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【バアルの零落物語】  作者: 壱千羽
竜神探索譚
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【5話】竜神探索譚Ⅱ

 


 目が覚める。


 ベルゼブブは(つくづく)思う。

 元々覚めると云う言葉自体に眠りからへの終止符(ピリオド)。酔った状態への終止符。感情の高ぶりの終止符。心の迷いの終止符。様々な物の終止符を意味する。


 故に目が覚めると云った言葉は可笑しいと常々考える。多くの場合此の言葉は眠りからの終止符を意味するが、普通に何で目?と思う私が居る。脳が覚めるでは駄目なのか、脳の何が駄目だったんだ。

 そう考えながら何時もベルゼブブは起床する。


 布団から出たくないという欲を抑え一旦起き上がるが逡巡し思わず其の格好の儘五分近く過ごすのは最早御家芸と云える。



「眠い……二度寝したい…安らかに眠りたい……」



 まだ寝起きで整えていない髪を揺すり言葉を発する。まだ思考がフワフワ宙を滞るのと無く漂い意識が判然としていない状況、そんな頭で過る思考は自然と口に出てしまうものだ。



「そろそろ……キマリス君終わったっけなぁ……明朝って何時だっけ……?」



 そんな小さな呟きに応えるかのように大音量の音が耳を(つんざ)いた。




「キマリス侯爵ならとっくに到着していますよ。早く起きなさい駄目上司!」



「判った……判ったから朝から大音量の拍手で起こしてくるのヤメテ…」



 フルーレティに手を引かれ私自身は半目開きのまだ意識が不安定な状態だがされるがままに身なりを整えられる。

 寝癖の酷い髪を整えるに始まり着替え等もしてもらう。



「キマリス侯爵殿……歩いてきた……?」


「彼の領地から貴方の領地までは馬で着ましたが館内はきちんと歩いて御出でに為られましたよ」


「そうか…フルーレティの脅しが効いたんだねぇ……」



 未だ眠気が完全に払い切れて居ないからなのか欠伸した。


 然し欠伸をしただけでフルーレティはキリッと睨み(背中越しなので視線だけだがほぼ確実)腰を締める腹帯(ベルト)をベルゼブブの背に脚を置き無言で目一杯引き絞った。



「ちょッとまっッ!苦しい苦しい苦しい苦しい!!?御免ッてフルーレティ!!?」



 焦り交じりで慌てて謝れば後ろから満足げな声が聞こえてき一言



「判ればよいのです」



 とだけ言った。

 此の時私の脳内を占めたのは



 あれ、主従関係ってなんだけ。と云うかどっちが上だっけ



 であった。



 *



「やあ……今日も今日とて入らっしゃい…キマリス侯爵殿…」



 執務室に通し書斎に腰かけたベルゼブブが客人のキマリスに挨拶を交わす。

 ベルゼブブの声に元気はなく何処かげんなりしている雰囲気をベルゼブブは醸し出していた。其れに気が付いたキマリスが声を掛ける。



「はい!今日もお早う御座いますバエル王!何やら元気のない様子で、如何(いかが)()されましたでしょうか」


「ああ……此れ?大丈夫、一寸(ちょっと)……色々あっただけだから…」



 何処か遠い眼をするベルゼブブに気が付かないのかキマリスは騒々しい声で返事をする。



「左様で御座いますか!」


「草々、左様だから結果の報告。お願い出来る?」



 何の為に今日君を此処に呼び出したと思って居るんだ。あのクソ兄貴一号(ヤム=ナハル)の消息調査の為に仕方が無くだ。

 気乗りしない事でも遣らなければいけない。世の中は凡てが自分中心で回っている訳では無いのだから。黙して黙して来るべき時が来れば世の中は自分中心に回り始める。そう云うものだ。



「結論から言いまして、バエル王の兄君は—————」







「ご存命で在られました」



「やっぱりか……」



 座席に深く腰掛け背凭れに全体重を預ける。

 此の調査に携わった時点で生存はほぼ確定だとは考えていたが実際その事実を突きつけられると何とも言えない感情に成ってしまう。

 憎らしい怒り戸惑い焦り慌て荒ぶり凡百(あらゆる)感情が混合仕合何とも言えない表情(かお)を作る。



「そして居場所は—————」



 *



 體が重い。兎に角重い。気分も思い。体の七割くらいが鉛に変貌したのかと疑う位には体が重い。


 そんな体を引きづりながら漸く目的の場所に着いた頃には脳内に一面帰りたいという字面の花が咲いていた。満開に、自分が其の不可思議に花畑に一人取り残されている絵が脳内に浮かんだ。



「帰りたい、等と云う譫言(うわごと)。考えていませんよね?ベルゼブブ様?」


「う……うん……カンガエテナイヨソンナコト」



 さて私達一行が今何処に居るのか。何処に居る、と云うより巡っていると云う表現が正しい。


 キマリスの予言か調査によると探し(びと)は冥府に居るという診断が出た。だが、冥府にも様々な種類がある。

 常世、常世の中に在る黄泉、根之堅洲國(ねのかたすくに)。ニラカナイ、テイネポクナモシリ。ハーデースにプラーナ世界における七つの地下の世界の総称だがパーターラ。ミクトランにシバルバー、心霊主義(スピリチュアリズム)等で用いられる用語の霊界。他界に異界。ヘルフレイムに煉獄、地獄。更に其の地獄には弐七〇以上もの種類が或る。


 詰まり云えば冥府にも多くの種類が有り見つけるのが大変面倒だという事だ。だが冥府迄絞れたのであれば後は根気強く探すまでだ。

 だが直接逢ったら顔面を撃退(アィヤムル)追放(ヤグルシュ)でもう一度粉微塵にすると心から決意しているのだ。



「レティ達が住んでいる地獄とは又違いますね、大変寒いです。」


「此処は【コキュートス】別名氷地獄。裏切りを行った人間達が永遠に氷漬けにされる地獄さ。神様時代一度来てみたかったんだよね~死ぬ程寒いから矢張り帰りたいけど」


「……私情が挟まってたのかよ…」


「でも私がきちんと神様遣ってた時代より、此処は何倍も素敵になってる筈だよ」



 大変な厚着をして周りをフルーレティの主導の(もと)散策する。凍てつく寒風が骨身を凍えさせ驚くほど寒い。

 私達が住んでいる地獄は此処に比べれば幾分も暖かい。八寒地獄、死者の国ヘルフレイムを除けば何処の地獄もそうだろうが、



「寒い…死にそうです。もしここで行き倒れたらレティがアンタの館に取り憑いて呪い殺してやる…」


「其の時は責任もって館の後ろに骨埋めてあげるよ」



 軽口を叩きつつ。床に張る氷が歩く度に普段とは違う甲高い音を響かせていた。


 聞きたい欲を耐えられなくなったベルゼブブが前を先導して歩くフルーレティに問い掛ける。



「……ねえ此処ってさ、ジュデッカ?其れとも、まだトロメア?」


「ジュデッカですよ。恩ある主に対する反逆者が幽閉される場所です。其処に居ると踏んだと?私情塗れじゃなくて一応安心はしましたが……寒い」


「来てみたかったはあるけど流石に私情だけじゃないよ。フルーレティが云っていた通り此処は【恩ある主に対する反逆者が集う第四の円】クソ兄貴が当て嵌まる冥府で一番最初に思いついたのが此処だから」



 自然と眉間に皺が寄るのが感じられる。勿論冥府に居るからと云ってヤム=ナハル神が自身の罪に対応する場所に居る訳でも無い。

 可能性は一つづつ、丁寧に潰して行かなければ為らない。潰し損ねた可能性が己を蝕む前に。



 或る地獄の最下層コキュートスは外側から中心に向かって同心円状に四つの円に分けられている。


 第一の円はカイーナ。血縁者に対する裏切り者がここに幽閉される場所。

 かの有名な旧約聖書に綴られた人名カインに由来する


 第二の円はアンテノーラ。祖国に対する反逆者が罰せられる場所

 名はホメロスの叙事詩のイーリアスに登場するトロイアの賢臣アンテノールに因んでいる


 第三の円はトロメア。賓客に対する裏切り者が収容される

 此の領域は囚われた裏切り者の魂が運命の女神三姉妹の末っ子アトロポスが寿命の糸を断つ以前に肉体を離れ、地上に残された肉体は生きた儘であり残された地上の肉体が悪霊に支配されるという現象が偶に起きるとされている。


 最後に今私達が訪れている一番内側の第四の円ジュデッカ。恩ある主に対する反逆者が幽閉される

 囚われた反逆者達は一部を除き氷の中に閉じ込められている。

 他にも巨人達が鎖で繋がれていたりもしている。



「私の実兄、海と川を司るヤム=ナハル神は王の座に就いた途端全ての神々に対する税の徴収を始めた。無論私の父の創造主エルや其の他の創造主達、同じく神々の王の肩書を持っている神は除外されたが。然し統計的に見れば除外されている者達よりも徴収を受けている者が圧倒的に多い。」



 ベルゼブブは一息ついた。息が一瞬で温度が下がった事により白く彩られる。雲が彩られる、凝結と云い原理は何方(どちら)とも同じである。



「此れも或る種の反逆だからね。居ないかと思ったんだけど…如何(どう)?」


「見当たりませんね、ですが非常に見渡しが良いです。加え……アレが見えますね…」


「あッ!アレって()しかして…!」



 何やら気分が上がり始めているベルゼブブはフルーレティの言葉を待ちに待っている様子であった。

 フルーレティは呆れた表情を浮かべながらきちんと状況を口にする。



「此のコキュートスの中心部、ルシファー様が腰まで氷で浸かっており固まっています固定されていると云った方が良いのでしょうか。顔は恐らくベルゼブブ様が知っている者とは違うのではないのでしょうかとても恐ろしい形相をされております。ルシファー様の顔が三つあり一つの顔、一つの口に一人の人間が咥えられています」


「うんうん、うんうん」



 ベルゼブブは楽しそうに続きを促す



「二人は足から口に咥えられており一人は頭から咥えられています。ルシファー様が顎を上下させる度背中背中が引き裂かれ鮮血が周りを彩っております。ルシファー様の顎の下にはそれぞれ一対の巨大な翼が羽搏(はばた)き凍てつく寒風を吹き荒らさせています。咥えられているのは恐らく伝承から察するに、真ん中、頭からの者はユダ・イスカリオテ。左右はマルクス・ユニウス・ブルトゥスにガイウス・カッシウス・ロンギヌスでしょうね」



 ユダ・イスカリオテは云わずもなが。裏切者の代名詞でもある彼は己の師であるイエス・キリストを裏切った。

 マルクス・ユニウス・ブルトゥスはカエサル暗殺を象徴する人物。

 ラテン語で【Et tu, Brute? 】日本語では【ブルータス、お前もか】のブルータスである。因みに此れはラテン語の詩的な格言でもあるのだ。此の言葉を叫んだとされるのはカエサル。暗殺対象の人物であった。

 ガイウス・カッシウス・ロンギヌスは前述したカエサル暗殺の首謀者である。


 三人は全員人類が築いた歴史上の中でも三罪人と呼ばれる裏切者。故に死後彼らはこうして罪に掛けられているのだ。罪には罰を、罰には罪をと云ったものと云えるか。



「ふふっあの寡黙なルシファー様が大顎で人間を永遠(とわ)に噛み砕いている…ふふっ」



 口元に手を当て微笑みを浮かべる。凍てつく地獄には似つかわしくない暖かい笑みは場にそぐわな過ぎるもの。其の笑みに苦い顔を浮かべるフルーレティにベルゼブブは気付かない。



「クソ兄貴が居ないのなら早く帰ろ。寒いや」


「ですね。次は何処へ訪れましょうか。」



「そうだね、では————」



 言葉は宙を漂い彷徨い歩く。其の漂う姿を見つけれるのは此の場ではフルーレティだけ。


 見つけた言葉をフルーレティは苦笑いを浮かべながらも受諾した。






基本的にベルゼブブの身の回りはフルーレティにお世話させています。

着替え含め食事やお風呂、仕事はフルーレティの介護有りでの今のベルゼブブです。


随分と裏切者たち、寒い地獄の事について随分語りましたが覚えていなくて大丈夫です。速攻忘れてもらって結構です。


次の投稿は3/21です



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