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家出魔王は勇者に選ばれました——人類側の最終兵器が聖女だった  作者: LightWell


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第6話 「名前のない神様」

魔王城。


ヴァルドが扉を開けた。


セバスが振り返った。モノクルの奥の目が、一瞬だけ細くなった。


「……お帰りなさいませ、ヴァルド様」


間があった。


「マオ様は」


ヴァルドは答えなかった。


答える代わりに、椅子に座った。


背筋は伸ばしたまま。だが、マントを直す手が一度止まった。



「……山が、消えました」



セバスが動かなかった。



「消えた」


「はい」


「山が」


「はい」


「物理的に」


「物理的に」



セバスがモノクルをゆっくり外した。


丁寧に拭いた。


戻した。


また外した。



「……何名、連れて行かれましたか」


「五十二名です」


「現在の所在は」


「……どこかへ」


「どこかへ」


「飛びました」



セバスが深く息を吐いた。


先代から積み上げてきたような、深い息だった。



「生きては」


「おそらく。吹き飛ばされただけなので」


「そこだけは救いですな」


「そこだけです」



沈黙が落ちた。


長い沈黙だった。



ヴァルドが天井を見上げた。


「……マオ様は、お元気そうでした」


「そうですか」


「拿捕されているというより、むしろ」


少し間があった。


「……慣れておられるようでした」



セバスがモノクルを、もう一度拭いた。



「先代もそういうお方でしたね」


「どういう意味ですか」


「面倒事の真ん中で一番落ち着いておられる、という意味です」



ヴァルドが口を閉じた。


セバスがモノクルを戻した。



「……財政の件ですが」


「はい」


「マオ様から、請求書が届いております」



ヴァルドが止まった。



「請求書」


「はい」


「マオ様から」


「はい」


「……何の」



セバスが帳簿を開いた。



「街道の修繕費。馬車一台分の弁償。それから」


少し間があった。


「山の、現状回復費用です」


「山」


「山です」


「現状回復」


「現状回復です」



ヴァルドが目を閉じた。



「……山は、戻らないのでは」


「向こうもそれはわかっているようで、『戻らない分は現金で』と」


「現金で山一つ分」


「現金で山一つ分です」



二人で少しの間、黙った。



セバスが帳簿を閉じた。



「……すべて聖女が壊しているのに」


「……マオ様らしいですね」


「そういうお方ですから」



ヴァルドが静かに立ち上がった。


マントを整えた。誰も見ていないのに、きちんと整えた。



「……では、次こそは」


「奪還、ですか」


「監視です」



セバスがかすかに表情を動かした。


笑ったのか、呆れたのか、判別がつかない動き方だった。



「……ご無事で、ヴァルド様」


「はい」



扉が閉まった。


セバスは一人になった。



帳簿を開いた。


数字を眺めた。


ため息をついた。



「……先代も、よく家出されておられた」



誰もいない部屋に、呟いた。



野営。


焚き火が小さく燃えている。



チトが鍋をかき混ぜている。いい匂いがしていた。


ガレットがだいたい三メートルほどの体を丸太に乗せて、ぼんやり炎を見ている。


メルが毛布にくるまって、半分眠っている。目だけ開いている。



まりっぺが、焚き火の前にしゃがんでいた。


手に、聖剣があった。



「……何してる」


マオが声をかけた。


「あらあら、薪がずれてしまいましたので」



まりっぺが聖剣で、薪をつついた。


ざく、と。



「それ薪をかき混ぜる棒じゃないが」


「でも丁度よい長さですわ」


「聖剣だが」


「あらあら、便利ですわね」



まりっぺが満足そうに薪を整えた。



マオは聖剣を眺めた。


チリチリと熱い。こちらまで届いてくる。


聖剣がまりっぺの手の中で、少し輝いた気がした。


怒っているのか、諦めているのか、判断がつかない輝き方だった。



「……あとで返せよ」


「あらあら、お借りするのは初めてでしたかしら」


「初めてだ」


「では次からはひと声かけますわね」


「次もあるんだな」



まりっぺがにこりとした。



しばらくして、チトが鍋から顔を上げた。


「できましたよ」


「なんだ」


「野草のスープです。あと干し肉、焼きました」



ガレットが「いいにおいーー」とゆっくり言った。


メルが目をぱちりと開けた。



マオは椀を受け取った。


一口、飲んだ。


止まった。


もう一口、飲んだ。



「……うまいな」



チトが耳をぴんと立てた。


「情報屋やってると、野宿が多いので」


「こういうの覚えるのか」


「材料がなくても、なんとかなります」



まりっぺが椀を両手で持った。


「あらあら、美味しいですわ」


「ありがとうございます」



メルが無言でスープをすすった。


少し間を置いて。



「……及第点じゃ」



チトの耳がぴくりと動いた。


「ありがとうございます」



ガレットが「おいしいーー」とゆっくり言った。


「ありがとうございます」



チトが少し照れていた。



夜が更けた。


一人また一人と、眠りについた。



ガレットはそのまま丸太の上で寝ていた。三メートルの体で、でも音もなく。


メルは毛布にくるまって、目を閉じた。


まりっぺは焚き火のそばに座ったまま、静かに目を閉じた。



チトはどこかへ消えた。偵察か、情報収集か、聞かなかった。



マオだけが、焚き火の前に残った。


空を見た。


星が出ていた。



「……いるんだろ」



声をかけた。


しばらく間があって。


雲の切れ間に、ぼんやりと光が灯った。



『いるよ』


「降りてこい」


『やだ』


「まりっぺは寝てる」


『……本当に?』


「本当に」



長い間があった。


結局、降りてこなかった。


光だけが、雲の切れ間でゆらゆら揺れている。



『……で、何』


「お前、名前は」


『神様に名前なんてないよぉ』


「アルちょっと来い」



光が止まった。



『……お父様、いま大事な話ししてるので…』


「あるじゃん」


『あったわ』



焚き火が、ぱちりと鳴った。



チトが木の陰からこちらを見ていた。


耳をぺたりと倒して、しばらく眺めて、そっと視線を逸らした。



マオは空を見なかった。


ただ焚き火を見ていた。



「まりっぺのことを、神託で俺に押しつけた」


「……うん」


「理由は」



アルが少し、考えた。



「あの子、止められる人間がいなくてさ」


「知ってる」


「で、俺もその、止められなくて」


「知ってる」


「だからその、一番近くにいてくれそうな人を選んだっていうか」


「なぜ俺だ」



アルが少し、考えた。



「……世界で二番めに強いから」



マオは答えなかった。



「会ったとき、みんな逃げるんだよ。まりっぺちゃんのそばにいると。でもマオは逃げなかった」


「逃げる暇がなかっただけだ」


「でも逃げなかった」



焚き火が揺れた。


マオはしばらく黙っていた。



「……まりっぺは、なんで壊すんだ」


「壊したいわけじゃないんだよ」


「知ってるが」


「加減が、わからないんだよね。力の」


「誰も教えなかったのか」


「みんな逃げちゃうから」



マオは焚き火を見た。


薪が、また爆ぜた。



「そうか」



マオは立ち上がった。



「じゃあ寝る」


「え、もう?」


「用は済んだ」



アルが少し不満そうな声になった。



「……また話せる?」



マオは振り返らなかった。



「空にいるんだろ、どうせ」


「いるけど」


「なら話しかければいい」



毛布を引っ張った。


横になった。



雲の切れ間の光が、しばらくそこにあった。


それから、静かに消えた。



焚き火だけが、燃えていた。



朝。


チトがまた飯を作っていた。



「昨日の残りですが」


「十分だ」



ガレットが「いいにおいーー」とゆっくり言った。


メルが毛布の中から目だけ出していた。


まりっぺが「あらあら、チトさんはお料理がお上手ですわね」と微笑んだ。



チトの耳がぴんと立った。


照れていた。



マオは椀を受け取った。


聖剣がチリチリと熱い。


財布の中身はゼロのままだ。



でも飯は、うまかった。



まあ、それだけでも。

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