第2話 「マオ様、ね?」
城壁の外へ続く大門。
聖女が片手で門を開けた。
見送りは兵士二人。拍手も旗もない。
「では、こちらが当面の活動資金になります」
差し出されたのは、ずっしりとした……軽い袋だった。
「……少なくね?」
「修繕費、金貨三百枚分を差し引いた残りになります」
「三枚じゃないか」
「はい」
「引き算おかしくないか」
「はい」
即答だった。
兵士が次に取り出したのは、布に包まれた長剣。
「王様より、宝物庫からお持ちするよう言付かりました。聖剣エイクスカリバーです。魔族との戦いにお役立てください」
受け取った瞬間。
「熱っ」
思わず声が出た。
痛いわけじゃない。ただ、チリチリと。じわじわと。
持ってるだけで、なんか、不愉快だ。
「……なんだこれ」
「聖剣でございます」
「知ってる」
横で聖女が微笑む。
「あらあら、勇者様にご縁のある剣なのですね」
「縁を感じる前に不快感がくるんだが」
兵士たちが一礼して、門が閉まった。
重い音だった。
王都を出て、しばらく。
街道を歩きながら、聖女が口を開いた。
「そういえば、まだご挨拶がまだでしたわね」
「そうだな」
「わたくし、マリルアントワネットバレーですわ」
「……長い」
即答だった。
「まりっぺな」
「あらあら、可愛らしいお名前」
本人は満足そうだ。気にしない。
「勇者様は?」
「俺の名前は……」
(本名を言うとバレるな)
「……んー、後で言う」
「あらあら、照れておられますの?」
「そういうことにしといてくれ」
まりっぺが首を傾げる。
穏やかな微笑みのまま。
それ以上は聞いてこなかった。
「ときに勇者様、今回のご使命は伺っておりますわ」
「ああ」
「魔王討伐、ですわね」
「……ああ」
(俺だけど)
言わない。
絶対に言わない。
「あらあら、随分と他人事のようなお顔ですわね」
「そういう顔なんだよ」
(賢いのか鈍いのか、わからないのが一番怖い)
街道沿いの小さな集落。
補給がてら立ち寄った屋台に、見覚えのある耳が見えた。
三角の耳。丸まった尻尾。
屋台の椅子に腰かけて、串焼きを頬張っている猫獣人。
(……チトか?)
思わず足が止まる。
逃げようとした。遅かった。
猫獣人が振り返った。
目が合った。
「あれ?」
一瞬の間。
「魔王様?」
静止する周囲。
「おーい、魔王様ーっ」
手を振っている。元気よく。
(バカ)
「違う」
即座に被せた。
「俺はマオ。名前がマオ。そういう名前の人間。ね?」
猫獣人が瞬きする。
空気を読んでいる。
かなり頑張って読んでいる顔だ。
「……マオ、様?」
「そう、マオ様。よろしい」
横でまりっぺが微笑む。
「あらあら、お知り合いですか?」
「昔の職場の部下な」
「そうです部下です」
チトが串焼きをもう一本頼みながら、小声で言った。
「……魔王城、大変なことになってますよ」
「知ってる」
「セバス様が毎日モノクル磨いてます」
「知ってる」
「財政が」
「知ってる」
「魔王様が」
「俺だよ」
「……知ってます」
チトが尻尾を揺らした。
どこか困ったような、でも安心したような顔だった。
集落を出たあたりで、空が光った。
ぼんやりとした白い光が、雲の切れ間から差し込む。
『あーあーマイクテス、マイクテス』
『聞こえてるう?あれスルー?ねえ聞こえてるよね?』
聞こえてる。
答えない。
『えっ無視?傷つくんだけど』
「用があるなら降りてこい」
『えーやだよ面倒くさい』
まりっぺが空を見上げて、にこりと微笑んだ。
「あらあら、神様ですわね」
『あっまりっぺちゃんは相変わらず元気そうで何より』
「おかげさまで」
(知り合いかよ)
光がゆらゆらと揺れる。
『まあ、とりあえず元気でやってよ。応援してるから』
「応援だけか」
『応援だけ』
雲が流れて、光が消えた。
俺は空を見上げたまま、ため息をついた。
聖剣がチリチリと熱い。
財布の中身は金貨三枚。
隣には災害。
背後には野良の猫獣人。
「……家出して正解だったと思ってたんだけどな」
誰に言うでもなく呟いたら。
チトが串焼きを差し出してきた。
「食べますか、魔王様」
「マオ様」
「……マオ様」
受け取った。
まあ、飯くらい食うか。




