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家出魔王は勇者に選ばれました——人類側の最終兵器が聖女だった  作者: LightWell


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第5話 「撤退という名の敗走」

大部隊が来た。


街道の先。丘の上。朝もやの中に、黒い旗が並んでいた。


ざっと見て五十。いや、もっといるかもしれない。



チトが耳をぴんと立てた。


「……魔王軍です」


「見ればわかる」


「どうしますか」


「どうもしない」



マオは腕を組んだ。



ガレットがぬぼーっと丘を眺めている。


「おおきいねーー」


「大きいな」


「旗がいっぱいあるねーー」


「いっぱいあるな」



まりっぺが微笑んだ。


「あらあら、たくさんいらっしゃいますわね」



(黙ってろ)



丘の上から、一騎が降りてきた。


黒いマント。整った顔立ち。馬上でもきちんとしている。



ヴァルドだった。



五十メートルほどの距離で馬を止め、声を張り上げた。


「マオ様!お迎えに上がりました!」



(バカ)



即座に思った。



チトが小声で言った。


「……来ちゃいましたね」


「来たな」


「どうします」


「しばらく静観する」



ヴァルドが続けた。


「今すぐその者どもを排除し、魔王城へお戻りください!魔王軍精鋭五十二名、揃っております!」



まりっぺが首を傾げた。


「あらあら、排除とはずいぶん物騒ですわね」



穏やかな声だった。


それがいけなかった。



ヴァルドが馬上で静止した。


一瞬だけ、目が合った。



(逃げろ)



マオは口パクで言った。



ヴァルドが迷った。長い一秒だった。



「……マオ様の安全を確保することが最優先」



馬が向きを変えた。


「全軍、前へ!」



(バカバカバカ)



どどどど、と地響きがした。


五十二名が丘を下ってくる。



チトが木の陰に跳んだ。


ガレットがぬぼーっと立っている。


マオは一歩だけ後退した。



まりっぺが、前に出た。



「あらあら」



メイスが、現れた。



(もう終わりだ)



最初の一撃は、縦だった。


地面に振り下ろしたわけでもない。ただ、大気を払うように振っただけだった。


衝撃波が走った。


前列の十人が、そのまま吹き飛んだ。地面がめくれた。土の層ごと、根こそぎ。街道が消えた。あった場所に、深さ三メートルほどの溝が残った。



「あらあら、みなさんお元気ですわね」



二撃目は横だった。


弧を描くように薙いだ。ただそれだけだった。


轟音。


次の瞬間、街道脇の丘が半分なくなっていた。あった土砂がどこへ行ったのか、視界の先に白い煙が上がっている。


草が根ごと消えた。


石が粉になった。


次の十人が、その石と一緒に消えた。



「……強い」


ガレットが感心したように言った。


「強いな」


「あの人のほうがぜんぜん強いねーー」


「そうだな」



チトが木の陰から恐る恐る覗いている。


「……魔王様、止めなくていいんですか」


「マオ様」


「……マオ様、止めなくていいんですか」


「見てろ」



ヴァルドが馬上で叫んでいた。


「ひるむな!数で押せ!囲め!」



囲んだ。


残り三十人が、まりっぺを取り囲んだ。



まりっぺがくるりと一回転した。


「あらあら、取り囲まれてしまいましたわ」



メイスが、回転した。



ごぉぉぉん。



三十人が、放射状に飛んだ。


均等に、全方位へ、それはもう綺麗に。



だけではなかった。



回転の余波が、地面を走った。


半径三十メートルの地面が、輪切りにえぐれた。


えぐれた土の塊が空に上がり、しばらく止まって、それからばらばらと落ちてきた。



少し遠くにあった山の稜線が、消えていた。



(山が)



マオは目を細めた。



(山が、消えたな)



あった山が、なくなっていた。


白い煙だけが、残っていた。



チトが木の陰で固まっていた。


「……山が」


「消えたな」


「山が消えましたよ」


「消えたな」


「どこへ」


「どこかへ」



そのとき。


空が光った。


ぼんやりとした白い光が、雲の切れ間から差し込んだ。



『ちょっとちょっとちょっと』



声だけが降ってきた。


降りてはこない。



「用があるなら降りてこい」


『やだ』


即答だった。


「降りてこれるだろ」


『あの人がいる限りやだ』



まりっぺが空を見上げて、にこりと微笑んだ。


「あらあら、神様」



雲の切れ間がわずかに後退した気がした。



『えーとね、まりっぺちゃん、ちょっといいかな』


「はい?」


『やめて』


「あらあら、何を」


『全部』



光がゆらゆら揺れている。



『だからやめてほしいんだけど、特に地形をえぐるやつ』


「あらあら、少し運動不足でしたので」


『わかるわかる、でもやめて』



まりっぺが、また前を向いた。



残った魔王軍が、まだいた。


ヴァルドの周りに数名。青い顔をしながら、剣を構えている。



まりっぺが一歩、踏み出した。


メイスを、持ち直した。



『ちょっ、やめ、やめろやめろやめろ!』



声が大きくなった。雲の上から叫んでいる。



『地形が変わる!本当に変わる!大陸がやばい!』



「あらあら」



『あらあらじゃない!』



珍しく神様の声が裏返った。



まりっぺが助走をつけた。



『待って待って待って!山がなくなった!もう山がない!あの山もうないから!』



地面が震えた。


メイスが振り上がった。



『うわああああ地形が変わるうううう』



ごぉん。


轟音。


白煙。


静寂。



残った魔王軍が、飛んでいた。


今度は空の彼方へ。どこへ落ちたのかはわからない。



えぐれた地面。消えた山。


新しくできた窪地が、池になりかけていた。



「……池ができてる」


「あらあら、素敵ですわね」


「素敵じゃないが」



チトが木の陰からそっと出てきた。


「……地形が変わりましたね」


「変わったな」


「山、なくなりましたね」


「なくなったな」


「神様が泣いてますよ」


「泣いてるな」



雲の上から、しゃくり上げるような声が聞こえた。



『地形が……地形が……』



ガレットがのそりと新しくできた窪地を覗いた。


「池になったねーー」


「なったな」


「深いねーー」


「深いな」


「魚、いるかなーー」


「まだいない」



まりっぺがメイスをどこかへ仕舞った。


どこへ仕舞ったのかはわからない。



「あらあら、これで終わりですわね」


「終わりだな」


「あらあら、手こずりませんでしたわ」


「手こずってほしかったが」



『……マオ、ちょっと』



神様の声が、ため息混じりになった。



『あの子のそばにいてやってくれ。頼むから。世界のために』


「知ってる」


『知ってるって何で』



間があった。



『……鋭いな』


「あとで話す」


『うん』



雲が流れた。


光が消えた。



ヴァルドが馬上で止まっていた。


馬は逃げようとしていた。手綱を握ったまま、ヴァルドは動いていなかった。



山が消えていた。


地面がえぐれていた。


池ができていた。



ヴァルドは長い間、その光景を見ていた。


それから、静かに目を閉じた。



「……撤退」



誰もいなかった。


部下は全員どこかへ飛んでいた。



「……撤退」



もう一度言った。


馬が勢いよく走り出した。



茂みの奥から、小さな影が出てきた。



幼女だった。



小柄な体。不釣り合いなほど落ち着いた目。


全部見ていた顔だった。



しばらくこちらを眺めて、それからマオを真っすぐ指さした。



「魔王様じゃな」



マオは一拍置いた。



「……マオ様だ」


「魔王様じゃろ」


「マオ様だ」



幼女がふんと鼻を鳴らした。



「どちらでもよい。言いたいことがある」


「何を」


「ひとりでメシマズテロで逃げたこと、許しておらん」



沈黙が落ちた。



チトが目を逸らした。


ガレットが「めしまず?」とゆっくり首を傾げた。


まりっぺが「あらあら」と微笑んだ。



マオは空を見た。


青い空だった。



(飯のことで追いかけてきたのか)



「……名前は」


「メルじゃ」


「メル。どこから来た」


「あっちじゃ」


「なんで」


「言うた。メシマズテロじゃ」



メルが腕を組んだ。


足がテーブルに届かないのと同じ理由で、腕を組んでも肘が余っている。



「旨いもんを食わせろ。でなければついていく」


「なんの理屈だ」


「妾の理屈じゃ」



マオはしばらく考えた。



「……財布が空だ」


「今は」


「今は」



メルが鼻を鳴らした。



「まあ、いい。とりあえずついていく」



チトが尻尾を揺らした。


「増えましたね」


「増えたな」



ガレットがのそりとメルの隣に立った。


メルの背丈三つ分以上、余裕で違う。


「ちっちゃいねーー」


「でかいのじゃ」


「どっちがーー?」


「妾の器がじゃ」



ガレットがゆっくり考えた。


「……よくわからないけどーー、すごそうだねーー」


「わかっておるではないか」



まりっぺがにこりとした。


「あらあら、可愛らしい方ですわね」



メルがまりっぺを見上げた。


一秒、見上げた。


それから、マオを見た。



「……こいつが"殺戮天使"か」


「そうだ」


「ふむ」



メルがもう一度まりっぺを見た。



「よろしく頼む」


「あらあら、こちらこそですわ」



メルがうなずいた。


それ以上は何も言わなかった。



マオはもう一度ため息をついた。



えぐれた地面。


消えた山。


できたばかりの池。


どこかへ飛んでいった五十二名。



一人で家出したはずだった。


気づけば五人になっていた。



聖剣がチリチリと熱い。


財布の中身はゼロ。



「……飯はどうする」


「あらあら、どこかで働きましょうか」


「働くのか聖女が」


「あら、できますわよ」



(それが一番怖い)



マオは歩き出した。


五人分の足音が、後に続いた。



新しくできた池が、夕日を反射していた。

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