初めての「愛」
「あなたは私の大事な猟犬よ、ザック」
初めてアイザックの懊悩する姿を見て、なんだか私までとても辛くて、私がそう声をかけた時だった。
「嫌というほど知っていますよ!!わたくしはただの執事で、従者で、犬で────」
アイザックがそう呻き、私の目をきっ、と睨む。
自分の感情を伝えるのはとても苦手だけれど、他人の機嫌を伺い続けてきた私には分かる。
彼は私には理解できない苦しみをいくつも抱えているが、一つ、大きな思い違いをしていると。
そして、私はもう、かつてのような人形姫ではない。
アイザックに出会って、人の温かさを知った。
アイザックに思いやりをもって接してもらって、感情を出すことの大切さを知った。
だから、私も、言ってやるのだ。
「ただの犬?何を言っているの?流石のザックでも怒るわ!」
「え?」
初めての私の怒声に、アイザックは呆気にとられる。
自身の感情を出すことで、誰かを傷つけるかもしれない。
でも、大切な人に思いを隠す方が、もっと罪深い。
アイザックがこれまでの時間を全てかけて教えてくれたことだ。
「私を守ってくれて、傍にいてくれて、一緒に生きてくれている。だから私も、あなたを全力で大切にしたいの。そんな、愛しい存在を、私だけの特別な呼称で呼んでいるだけよ」
────わたくしには、見せてください。笑顔も、泣き顔も、夢見る顔も。どんなあなたでも、わたくしは、見たいのです。
私も、アイザックの喜びも悲しみも、全て知りたい。
「ザックのことを、単なる執事だとか、犬だとか思ったことなんて一度もない!そんな悲しいこと、言わないで!」
「ガーネット様……」
ぽろぽろと、涙が零れる。
アイザックに『猟犬』としての苦しみを背負わせていたこと。気持ちの表現が相変わらず下手で、そのせいでアイザックを大切に思っていることが、きちんと伝わっていなかったこと。
それが、悔しくて悔しくて、堪らなかった。
拳を握りしめ、ぷるぷると不甲斐なさに打ちひしがれる私に、アイザックはそっと近づいた。
「ガーネット様、泣かせてしまって申し訳ありません。でも、大変嬉しくも感じます」
両肩に、手が乗せられる。
アイザックは、いつもの優しい笑みを浮かべていた。
だが、
「こんなに怒り、涙を流せるようになっていたのですね」
そういった直後だ。
眉間にしわを寄せ、苦しそうな面持ちになったと思ったら、がばり、と私を抱きしめたのだ。
「どうしましょう。私だけのお姫様が、かつては人形姫だったあなたがこうしてますます魅力的になっていってしまっては……。わたくしは心配で気が狂いそうです」
耳朶に、アイザックの熱い吐息がかかる。
アイザックの体と心の熱に、きゅうと心臓が痛んだ。
「それを言うなら、私だって」
アイザックから移された火照りのままに、今まで隠していた私の思いも茹って綻び出る。
「猟犬じゃなくなりたいだなんて、言わないで……。私の猟犬じゃなくなって……、どこかへ行ってしまったら、なんて考えると、胸の中が苦しくなるの」
「ガーネット様……」
「私以外に、その優しくて温かい笑顔を振りまくのがとても嫌だと考えてしまう。ねえ、この感情は、何?ずっと考えているけれど、分からなくて」
アイザックが、はくりと息を呑む気配がした。
しばらくの沈黙の後、彼は言葉を選びながら、ゆっくりと答える。
「その解答を、私からお伝えすることは出来ません」
「なぜ?」
「……ずるいからです。言わせようとしているみたいで」
静けさが、再び訪れる。
いつかの仮面舞踏会のように、まるで、世界で二人きりのようだ。
どきどきと激しい心音が、耳元で聞こえる。
その音が、私のものなのかアイザックのものなのか、判断がつかなかった。
静寂を先に破ったのはアイザックで、私に言い聞かせるように囁いた。
「ただ、ヒントは差し上げます。私の申し上げることを、よく聞いておいて下さいね」
「ええ」
アイザックは、一段と強く私を抱きしめた。
「愛しております、ガーネット様。あなたの情の深さが、見た目だけに留まらない心の美しさが、自身の殻を打ち破る強さが。その全てが、大好きです」
「あい……、愛」
私は幼子のように、「愛」という単語を繰り返し呟く。
どこか耳心地が良くて、安心する響きだ、と思った。
「そうです、わたくしは、ガーネット様が愛おしくて仕方がないのです」
嬉しい。幸せ。大好き。愛している。
瞬間、私の中でも沢山の感情が渦を巻く。
そして、気が付いた。
「ああ、そう。そうなのね。私もザックを愛しているのだわ」
「ガーネット様……っ」
アイザックが、泣きそうな声で私の名を呼ぶ。
その声音に、私も涙腺が緩む。
「私を暗闇から救い出してくれた光……!温かさをくれた太陽!やっと分かったわ、私、ザックが大好き!」
言いながら、私の目からは涙が溢れた。
アイザックの指が、私の頬に触れる。
なんて幸せな涙だろう。
私は多幸感でいっぱいで、泣き止むことが出来そうになかった。
アイザックは、ぐ、と何かを堪えるような顔をした。が、私が頷いたのを見て目を見開き、それから安堵して表情を緩めた。
そして、意を決したように、口を開く。
「もっと、触れても良いですか?」
私は答えた。
「ええ」
「わたくしは、ガーネット様にもっともっと触れたい。ですが、あなたが怖い思いをするかもしれません。それでもいいですか?」
アイザックが重ねて問う。
私も、それに応じる。
「ええ。私も────」
私は、アイザックの唇に触れた。
「あなたに、触れられたい」
お読み頂き、心から感謝致します。慣れないロマンス(それも溺愛系!)ですが、少しでも貴方様の心を動かすことが出来たのなら幸いです。
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