表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家出魔王は勇者に選ばれました——人類側の最終兵器が聖女だった  作者: LightWell


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第10話 「マリルアントワネットバレー」

野営の焚き火が、小さく燃えていた。


チトが鍋を下ろした。


「できましたよ」


「なんだ今日は」


「ガレットさんが持ってきた芋と、干し肉と、拾った茸です。あと香草を少し」


「いいにおいーー」


「腹が減った」


「あらあら、楽しみですわね」



椀が配られた。


全員が受け取った。



マオは一口すすった。



(うまい)



毎回うまい。材料が変わっても、チトが作ると毎回うまい。



ガレットが「おいしいーー」とゆっくり言った。


メルが無言でおかわりをした。


まりっぺが椀を両手で持って、目を細めた。



「あらあら」


「なんだ」


「こんなに大勢で、毎日ご飯が食べられるなんて」



まりっぺが微笑んだ。



「夢みたいですわ」



焚き火が、ぱちりと鳴った。



マオはまりっぺを見た。


チトが耳をぴんと立てた。


メルがおかわりの手を止めた。


ガレットがゆっくり首を傾げた。



「……お前、どんな人生送ってきたんだよ」



まりっぺが少し首を傾げた。



「あらあら、聞きたいですか?」


「聞く」



まりっぺが椀を膝に置いた。


焚き火を見た。


穏やかな顔だった。


いつもと同じ、穏やかな顔だった。



「わたくし、赤ん坊の頃に教会の前に置いてきぼりにされましたの」



誰も口を挟まなかった。



「朝、扉を開けたら籠に入っていたと、お父様がよくお話ししてくださいました」


「お父様」


「育ての親ですわ。前の大司教様です」



マオは少し考えた。


今の大司教は、神託を受けてガッツポーズをしていた男だ。


前の大司教は、別の人間らしい。



「神様からお告げがあったと聞きましたわ。この子を大切に育てなさい、と」



(アルか)



「お父様はとても優しい方でしたわ。わたくしのことを、本当の娘のように可愛がってくださって」



まりっぺが少し笑った。



「ただ、少し困らせてしまいましたけれど」


「何を」


「三歳の頃、お父様に怒られて泣いてしまいましたの」


「うん」


「教会が半壊しましたわ」



沈黙が落ちた。



チトが耳をぺたりと倒した。


メルが目を細めた。


ガレットが「さんさいで?」とゆっくり言った。



「三歳で」


「あらあら、自分でも驚きましたわ。覚えていないのですけれど」


「覚えてないのか」


「ええ。気づいたら半分になっておりましたの、教会が」



マオは焚き火を見た。



(三歳で半壊か)



「それから、泣かないように、暴れないように、気をつけましたのですけれど」


「うまくいかなかったか」


「なかなか難しくて」



まりっぺが少し困ったように笑った。



「泣くたびに、壊れてしまって」


「どのくらい壊れた」


「教会が全壊したのが、二回ほど」


「二回」


「あらあら、その度にお父様が謝って回ってくださって」



チトが遠い目をした。



「……お父様のお頭が、年々薄くなっていかれましたわ」


「そりゃそうだろ」


「でもお父様は、一度もわたくしを邪険になさらなかったですわ」



まりっぺの声が、少し柔らかくなった。



「いつも、よしよしと頭を撫でてくださいましたの。大丈夫ですよ、と」


「……そうか」


「神様ともよくお話しましたわ。幼い頃から」


「アルとも?」


「あらあら、神様に名前なんてありませんわよ」


「まあそうだな」



まりっぺが少し笑った。



「でも、いつもふわふわと声だけ降りてきて。マリル、元気?って」



(マリル)



マオは少し考えた。



(俺がまりっぺと呼ぶ前は、そう呼んでいたのか)



「お父様が亡くなったのは、わたくしが十二の頃でしたわ」



焚き火が、静かに揺れた。



「病でしたの。長くはないとわかっていて、それでも最後まで穏やかで」



まりっぺが椀を見た。



「最後にわたくしの手を握って、幸せになりなさいと、おっしゃってくださいましたわ」



誰も何も言わなかった。



「それから、今の大司教様に預けられましたの」



マオは少し目を細めた。



「……どうだった」


「あらあら」



まりっぺが少し間を置いた。



「少し、広いお部屋に一人でいることが多くなりましたわ」



それだけ言って、微笑んだ。


それ以上は言わなかった。



焚き火が、ぱちりと鳴った。



「あらあら、長いお話をしてしまいましたわね」


「いや」


「皆さん、退屈でしたでしょう」



チトが首を振った。


ガレットが「たいへんだったんだねーー」とゆっくり言った。


メルが腕を組んで、黙っていた。



まりっぺが微笑んだ。


「あらあら、みなさんお優しいですわね」



それからしばらく、焚き火を眺めていた。


穏やかな顔だった。


いつもと同じ、穏やかな顔だった。



やがて。


寝息が聞こえた。



まりっぺが、焚き火の前で眠っていた。


椀を膝に乗せたまま。



ん? まりっぺ?



寝たか。



マオはそっと椀を取った。


焚き火を見た。



(……夢みたいですわ、か)



毎日ご飯が食べられるのが夢みたい、と言った。


大勢で食べるのが夢みたい、と言った。



(十二から、一人で広い部屋にいたのか)



孤独だったんだな、こいつ。



壊すたびに謝られて、遠ざけられて、それでも誰かを恨んでいる顔じゃなかった。



(だから、あの顔か)



悪意がない。


壊しても、壊しても、悪意がない。


そういうことか。



チトが毛布をそっとかけた。


ガレットが丸太の上でそのまま眠った。


メルが毛布にくるまって、目だけ開けてまりっぺを見て、それから目を閉じた。



マオはしばらくそこにいた。


焚き火が、静かに燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ