15_洞窟と、9代目勇者の話(前編)
「それにしてもさ。村の外って案外魔物、少ない?」
冒険初心者の彼の体調や精神を考慮して、早めの休憩や野営を重ねること丸3日。初心者特有の歩みの遅さに加えてもともと彼の生まれ育った村が大陸の端、それもまだあまり人の手が届いていない半ば未開の地だったこともあり、村らしい村というものはひとつもなかった。否、あることにはあるのだ。但し、エルは今回の旅では隣村のある方角とは真逆の方角――西回りのルートを選択した。物資の補給や彼の精神的な安定を取るならば村が多く点在する東回り一択だし、当初はエルもそうしようと思っていた。が、彼の生まれ故郷を出た直後のひとこと――「エルの生まれ故郷が見てみたい」という言葉を受けて、彼女は急遽西回りのルートを選択することにした。
西回りのルートは、ひたすらに平原を行くことになる。その途中にはまだ開拓途中の森と、隣接する切り立った山々と洞窟――つまりは魔物の巣窟となる場所が多いため、本来は初心者向きの道ではない。けれど、まあ。あんな可愛いことを言われてしまっては仕方がないだろうと、エルは彼の愛馬の口元を撫でながら笑う。そんな折だった。全くと言っていいほど魔物の姿を見掛けないことに疑問を覚えた彼が、若さの滲む質問を口にした。
「この時期はね。だから出立を秋にしたっていうのもある。」
「……秋は、魔物が少ないの?」
「ああ。これから、冬が来るからね。」
エルは今度は彼の愛馬のたてがみを指先でくるくると弄りながら、答える。「人間も魔物も、冬を越すのには準備が必要だろう?」エルがそう口にすると、豊かとはいえ僻地出身の彼はなるほどと頷いた。夏から秋にかけて収穫した作物を日持ちするように干したり、あるいは塩漬けにしたりと、この時期の村はいつも大忙しだった。加えて燃料の藁や薪、加えて牧畜を営む彼の家は動物たちのための干し草や飼料だって、春から計画的に準備しなくちゃいけない。彼は想いを巡らせるその度に、こんな忙しい時期に村を出たけど大丈夫かな、と少しだけ故郷のことが心配になった。
――今年は少し瓜類の出来が悪かった。その代わりにカボチャはよく出来たけど、よく汗を流す父親は母親の漬けた瓜の漬物が大好物だから、今頃がっかりしているかもしれない。そういえば、3軒隣の家は奥さんが今妊娠中だから余計に大変だろうな。だから春先に今年は手伝うと約束したのに、わざとじゃないけど約束、破っちゃったなあ…。
そんなことを考える度、彼は少しホームシックになりかける。が、彼の少し沈んだ表情に気が付いたエルは「大丈夫さ。キミひとり居なくたって、なんとかなる。」と、冷たいくせにあたたかい言葉を投げ掛けた。彼は少し前の自分ならムッとしていたであろう言葉を素直に受け取ると、それもそうだと頷いた。
「――おや。見てご覧、我が弟子。フルーツコウモリが洞窟に入っていったぞ。」
エルが不意に足を止める。それから、彼らの左手に見えるこじんまりとした洞窟に駆け込んでいったフルーツコウモリ――その名前の通り、フルーツしか食べないコウモリ――の消えていった洞窟を、エルは指差す。フルーツコウモリといえば、魔物のくせして主食はその名の通りフルーツで、そのうえ人を襲わない温厚かつ可愛らしい見た目から、王都で昔から人気のペットだった。とはいえ、農村地帯ではフルーツを奪っていく害獣、もとい害魔物でもある。かくいう彼も昔、大事に育てたイチゴを丸ごとフルーツコウモリに荒らされたことがあった。
「……確か、フルーツコウモリはフルーツを蓄える習性があった、よね…?」
「大正解だ、我が弟子。」
彼はエルの指差す先の洞窟を見遣る。それから、頭の中の知識の正否を尋ねた。エルは満足そうに頷くと彼の愛馬に「なあ。3日ぶりにジューシーなフルーツ、食べたくないかい?」と問い掛けた。すると彼の愛馬――普段は大人しい牝馬――は、綺麗な栗毛のたてがみを激しく縦に振るとヒヒンと嘶いた。
「……決まりだね?」
「…………これ、盗賊と変わらないのでは…?」
「なあに、初戦には持ってこいの難易度だろう?」
エルは笑いながら本来のルートから少し外れた洞窟に向けて、手綱を引く。それから、そういえば前にも似たようなことがあったなと思い出すと、洞窟までの時間潰しついでに口にした。
「そういえば、前にも似たようなことがあったなあ。あれは――9代目のキミだな。」
彼は早く甘いフルーツが食べたい、休みなく馬車を引いているご褒美が欲しいと鼻息荒く主張する愛馬を宥めながら、エルの話に耳を傾ける。
「9代目のキミは、逞しい女傭兵だった。そんじょそこらの男なんかじゃ太刀打ち出来ないくらいの、まさしく女傑と呼ぶに相応しい女性だった。」
「昔話もいいけどさ、こいつ宥めるの手伝ってよ、師匠〜!!」
「それは弟子の役目。師匠とは、いかなる時もどーんと構えるものだ。」
「あれは、湿地帯を旅している時だったな――。」エルはそう告げると、何か言いたげな弟子の視線を無視して語り出した。




