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人形姫は、猟犬の溺愛に瞳を潤ませる  作者: 宍戸詩紫


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1/16

私は、人形姫。


 私には、何もない。

 優しい家族も、友人も、そして感情すらも──。



 私、ガーネットは、クロム王国の辺境伯、ローザン家の一人娘としてこの世に生を受けた。きっと、神に祝福されて、生まれ落ちたに違いない。

 でも、その後の扱いは酷いもの。


「笑うな!お前のおぞましい笑顔など、目にしたくない!」

 2歳の時の、唯一の父親との関わり。


「泣かないで!あなたの泣き顔なんて、見たくないわ!」

 3歳の時の、唯一の母親との会話。


「手間を掛けさせないで欲しいわ……。あなたに尽くしても、報酬は貰えないもの」

 4歳の時の、唯一のメイド長とのやりとり。


 こうして幼い私は、感情を表にすることも、誰かに頼ることも禁じられた。

 何故こんなにも疎まれているのか。そんな疑問すら、沸き起こらなかった。

 幼い私は、これが当たり前のことだと、思い込んでいた。

 

 そして5歳の時。

「ここが、おまえの部屋だ」

 仏頂面の父親に連れられたのは、屋敷の最上階の一番奥にある、小さな部屋。

 家具は、隅にあるぼろぼろのベッドと、中央に置かれた、一脚の椅子のみ。

 その椅子は、小窓から差し込む日光にぼんやりと照らされていて、なんだか寂しそうに見えた。

「今日から食事や勉強の時間以外は、ここで過ごすように」

 父親が口を開いた。

 父親から、生まれて初めてモノを貰った。その事が私はとても嬉しくて、思わず飛び跳ねそうになった。

 が、

「本当はお前に教育を施すのも、この部屋を与えるのも屈辱なのだがな。体裁というものが存在するのが忌々しい」

 父親が続けた言葉に、身体が硬直する。


 いけない。感情を表に出しては。

 

 そう必死に自分に言い聞かせ、胸の痛みにも気付かないふりをする。


 そうしないと、涙が零れそうだったから。

 父親を怒らせてはならない。私のせいで、気持ちを煩わさせてはいけない。  


 私は一切の感情を押し殺し、椅子に腰掛けた。

 木製の座面は、とても冷えていた。



 そして、私は十八歳になった。

 相変わらず、食事と勉強以外の時間は、部屋で椅子に座って過ごしている。

 変わったのは、身長や黒い髪が伸びたことと、そして、感情を『押し殺す』ことが無くなったこと。

 昔は、喜びや悲しみを顕にしないようにと堪えることが多かったが、今ではそんな気持ち自体が起こらなくなった。

  ただ無表情で、一日中椅子に座り続ける私を、使用人たちは蔑称としてこう呼ぶ。

 人形姫、と。


 私自身も、理解している。

 人生において、何の楽しみも、興味も、欲しいものも、何一つとしてない。あまつさえ、感情すら失った。

 ただ呼吸をし、食事をし、最低限の知識を得るだけで、私の一生は終わっていくのだろう。

 でも、それで良いのだ。

 それが最も、周囲の人を不快にしない方法なのだ。

 だから、私はこのままこうして、椅子に座っていよう。

 

 私は、人形姫なのだから。



 でも。


 ある、春の陽射しが温かく振り注ぐ朝だった。

 私の運命を大きく変えたのだとしたら。

 きっとこの日が、そうなのだろう。


「おはようございます、皆様。わたくし、アイザックと申します」

 

 家族や使用人が一同に集うダイニングルームで、見知らぬ美青年がにっこりと微笑んでいた。

 

 




 お読み頂き、心から感謝致します。慣れないロマンス(それも溺愛系!)ですが、少しでも貴方様の心を動かすことが出来たのなら幸いです。

 今後ともぜひ、よろしくお願いします。

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