愛しいアイザックへ
「ぐふっ……!!」
「ザック!!」
口からごぼりと血を吐き出すアイザックと、悲鳴を上げる私。
そんな惨状を前に、クロム王はげらげらと笑う。
「女の色香に嗅覚が鈍ったか、アイザック!!」
それからずぼ、と剣を引き抜くと、アイザックを蹴飛ばした。
力なく、私の足元に転がってくるアイザック。
胸から、口から、大量に血を垂れ流している彼に、私はしがみつく。
「ザック……、ザック……!」
私の呼ぶ声に、アイザックは閉じていた瞼をうっすらと開けた。
うつろな瞳で、それでも私に必死に笑顔を見せようとする。
「がー……とさま。かっこ、わるい……ところを……おみせしましたね。もうしわけ……ごほっ!!」
「話さないで!!傷が酷くなる!」
私は、アイザックの衰弱した姿に、パニックに陥る。
「どうしてこんなひどいことを!!」
剣についた血を拭っていたクロム王に、私は怒声を浴びせた。
しかし、だまし討ちをしたことを露とも気にしていないようで、平然と言ってのける。
「真実を知ったものを生かしてはおけぬと、こやつには最初に話したぞ。それを忘れたアイザックが悪い」
私は、開いた口が塞がらなかった。
こんなクズが、クロムの国を率いてきた人物なのかと。
レノおばさんが言っていた、クロム王国がカーノヴォン連合国への侵攻を再び開始しているという話もきっと事実だ。
土地を広げて、私利私欲を肥やすために違いない。
「がーねっと……さま……」
アイザックの小さな声が聞こえた。
見れば、美しい顔を血に染め上げて、何かを言おうとしている。
私は、アイザックの口元に顔を寄せた。
「はむかわ……ないで。せめて、がーねっとさま、だけでも」
ひゅーひゅーと、アイザックの喉から空気が漏れている音がする。
貫かれた胸が、上手く機能していないのだ。
どうしよう。私のせいだ。
アイザックがこんな苦しい目にあっているのも、クロム王に隙を与えてしまったのも。
「私が……っ!私がわがままなことを思っちゃったから……!!」
涙と共に、懺悔も溢れ出す。
そんなことをしたって今更どうしようもないのに、許しを請う言葉が止まらない。
「ごめんなさい!ごめんなさい……!ザックの意思もプライドも、大事なものを何もかも無駄にさせた!それなのに……!私が、私がわがままだから……!」
犠牲なく、一緒に生きていきたいと、欲が出た。
そんなに、この世は優しくないのに。
それを私が最も知っていたはずなのに。
嗅覚が鈍っていたのは、私の方だ。
幸せに浸りすぎて、溢れる地獄から目をそらした。
その罰だ。
ぼたぼたと、アイザックの頬に涙が落ちる。
だがアイザックは薄く笑って、血にまみれた手をゆっくりと上げた。
私の顔に、そっと触れる。
「わがまま、まで……。いえるように、なった……で……ね。わたくし、うれし……」
「ザック……っ!」
こんな時にまで、私のことを。
私は、私のことしか考えられなかったのに。
「がーねっとさ……、えがお、もっとみたかっ……」
優しく笑うアイザックの顔色が、悪くなっていく。
どんどん声が小さくなる。
私に触れる掌の熱が、冷めていく。
「ともに、いきられ、ず、くやし……」
と、言葉の途中で血の塊を吐き出した。
心臓も、肺も傷付いた。出血量も多すぎる。
このままでは、アイザックは、間違いなく死ぬ。
そして、私が分かることは当然アイザックも理解しているようだった。
ほとんど力の入っていない腕で私の顔を近づけ、軽く触れるキスをした。
それだけでも十分、アイザックの血の味がした。
「がーねっと……さま。いきて……、ください……」
アイザックが、かすれた声で呟く。
遺言だ。
私はそれ以上聞いたら本当にアイザックが死んでしまいそうで、駄々をこねた。
「いや!ザックの居ない世界で生きていたって仕方がないわ!私も一緒に死ぬ!!」
首を横にぶんぶんと振る私に、アイザックはふ、と笑い声を零す。
「だめ……、ですよ。あなたはもう……、めいれいをきくだけの、にんぎょうでは、ないの……ですから」
「でもっ!」
そうしてくれたのは、アイザックだ。
そのアイザックが居なくては、私は何も出来やしない。
が、アイザックは、ごほごほと、ひときわ激しく咳をした。
そして緩やかに、口を、動かす。
これが最期だ。
聞きたくない聞きたくない聞きたくない。
でも。
もう一度だけ、アイザックの愛の言葉を聞きたいとも思ってしまった。
「あいして、います。ずっと……」
するりと、私の頬に触れていた手が落ちる。
アイザックの瞼が、すっと閉じた。
「いやあああああああああああああ!!」
私の絶叫が、当たりに響き渡った。
「随分とクラシックな悲劇だな」
クロム王は、冷めた目で私たちを見ている。
そして、兵士たちに命を下した。
「おい、女も殺せ。遺恨を持たれたら面倒だ」
「しかし……、彼女には何も出来やしないでしょう。特段殺さなくても……」
「黙れ!つべこべ言わずに従わんか!!」
躊躇する兵士たちをクロム王は一喝し、即座に処理するよう促す。
「……承知しました」
はっ、と敬礼を返した一人の兵士が、アイザックの身体に泣き縋る私に迫る。
その足音を、どこか遠くで聞いていた。
自分が危機に陥っていることなど、どうでも良かった。
ただひたすらに、祈っていた。
お願いです、神様。
どうか、どうか、アイザックを私に返してください。
私の愛おしい人を、元気にしてください。
私は、彼が生きてさえいれば、何もいらないんです。
家も、服も、ぬいぐるみも、何もかも。
アイザックが居れば、それだけで幸せで。
だからお願いします。
どうか。
私のこの世で最も愛しい人を、返してください。
がちゃがちゃと鎧の音を鳴らして、剣を手にした兵士がガーネットに接近する。
そして、ガーネットの細い首を容易に切り落とせる位の距離にまで近づいた。
剣を振り上げる。
磨き上げられた剣に、アイザックが流した血が反射した。
その瞬間。
ガーネットの身体が、真っ赤な光に包まれた。
この世で唯一の
「」
お読み頂き、心から感謝致します。慣れないロマンス(それも溺愛系!)ですが、少しでも貴方様の心を動かすことが出来たのなら幸いです。
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