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Refrain  作者: るるる
20/64

20_35代目の勇者と、姫君の話(後編)



 35代目の勇者と姫君との間に生まれた彼女は、母親に似て聡明な子供だった。おまけに父親譲りの知的好奇心の持ち主な上にそれを抑えられないタイプの子供で、それに困り果てた彼女の祖父たる国王は、国中の学者や研究者、名だたる著名人を集めては順に家庭教師として就けた。

 が、幼き姫君の『どうして?』は止むところを知らず、加えて大人顔向けの質問――例えば、春に子供を産む動物と秋に子供を産む動物の違いは何なのだと尋ねたり、何故魚は水の中で目を開けても痛くならないのかと尋ねたりと、とにかく学者という学者、研究者という研究者、著名人という著名人を子供のように泣かせては、国王自らに「どうか付き合ってやってはくれぬか?」と頭を下げさせた。しかしなが、その誰もが「私では無理です。」「他を当たってください。」と口にしては、すごすごと城を後にした。残された幼い姫君は、「今度こそ私の疑問に答えてくださる方だと思ったのに…。」と肩を落としては、つまらなそうに何度も何度も読み込んだ図鑑を眺めてみたり、はたまた父親である彼に冒険譚を強請ったりした。

 ――要は、少し知的好奇心に飢えているだけで、彼女は普通の子供だったのだをだったからこそ、父親が彼の語る冒険譚に登場する『師匠』たる人物――祖父母や貴族、重鎮たちが口々に「あれは魔女だ。いつかこの国を食い潰す魔女だ。」と呪文のように唱える名前――エーデルガルトその人が、満を持して彼女の家庭教師になると聞いた時、頭の中を占めたのは期待と恐怖と混乱とだった。それほどまでに父親の語る『師匠』と、それ以外の人々の語る『魔女』が同一人物だとは、どうしても彼女には思えなかった。

 期待と、恐怖と、混乱と、それから何を信じればいいのか分からなくなった彼女は、母親に泣きついた。「お母様。お母様は、どうお思いなのですか?」すると彼女の母親にして彼の伴侶であり、ほんの一瞬とはいえエーデルガルトという人物に接したその人は、笑った。

 エーデルガルトという人物と接したのは彼女と彼とが直々に城に赴き、魔王封印を報告したその日の昼と、どうしても彼のことが気になってお忍びで宿を訪れたその日の夕方だけだった。けれどその僅かな時間ながらも彼を見つめる眼差しに、声に、表情に、当時まだ若かった姫君もとい彼女の母は、それとなく悟った。無論、彼に一目惚れした弱みというのもあったのは事実だ。けれどそれを差し引いても、彼以上に傷だらけのエーデルガルトのことが。ありがとうと言って、彼の肩を叩くエーデルガルトのことが。そして何よりも「何度も死地を経験し、時に人に裏切られたこともあるであろう勇者たる彼が、こんなにも優しい顔を出来る人が、悪い人なわけがない。」と。とっさに、そう思ってしまったのだ。

 故に母たる彼女は、幼い姫君の髪を撫でながら言った。「自分で確かめてご覧なさい?」と。彼女はそう言って我が子の背中を押すと、エーデルガルトが待つ場所へ行くように促した。知的好奇心に飢えた少女は、ぺこりと一礼してから部屋を出る。その背中を見送りながら、彼女はきっと悪い結果にはならないと彼に微笑みかける。彼はどんと胸を叩くと、「当たり前ですよ。俺の師匠ですから。」とにかりと笑った。


 ――待ち合わせは王家お抱えの庭師が丁寧に手入れをしてくれている、城の中庭だった。中庭の、東屋。よく両親や祖父母と共にお茶をする、姫君お気に入りの場所だった。四季折々の花と豪華な噴水とを眺めるのが、まだ幼い姫君の密かな楽しみであると共に日課でもあった。姫君は不安なのか緊張なのか恐怖なのか、あるいは期待なのかすら判別がつかないくせに、しっかりとうるさく拍動する胸を抑えながら中庭へ向かった。

 持ち物は、何も要らないと言われていた。故に姫君は手ぶらで東屋へ向けて歩く。いつも家庭教師を引き受けてくれていた学者や研究者は、どうにかして次期女王に気に入られようと初回の授業の前から分厚い参考書や豪華な表本などを贈ってきた。が、エーデルガルトという人は姫君に対して何も贈って来なかった。ただ「わたしと話をしよう。」とだけ父親を通して言われていた。それが余計にエーデルガルトという人物をベールに包んでいて、不安で、けれどどこか楽しみで、気が付けば姫君は走り出していた。不安も、恐怖も、確かにあった。なのにそれ以上に、「もしかしたら今度の先生は違うかもしれない」だなんて根拠の無い期待があった。その期待が、先走りしていた。春だからと浮かれる小鳥のように、その小さな胸の中で囀っていた。そうしてその期待のまま、姫君は東屋の下でのんびりと茶を嗜む彼女に向けて、声を掛けた。


「………………あなたがエーデルガルト、ですか?」

「――やあ、はじめまして。」


 この国の姫君、つまりは次期女王から声を掛けたにも関わらず、立ち上がって礼のひとつもしなかれば頭を下げることもせず。ただただそう言って東屋の下、王族相手だと言うのに臆することなく、寧ろ相手を試すかのように頬杖をついた彼女の瞳は、今まで家庭教師を勤めた誰とも違う色をしていて。咄嗟に姫君は、本能で「ああ、この人は違う」と感じた。エルはそんな姫君を見つめると、少し口元を緩めて言った。


「それじゃあ。まずは話をしようか。そうだなあ……、リンゴ、好き?」

「……へ?」


 エルの突拍子もない言葉に、姫君は目を丸くする。それから「まあ、そうですね。好き…ではあります。はい。」と答える。エルは「わたしも。」と頷くと、姫君に座るように促す代わりに、自身が席を立った。立ったかと思えば、それ以上何かを言うわけでもなく、ただぶらりと庭を歩き出す。姫君はその背中を慌てて追い掛けた。


「じゃあさ。リンゴがどうやって作られてるか、知ってる?」


 姫君はその問いに、忙しなく足を動かしながら頷く。「はい、もちろんです。リンゴは同じ木同士では受粉出来ないから、違う木を用意しなければならないんですよね?」そう口にしてから、姫君は続ける。「それから、災害や害獣対策も必要ですよね。特にフルーツコウモリとアップルモンキーの被害が甚大だと、この間勉強しました。傭兵団に彼らを討伐するようにお願いしなくてはいけないんですよね?」そう口にすると、姫君はエルの顔を覗き込む。ここまで答えれば、今までの家庭教師たちはこちらが寒々するくらいに褒めちぎってくれた。別に褒められたいわけではないけれど…と、姫君は心の中で呟く。とはいえ歴代の家庭教師たちは皆、姫君のことを褒めたものだから、それが当然なのだろうと姫君は身構えた。

 けれどエルは姫君の予想に、彼女を褒めはしなかった。ただ「そう。正解。」とだけ口にすると、隣を歩く彼女のことなど気にせずに中庭を散策する。予想だにしていないリアクションに、姫君は何か良くないことを言ってしまったのかと不安になる。とはいえ、正解と言われたことに間違いはない。もしかして読みが甘かったのだろうかと首を傾げた。例えば、もっと大人を唸らせるような新しい視点での意見――もっとも、そんなものはまだ10にもなっていない姫君にはよく分からなかった――でも、無理やりにでも口にした方が良かったのだろうかと、冷や汗をかいた。


「フルーツコウモリはさ。花のうちから、目をつけるんだ。こいつはいいフルーツになりそうだぞ、ってね。」

「……はい?」


 唐突に口を開いたエルに、姫君はまたしても首を傾げる。どういうことなのか、一体何を言いたいのかと頭を捻る。そんな姫君を視界の端に収めつつ、エルは続けた。


「リンゴの木は、自家受粉が出来ない。だから虫とか風、あるいは人の手で、受粉する必要がある。そしてフルーツコウモリは、花のうちから物色を始める。つまり、フルーツコウモリはただの害魔物じゃない。受粉を手伝ってくれてもいるんだ。」

「……でも、それじゃあ秋に被害に遭いますよね?いいリンゴはみんな、フルーツコウモリに取られてしまいます。」


 おずおずと。けれど正論を口にする姫君に、エルは首を横に振る。「逆さ。いいリンゴ以外は、人間のものになる。いいリンゴは言わば、受粉を手伝ってくれた報酬だ。」姫君はその言葉に目を丸くした。初めて触れる考え方だった。今までどの家庭教師も教えてくれなかった、新しい物の考え方だった。姫君はワナワナと震える。それは自身の無知を恥じたわけでもなければ、知識をひらけかすような物言いを恥じたわけでもなかった。ただただ、まさかこんな考え方――一般には人を脅かすとされている魔物と、共生していると。堂々と、そう口にすることの出来るエルにいたく感銘を受けると共に、感動したからだった。

 姫君はその感動を口にしたいのに、今まで出会ったことのないその考え方をなんと表現すれば良いのか分からなくて押し黙る。それがなんだか無性にもどかしくて、胸の奥がムズムズして、なのに頬には熱が集まって。姫君は自分がどんな顔をしているか分からないのが少しだけ不安で、俯いた。エルはその様子と沈黙とをちらりと見遣ると、更に口を開いた。


「それから、さっきキミが例にあげたアップルモンキー。あいつらは名前の通り、リンゴが大好物だ。だから度々、秋になると果樹園を集団で襲う。」

「そ、そうです!アップルモンキーはフルーツコウモリと違って、受粉を手伝いませんよ?害魔物じゃないですか!」

「いいや?あいつらは魔物の中ではかなり頭がいい部類だ。簡単な意思疎通なら通じるって、研究できちんとデータとして示されているよ。…それにね。どの生き物にも共通することだが、飢える心配さえなければ寧ろ人間に協力的だ。つまりきちんとした報酬さえ与えれば、しっかり働いてくれるよ。

 ――特に、アップルモンキーは縄張り意識が強い。こちらが契約を反故にでもしない限り、却って傭兵団を雇うよりも安く、そして期待以上に働いてくれる。……まあ、どっちも昔の農法だけどね。」


 エルは淡々と告げるも、最後に「でも、未だに昔からの農法で作物を作っている場所も少なくはないよ。王都周辺じゃ、まず見れないけどね。」と付け加えた。その言葉に、姫君は思わず顔を上げると大きな瞳をキラキラと輝かせる。それからエルを見上げると、期待に満ちた目を彼女に向けた。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだと、エルは笑う。それほどまでに姫君の目は「もっと知りたい」と訴えかけていた。

 ――事実。それは、今まで誰も教えてくれなかった新しい視点だった。否、考え方によってはまだ人間が充分な技術を発見していない頃の、太古の記憶――言わば車輪の再発明のようなものなのかもしれない。けれど姫君の周りにはそれを知っている人も、教えてくれる人もいなかった。一般に良いとされる方法しか、教えてくれなかった。そして一般に良いとされる方法だけが正解だと、姫君自身も思い込んでいた。

 

 (…でも、でも。この人は違う。正解とか、不正解とかじゃない!私の知らない、『新しい世界』を知っている!ずうっと昔から生きている人なのに――ううん。ずうっと昔から生きているからこそ、私の知りたいこと、きっとなんでも知ってる!!)


 姫君は徐に駆け出すと、エルの前に立ち塞がる。そしてあまりの興奮に上気した頬を晒しながら、真っ直ぐにエルの顔を見上げた。それから深々と頭を下げると、恥や外聞など気にしていられないと――それほどまでにエルの元で師事したいこと、そして自分は本気だと伝えるために、生まれて初めて声を張り上げた。

 

「エーデルガルトさん!どうか、どうか私の家庭教師になってください!あなたから見た世界を、私に教えてください。…お願いします!!」


 エルはぴたりと足を止める。それから、彼女の目の前で頭を下げる姫君をじいっと見遣った。生まれて初めて必死を超えて懇願する姫君のその頭の中は真っ白で、けれどエーデルガルトという賢者を逃したくない一心で。なのに、失礼をしていないかと考える心も、またあって。――要は、どうしようもないくらいにぐちゃぐちゃだった。これが食事ならマナー違反だと厳しく叱られるくらいにはぐちゃぐちゃだし、取り留めのない形をしていた。

 そんな姫君の姿をエルは暫く無言で眺めた後、その一切飾っていないなんとも率直な言葉とか、子供らしい必死さとか、それから頭を下げる角度が弟子と瓜二つだな、なんてことを考えると、徐にふっと口元を緩めた。それから姫君の肩をぽんと叩くと、いつも歴代の勇者たちにそう告げているように――けれど弟子と呼ぶのは彼らだけだと決めている手前、ほんの少しだけニュアンスの違う言葉――もっとも、意味は同じようなそれを、口にした。


「……なら、今日からキミはわたしの生徒だ。わたしのことは先生と呼ぶように。」

「――――!!はい、先生!!」


 散々慣れているはずなのに少しだけ慣れていない言葉に、なんだか擽ったいなとエルは微笑む。それから、まさか弟子に続き生徒を取る羽目になるとはなと苦笑した。――全く、これほど長く生きても尚、驚くことがあるのだから世界というものは、人間というものは心底面白いと、エルは笑う。だからこそどれほど冷たく心ない言葉を投げ掛けられても結局は愛してしまうのだとエルは目を細めると、静かに右手を差し出した。

 それを見た姫君も、同じように右手を差し出す。そうして緩く、けれど確かに握手を交わした。ふたりは午後の穏やかな風が吹く城の中庭、美しく咲き誇る白百合の花を証人に、勇者とその師匠とはまた違った、もうひとつの師弟関係を結んだ。


「先生!私、早速その農法をこの目で見てみたいです!」

「なら、遠征したいってキミの祖父に強請れ。……ついでに、『何かの間違いで姫君が死んでも、わたしは一切責任を取りません』って承諾書も頼む。」

「分かりました!承諾書も、書いて貰います!!」

「待て待て待て、承諾書は冗談だ。ジョークだ、ジョーク。本気にするんじゃない。」


 ほんの冗談のつもりが、その幼さ故に本気にされると流石のエルといえども本気で焦った。早速国王のもとへ駆け出そうとする姫君の手を掴んで静止すると、「キミにはまず、わたし流のジョークを教えるところから始めようか。」と肩で息をしながら口にした。姫君はぽかんとした後、よく分からないものの「先生がそう言うのなら、はい!そうします!」と元気よく口にした。

 その姿や声言葉が彼女の父親と被って見てたエルは、困ったなあと眉を下げる。王家に代々生まれる姫君は、女神の生まれ変わりだとされている。エルがどれだけ助けてくれと願っても少しも動いてくれなかった、あの女神の生まれ変わりだとされている。だから本当は憎くて憎くて、それから恨んで恨んで堪らないはずなのに、こうして目にする彼女はただの人間の子供で。純朴な少女で。知的好奇心に飢える、ただの探求者で。


「……全く。人の情緒を壊してくれるなあ…。」


 エルはぽつりとそう呟いてから、ぽんぽんと軽く姫君の頭を撫でる。それからなんでもないよと告げると、少しだけ都合の良い自己暗示――勇者の魂を持つ少年少女を見つけ出し、勇者として育てている己の運命とは相反する、矛盾している言葉――「この子は、女神の生まれ変わりじゃない。ただの人間だ。」と、心の中で何度も何度も口にした。そうして記憶の奥底でどろりと溶けては時折エルを蝕む、ただただ苦しくて救われたかった日々を呪う少女の自分に、その言葉をそうっとベール代わりに被せた。

 ――いつか、心の底から女神様を許せる日を願って。

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