03_21代目の勇者の話(前編)
昼食を終えた後、エルと少年は腹ごしらえと剣の鍛錬を兼ねて庭先に出た。少年の母が植えたブラックベリーの木と色とりどりのチューリップが見守る中、ふたりは向かい合うとそれぞれの得物を手にする。少年は訓練用の木刀、エルはそこら辺に落ちていた木の枝。それも極端にリーチの短いそれに、少年は小馬鹿にしやがってと内心ムッとした。
――結局、エルはヤギチーズのサンドウィッチに加えてリンゴをふたつ、おまけにデザートに焼いただけの食パンにブラックベリーのジャムをたっぷり塗ったジャムトーストを2枚も平らげた。そんな食いしん坊、それも魔法使いに負けるものかと少年は意気込むも、エルは宛ら牛が尾を振ってハエを追い払うように軽く腕を振るだけで、いなしてしまう。「そんな太刀筋じゃ眠くて仕方がないんだけど?」そんな少年もといまだ若造の弟子を煽る言葉も忘れずに口にすると、エルはニヤリと笑って見せた。その顔が、少年と背丈の変わらない少女には似つかわしい大人の顔をしていて。少年は話半分で聞いていたエーデルガルトという少女のこれまでと彼女の語る勇者の話は、もしかしたら本当のことなのでは、と思った。
少年は心のどこかで、エーデルガルトという少女は虚言癖のある人間なのではと思っていた。もしくは少し背伸びしたい年頃の少女の妄想なのでは、とも思っていた。けれど村一番の剣士である父親仕込みの剣術が全くと言っていい程に通用しないこと、それどころか寧ろ遊ばれていること、加えて到底同じ年頃の村の幼なじみには出来ないであろう少しニヒルな――寂寥と、悲嘆と、どうしようもなさとを同じ檻で飼い殺しているようなあの瞳に、ああ、彼女は『本物』なのだと悟った。
――大人たちが語る、昔話に出てくる魔女。
――死ぬ権利すら剥奪された、哀れな魔女。
――時に神話として語られる、悲しい少女。
その魔女は白銀にも薄紫にも見える美しい髪を靡かせ、歴代の勇者たちを導いてきたという。
時に民のために。時に平和のために。そして、時に彼女自身のため――『今度こそ、死ぬために』、何度でもこの国を救う、もうひとりの英雄になってきたという。
「はい、チェック。……村の外だったら死んでたね?」
「――――――。」
あっさりと勝負は決まった。少年の額に、エルの手にした枝の先が宛てがわれたからだ。少年はエルの淡々とした物言いと、額に触れる枯葉の感触に思わずごくりと喉を鳴らした。――敵わない、と思った。そして自分が負けたのは、彼女が勝ったのは、リーチの差でも男女の体力や体格の差でもない。単に経験の差だということを本能的に察すると、震えた。
彼女がこの村を訪れて1週間、自分が勇者だと言われて6日。彼女を師匠と呼ぶようになってから5日。それまでどこか遠い存在に感じていた英雄譚が、ぐんと目の前に迫ってきたのを、少年は感じた。
「……怖かった?」
「………………少し。」
震える少年に、エルは笑いかける。存外素直に答えた少年に、エルはくすくすと笑うと手を差し伸べた。少年は眼前に突きつけられた真っ白で滑らかな手に少し気恥しさを覚えたものの、これまた素直に自身の硬い手を重ねると、エルにへたり込んだ身体を起こして貰った。
「恐怖するのは悪いことじゃないよ。」
エルはもう片方の手で枝を振り回しながら、にこりと笑う。少年はその笑顔に少しだけ――ほんの少しだけ顔が熱くなると、咄嗟にエルから目を背けた。エルはそんな少年の様子に「若いねえ。」と目を細めると、彼の手を引いて花壇の横、ブラックベリーとチューリップがよく見える位置に置かれたベンチへと導いた。それから、少年をベンチに座らせるとブラックベリーの木へと手を伸ばす。ちょうどよく熟れた実をもいでは口に運びながら、エルは静かに語り始めた。
「あれは、21代目の勇者だった。彼はね、とても臆病な青年だったんだ――。」
さわさわと、森から吹いてきた風がブラックベリーの木を揺らす。少年は静かにエルの話に耳を傾けた。




