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人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる  作者: 宍戸詩紫


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13/15

初めてのお願い


「ガーネット様、お加減はいかがですか?」


 コンコンコン、というノックの音とともに、アイザックが入ってきた。


 私はぼんやりと頭を動かして、アイザックの方を向く。

 既に部屋は夕陽に赤く染められており、アイザックの金糸の様な髪も、今は橙色に変わっていた。


 私は痛む頭をなんとか働かせて、昨夜の記憶を辿る。


 帰路についた段階で、実は全身が気怠かった。だが私は、初めてダンスをしたせいだとばかり、思い込んでいた。 

 しかし、玄関のドアをくぐった途端、私は強い目眩に耐えられずに倒れてしまった。アイザックにベッドまで付き添ってもらい、横たわると、さらに暑く、息苦しい感覚に襲われた。その後のことは覚えていないから、きっと気絶するように瞼を閉じたのだろう。

 そして今、アイザックの声で、やっと目を覚ました。


 外はもう日が暮れる間際で、どうやら私は半日ほど眠り続けていたようだ。


 私はベッドに伏せたまま、答える


「……ええ」


 まだ体温が高いせいか、ぼうっとする。

 熱で潤んだ私の瞳に、アイザックの申し訳なさそうな表情が映った。


「わたくしが、急にあのような場に誘ってしまったせいです」

 

 すみません、と謝罪を口にしながら、アイザックはこちらに近付いてくる。片手には、湯気が立っている皿を乗せた盆を持っている。


「ミルク粥を作りました。一日中、何も口にしていないでしょう?ちょっとでも栄養を取りましょう」


 そう言って、アイザックはベッドの側の椅子に腰掛けた。私の上半身をゆっくり起こした後、ふうふうとスプーンに掬った粥を冷ましてくれる。


 そして、私の口へと運んだ。


 私はそれを、ただ受け入れる。手を上げるのも辛かったし、私だけだと食べる気になれなかったからだ。


 ぱく、とアイザックの持つスプーンから粥をもらう。  

 ほんのり甘い。温かくて、身体に優しい味がした。


「おいしい」

 

 私がそう呟くと、アイザックはほんの少し笑顔を見せた。


「光栄です。さあ、この一皿は頑張って食べてしまいましょうね」


 アイザックが次の一口を掬ってくれる。私は頷いて、まるで雛鳥のようにアイザックに食事を取らせてもらった。


 全て食べ終えた私は、再び横になった。アイザックは私の額に掌を当てて熱を測ったが、


「まだ高い」


 と、心苦しそうな表情を浮かべた。


 私の心配をしてくれる人なんて、初めてだ。


 幼い頃、私が発熱しているにも関わらず、使用人に邪険にされた思い出がふと蘇る。

 どんな状況に陥っても、私のことを憂いてくれる存在は、今までどこにも居なかった。


 アイザックに出会うまで、私は誰かに大事にされたことがなかったのだと、改めて思う。


 熱で、いつものような冷静さが消えていた。頭に浮かんだ言葉をそのまま、私は発する。


「どうして私に優しくしてくれるの……?」


 アイザックは、大きく目を見開いた。そして、悔しそうに口元を歪める。

 その後、悲しそうに微笑んだ。


「当たり前のことなのですよ、ガーネット様。あなたの身体を気遣うのも、あなたの体調の変化に気付けなかった自分自身を恨むのも、あなたが大切なので、当然なのです」


「そんなこと、誰もしてくれなかったわ。どうしてアイザックは、そんなに私を大切にしてくれるの?」


 アイザックは束の間、黙り込んだ。

 なんて説明しようか悩んでいる、そんな面持ちをしている。

 しばらくして、口を開いた。


「ガーネット様を、放っておけないのですよ」

 

 それから、私の手をぎゅっと握って続ける。


「これからは、わたくしがこの優しさを、あなたにとっての当たり前になるよう尽力致しますから。安心して、今日は眠って下さい」


 にっこりと微笑んだアイザックは椅子から立ち上がろうとした。


 私は咄嗟に、その手を強く掴んだ。


 掴んで、しまった。


「ここに居て……。一人にしないで……」


 こんな甘えたことをねだるつもりは、毛頭無かった。それなのに、アイザックがこの部屋から去っていくことを考えると急に、胸に風穴が空いたように、寂しさを覚えたのだ。


 アイザックは寸刻、私の顔を凝視していた。

 が、すぐに、ふわりとした笑みを浮かべる。


「初めて、自分のお願い事を口にして下さいましたね。嬉しいです」


 再びベッド横の椅子に腰掛けたアイザックは、私の手を、指を絡めるようにして繋ぐ。

 そして、私の耳元に顔を寄せた。


「ずっと傍にいますから」


 アイザックの低い声が鼓膜を揺らす。

 私はその低音に緊張と安堵を同時に感じて、目を閉じたのだった。




 二日後、私はすっかり体調が良くなった。

 付きっきりで私の世話をしてくれていたアイザックも、今日は外出している。


 いつもどこに行っているのだろう。仕事場は、どこにあるのだろう。


 そんなことを考えて、贈り物部屋でユニコーンのぬいぐるみを抱いている時だった。


 ことん。


 窓から、何かが放り込まれた。


 立ち上がって拾い上げると、それは封書だった。


 宛名も送り主の名前もない、真っ白な手紙。


 封を切るか悩んだが、私は開けてみることにした。

 と、中には写真が二枚と、メモが一枚。


「な、に……。これ」


 それら全てに目を通した私は、驚愕の余り、その場にへたりこんでしまった。


 写真の内一枚は、私によく似た容姿の、中年の女性が写っている。そしてもう一枚は、どこかで隊を率いながら、剣を揮っている、アイザック。


 そしてメモには、ただ一言。


『猟犬と共に、カーノヴォン連合国へ来い』




 お読み頂き、心から感謝致します。慣れないロマンス(それも溺愛系!)ですが、少しでも貴方様の心を動かすことが出来たのなら幸いです。

 今後ともぜひ、よろしくお願いします。


 次回は1/30 21時に更新予定です。

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