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Refrain  作者: るるる
31/64

31_25代目の勇者の話(後編)



「まあ、見て師匠!お祭りよ!」

「……キミは本当に人の多いところが好きだね?」

「そりゃあそうよ!見られてナンボの職業ですから♡」


 物資の補給とひと時の休息に立ち寄った街での一幕。人混みがそこまで好きではないエルは、ちょうど夏の祭りの時期と被ってしまったことに対して残念そうに重いため息をついた。が、それとは反対に踊り子としてとある劇団に所属していた彼女は、目の前の祭りに目を輝かせるとあからさまに渋るエルの手を引いてその人混みの中へ飛び込んでいった。その勢いたるものや、凄まじい以外に表現出来る言葉はなかった。と同時に、繋がれた手のひらから、彼女の『絶対に逃がさない』という気迫をひしひしと感じたエルは、やれやれともう一度ため息をついた。それから、渋々ではあるものの彼女に手を引かれるままに歩き出す。

 押しの強い彼女には何を言って、どんな抵抗をしても無駄なことを知っていたエルは、早々に諦めるとせめてもの抵抗に出店を覗いていく。「…グラブジャムン……。」――要するに、ドーナツを甘いシロップに漬け込んだとびきり甘くて高カロリーな伝統菓子の出店を見つけると、エルは指を咥えながらぽつりと呟く。が、職業柄美意識の高い彼女は、エルの手を更に力強く引くと「あんなカロリーの暴力みたいな食べ物はダメ!!」と厳しくエルを叱った。エルはまるで母親に怒られた子供のようにしゅんとすると、「……けち…。」と小さな声で呟いた。


「いいじゃないか。わたしは別に太らないんだし。」

「美意識の問題よ。」


 彼女はグラブジャムンの代わりに健康的なスムージーをエルに買い与えると、それを不満そうに口にするエルとは反対にキラキラとした笑顔で言い放った。エルはその顔を眺めながら「美意識って何さ。」と不満タラタラ、といった様子で疑問を口にする。それを耳にした彼女は道行く人など気にせずにその場で軽やかにくるりと一回転すると、指先からつま先までぴんと伸ばしたのちに言い放った。


「そして。見られている、という自覚よ!」

「……あ、そ。」


 エルはあんまり美味しくないスムージー――健康的な味がするのは確かだけれど、健康的な味がするだけでちっとも嗜好品とは程遠いそれを早々に飲み干したのちに、これは理解不能だなと苦笑する。彼女はそんなエルにムッとした様子で一瞬眉間に皺を寄せた後、「おっといけない。笑顔笑顔…。」と口にしながらにっこり、エルに言わせてみれば少々不気味ですらある笑顔を貼り付けた。どうにも表情筋が固い、もとい足りない自覚のあるエルはそれを目にしつつスムージーの入っていたカップを食器の返却所に置くと、さて、どうやって高カロリーなものにありつこうかと思考を巡らせる。

 

「ちょっと師匠〜?なあに、その反応!!」

「なら、尚更にわたしは美意識とかいいやって思っただけ。……いつだって主役は勇者だからね。」


 エルは言葉少なくそう答えると彼女が止めるよりも先に、手早くカウンターに代金を置くとシュネーバルを手に取った。細長くしたクッキー生地を丸め、油で揚げたのちに粉砂糖をまぶしたそれはエルが求める『高カロリー』なものだった。ようやく手にした高カロリーが約束された菓子に満足気な顔をするエルとは反対に、彼女は「ああ…!」と悲嘆の声を上げると、まるで我が事のように顔を真っ青にする。エルはこういう時の彼女を前にしたときは、さっさと口にしてしまわないと「返してきなさい」コールが酷いことを知っていたから、早々にひとくち齧った。彼女はその様子を目にすると、見てられないと言わんばかりに両手で顔を覆う。その様子がなんだかおかしくて、エルは思わず小さな笑い声を零した。それから、大袈裟だなあと呆れたように笑う。生きていない、ただ死ねないだけの身体に健康志向も美意識も高カロリーもクソもないだろうと、口元を歪めて笑う。

 けれどそんなエルとは反対に、彼女はそろりそろりと顔から手を離すとなるべく高カロリーなそれを視界に入れないように目を細めつつエルを視界に捉えてから、シュネーバルに舌鼓を打つ師匠の肩を勢いよく掴んだ。そして大きな街のメインストリート、つまりは人だらけの往来だと言うことも気にせずに、声を上げた。


「私は!私の近くに!私が!美しいと思ったものだけ!置いておきたいタイプなの!!」

「――――ふうん。」


 エルは流石の剣幕に一瞬びっくりしたものの、要約すると普段はあれが嫌だこれが嫌だと文句ばかり――具体的には踊り子の服を脱ぎたくないだとか、野宿は嫌だとか、毎日お風呂に入りたいだとか、すっぴんなんて耐えられないだとか――を言うワガママな彼女なりに、エルを『美しいもの』だと捉えていること、そして白状していることに気が付くと、なんでもない風を装って言葉を返した。それからニヤニヤとした笑みを浮かべると、「あの某劇団の花形中の花形、隣国の国王さえも悩殺した歴代イチの踊り子直々に『美しい』と言って貰えるだなんて光栄だよ。」と、勇者となる前の彼女の経歴――世界的に有名な某劇団の花であり、小国とはいえ隣国の国王のみならずこの国の王族貴族等ところ構わず虜にしてしまうほどの才を放っていた彼女の華々しい経歴、もとい一般には差別される立場である踊り子の社会的地位を押し上げた伝説を口にしつつ、揶揄った。

 彼女はエルの言葉につい口を滑らせてしまったことに気がつくと一瞬珍しく恥ずかしそうな表情を浮かべたものの、すぐに事実かつ華々しい伝説を打ち立てた自身のことを褒め称えるような言葉、もとい事実の列挙に満足そうに頷くと胸を張った。臆することなく、堂々と「そうよ?私、師匠のことは美しいと思っているわよ?何よりもその生き様がね!」と口にする彼女を、エルは本当に強くて美しい人だと思った。と同時に、そこまで過大評価されるようなことはなにもしていないんだけどな、と困ったように頬を搔いた。


「だから、次は外見も美しくなって貰わなきゃ困るのよ。『あいつ、横にブスを侍らせてニヤニヤしてたぜ?』なんて、悪口叩かれるのは私なのよ?」

「……だから、わたしは変わらないってば。」

「いーえ、変わります!!」


 彼女は何度も何度も既に生命活動をしていない身体は変化しないと口にする師匠にずい、と身を乗り出すと、普段剣を握っているとは思えないほどによく手入れされた白くて細くて滑らかな手のひらをエルの頬に当てた。次いであまり微笑むことのないエルの頬をむにりと引っ張ると左右にぐにぐに、上下にむにむにと四方八方に動かす。それほど力が込められているわけではないものの、微かに痛む頬と妙な擽ったさにエルは小さく唸り声を上げる。不満そうな瞳を、彼女に向ける。彼女はそれを敢えて無視すると、暫くエルの頬を揉みくちゃに揉みしだいたあと、漸く手を離した。それからニコニコと、民衆のみならず隣国の王やこの国の立場ある人々さえも虜にした甘い笑顔を浮かべると、懐から鏡を取り出してエルに突きつける。そして目を細めて言った。


「ほうら、ご覧なさいな。私と旅を始める前より、少し口角が上がっているでしょう?」


 エルは突きつけられるがままに、鏡を覗き込む。そこに映っているのは何千年も変わらない容姿をした、時代に取り残された少女の姿だった。はっきり言って口角が上がっているとかいないとか、彼女のように四六時中鏡を眺めては「ああ…私って、本当に美人だし可愛いし、おまけにスタイルまで抜群…♡」とうっとりするような性格ではない故に、エルにはその違いなど少しも分からなかった。

 ――分からなかったが、きっと彼女が言うのならばそうなのだろうとエルは微笑むと、「……本当だね。」と口にする。その言葉に彼女は満足そうに微笑むと、鏡を懐にしまった。


「ダンス大会も開催中だよ〜!優勝者には賞金もあるよ〜!飛び入り参加、大歓迎だよ〜!!」


 ふたりの横を、看板を持った男が通り過ぎていく。男は看板に書かれた文字を読み上げつつ、往来を行く人々に向かってそう呼びかけていた。『ダンス大会』『飛び入り参加大歓迎』、そして何よりも『賞金』の言葉に彼女は目を輝かせると、エルの前で両手を組んだ。

 

「……師匠♡」

「…………はいはい。行ってきなさい?」


 エルは賞金という言葉には惹かれたものの、ダンスという縁遠いもの――子供の頃に学校での授業や、両親と兄と姉とに手を引かれて行った祭りでしか踊ったことのない単語に早々に興味をなくした。が、本来踊りが本職であり、目立つのが好きであり、何よりも自分という存在を周囲にアピールしたくてたまらない彼女は甘い声と表情をエルに向けると、可愛らしくおねだりする。エルはやれやれと肩を竦めてから、仕方がないなと苦笑しつつ許可を出した。そしてすぐに飛び入り参加するであろう彼女の背中を見送ろうと、左手を上げてゆるゆると手を振ろうとした。

 しかし、その手が振られることはなかった。彼女は見送ろうとするエルの左手をがっしりと掴むと、「一緒に出ましょう?」と小首を傾げた。エルは意外過ぎるその言葉に流石に言葉を失う。それから、信じられないと言わんばかりに何度も目を瞬かせる。彼女はその様子ににんまりと笑うと「沈黙は肯定とみなします!」と声高らかに宣言してから、エルの左手をぐいぐいと引っ張った。


「ちょ、ちょっとちょっと。キミだけでいいじゃないか。わたしが出る必要、ある?」

「ありま〜す!!」


 彼女は上機嫌にそう口にすると、にこりと笑う。そして「いつだって人生の主役は自分よ?もっと目立っていかないと!」と理由としてはなんとも感覚的で、それでいて論理的な筋などひとつも通っていない言葉を吐くと、ダンス大会が開催されている広場に向かって駆け出した。ただ走っているだけなのに軽やかなステップを踏む脚は、彼女が世界一の踊り子である証左に他ならなかった。そしてその非理論的な言葉を信じてみるのも悪くはないかなあ、なんて思わせてしまう、世にも奇妙な魔法が掛かっていた。


「……わたし、もう随分ダンスなんてしてないんだけど。」

「大丈夫だいじょ〜ぶ♡私がエスコートしてあげるから!」

「………………足、踏むかもよ?」


 今のうちからあれこれと出来ない言い訳、失敗した時の言い訳を並べ立てるエルに、彼女は笑う。

 

「舞台に立った私は、踊り子であり一流の役者よ?足を踏まれたくらいで、表情が崩れるものですか!」


 踊り子改め、旅芸人という立場の人々の地位を向上させた実績を持つ彼女は、あっけらかんと笑う。エルはそのあまりにも自信満々な笑顔と言葉に諦めたようにふっと笑うと、右手に持っていたシュネーバルの残りを口の中に押し込んだ。胸焼けがするほどに油っぽくて、甘くって、不健康な味のするそれを咀嚼し、飲み込んだのちにエルは告げた。

 

「――――なら、ご一緒させて貰おうかな。」

「ええ、ええ。喜んで!!」


 彼女はとびきりの笑顔をエルに向けてから、広場で催されているダンス大会の司会であろう若者に向けて手を振りながら駆け寄っていく。「飛び入り参加で〜す!!」そう言って長旅には不向きな薄くて豪奢な踊り子の服と華美なまでのアクセサリーを靡かせながら、エルの手を引いて舞台に立つ。


「師匠も。も〜っと、自分が主役なんだ!ってアピールした方がいいわよ?その方が、絶対にもっとずっと美しいわ!」


 にこり。多くの人々を悩殺してきた笑顔を再度エルに向けると、彼女は背筋のみならずつま先から指先に至るまで、ぴんと伸ばした。

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