彼の名は、アイザック
ローザン伯爵家は、クロム王国の端に位置する。隣国、カーノヴォン連合国との境界付近ということもあり、来客はほとんどない。
故に、人手の過不足も滅多に起きない。ローザン家に仕える使用人の顔ぶれが変わったことは、ガーネットが記憶する限り一度もなかった。
だから、本当に、珍しい。
「初めまして。わたくし、アイザックと申します。本日から執事として、この屋敷に勤めることになりました。よろしくお願いします」
優雅にお辞儀をするこの青年が、新しい使用人であることに。
さら、と揺れる金髪。柔らかく弧を描く目は、湖の様な静かな蒼色。そして、すらりとした体躯と小さな頭。美しい、と形容するしか無いその男の登場に、女性の使用人はおろか、母親まで頬を赤くして見惚れている。
何故、こんな人が、こんな辺鄙な所に。
私は不思議だった。
これだけ器量が良くて所作も完璧なら、わざわざこの家に勤めなくても、働く場所は山程あるに違いないからだ。
だが、私はそれ以上考えることはしなかった。
彼について思考を巡らせても仕方がない。なぜなら、彼と関わることは、今後ないのだから。
そう結論付け、私は朝食に手を付けるべく、席に着こうとした。
その時だ。
「ガーネット様、わたくしが」
すっと、アイザックが近付き、私が座れるようにわざわざ椅子を引いてくれたのだ。
そんなことを人生で初めてされたので、私は反応に困る。
この場合、どうするべきなのだろう。素直に腰掛けるべき?それとも、拒否をするべきなのだろうか。
さっ、と父親と母親、そしてアイザックの表情を伺う。父親は無関心を貫き、母親は腹立たしげにこちらを見ていて、アイザックは柔らかく微笑んでいる。
遠慮する、というのを第一に考えたが、私がここで彼を拒否すると、アイザックは母親の椅子を引かないかもしれない。それは、さらに母親の機嫌を損ねることになるだろう。
ということで。
「……ありがとうございます」
私は大人しく、引かれた椅子に腰掛けた。
しかし、アイザックの突飛な行動は、これだけでは終わらなかった。
恭しく私に頭を下げたかと思えば、にっこり笑って、こんなことを口にする。
「ガーネット様、ですね。わたくし、ガーネット様にお会いするのを楽しみにしておりました。」
アイザックはただのリップサービスのつもりなのだろうが、私は、戸惑うばかりだ。
誰かと必要以上の会話をしたことがないから、何と返せば良いか分からない。それに、そのせいで余計な感情を抱くのも面倒だ。
「……ええ」
結局、適当に返事をする。
しかし、アイザックは、
「申し訳ございません。馴れ馴れしすぎましたか……?以後気を付けますね」
と、眉を下げるのだ。
今は何も知らないから、私にも優しく接してくれるのだろう。が、いずれは他の使用人と同様、私のことなど煩わしく感じるようになる。
だからきっと、アイザックとのこんな関わりは、これが最後だ。
「……ええ」
私は、彼の捨てられた子犬のような表情から目を逸らし、朝食を始めた。
だが。
アイザックは次も、その次の日も、私に声を掛けてきた。
お読み頂き、心から感謝致します。慣れないロマンス(それも溺愛系!)ですが、少しでも貴方様の心を動かすことが出来たのなら幸いです。
今後ともぜひ、よろしくお願いします。




