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人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる  作者: 宍戸詩紫


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10/15

二人の秘密の暮らし



 大きな窓から、朝の光が射し込んでいる。

 早くに目覚めてしまった私は、ふかふかのベッドに腰掛けて、レースカーテンの揺れと共に波打つ陽光を眺めていた。


 すると、


「おはようございます、ガーネット様」  


 アイザックが扉をノックし、部屋に入ってきた。片手には、盆に乗った白湯を携えている。


「……おはよう」

  

 私はそれを受け取り、一口すする。


 いつも通りの、丁度良い温度。まるで、昨晩の非日常的な出来事など、なかったかのように。

 だが、明るくて広い部屋が、皮肉にも家を失った事実を現実だと知らしめてくる。


 そしてそれは、私にもう一つの懸念事項を生んでいた。


「あの……」


「ん?いかがなさいました?」


「もう、私は貴族ではないのだから、そんな話し方じゃなくても良いのよ」

  

 家族も家も失った時点で、私とアイザックは既に、使用人と主人という関係ではなくなっている。だからこうして、甲斐甲斐しく世話をしてもらう義理もなくなっているのだ。


 しかし、アイザックはにっこりと笑った。


「わたくしがしたいから、しているのですよ。それとも、ご迷惑ですか?」


 そう聞かれては、私も、


「……いいえ」


 と答えざるを得ない。


 それにそれが、本心でもあった。


「であれば、良かったです」


 アイザックは、私に変わらない微笑みを向けてくれる。私はその優しさに、心底安心したのだった。






「ローザン一家の保護に失敗した?」


 クロム王が、頓狂な声を上げた。


「はい、大変申し訳ございません。急な襲撃に混乱が生じ、守る時間もなくあっという間に……」


 アイザックは王座の間で跪きつつ、昨夜の報告をしていた。

 

 ガーネットが生きていることは、伏せることにしたのだ。忠義を尽くすべき王に虚偽を述べるのは心苦しかったが、こうでもしなければ、囚われるのはガーネットかもしれない。そう考えると、アイザックは自然と嘘をつけた。


 それに、アイザックには奥の手がある。


「ですが、カーノヴォン連合国との繋がりを示す書類は入手しております」


 本来果たすべき任務は、十分に果たせている。よって、咎められるようなことは何もない。

 

 と、アイザックは自身に言い聞かせつつ、王に書類を手渡した。


 それを受け取ったクロム王は目を通しながら頷き、しかし、顔を曇らせた。


「そうか。やはり、カーノヴォンとの癒着があったのだな。しかし……、痛手だ」

 

 王の苦悩も、アイザックには理解できる。


 ローザン伯爵は、既にクロム王国内の輸出入を取り仕切る立場にあったからだ。


 当初の計画では、ローザン伯爵の謀反の証拠を掴み次第彼を投獄し、徐々に他の貴族に彼の貿易の権限を引き継いで行く予定だった。


 しかし突然、その重大な席に空きが出た。故に、貴族たちがその座を狙って、水面下で争い合う事態は避けられないだろう。


 クロム王はため息を吐きながら、告げた。


「下手をすれば、内紛が起こる。アイザックは引き続きローザン伯爵の交易相手を調査し、上手く貴族たちに利益を割り振れるようにしてくれ」


「御意に」


 アイザックは敬礼をし、王宮を後にする。ひとまず、ガーネットのことは怪しまれなかったことに安堵しながら、帰路についた。




 私はアイザックが不在の間、部屋の椅子に座っていた。

 つい習慣で、そこに居るのが自然なのでは無いかと思ったのだ。


 が、とうとう、居ても立ってもいられなくなって、立ち上がる。


 ドアへと踏み出す足が、震えていた。


 叱られないか。怒られないか。


 どこの誰に、なんてことを検討する余裕もないほど、根深く染み付いた思考が私を縛る。



 でも。それでも。


  

 アイザックの為に、何かをしたかった。


 どこかへ出かけたアイザックが帰ってくるまでに、助けてくれたお礼を、何かしたかった。


 私は、思い切ってドアを開ける。

 勉強でも食事でも無い時間に、私は初めて部屋を出た。


 だが、私を咎める人は、誰もいなかった。しんとした清潔な廊下が、そこにはあるだけだった。


 私は、ゆっくりと歩き出す。

 日光で明るいアイザックの家を興味深く眺めながら、彼に何が出来るかを考えていた。


 しかし、思考を巡らせば巡らすほど、私は焦燥に駆られる。


 私に可能なことは、ほとんどないからだ。温かい料理で迎えることも、新しい服を繕うことも無理。


 そんな私に、何が出来る。どうしよう。このままでは、何も──。


 焦る私は、ふと顔を上げた。その視線の先に、小さな庭を見つける。


 私は、閃いた。




 陽が傾き始めた夕方。

 バタン、と玄関のドアが開いた音がした。

 私はぱたぱたと、急ぎ足でそこへ向かう。


「アイザック……」


 そこに居たのは、待ち人だった。

 だがアイザックは、大きく目を見開いて固まっている。

 そして、感嘆の声を漏らした。


「名前……!!」


 そういえば、名前で呼んだのは初めてだった。

 

 そんなことで、喜んでくれるのか。


 だがアイザックは頬を緩めながら、さらに嬉しそうに続ける。


「それにお迎えまで……!わたくし、これほど嬉しかったことはないですよ。ありがとうございます」


 アイザックは一つ、深々とお辞儀をした。

 だがこれで話が終わってしまいそうだったので、私は意を決して、背後に隠していた両手を出す。


「あ、あの……。これ……」


 私は、青い花を一輪、アイザックに差し出した。


「助けてもらった、お礼。庭に咲いていて、色が、アイザックの瞳みたいだから……」


 しかし、アイザックは無言でそれを見つめている。なかなか受け取ってくれない彼に、私は途中で原因に思い至った。


 この家は、アイザックのものだ。つまり、庭もアイザックのもの。

 そこから勝手に花を摘み、さらにそれをプレゼントだなんて、厚かましいにも程があるのではないだろうか。


 失敗した。

 これだから、私はダメなのだ。


 頬が熱い。知らず知らずのうちに手のひらを握りしめていた。


 やっぱり、私には無理だったのだ。誰かにまともに感謝を伝えられることも出来ない────。


 慌てて、手を引っ込めようとした、その時だった。


「ガーネット様……!!」


 アイザックは両手で、私の手を包み込んだ。


「ああ、なんてわたくしは幸せなのでしょう。迎えてもらったばかりか、贈り物まで……!」


 ぎゅう、と花ごと手を握られ、私はその熱の高さに驚く。


「は、花が……」

  

 折れそうになったのを心配して、私は声を上げる。

 

 するとアイザックは、ぱっと手を離した。


「……っ!これは失礼しました。大事に、部屋に飾らせて頂きますね」


 アイザックはにっこりと、まるで宝石を触るかのように花を受け取った。


 そして、去っていく。   


 私はぼーっと、その背中を見送っていた。




 翌々日。


「ほら、見てください」


「わ……!」


 アイザックは私を、家のある一室に案内した。


 一際大きな部屋。その扉を開けると、中は沢山の物で溢れていた。

 本。ぬいぐるみ。花。絵。ドレス。化粧品。小さな子どものためのおもちゃから、大人向けのパズルまで。 

 それも新品のものばかり。

  

 あちこちをきょろきょろと見渡す私に、アイザックは言った。

 

「ガーネット様から頂いたお花の、お返しです。昨日、街で購入しました」

  

「わざわざ……?こんなに、私のために?」


 声も出せない私に、アイザックは柔らかい声音で続ける。


「もうこの家のものは、あなた様のものなんです。あなた様を閉じ込めるものは、もう何もないのです。だから自由に、気ままに、お使い下さい」


 そしてアイザックは、私を背後から緩く抱きしめる。


「わたくしも含めて、ね」

  

 耳元で、囁かれた。

 吐息が耳元をくすぐって、こそばゆい。


「……え、ええ。分かったわ」


 こくこくと、私は頷くことしか出来なかった。



 こんな調子で、日々が続いていくのだろうか。



 それは、温かくて心地がよい。でも同時に、どきどきとして、胸が苦しそうだと、私は思った。



 お読み頂き、心から感謝致します。慣れないロマンス(それも溺愛系!)ですが、少しでも貴方様の心を動かすことが出来たのなら幸いです。

 今後ともぜひ、よろしくお願いします。


 次回は、1/24 21時 更新予定です。

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