知らない娘
「やめてやめてやめ、ギャャアアアアアアアーーーーーー!!」
ザクゥ!!
逃げ惑うメイドの背中が、大剣によって真っ二つに切り裂かれる。
「逃げろ逃げろ!もうこの家はだめだ!!」
水の入ったバケツを投げ捨て、若い執事は一目散に裏口へと走る。表玄関は破壊され尽くして、通れないからだ。
が、その途中で彼も切り捨てられてしまった。廊下に、とくとくと赤い水たまりが生じる。
燃え盛るローザン邸の中は煙と悲鳴、怒号、そして、最早誰のものかも分からぬ血で充満していた。これ程ひどい惨状は、類を見ないだろう。
そしてガーネットも、二階奥の部屋の中からでも、屋敷内の騒々しさに気が付いていた。
だが、自室の椅子に座ったままだった。
深夜二時のこと。
ローザン邸の門扉は、謎の黒い鎧の集団に突然破壊された。
周囲に警戒すべき対象が居なかったため、伯爵は、屋敷の入り口に厳重な警備はおろか、複数人の守衛すら配置していなかった。
故に、入り口を壊されてしまっては、彼らの侵入を容易く許すしかなかった。
黒い鎧の集団は、侵入してまもなく、蹂躙及び虐殺を開始した。
一階の部屋でそれぞれ床についていた使用人たちは、抵抗する暇すら与えられなかった。裏口へと走るしかなかった彼ら彼女らは、しかし、その全員が同じ場所に殺到したのと、道中で同僚が次々と死体に変わっていったショックで、まともに脱出することは叶わなかった。
さらに、途中で誰かが倒した燭台の火が、カーペットに燃え移る始末。
混乱を極めた一階で、生き残った者は居なかった。
ただ、一人を除いて。
アイザックは、壁を走る炎にも動じす、もぬけの殻となった使用人用の寝室を後にする。
微かに聞こえた集団歩行音を、眠っていたアイザックの耳は拾った。
ぱちりと目を開けたアイザックはそれに嫌な予感を覚え、予めクローゼットの中に隠れていたのだ。それからしばらくした後、案の定、襲撃は発生した。
多くの足音が交じり合う中、アイザックは身を潜め続けた。そして頃合いを見て、部屋を出てきたのだ。
ローザン伯爵の書斎がある、二階へ向かうべく。
ぱちぱちと燃え盛る廊下を、アイザックは表情なく進んだ。
いつ奇襲にあっても返り討ちにできるように、アイザックは隠し持っていた自身の剣の柄をしっかりと握りこむ。
助けようと思えば、助けられた。
自分に好意を持っていたメイド。酒を酌み交わした、同じ歳の執事。先輩執事として知識を分けてくれた年配者。
出会って一か月。それでもアイザックに親しく接してくれた、気の良い同僚たち。その苦悶に満ちた表情の亡骸を、二階に上がるまで幾つも目にした。
だがアイザックは、この謎の襲撃を、好機だと判断した。
どさくさに紛れて、ローザン伯爵とカーノヴォン連合国との癒着を証明する何かを見つけられるかもしれない。少なくとも、伯爵の書斎に潜り込むこと位は可能だろう。
そう考えたのだ。
一時でも絆を結んだ同僚の命よりも、任務の遂行を優先した。
そして、そのことに微塵も後悔はない。
アイザックは、途中で襲い掛かってきた黒い鎧の剣士を、何人も、ばさりばさりと切り殺した。血しぶきが、アイザックの白皙の顔を汚す。
命を奪うことに、何の感情も抱かなかった。
アイザックの表情に、いつもの優しい笑顔は、欠片もない。
そこに居たのは、ただの殺戮犬だった。
アイザックは、二階の中央に位置する、ローザン伯爵の書斎にこっそり忍び込んだ。
この部屋の主や黒い鎧が居ることを警戒したが、中はもぬけの殻で、闇がしんと広がっているばかりだった。
幸い、まだ火の手は回ってきていない。
アイザックはまず、机の一番上の引き出しから開け始めた。
ない。ない。
最後の段まで開けてみたが、特に怪しい書類は入っていない。
しかし、木を隠すなら森の中。この書類の山の中に、カーノヴォン連合国の名が刻まれた書類があるはずだ。
アイザックのこれまでの経験が、そう告げる。
ぱちぱちと、扉が火の粉を吹き始めた。もう、この部屋が火の海になるまで猶予はない。
アイザックは、必死に周囲を観察し、思考を巡らせた。
そして、気が付く。
一番下の引き出し。その外見の幅の厚さに対し、取り出した書類数が少なすぎる気がしたのだ。
アイザックは、再び当該の引き出しを開ける。
と、その底板を、思い切り叩き割った。
────正解だ。
隠し板の下に、まだ書類が存在していた。しかもそれらには、カーノヴォン連合国所属であることを示す印鑑も押されている。
アイザックは嬉々としてそれらを懐にしまった。
が、ひらり、と何かが一枚、宙を舞って地に落ちる。
アイザックはそれを拾って、裏返してみた。
「誰だ、これは……?」
カーノヴォン連合国との契約書類、並びに貿易の領収書と共に、何枚もの写真が添付されている。
『娘』と題されたその写真は、だが、ガーネットの姿ではなく。
そこには、ローザン伯爵夫妻と同じ茶髪をした、ガーネットと同年齢程の少女が映っていたのだ。
お読み頂き、心から感謝致します。慣れないロマンス(それも溺愛系!)ですが、少しでも貴方様の心を動かすことが出来たのなら幸いです。
今後ともぜひ、よろしくお願いします。




