死ぬ直前だけ発動する時間停止能力を手に入れた俺、知恵だけで異世界を生き抜く
その日、俺はコンビニに行こうとして、異世界にいた。
俺の平凡で退屈だった日常が、終わった日だった。
俺は親元を離れ、一人暮らしをしている。不規則な生活と、人間関係のストレス。その結果、勉強しかできない人間になっていた。あえて言い換えるなら、勉強狂いだ。その日も、いつも通りの時間に起きて、いつも通り顔を洗って短い黒髪を軽く整えて、学校に登校する。俺は勉強しかできない人間だ。
いつも通りの授業。そう、何も変わったことはない。
退屈な授業を終えて家に帰る。白Tシャツと黒の長ズボンに着替える。晩ごはんは、エネルギー補給用のゼリーで済ませた。やることは出された課題と復習、次の授業の予習。終わらせた頃には、よほど集中していたらしく猛烈に腹が減っていた。
「コンビニ行くか」
歩いていると、ふと違和感に気づいた。
――外が、明るい。
いや、おかしい。
さっきまで夜だったはずだ。
「……は?」
ーー思わず声が漏れた。慌てて周りを見渡すとそこは知らぬ風景が広がっていた。
空は妙に青かった。
空気は乾いていて、知らない匂いがした。
パンを焼く匂い。
香辛料。
日本では嗅いだことのない匂いだった。すれ違う人の服装も異様だった。
ローブ。
鎧。
いや、そもそも正確には「人」ではない。明らかに他の動物の血が混じっている他種族が存在している。もちろん、髪色も様々だ。なのにも関わらず、黒髪がいない。おかげでとても目立っていた。それに、周りの商店には、見知らぬ食べ物、知らない貨幣、それに線文字のような読めない言語が書かれていた。しかし、周りから聞こえてくる声は理解できるので、日本語は話す上では問題なさそうだ。しかし、それ以前の問題である。建物から見ても明らかに現実のものではなく、少なくとも日本国内ではないことは明らかだ。道もアスファルトではなく、天然石が敷き詰められたつくりをしている。
……要するに。
「これは、異世界転移ってやつか」
混乱しながらも妙に客観的に自分の置かれた状況を見た俺は、悪汗が走った。
怖いのではない。
その意味をーー理解したのであった。
「何も変わらない生活を送っていたのに、何でこうなったんだよ…」
とにかくこの世界では異常な格好と髪色で注目をされ過ぎていたので、一度路地に入る。
「落ち着け。状況を整理しろ。恐怖は思考のノイズだ」
こうなったきっかけを見つけようと今日の行動を振り返るも、何も変わったことをしてないので全く分からない。それに、貨幣も文字も読めず、文字通りの一文無しの状況で、俺にすることはあるのか。持ち物は、スマホと財布。スマホは充電こそあるものの使い物にはならないだろう。財布の中身もこの世界ではただの紙に過ぎない。何故この世界に来たのかも分からないのだから、ただ困惑が強い。色々考えていたからだろう、前から迫ってくる生物に直前まで気づかなかった。
ーー頭に向かって噛みつこうとしてきた小型のそれに。
牙が迫る。反射的に体をひねった。鼻先をかすめて、牙が空を切る。冷たい汗が背中を流れる。考えるよりも先に、逃げ出す。
しかし、なんとも不運なことに行き止まりであった。
(ーー詰んだ。)
モンスターは低く唸りながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
石畳を踏む爪の音が、やけに大きく聞こえた。
一歩。
また一歩。
逃げ場のない路地裏で、俺は壁に背を押し付ける。
(……やばい)
口の中が乾く。
心臓の鼓動がやけに速い。こちらを威嚇しているそれを真正面から見る。体長二メートルほど。灰色の毛皮に、鋭い牙。狼のような四足のモンスターだった。
(あーあ、ほんと最悪だ)
半ば放心状態でありながらも、異世界に転移したことを恨む。
(何で勝手に飛ばされて何もできずに死ぬんだ)
流石にこんな死に方はしたくないので、何とか抵抗することにする。
「いくら俺みたいな人間でも、こんな理不尽に殺されてたまるものか」
こう呟きながら、モンスターに果敢に立ち向かう。誇れるほどでは無いが、運動神経はそれなりにあるので、単純に噛みつきにくるモンスターを避けながら拳を入れるぐらいならできる。しかし、全くもってダメージが入っていないような気がする。相手の動きは鈍らないし、むしろ刺激されているだけではないか。
さらに、ここで最悪なことに気づく。
モンスターは一体ではなかった。
正確には、三体。一気に襲われると、流石に避けきれない。
モンスターが飛びかかる。
目を閉じる。
牙が、目前まで迫った――
その瞬間。
世界が止まった。
モンスターは空中で静止している。
石畳の上で跳ねた砂粒すら、空中に浮いたままだ。
風の音も、街の声も、何も聞こえない。
完全な静寂だった。
(ーーーは???)
困惑した。
(……世界が止まっている?)
恐る恐る足を動かそうとする。
――その瞬間。
直感的に理解した。
(ダメだ。動いたら、世界が再開する)
理由は分からない。
でも確信があった。
(結局、詰みなのか)
諦めかけて、やっぱりやめる。 何とか避ける方法を考える。
状況整理。
敵は三体。
勝率は低いが、ゼロではない。
(せっかくもらった能力なんだ、不便だが使わせてもらう)
今の状況で、目と口は動く。そして、目を動かして初めて気づく。
すべてのものに、細い光の線が見える。
(これは、構造線…?)
物を囲うように走る光の線は、物を構造していた。それは、生物においても同じだった。だとしたらーー
モンスターの弱点が見える。
確信は持てない。ただ、それが構造線なら、そこを突けば倒すことはできる。モンスターは、目に構造線が集中していた。どうにかして攻撃したいものだ。
何にしても、重要なのは腕だ。腕さえ動けば、何とか致命傷だけは免れるだろう。ただ、これに関しては文字通りの命を賭けた賭けだった。もしダメなら、間違いなく噛みつかれる。その滞空時間で何とか心臓と頭は守れても、その後は一方的な攻撃だろう。自分の運命を変える判断なんて、初めての経験だ。焦りと不安、恐怖が俺の気持ちを蝕んでいく。
(…あ)
視界の端に、ポケットが見えた。そこにはスマホが入っている。
(……光)
もし、あの目に直接当てれば。
一瞬だけでも視界を奪えるかもしれない。
これは賭けだ。
だがーー
やるしかない。
ただ、今は命を守りたかった。何にも変えられない命。一つしかない俺の命。それを守るためには、何とかこの局面を切り抜けなければいけなかった。
(ーーよし、行くぞ)
覚悟を決めて、腕を動かす。
ーー無事に動かせた。
スマホを取り出しながら、一応のために左手で心臓を守る。
(悪いな。文明の差だ)
「ーーこれ、効くだろ」
ーー足を動かす。
スマホを構え、フラッシュを焚いた。目に向ける。想像通り、目への衝撃に耐えきれずに地面にのたうちまわるモンスターたち。距離を保ちながら、頭を石畳に叩きつける。さらに石で殴りつけた。モンスターは光の粒となって消失した。
(ーーああ。)
「勝った…!」
その場に立ち尽くす。
しばらく、その場から動けなかった。膝が震えている。
手のひらは汗でびっしょりだった。
鼓動が早すぎる。
疲労のあまり過呼吸気味だ。
それでも。
俺はーー生きていた。生命を自分で、自分の手で守った。達成感と満足感が体を包む。 しばらく、その場に立っていた。しかし、思い直す。これからどうやって生活していくのか、衣はともかく食と住は一文無しの俺にとっても不可欠なのに、何もない。働くなり、何とかして生きていくしかなさそうだ。 能力は、何もない時には発動しない。危機的状況でのみ発動するようだ。
異世界で生きる方法はまだ分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
ーー俺、神代ソウマは、まだ死ぬつもりはない。
ただ、その時の俺はまだ知らない。
この力が、世界の時間の裏側に触れる禁忌の力だということを。
その決意が、この世界での「時間」の定義を揺るがすものであることを。
そしてーー
停止した世界の中で、もう一人“動ける存在”がいることを。
「世界の時間構造に干渉する存在」
「観測対象を発見しました」
疲労困憊していると、何かの生物の気配を感じた。
(…ん?)
路地の奥から、低い唸り声が聞こえる。
振り向くとーー
そこには、さっきのモンスターよりも大きな影が立っていた。
(……嘘だろ)
再び、死の気配が迫る。
――その瞬間、また世界が止まった。
初めまして。
tsugumi.と申します。
読んで頂いて有難うございます。
初投稿、初作品です。
この作品は、連載として続けていく方針ですが、定期的かつ頻繁に更新することが難しいです。
なので一度短編として上げております。
時間はかかりますが、完結まで続けます。
最後までお付き合いください。
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m。
追記
連載開始いたしました。ぜひお読みください。




