彼の名は、アイザック⑤
「や、やめてっ!」
四歳くらいの男の子が、少し背丈の高い少年三人に囲まれている。男の子はぴょんぴょんと何度も飛び跳ねては、その中で最も背の高い少年の右手から何かを取ろうとしている。しかし、全く手が届く気配がない。
病気の母親の為の、薬なのに。
少年の手にある紙袋の中には、少し高価な風邪薬が入っている。
これは、この小さな男の子が、これまで貯めたお小遣いをはたいて購入したものだ。
普通の薬なら既に服用しているのに、母親の夏風邪はなかなか治らない。それを心配して男の子が買った薬を、取り上げられた。不運にも、いつものいじめっ子三人組と帰宅途中に遭遇してしまったのだ。
「返してほしけりゃ力づくで来いよ!」
「あれれ~?手も足も出せないのか?そりゃそうだよなあ!手ぇ出して、ケガさせたら困るのはお前の親だもんなあ!」
「このばけもの!あっはははははは!」
三人がそれぞれ口にする罵詈雑言に、男の子の視界は涙で滲む。
悔しさ。悲しさ。憤り。
様々な感情を冷静に対処するには、四歳という年齢は幼すぎた。
男の子は金色の髪を垂らし、俯く。
実際、男の子は力技でこの問題を解決しようと思えば出来る。
ちょん、と少し突き飛ばしてしまえば少年は倒れ、薬を手放すだろう。体格差を超えてなお余りあるパワーを、この男の子は持っていた。
しかし。
以前、自身の力量を計り損なって、この少年に大けがを負わせたことがある。頭を何針も縫うけがで、彼のご両親に男の子の両親はひどく叱責された。さらにその後、よりによって少年の父親が村の有権者だったばかりに、肩身の狭い思いをさせられてしまったのだ。
結局、薬は返してもらえず、男の子は項垂れて家に着く。
と、
「おかえり」
男の子と同じ、金髪と青い瞳の女性が咳き込みながら彼を迎えた。
男の子は幼いながらも、その弱々しい姿に堪らなくなって泣きついた。
話を聞いた母親は、泣きじゃくる男の子の背をぽんぽんと叩きながら、柔らかく言った。
「あなたは少し、人より成長が早いの。だからどうか、人に優しくしてあげて。彼らも悪気があったわけじゃないわ」
嘘だ、と男の子は思う。
悪気がなかったら、人の薬を奪うなんてこと、しない。
だが、自分の強すぎる力が家族に迷惑をかけることも分かっている。
だから彼は唇を噛みしめて、ゆっくりと頷いた。
「いい子ね、アイザック」
母親は、男の子をぎゅうっと抱きしめた。
場面変わって、三人の少年とアイザック。アイザックはまた、彼らに虐められている。
それに耐えながら、考える。
もう、何度目だろう。
これからあと何度、悪意のある彼らに優しくしなければならないのだろう。
それがとても辛いことに思えて、アイザックは瞼を強く閉じた。
耐えるんだ耐えるんだ耐えるんだ耐えるんだ。
家族のため父さんのため母さんのため母さんのため────!
それでも、目の裏がぐつぐつと熱くなって、涙が零れそうになったその時だった。
「おい!やめろ!!」
同じくらいの歳の男の子の声が、横やりを入れた。
がば、と顔をそちらに向けた少年たちは、すかさず威嚇する。
アイザックも、不安げに事の成り行きを見守った。
「ああ?お前、誰だよ」
「知らねえ顔だな」
「新入りか?いきがんなよ!」
だが、茶色い髪の利発そうなその男の子は、背丈が上の少年たちにも怯まなかった。
「何事かは知りませんが、あまり外聞が良いことではないですよ」
そう言って、にっこりとほほ笑む彼に拍子抜けしたのか少年らは束の間黙った。
それでもプライドが許さなかったのか、茶髪の男の子に手を上げようとした。
その直後。
「そこで何をやっている!」
警官が何人か、こちらに向かって駆け寄ってきた。
「やべ!!」
そう叫び、少年らは一斉に走り出す。
唐突なヒーローの出現に唖然としながら、アイザックは助けてくれた男の子の方へと向き直った。
「おれが呼んだんだ」
そう、にかっと笑う彼に、
「ありがとう」
と、アイザックは頭を下げる。
しかし、
「いいんだよ。一人きりの誰かを助けるのは、当り前のことだから」
男の子は爽やかな笑みと共に首を横に振った。
そして、右手を差し出す。
「おれ、ルーク」
挨拶だ、と瞬時に理解した。
「ぼく、アイザック」
これが、ルークとの出会いだった。
ぱちぱち、と足元で火の粉が爆ぜている。
これは、なんだろう?
五歳の俺は、戸惑っている。
少し遠くの街にお使いに行って、家に帰ってきたはずだった。
それがどうして、家屋は跡形もなく崩れ去っていて、火に焼けているのだろう。
「おとうさーん!!おかあさーん!!」
ほとんど炭になった、元家の中を俺は歩き回る。
リビングも、ダイニングもキッチンも、何も残っていない。
あるのは、大きな黒煙を上げる木炭ばかり。
と、
「う、うぅ……」
かすかな声が、聞こえた。
「おかあさん!!?」
俺は、慌てて呻き声がした方へと足を向ける。
そこには。
「い、たい……。いたい……」
「たす……て」
「うあ……」
三つの、黒い物体が転がっていて。
それぞれ別の、悲鳴にも近い小さな叫びを上げていて。
それらはきっと。
「あいざっく」
「あいざ……く」
「あいざ」
大好きな父さんと、母さんと、ルークで。
「うああああああああああああああああ!!!」
俺は、気が付けば叫んでいたんだ。
お読み頂き、心から感謝致します。慣れないロマンス(それも溺愛系!)ですが、少しでも貴方様の心を動かすことが出来たのなら幸いです。
今後ともぜひ、よろしくお願いします。
次回は 2/6 21時 更新予定です!




