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Refrain  作者: るるる
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27_『彼』と、エーデルガルトの話(後編)



 数刻振りに訪れた小川だったものは、相も変わらず濁流がごうごうと音を立てながら暴れ狂っていた。エルは少し離れた場所で馬を降りると念の為だと言って手馴れた手つきで地面に魔法陣を描き、魔物避けの結界を張った。それから彼の愛馬に「大人しくしていろよ。」と告げると、背を伸ばして軽く頬を辺りを撫でてやる。ふんす、と鼻を鳴らして頷く様子を見るに、これから始まる事象を馬なりに理解しているようだった。

 エルは再度念入りに結界に不備がないか確かめてから、彼に「行くよ。」と声を掛ける。彼は無言で頷くと、いつでも剣を抜けるように心構えだけはしっかりと持ってから、エルの後に続いた。


「――シルバーウルフが3、4…5匹か。………やれるね?」

「もちろん。任せてよ、師匠。」


 エルは杖を構えると、ふたりに気が付いたらしい魔物――こちらを向かって牙を剥き出しにしながらグルルと唸る、シルバーウルフの数を数える。大型種であるドラゴンやベアー系といった所謂『特別枠』を除き、もっとも冒険者や旅の商人を殺している、言わば『平原の殺し屋』と名高いシルバーウルフの集団を相手に出来るかと、エルは彼に問いかける。すると彼はエルの心配とは反対に、素早く剣と盾とを構えるとなんでもない風に言ってのけた。

 エルは「そいつは心強いな。」と薄く微笑むと、濁流の中に潜む魔物――ブラッドシャークという名前の通り、シルバーウルフと対をなす存在――『海の殺し屋』と呼ばれては船乗りたちから恐れられている、ひときわ凶悪かつ人間の血肉を好む魔物の群れを見つめた。そして改めて平原全域に生息するシルバーウルフはともかく、海水でしか生きられないブラッドシャークがここに居ること自体がおかしいのだと確信を得ると、ほんの少し眉を顰めた。

 

「気を付けるんだよ、我が弟子。あいつらはとにかく素早い。そのうえ、集団で襲いかかってくる。…幾らわたしが大魔法使いといえども、死者を蘇生する手段は持ち合わせていないからね。注意するように。」

「………そういう脅しかけるの、やめてくれない?」

「脅しじゃない、親切な忠告だ。」

「まあ、いいけど…さ――ッ!!」


 互いに目配せしたシルバーウルフが、どう見ても隙の多い彼に向けてまずは2匹同時に襲い掛かる。彼はキラースネークよりもずっと素早いシルバーウルフに息を飲みながらも、寸でのところで2匹同時の噛みつき攻撃を盾で防いだ。木製とはいえそれなりに分厚い盾越しに伝わる牙の衝撃と獣臭に、彼は「はは、たまんないじゃん…!」と強がりにも思える言葉を吐くと、盾に噛み付いて離れないシルバーウルフのうちの1匹目掛けて、腹に蹴りを一発入れた。

 キャン、とまるで子犬のような声を上げながら体勢を崩して転がったシルバーウルフに素早く駆け寄ると、彼は腹と胸、どちらを斬るべきかと一瞬迷う。が、すぐに身も蓋もない結論――迷ったのならどちらも斬ればいいという結論に達すると、まずは蹴った感触から察するに骨の少ない腹目掛けて、力いっぱい剣を振るった。乱暴な、剣術も型もクソもない太刀筋に沿って、どくりと血が溢れ出した。彼はその拍子――シルバーウルフが呻き声を上げ、怯んだ隙に生まれた決定的な空白――がら空きの胸元を見逃さなかった。素早く剣先の標準を胸のあたりに合わせると、そのままぶすりと。それでいて、鋼から伝う骨のゴリっとした感触だとか、肉を突き刺していく度に感じるぬるりとした生ぬるさだとか、苦悶の声を上げる眼前の魔物だとか、到底村を出る前では考えられなかった世界を感じながら、剣をぐりぐりと動かした。するとシルバーウルフはげほりと大きく咳をして、口から血を吐き出した後にぐたりと弛緩した。……まずは1匹仕留めたと、彼は頬に跳ね返った血を左手の親指で拭う。

 そうして呆気なく同胞が殺されたことにより警戒心を剥き出しになったシルバーウルフたちを鋭い目つきで見つめると、たったひとこと「来いよ。」と口にした。

 

 エルはその様子をちらりと肩越しに伺いながら自身に浮遊の魔法を掛けると、荒れ狂う水面へ足を踏み入れる。そうして濁流の中を自由気ままに泳ぐブラッドシャークの数を数えようとして、やめた。というのも、獲物の到来を察知したブラッドシャークたちはエルの足元にゾロゾロと集まると、彼女のドレスの裾を摘んでは水中に引き摺り下ろそうと必死にバシャリバシャリと大きな音を立てながら、宛らイルカが輪潜りの芸をするように水面と空中とを行き来していたからだった。

 エルは自身の足元に集まったおぞましい数のブラッドシャークを冷たい目で見下ろすと、無言で杖を構える。そして、いつかの彼を仕置きする時に用いた雷の魔法を唱えた。但し、あの時のお遊びのお仕置きとは違って、今のエルが持てる最大出力の雷鳴(ドナー)だった。羊を撫でた拍子に静電気がぱちりと指先に走っただとか、漁師が魚を獲る際に用いる微弱な電気の魔法に間違って触れてしまって痛かっただとか、そんな可愛いレベルのものじゃない電流が、海水という不純物をたっぷり含んだ水を通してブラッドシャークに伝わる。一発で心臓の動きを止めてしまうどころか、それを通り越して水中に居るにも関わらず火を吹いて燃えてしまうレベルの電圧と電流に、次々とブラッドシャークが息絶えていく。生命活動を停止したブラッドシャークだったものはぷかぷかと水面を漂った後に瞬く間に濁流に飲み込まれると、深い深い水の底に消えていった。


「弟子。そいつも水に放り込んでやれ。」

「……なら、お言葉に甘えて、ッ…!!」


 足元で濁流と絡まるブラッドシャークだったものの固まりを暫し眺めた後、エルはまだ動きこそぎこちないものの、100年モノのキラースネークを倒したことで自信を得たらしい彼を見遣った。1匹仕留めるまでは念の為見守っていたものの、エルがブラッドシャークを相手にしているうちにシルバーウルフは残り2匹となっていた。――彼の隣の家に住んでいた老人というわけではないが、これぞまさしく『男子三日会わざれば刮目して見よ』だなと、エルはキラースネーク戦に比べて随分と相手の急所を狙う、もしくは急所ががら空きになるように誘導するのが上手くなった彼に満足気に微笑むと、「さて。それじゃあわたしはもう一仕事だ。」と呟いた。


 濁流の吹き出ている根元を探して、エルは数メートルほど川の上を歩いた。すると、綺麗に村人たちが諦めるほどの距離――王家が公共事業の一環として建設した石造りの丈夫な橋まではいかないものの、しっかりとその橋の上で居眠りしているドラゴン――通称居眠りドラゴンと呼ばれている、眠っている間は温厚だかひとたび目覚めればあらゆるものを破壊し、燃やし尽くすと言われているドラゴン――フレクザィードと呼ばれているそれが視認出来る程度の絶妙な距離から、川そのものがおかしくなっているのを見つけた。そしてそれは、確かめるまでもなく『誤認』の魔法であることを、エルは即座に見抜いた。『誤認』の魔法とは、その名の通り相手を誤認させる魔法――つまりは『よく分からないけれどある日から突然こうなったし、それが普通』である状態こそが正常であると、生物の脳に訴えかける魔法であった。王都できちんと魔法を学んだ魔法使いであれば絶対使わない、かなり悪趣味な魔法――裏を返せば高等な知能を持つ魔物か、賊の類か、あるいは人間でありながら人間の敵である存在か――そういった危険な存在が掛けたであろう魔法に、エルは顔を顰めた。

 とはいえ、あの赤いバンダナの少女や村人たちがはっきりとこの状況をおかしいと認識していたのは、この誤認の魔法がかなり雑かつ適当に掛けられた魔法だからであろう。それは例えるならば、ライオンの尻尾を切り落としてヘビをくっつけたような。あるいは魚に羊毛を生やしたような。とにかく子供が遊び半分で思うがままにスケッチブックに空想の世界を描き連ねるようにこの魔法の術者もまた、空想を現実にしようと力技で空間を歪めたのだろう。ぐしゃぐしゃになった空間の断面が、雄弁にそれを物語っていた。そしてその結果、上手くいかずに地団駄を踏みながら適当に空間同士を縫い合わせたこともまた、綻びだらけの術式が雄弁に物語っていた。

 エルは「……相変わらず、あなたの魔法は美しくないな。」と呟くと、空間と空間の縫い目――綻びだらけのぐしゃぐしゃの縫い目の隙間に手を差し込むと、目を閉じる。目を閉じて、この魔法の術式の大元にアクセスしようと全神経を集中させる。


 ――女神の魔法ではない、異教とされる術式。

 ――あの大男が自分に掛けた呪いと同じ、この世界の法則から外れた魔法。

 ――まるで深淵を覗いているかのような、ぐしゃぐしゃでぐちゃぐちゃの魔力。

 ――――底の見えない、おぞましい愛と悲嘆と、それでも止まることの出来ない苦しみ。


 エルは複雑に絡み合った美しさの欠片もない数式の端に触れると、蚕から糸を取るように慎重に慎重に、そうっとこの世界のものではない、純粋な悪意と好奇心とおぞましさとに染められた魔力を、引き抜いていく。恐ろしいと、怖いと泣き叫びながらもどうすることも出来ずに暗闇の中で目を血走らせる精霊や妖精に向けて、静かに手を差し伸べる。摘んだ糸の端から女神の祝福を受けた使徒たる証の、明るく爽やかな森の朝のような美しい魔力を流し込み、その術式ごと塗り替えていく。

 それは、まるでパイ生地の層ひとつひとつを丁寧にピンセットで剥がしていくかのような、果てしない作業だった。そんなの無理だと誰もが口にする、限りなく不可能に近い作業だった。けれど魔王の呪いをその身に受けたうえ、何千年にも渡って何度も彼の腹心と刃を交えているエーデルガルトという魔法使いだからこそ可能性な、不可能だった。

 エルはおぞましい術式の外骨格を全て剥ぐと、その核たる魔力の源――この世界の神ではない『それ』に、同じく魔王の呪いを通して得たこの世界の神由来ではない魔力――「これやると、暫くはダルいだよなあ…。」とげんなりした顔をしつつも、その癖なんの躊躇いもなく、魔王とその腹心の彼女が信仰する神由来の魔力を練る。そうして同程度の大きさになったそれを杖の先に溜めると、ぐぐっと力を込めて力いっぱい放った。「――――█████。」到底言語表記出来ない言葉と共に口にするのは、顔も名前も知らない異教の神。ただの大男を魔王へと押し上げた、深淵の底でニタニタと笑う悪趣味な神の名前だった。

 エルは口に出すのは無論、思い出すのも嫌なその名前を口にして魔力を放った途端に、ずしりと四肢が重くなるのを感じた。それから、「……まだ一応は女神の使徒ってことか。」と嘲笑気味に呟くと、ふらつきながらもなんとか元の姿を取り戻した川縁にたどり着くと、ぐったりとその場にへたり込んだ。


「……ああ、疲れた…。」


 エルはそう口にしながら額の嫌な汗を拭うとすっかり元の穏やかな小川になった、もとい魔法で無理やりにずらされていた座標を正しい位置に戻したお陰で本来あるべき場所へと戻された小さな川を見つめながら、「まあこんなものかな。」と呟いた。エルは海にしろ川にしろ、本来であれば決して出会う筈のない場所に置かれていたのだからたいそう驚いたろうなあ、なんて呑気なことを考えながら固く握り締めた右手を開く。そこに小さく残った誰かの魔力の残り香――かつて異教だと迫害されたが故に命を落とし、そして尚も魔王の愛故に死ぬことが出来ずに何千年もこの世界を彷徨う彼女――半ば自分と似たようなその人のことを考えてから、微かに残った女神由来では魔力を、ぐしゃりと握り潰した。


「…………皮肉だね。よりもよってあなたが、きっと無自覚とはいえ――別の誰かの愛を引き裂こうとするなんて。」


 エルは何十回と繰り返されてきた旅路の中で、何度も顔を合わせてきた彼女――魔王唯一の腹心にして、妻である彼女のことを想う。魔王とお揃いの赤い髪――火山の向こう側、未だ異教徒の地とされ、迫害されている地域の出身である証のその髪を靡かせながら微笑む彼女の姿を想像しては、苦々しく吐き捨てる。


「――わたしは、お前とは違う。……違うんだよ、魔王…。」


 そう言ってその場に寝転び、空を見上げたエルのもとに、彼が「師匠〜!大丈夫〜?!」と声を上げながら走ってくる音が聞こえた。エルは返事をするのも面倒くさくなると、そうっと瞼を閉じる。

 こうなればいっそうのこと、死んだ振りをして我が弟子を揶揄いでもしないとやってられないなと、エルは心の中で呟いた。

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