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Refrain  作者: るるる
16/64

16_洞窟と、9代目勇者の話(中編)


 それは旅の途中、ありふれたアクシデントだった。その日は朝から天気が悪く、空は鉛のようにどんよりとしていた。これは少し急がないと、とエルが彼女を急かそうとしたまさにその時。曇天の空から鋭い落雷と、殴り付けるような雨が降り注いだ。

 こいつは下着までびしょ濡れコースからの風邪っぴきコースだな、とため息をついた瞬間、エルの頭にばさりと布がかけられた。よくよく見遣るでもなく、それは見慣れた布――彼女がいつも身に着けている、傭兵の証である真っ赤なマントだった。はて、何故これが自分の頭上に?と首を傾げるエルに、9代目の勇者にして傭兵である彼女はエルの手を引くと、先程まで気にしていたぬかるむ足元と跳ねる泥など少しも気に留めずに走り出した。


「何ボーッとしてるんだい、師匠!置いてくよ!?」

「……と言いつつ、手はしっかり引いてくれるんだね?」

「あんたが居なかったら魔王まで辿り着けないでしょーが!!」


 傭兵らしい、少し荒っぽい口調。けれどその中に彼女の優しさ――それこそ、エルと出会うまでは傭兵団の団長として多くの人々に慕われてきた、もとい慕うを得ざれない器の大きさだとか、細かいことを気にしないおおらかさだとか、自分が濡れることよりも他人が濡れることを嫌ういじらしさだとかが、たっぶりと滲んでいる。なのに本人はそうやって慕われることや、他人から優しいと言われることに対しては少女かと言いたくなるくらいに照れ屋なのだ。故にエルは素直に手を引かれるがまま、けれど少しの感謝と意地悪を込めて口にした。


「……ちょっと臭うね?」

「うるさい!!」





 ――――――――――





 手を引かれるがままに駆け込んだのは、生き物の気配のしない小さな洞窟だった。エルはすっかりびしょびしょのびたびたになってしまった彼女のマントを絞りながら、「先客が居なくて良かったね?」と口にした。先客が魔物なら倒せばいいだけだが、旅人の振りをした盗賊の類が厄介なのは、今まで何度も勇者の師として旅を重ねてきたエルだからこそ分かることだった。


「同意。……とはいえ、ここが盗賊やら山賊やらのアジトのひとつである可能性もあるからね。警戒はしなくちゃ。」

「ああ、その通りだ。」


 小さいながらも奥に続く道を見つけると、エルは彼女の言葉に頷いた。それから「拭くもの、あるかい?」と尋ねるも、傭兵上がりの彼女は「これくらいでピーピー泣くワケないだろう?身の安全が最優先だ。」と答えると、端に転がっていた松明に火をつけた。左手に松明を、右手はいつでも剣を抜けるように腰に添えつつ、彼女が細い道を照らす。「……あたしが先に行く。師匠は後ろをお願いね。」彼女は真剣な口調でそう告げると小さく細い道へと身体を一歩、捩じ込ませた。

 洞窟の奥に続く道は、いくら小さく細い道とはいえ女ふたりが縦になって歩く分にはなんの支障もなかった。エルは後ろを警戒しつつ、数多の戦いを潜り抜けてきたことが見て取れる傷だらけの背中を見つめながらひたすら歩く。一般人が見れば「お嫁にいけないじゃないか」と嘆き、眉を顰めるその傷を、彼女が誰よりも誇りに思っていることをエルはよく知っていた。だから何も言わずに、ただ黙々と彼女の背中に続いた。

 ――時間にして、5分ほどだろうか。入口の狭さに反比例して、アリの巣のように入り組んだ洞くつも少なくない中、雨宿りに駆け込んだこの洞窟の最奥までは綺麗な一本道だった。そして最奥には、明らかに誰かがここで生活していた跡――但し、風化の具合や埃の積もり方から察するに、少なくとも50年は放置されていることは明確だった。念の為エルの魔法で何かの罠や危険物が混ざっていないか調べたが、該当するものはひとつもなかった。つまりは、この洞窟は誰かの隠れ家――ひとりになりたい時の秘密の場所だったのか、あるいは何かに追われる立場の人間だったのかは分からないが――だったのだろう。彼女は傭兵らしく、お宝がないことに若干がっかりしながらも「まあ、今この場においていちばんのお宝は安全だからね。」と口にすると、ここで生活していたらしい誰かに置いていかれた簡素な木の椅子に腰を下ろした。エルは燃えそうにない金属のガラクタを集めて土台を作ると、彼女が持っていた松明をそこに差し込んだ。

 ――誰かの生活していた部屋に、久方ぶりにぼんやりと灯りが灯った。


「…なにしてるの、師匠。」

「キミのマント、乾かそうと思って。」


 簡素な机の上の筆記用具と、少しの紙の束と。その周辺に散らばる樽と、日用品とを漁り始めたエルに、彼女は困惑しつつ声を掛けた。すると返ってきたのはなんともまあ、ある意味ではエルらしい言葉で。けれどやっているのは、まるで強盗のようで。困惑と、呆れと、苦笑と。それから照れくささとを噛み砕いた彼女は「……盗賊になったのかと思った…。」と呟くと、頬杖をついた。その拍子にショートヘアーの毛先から滴る水滴に視線を鋭くすると、椅子を降りてエルの隣に並んだ。


「……何するんだい?」

「なんか、タオルみたいなのないかなって。」

「…………盗賊みたいだね?」

「うるさい。」


 男に負けないくらい体格の良い身体を縮こまらせては樽の中や机の引き出しの中を物色する彼女に、エルは先程投げ掛けられた言葉を返す。彼女は思わぬ意趣返しを食らうと言葉少なく反抗する。エルはそんな彼女にくすくすと笑いながらも、先に壊れかけた樽の中から小さめとはいえ彼女の頭を乾かすくらいなら事足りそうな大きさのタオルを見つけると、隅の方で埃を払ってから手渡した。

 彼女はそれを無言で受け取ると、乱暴にわしゃわしゃと髪を拭く。王都に住むお洒落好きな少女が見たら、「そんな拭き方をしたら髪が痛むでしょう?!」と言って卒倒してしまいそうなほどに乱暴な拭き方に、エルは再度くすくすと笑う。彼女は「なに?」と不満そうな声を上げる。「いいや、別に?」そう答えながら、エルは穴だらけのシャツや紙の束を先程作った松明台に敷き詰める。薪よりかは持ちは悪いだろうが、少なくともマント1枚程度なら風魔法と合わせれば乾かせそうだと踏むと、洞窟の硬い地面に杖の先を力いっぱい刺した。それから、そこにマントを掛けるとごく微弱な風魔法――わざわざ呪文を詠唱するまでもない、魔法未満の魔法を使う。杖の宝玉から吹き出す風が、マントを生き物のようにふわりと羽ばたかせた。


「………なんかさ。そうやって魔法を使ってるの見たら、本当に魔法使いなんだなあって思うよ。」

「まあ、魔法使いだからね。」

「の割には、剣ばっかり使うじゃないか。」


 ちゃっかり火と風の近くに座り込んだ彼女――恐らくはついでに濡れた身体を乾かしつつ、暖を取ろうという魂胆だろう――がエルに嫌味でもなんでもない、純粋な疑問をぶつけた。エルは「まあ、確かにね。」と答えてから、腰の短剣と長剣に手を伸ばす。

 事実、帯剣している魔法使いなど前代未聞だった。無論、魔法使いといえども有事に備えて短剣くらいは持ち歩いている。が、剣士が使うような長剣を持ち歩いている魔法使いなど、彼女はもちろんエルさえも他に見掛けたことがなかった。加えてエルはただ持っているだけではなく、実際に使うのだ。それもそこらへんの兵士は無論、経験を積んだ熟練の剣士さえも圧倒するほどの技術を持っているのだ。


「――全く。我が師は底が見えないな。」

「見せてないからね。」


 エルは飄々とした態度で答える。彼女は「だろうな。」と苦笑しながら答えてから、ふと真剣な眼差しをエルに向ける。……警戒心は、感じない。なのに、隙がない。こんな人間、いくら不死の魔女といえども異常だと、本能が告げる。そして震えた。――一体どれほどの死地を赴けばこうなるのだろうかと、憧れすらした。

 

「……どこで身につけた?」


 気が付けば、彼女はそう問い掛けていた。エルは相変わらず飄々とした態度――彼女のマントを触っては、「やっぱり端の方は乾きにくいなあ。」などと口にしながら、なんでもないような口ぶりで答えた。


「キミから教わったのさ。」

「――――――そうか。」


 その答えに、彼女はふっと表情を緩める。鋭い眼差しを収め、弟子としての瞳をエルに向ける。

 ――聞けない。聞けるわけがないと、彼女は思った。「どの勇者(自分)」に教わったかなんて聞けるくらい、エーデルガルトという人間の過去に踏み込めるくらい、自分は彼女の過去に踏み込めない。その覚悟が、ない。だから彼女は再び頬杖をつくと、片手で薪代わりに捻った紙をくべながら口を開いた。


「……あたしからも何か学んでっておくれよ、師匠?」

「もちろん。」


 エルはそう答えると「マントはまめに洗わないと臭うこととか、ね。」と、彼女を揶揄った。

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