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Refrain  作者: るるる
22/64

22_姫君と、エーデルガルトの話(後編)



「――というわけで。彼女にいたく気に入られたわたしは以降、王家直々に家庭教師を務めることになったわけだ。」


 キラースネークの鱗を売り捌き、売上金を彼に渡した後。ふたりは宿を取ってから宿の隣に併設された厩舎に彼の愛馬を預けると、必要最低限の装備――具体的には杖と剣と盾と財布だけを持って、村のレストランの扉を開いた。彼は案の定と言うべきか、それとも相変わらずと言うべきか、豊富なメニューの中を見遣るなりいちばん大きなハンバーグを迷わず指差した上に、パンは大盛りに出来るかどうかウェイトレスに聞くエルに、食事をする前からお腹がいっぱいになってしまった。そのうえ、エルはハンバーグに加えてラム肉のステーキ――これももちろんいちばん大きなサイズを頼んだ――と、チーズたっぷりのオニオンスープ、鶏肉の香草焼きにかぼちゃを丸ごと使ったかぼちゃプリンと同じくさつまいもを丸々1本使ったスイートポテトまで注文したのだから、ウェイトレスは目を丸くしてしまった。彼は動揺を隠せないウェイトレスが彼の方をちらちらと見遣る度に、頼むから勘弁してくれだの恥ずかしいだの、他人のフリをすれば良かっただの、そんなことを考えた。

 それでも彼はなんとか笑顔を浮かべて――とはいえ、岩塩のようにかちこちに固まった笑顔だが――をウェイトレスに向けると、「大丈夫です。」と言った。何が大丈夫なのかは全くもって自分でも分からなかったが、とにかく大丈夫だと口にした。そしておそらくウェイトレスも何が大丈夫なのかは分かっていないだろうが、彼の言葉を受けて「だ、大丈夫なんですね!」と頷くと厨房へ消えていった。その間、穴があれば入りたい気持ちでいっぱいだった彼に反して、師匠であるエルといえば呑気にメニューを眺めつつオレンジの浮かんだ果物水を口にしていたのだから、彼はほとほと疲れてしまった。


 それでも、彼はなんとか気を強く持つとエルの昔話に耳を傾ける。耳を傾けながら、なるほどそれは確かに大変だろうなと同情しつつ、運ばれてきたグリーンサラダを取り分けようとした。が、エルの「野菜は食べない主義だから。」という言葉に脱力すると、テーブルに突っ伏した。それから「病気にになっても知らないからな。」と負け惜しみではないけれどそれに近い言葉を吐くと、ボウルごと掴む。そしてドレッシングをかけるとフォークを突き刺し、エルの前でこれみよがしに口にした。


「うさぎみたいだな、キミは。」

「うるさい。というか、本当に病気になっても知らないからな?置いてくからな!?」

「大丈夫。死んでるんだから、今更病気になんてなりはしないよ。」


 くすくす笑いながら彼を揶揄うエルとは反対に、彼はそう言われてしまっては何も言い返せなかった。掛けるべき言葉も、するべき反応も、何も分からなかった。何も見つからなかった。故に彼は押し黙る。するとエルは彼が黙ってサラダを掻き込んでいるのをいいことに調子付くと、「ああ、キミはうさぎというよりかは馬だな。」と冗談混じりの言葉を吐いた。流石にかちんときたそれに文句をつけなければとボウルから顔を上げてエルを睨みつけたところで、ウェイトレスはエルの注文したステーキを運んできた。彼はなんと間が悪いと心の中で悪態をつく。全く、人が少し文句を言おうとしたところにどうして…と唇を尖らせる。それからウェイトレスが去っていったらエルに嫌味のひとつでも言わなければと口の中いっぱいに広がる森の味をコップに注がれた水で飲み干した。

 が、ウェイトレスが置いていったミディアムレアのステーキを前に、目をきらきらと輝かせてはウキウキしながらフォークとナイフを持つエルの無邪気な表情――こうして見ていれば、誰も彼女が何千年も生きている賢者とは思うまい――を前にすると、彼はなんだか毒気を抜かれてしまった。それほどまでにエルは普段あまり変化のない表情筋を動かしては、全身で喜びを表現していた。先程までとは違う理由で、彼は言葉を失った。


「――――――――。」

「んふふ、いただきまーす!」


 エルがステーキにナイフを入れる。ミディアムレアのステーキに、銀色のナイフがすうっと入っていく。エルは分厚く切り分けたそれをナイフで刺すと、鉄板の上でジュワジュワと音を立てているソースと肉汁とをたっぷり絡めてから大きな口を開けた。そしてそれを丸ごと口の中に放り込むと、ゆっくりと咀嚼する。ぐちゅり、ぬちゃりと歯が肉の繊維をぶつ切りにして、細かくする音が静かに響く。次いでゴクリと喉が上下して、「うん、美味しい!」とエルがニコニコ笑顔で頷く。頷きながらも、手は既にステーキを切っていた。

 彼はそうやって幸せそうにステーキを頬張っては、肉汁とソースとで唇を濡れさせるエルをぼんやりと見つめる。肉がエルの手によって少しずつ削ぎ落とされていくように、彼の思考も余計なこと――彼女が数千年生きている賢者だとか、つい先程馬のようだとバカにされたことだとか、あるいはこの旅の目的そのものさえも削ぎ落とされて、今この時ばかりは忘れてしまった。彼は暫しぼんやりとエルを見つめる。こうしていれば、彼女はただの少女だった。今の彼より少しだけ年上の、まだ人生に夢も希望もたっぷりと持っている、ただの年頃の少女だった。


「ねえ、師匠。」

「なんだい?我が弟子。」

「…………ううん、なんでもない。」


 彼は、思う。この旅の最終地点は魔王討伐などという大それたものだが、その先――自分が勇者でなくなったあとも、どうかこの人が美味しそうに食事を頬張れる世界であって欲しいと。げっ歯類のように頬いっぱいに好物を頬張って、あどけない少女の顔をすることが許される世界であって欲しいし、彼女にもそうであって欲しいと――ふと、そんなことを思った。思ったからこそ、つい無意識に口を開いてしまった。

 けれどそれを口にするのはなんだか違う気がして――否、今の自分にはまだ彼女に、そうやって今まで背負ってきた何もかもを放り出してもいいんじゃないかと言う資格はないと冷静になると、言葉を切った。口を噤んだ。そんな彼にどうしたのかと首を傾げたエルに、彼はなんでもないと言って笑う。代わりに、「やっぱり野菜も食べなよ。」と苦言を呈すると、エルはそっぽを向いた。


「いいか、我が弟子。若いうちから健康には気を遣わないとダメだぞ?わたしはそうやって後悔してきた奴を、今まで何人も見て来た。」

「…………屁理屈ババア……。」

「屁理屈でもババアでもいいよ。キミが健康、かつしあわせに長生きしてくれるからね。」

「……………………それ、ずるくない?」

「長く生きてるからね。」


 そっぽを向きながらもそう言うエルに、彼の心臓は少しだけ早鐘を打った。それから、自分の幸せなど初めから眼中にないような物言いに同じくらい心臓がキュッと収縮した。嬉しいような、切ないような、悲しいような――そんか感情の中に、なんでもないふうに笑ってみせるエルの姿が刺さると、彼は押し黙った。否、押し黙るしかなかった。どうしてこういう時こそ嫌味で答えてくれないのだと、彼女を恨みすらした。

 けれどそれを口にするのはなんだか違う気がしたから、彼は今にも喉から飛び出そうな言葉をサラダに混ぜて飲み込む。飲み込んでも飲み込んでも溢れてきそうな言葉を、今度は冷たい水で胃の奥に押し込んだ。エルはその様子に「やっぱり馬じゃないか。」と笑ってからステーキの中央、真ん中のいちばん大きくて分厚い箇所をフォークに突き刺すと、彼に向かって差し出す。「長生きの秘訣はね、肉もたくさん食べることだよ。」そう言って口元に突きつけられたフォークを、彼は黙って咥えた。

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