や後片付けに精を出す市民を横目に見ながら王都に行くことになった旨を告げた。彼は当然「どうして」と驚いたが、エルは素知らぬ顔で「姫様がキミに会いたいんだってさ。」と本当のような嘘をついた。その言葉に当然姫君の顔など知らぬ彼は緊張と、何かが始まりそうな予感にわかりやすく動揺する。エルはそんな彼を見遣ると「本当、若いね?」とくすくすと笑った。

 この街から王都に行くとなると、当然旅の進路は大きく変わる。そしてここから東に急カーブすることになると、当たり前ながらエルの故郷へはかなり遠回りになる。彼はそれに対して少しだけ文句を垂れるも、エルは苦笑しながら王都への道はよく整備されていることを告げた。「まあ、せいぜいどれだけかかっても、片道で3日か4日だろうね。」とエルは地図を開きながら頬杖をついた。それから「大丈夫。よく整備されてる道だから、キミの愛馬も寧ろ喜ぶよ。」と微笑んだ。彼はそれを聞いて少しだけ安心すると、少しだけ熱を失った街へいつも通り物資の補給へと出掛けた。エルはその現金な様子に苦笑しながらも自身も宿屋の一室を出ると、馬宿に預けられている彼の愛馬の元へ足を運。そして今度こそ何も無いといいけどね、と小さな声で呟いた。

 ――けれど、運命というのはどうにも無情のようで。装備を整え、よく晴れた日に意気揚々と歩き出した彼と、内心げんなりしながらも彼の手前平気な顔をしてみせるエルは整備された街道を東に進む。「ねえ師匠、王都ってどんなところ?」「まあ、賑やかなところかな。」そんなやり取りをしながら歩き始めて約1時間。不意に耳に届いた悲鳴と、逃げ惑いながら引き返してくる人々に、エルはまったく嫌な予感ほどよく当たるとぼやく。そうしてそれを裏付けるかのように、彼女の視線の先には無数の動く岩――ゴーレムの姿があった。


「……師匠、あれは?」

「ゴーレム。…命のない無機質に命を与える、禁忌中の禁忌の魔法だよ。」


 エルは彼に向かってそう答えると、ゴーレムを観察する。幾ら整備された街道があるとはいえ、エルは情報収集はしっかりと行ってきた。そしてその結果「街道は平和そのもの」と商人や旅芸人、先日まで街道の警備にあたっていた王宮兵士までもが、皆口を揃えて言った。ということは、直近――それもここ数日ではなく、まさについ数時間前に造られたと見るのが正しいだろう。続けて東部は緑が生い茂っている様子から察するに、恐らく平原地帯の岩だろうとエルは推測する。胴体の部分は黒ずみ、ゴツゴツとしている点から察するに火山地帯の岩と見て良いだろう。そして手足は粘土質な土が固まって岩になったものだろう。エルは次々と考察を打ち立てると、その歪なゴーレムに少しだけ瞳を鋭くした。

 ――別に、ゴーレム自体は女神の魔法を使用する魔法使いが制作することだって充分に有り得た。特に魔法協会から破門を喰らい、賊とつるむようになった魔法使いあたりが、手短な岩で剣や槍といった物理攻撃に強く防御力の高いゴーレムを好んで作るというのは、裏の世界の常識でさえあった。が、世界各地の岩を繋ぎ合わせてゴーレムを作るなどという至極面倒なことをするような物好きは、滅多に居ない。居るとすれば、余程の物好きかこだわりのある人間か、或いは()()()()()()()()かの3択だ。そしてその3択のうち、それぞれ採取出来る地方がバラバラであるそれを難なく揃えることが出来、加えてこういった悪趣味な魔法を使う相手というものを、エルはよく知っていた。嫌というほど知っていた。そして神経を研ぎ澄ませて魔力を探知するまでもなく、その悪趣味な相手の魔力をひしひしと感じるゴーレムにエルはやれやれと肩を竦める。次いでため息混じりに言葉を吐いた。


「この前は海と川を無理やり縫い付けて裁縫。今度は不格好なゴーレムを作って工作か。──まったく、花嫁修行に精が出るね?」


 エルはそう告げると彼の愛馬からひらりと降りた。そして弟子に「あれはキミには無理だ。わたしがなんとかするから、他の人と一緒に避難してて。」とひとこと言い渡すと、同行したがる彼に「あれが剣で倒せる魔物に見えるなら王都で精密検査だな。」と追い討ちをかけた。彼は何か言いたげな顔をするも、唇を噛み締めてぐっと堪えると慣れた手つきで愛馬に跨った。


「……ピンチの時は助太刀に来ますから。」


 そう告げる彼に、エルは笑いながら杖を手にした。

 

「馬鹿言え、わたしは神話に語られる魔法使いだぞ?……ピンチなんて、レストランで財布がないことに気が付いた時くらいだ。」

「…………確かに。」

「――――ほら、行け。」


 エルはそう告げると、杖の宝玉部分で彼の愛馬の臀を叩いた。それを契機に走り出した馬と彼の背中とを見送った後に、エルは数メートル先で両腕を振りかぶり暴れるゴーレムを見遣った。まるで駄々を捏ねる子供のような仕草をする度に、地面が揺れる。大地が抉れる。このまま放っておけば街道は無論、街道に面している街や村、その先の集落や王都にまで被害が出る可能性がある。エルは1週間は休んだとはいえ、まだ怠い身体にため息をついてからポツリ、呟いた。


「…………流石にこんな短期間で2回も解呪――それも大物を相手にするのは、初体験だな。」


 ――エルはそう口にするとまずはゴーレムの動きを封じる、もとい鈍らせるために『雨』の魔法を発動するための呪文を唱える。杖の宝玉と自身の魔力を介して大気中の精霊に命令を下す、もとい協力を要請する。普段ならば熟練の魔法使いであるエルは、こうした詠唱は行わない。そんな回りくどいことをせずとも、自身の魔力だけで無理やり雨を降らせることくらい、造作もなかった。けれど今は実質連戦、魔力の浪費を防ぐためにも実に魔法を学び始めた頃振りにエルは精霊に呼び掛けると、雨を降らせるように命令を下す。範囲はごく極小――ゴーレムの頭上に絞ってあの岩の表面を溶かす程度の雨を振らせろと、エルは精霊に指示を出す。明らかな禁術とそれがもたらすバランスの崩壊を危惧する精霊たちは、素直にエルの命令に従うとゴーレムの頭上に雨雲を作り出した。そして始めはパラパラと、次いで夏の嵐のようなザアザア降りの雨を降らせると、エルの思惑通り激しい雨に岩の表面の角が取れた。

 ゴーレムは雨から逃れようと鈍い動きで逃げ回る。が、その拍子に自身の身体から生まれ出た泥に足を取られて滑ると、その場でひっくり返った。エルはそこにすかさず凍結の魔法を叩き込む。冬が近いせいもあってか、夏場にはぐったりとしていた冬の精霊たちはやる気満々といった様子で喜んでエルの命令に従うとゴーレムの足元に広がる泥水のみならず、ゴーレムを覆う泥ごとパキパキと音を立てて凍らせていく。エルは想像以上にノリノリな冬の精霊に苦笑しつつ、ただでさえ万全では無い体調故に解呪の間、ゴーレムが暴れないようにと安全には安全を重ねて続けて拘束魔法も重ねて掛けると、足元に風の精霊と重力を司る精霊とを纏わせて空中からゴーレムの弱点たる核を探る。ゴーレム等の人工生命物には、核となる原動力――要するに人間の脳や心臓にあたる、岩を人工生命物たらしめている器官がある。それは安直ながも岩と岩の繋ぎ目、あるいは頭部か胸部にあたる箇所に設置されることが多かった。姑息な魔法使いの中には、敢えて核だけは別の場所に保管する者も居るには居るが、『彼女』がそこまで気を回すほど聡明とも正気とも思っていないエルは愚直に素直に頭部や胸部を重点的に観察する。そして探し始めてものの数十秒で、核にあたる魔力が込められた物品――小さな金の髪飾りを見つけた。


「――さて。ここから先は未知数、だな。」


 エルはそう口にすると、まずは杖の宝玉を力いっぱい振るう。かなりの年代物だろう金の髪飾りは、音もなく崩れ落ちるとエルの足元に転がった。エルはそれを拾い上げると、手のひらに乗せて瞳を閉じる。神経を集中させて、この金の髪飾りに込められた魔力、もとい呪いの元凶へアクセスする。

 一面の砂漠の中からたった一粒の砂金を見つけるような、途方もない果てしない作業。けれどその砂の山の中に確かに砂金が眠っていることを知っているエルは、足元の砂を掬い上げては目を凝らす。不可能に近い事象に挑む。常人ならばとっくに発狂しているだろう作業を、エルは永遠にも思える時間の中で繰り返す。――とっくに狂っているような身なのだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と外なる神に中指を立てながら、エルは延々と砂漠の中から一粒の砂金探しに精を出す。そうしてどれくらいの時間が経ったのだろう、エルは眼前の砂漠の中から確かに砂金を見つけ出すと、そうっと指先で摘んだ。そしてその指先から『彼女』の呪い、もといこうして人間が足掻く様をニタニタと笑いながら見ている神の根源へと、半ば強引にアクセスする。

 それは、例えるならば幾重にも掘られた堀を、無数の投石を躱しながら単身超えていくような、砂金探しとはある種別の苦行。けれどエルはそんな遠慮も限度も知ったことではないとせせら笑う連中こそ力でねじ伏せるのが一番だと、よく理解していた。そして相手の領域であればあるほど、より効くことを知っていた。だからこそ、エルは金の髪飾りに触れている箇所の皮膚に外なる神由来――魔王の呪いを通して手に入れた、女神の魔法とは相反する魔力を力いっぱいに込める。『お前も飲み込んでやる』と笑いながら蠢く触手へ、「出来るものならやってみろ」と数千年分の狂気と殺意を持って挑む。そして先日以上の全力――今まで経験したことのない魔力が空っぽになる感覚に、胃の奥から込み上げてくる鉄の味に眉間に皺を寄せる。その様を嬉しそうに身体をくねらせ、見つめる外なる神を睨みつけながらエルは血液に含まれる微量な魔力さえも総動員して、核となる金の髪飾りの中でも特に中枢を担うパーツ――中央にあしらわれた大きなシアンの宝石を破壊した。

 それが音を立てながら砕け、粉々になった瞬間、それに合わせてゴーレムも鈍い音を立てながら崩れる。轟音を侍らせながら自己を保てなくなり、その短い生涯を終える。後に残ったのはもともと平原にあったであろう緑の生えた岩と、まだほんのりと熱を持っているマグマの固まった岩と、粘土質故に簡単に水に溶けてはドロドロになった岩だったものだけだった。エルはそれらがただの意思を持たない無機物になったことを足先でつついて確認してから、手の中に残った髪飾りの残渣を握力に任せて粉々に砕く。そしてどこかでこの光景を見ては腹を抱えて笑っているであろう『彼女』に向けて、睨みをきかせつつエルにしては珍しく怒気を含んだ声を上げた。


「花嫁修行、もといお遊びはここまでにしておくんだな。――――遊びたいなら直接来い。このわたしが、幾らでも遊んでやる。」


 そう言って粉々に砕いた、彼女のものであったろう髪飾りだったものを足裏でグリグリと踏み潰しながらエルはそう口にする。それは挑発であり、哀れみであり、同時に『彼女』に向けた唯一の救済だった。エルは僅かに残った外なる神の魔力の影響か、あるいは数百年振りに本気で怒ったせいか、我先にと散り散りになって逃げていく精霊たちを視界の端に捉えると肩の力をそうっと抜いた。

 エルは幾ら彼女が気まぐれといえども馬鹿ではないが故に、これだけ脅せば暫くは安泰だろうとゆっくりと鼻から吐息を吐く。その拍子に張り詰めていた神経が一気に弛緩すると、数千年の人生の中で初めて魔力が空っぽになる感覚にその場に立っているのはおろか、意識を保つのさえも難しくなるとその場に倒れた。――徐々に近付いてくる地面がスローモーションで見える。エルは妙に冷静な頭で「やばい、泥だらけのところに倒れたら洗濯が大変だって弟子に怒られるぞ」だとか、「これが走馬灯ってやつか?」だとか、考える。それから「まあ、でもそもそも死んでるんだし、今更か」なんてことを続けて考えると、遂に瞼さえも開けていられないほどの強烈な脱力感に従って目を閉じた。

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