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Refrain  作者: るるる
14/64

14_旅立ちと、エーデルガルトの話(後編)



「どうだい?初めての『外』は。」


 曲がりくねった道の先、急に拓けた視界に彼は言葉を失った。そこにあったのは、どこまでも広がる広い世界――常にどこかに誰かがいる村とは違う、想像以上の広さを持った世界だった。

 果てがないのでは、と思えてしまうくらいにどこまでも広がる平原。遠くに見える大きな山は煙を噴いていた。その横には大きな泉――まだ平原も火山も海も、概念としては知っているものの、それがどんなものか知らない彼は、子供のように「ねえ師匠、あれは何?」「あれは!?」とエルが答える間でもなく矢継ぎ早に尋ねる。エルはその様子に微笑みながらも「落ち着け、我が弟子。」と冷静になるよう促した。


「さっき説明しただろう?あれが火山で、その横にあるのが海。で、左手に見えるのは湖だ。」

「じゃあ、あの奥にあるのは?」

「渓谷。……その更に奥には、砂漠があるよ。」

「砂漠?」

「そう、砂漠。砂しかないんだ。だから、今は誰も住んでない。」


 その言葉に目を丸くした彼に、エルは笑う。それから、もっと驚かせてやろうと「昔はね、緑が豊かな場所だったんだよ。それこそ、キミの村みたいにね。」と言葉を付け足した。彼は追加された情報にますます目を丸くする。エルはその様子を満足そうに眺めては笑った。


「師匠は砂漠が砂漠じゃなかった時のこと、知ってるの?」

「ああ、知ってるとも。何しろ、わたしの故郷だからね。」

「……師匠の故郷…。」


 予想だにしていなかった言葉に、彼は息を飲む。エルが緑が果て、全てが砂に覆われるほどの長い年月を生きていることを改めて実感すると共に、もし自分の村から緑が消えたら――誰も居なくなってしまったらと考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。顔を上げ、それを何食わぬ顔で告げるエルの顔を見ると、今度はずきりと痛んだ。と同時に、気がつけば殆ど無意識でエルに話し掛けていた。


「……ねえ、師匠。良かったらさ、今日は昔の勇者の話じゃなくてさ。師匠の故郷の話、聞かせてよ。」


 弟子の言葉に、今度はエルが目を丸くした。「……わたしの?」「そう、師匠の。」エルは彼の言葉に暫し思い悩む。これまで散々歴代の勇者の話を語ってきた彼女だが、思い返せば自分の話をしたことは彼に関わらず殆どなかった。だからこそ故郷とはいえ、自分の話を語るという難しさに両腕を組むとうんうんと唸った。彼はもしかして難しいことをお願いしてしまったかな、と若干後悔及び不安になってエルの顔を見つめる。彼の愛馬が、主人の不安を察知してヒヒンと嘶く。そこでようやく弟子のなんとも言えない表情に気がついたエルは、「いや、大丈夫だよ。」と口角を上げて答えた。

 エルは周囲を見渡す。――ざっと見たところ、近くに魔物が居る様子はなさそうだ。とはいえ警戒は怠らないようにしなければと少しの緊張感を胸に携えると、ゆっくりと口を開いた。


「――綺麗なところだったよ。キミの村みたいに緑が豊かで、水が綺麗で。住んでる人も、みんな優しかった。」

「師匠は、どんな子供だったの?」

「わたしかい?そうだね、…優秀な子供だったよ。学校で、いつもいちばんの成績だったんだ。」


 エルはずっとずっと遠い昔――まだ彼女が少女だった頃を思い出す。両親と、兄と、姉と、エルと、5人家族だった頃の記憶を辿る。女神の騎士の一族、それも直々に女神の身辺を警護する所謂近衛騎士の家系に生まれたエルの両親も兄と姉も、皆優秀な人たちだった。両親は親衛隊の隊長と副隊長を勤めていたし、兄は魔物の討伐隊の先発を任されていた。姉は若いながらも後輩を指導する立場にあったし、そんな家族をエルは心底尊敬していた。憧れていた。

 ただ、身体が弱かったエルは、家族のように騎士として前線に立つことは難しかった。だから代わりに、魔法の勉強に励んだ。魔法なら身体が弱くても両親に、兄に、姉に並べるんじゃないかと思っていたからだった。そして幸運なことに、エルには魔法の才能があった。それも類稀なる魔法の才能――たった10歳にして学校中はおろか、名だたる神官さえも負かしてしまうほどの、天才だった。

 エルはその時のこと――自分に負けて心底悔しがる教師や神官たちの様子を思い出しては、ひとりくすくすと笑う。彼はそんなエルに、「何ひとりで思い出し笑いしてるの?ねえ、おれにも教えてってば!」と子供のように駄々を捏ねた。エルはその様子にもう一度くすくすと笑うと、彼女愛用の杖を掲げた。

 

「いや、なに。…この杖はね、わたしがあまりにも優秀な魔法使いだったから、その記念…というよりかは、青田買いみたいなものかな。つまりは女神様直々に賜ったものでね。その時のこと――具体的には『こんな子供に負けるなんて…!』って言いながらハンカチを噛んでる先生たちや神官の顔を思い出したら、もう、おかしくって。」


 エルはそう言いながら再度くすくすと笑う。が、そんなエルとは反対に、彼は「………その杖、この間、ヤギの尻を叩くのに使ってなかった……?」と恐る恐る尋ねた。まさかそんな凄いもの――世の中の学者が知った途端に目の色を変えて欲しがるような遺物で、小屋に帰りたがらないヤギの尻をぶっ叩いていたなんて、学者や研究者は口から泡を吹いて倒れるし、女神様は目眩を起こして倒れるんじゃないかと、彼は少しばかり心配になった。

 けれど彼の心配を他所に、エルは普段通りの何食わぬ顔で「うん、使ったよ。」と答える。それどころか、続けて「なんならアップルモンキーの尻もぶっ叩いたことあるし、ガーゴイルの腹をぶっ叩いたこともあるし、頭の硬い王様の頭をぶっ叩いたこともある。」と付け加えた。とても聖遺物に対する扱いには思えないその自由人っぷりに、彼も思わず口元を緩めると笑ってしまった。それどころか腹を抱えて、思いっきり笑ってしまった。


「不敬すぎじゃない?」

「いいんだよ。わたし、もう女神様のことなんて、信じてないからね。」


 エルは平然とそう答える。けれどその言葉の裏には、かつては信仰していたという事実が顔を覗かせていて、彼は少しだけ寂しい気持ちになった。けれどそれを鋭敏に感じ取ったエルが、「でも、使い心地はいいよ。最高だ。流石は女神の加護付きだね。…魔法使いに飽きたら、譲ってあげるよ。」と軽口を叩いたものだから、彼はやっぱり笑ってしまった。それから、「いらないよ、そんな尻だの腹だの頭だのぶっ叩いたあとの杖なんて。」と答えた。


「……でもさ、師匠。おれ、いつか師匠の故郷、見てみたいです。」


 彼は遠くに見える渓谷の奥、かつては緑が豊かだったという砂漠を思い浮かべながら、そんなことを口にした。綺麗な栗毛のたてがみを靡かせながら、彼の愛馬も同意するかのようにヒヒンと嘶いた。エルはそんな彼と彼の愛馬とを交互に見遣ると、ふっと軽く息を吐いた。――彼がそう言ってくれた安堵か、はたまたその道中に待ち受けるであろう苦難に対するため息か。そのどちらとも取れるし、どちらとも取れない吐息を平原を吹き抜ける風に溶かすと、エルは乱れた髪を手ぐしで整えながら告げた。


「……なら、この旅の第一目標はわたしの故郷にしようか。」

「え、いいの!?」

「ああ、いいとも。そもそもが魔王討伐なんていう、果てしない旅なんだ。小目標がある方が中だるみせずに済むだろう?」

「――――やった!!」


 まるで数千年ぶりの里帰りを、まるで自分のことのように喜ぶ弟子にエルは笑う。それから「でも、その場合はこいつはどこかでお留守番だな。馬に渓谷と砂漠は酷だからね。」と口にするエルに、彼の愛馬が不満げにブルルル…と鼻を鳴らした。「なんだお前、怒ってるのか?可愛い奴だなあ。」「……キミもね。」そんな言葉を口にすれば、彼はぽかんとした後に照れくさそうに頬を掻いた。

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