一目惚れしたご令嬢が男性恐怖症なので、仲良くなるために女装する!
一目惚れをした。
「フェルナンド、こちらレオーナ様よ」
七歳の誕生日を過ぎた頃、母に連れられて出向いたお茶会で、母の親友だというご婦人の後ろに隠れていたのは、可憐で愛らしい女の子。
泣きそうに潤んだ大きな瞳、緩くウェーブのかかった甘栗色の髪。
彼女の幼げな顔つきによく似合ったフリルのたくさんついたドレス。
五歳程度にみえるその子は、庭園に咲き誇るどんな花々より可愛かった。
挨拶のために一瞬だけ僕の前に姿を見せてくれたけれど、すぐに母親のドレスの裾を握りしめて、後ろに回ると完全に隠れてしまった。
「ごめんなさいね、フェルナンド様。レオーナは男性が怖いの」
「男性が怖い……?」
思わずおうむ返しに聞き返してしまう。男が怖い、というのはどういうことだろう。
その間も視線は目の前の愛くるしい女の子に釘付けだ。
「半年ほど前にね、賊が屋敷に入ったのです」
「!」
衝撃的な内容に目を見開いた僕の前で、レオーナの母君はふうと憂うようにため息を吐き出した。
「我が家は子爵家ですから屋敷は貴族街の外れに建っていて、賊も侵入しやすかったのでしょう」
「なにもなかったのですよね?」
慎重に問いかけた僕に対して、ご婦人は少しだけ口ごもってしまった。
まさか、とレオーナに視線を向けると、母君のドレスを握っている手が震えていることに気づいてしまう。
「レオーナが攫われかけたのです。幸い、屋敷を出る前に騒ぎに気付いた執事が助け出しましたが、それ以来この子は男性を怖がるようになってしまって」
それは仕方ないと思う。
誘拐されかけるなんて怖い思いをしたのなら、怖がって当然だ。
今日この場に来るのだって、きっと勇気を振り絞ってくれたのだろう。
「せっかくいただいていた婚約の話も流れてしまって。父親や助けた執事すら怖がるので、どうしたものか思ったところに、貴方を推薦してもらったの」
「僕、ですか?」
つい自分を指さす。そして気づいた。
確かに僕は「女の子が欲しい」という母の願いを受けて、結んではいるけれど髪を腰まで伸ばしているし、母に似た顔は女性的だ。
今はそうでもないけれど、去年までは女物の服を着せられて母の着せ替え人形のようにして扱われていた。
(なるほど、女性的な顔立ちの僕なら、怖がらないと判断されたのか)
今までコンプレックスだったけれど、それなら話は違う。
僕はぎゅっと拳を握りしめて、声高らかに宣言した。
「今日から僕は! 女の子になります!!」
一目ぼれした女の子のためなら、男のプライドなんてかなぐり捨ててやる!
一週間後、僕は女性もののドレスに袖を通して、普段は首の後ろで一つに結っている長い髪を女性的に複雑に結い上げて、さらにはノリノリのお母様の手でうっすらと化粧もしてもらって、レオーナの元を訪れた。
彼女の生家ブルターニュ子爵家に行くまでは、お父様から「お前は! 仮にも! ドルレアン家の跡取りなのだぞ……!」と散々に騒がれたが、お母様がピシャリと「愛する女性のためにできることをしようという気概は男らしいではありませんか」と言い返してくれたので、僕は女装したまま堂々とブルターニュ家の敷居をくぐった。
応接室に通されて、レオーナを待つ。
暫くして母君と一緒に恐る恐るという様子で現れた彼女に、高い声を意識してにこりと微笑む。
「レオーナ様、お久しぶりです」
「?!」
前回同様、母君の後ろに隠れていたレオーナが驚いた様子で少しだけ顔をのぞかせる。
怖がらせないように笑みを意識して、にこにこと笑っていると、レオーナはぱちぱちと瞬きをして、僕と母君を交互に見た。
「レオーナ、フェルナンド様が貴方のために心を砕いてくれたのです。あのお姿なら、怖くはないでしょう?」
レオーナの背中に手を添えて、一歩踏み出すように支えている。
彼女は戸惑いを表情に浮かべている。
まだ母君のドレスの裾を握ったままだが、それでもしっかりと顔が見えた。
「……フェルナンドさまは、おとこのひとだとおもっていました」
鈴が鳴るような可憐な声音に心臓がきゅんと高鳴る。
痛みさえ覚える心臓の高鳴り。
だが、それを顔に出すと怯えさせてしまうかもしれない。
平常心、とひたすら心の中で唱えながら、僕はお母様を真似て微笑みながら、言葉を紡ぐ。
「ふふ、わたしとお茶をしませんか?」
男だと肯定はしない。いましてしまえば、きっと逃げられてしまうから。
一人称も女性的に変えた僕に、レオーナはきょどきょどとしつつも近づいてきてくれた。
対面のソファにちょこんと座る姿は、本当に愛らしい。笑みを深めた僕の前で、彼女は小さく頷いた。
「おちゃかい……します」
(ああああああ! めちゃくちゃ可愛い!!)
本当に愛くるしくて心臓が爆発しそうだ。
僕は必死に笑みを崩さないように表情筋を総動員して「うれしいです」と答えるにとどめた。
▽▲▽▲▽
そんなこんなで、女装してのレオーナとの交流は十五歳になった現在も続いている。
今年から僕は貴族の子どもが十五歳になったら通う魔法学院の生徒になった。
寮もあるが、屋敷からの通学を選んだのはレオーナと気軽に会えるようにという気持ちが強かったからだ。
数日後に十三歳の誕生日を迎えるレオーナは、まだまだ幼さが残る顔立ちをしているが、美しい女性へと成長する片鱗が見え隠れしている。
甘栗色の髪を長く伸ばしているのは「お姉様とおそろいがいいから」という理由らしい。お姉様というのは僕のことだ。
いつの間にか僕は、レオーナから「お姉様」と呼ばれて慕われている。
すっかり僕が男であることを忘れているらしい彼女だが、僕たちは実は婚約関係にある。
以前、女装した姿で「わたしはレオーナが婚約者に欲しいわ」と冗談交じりに告げたところ「お姉様となら喜んで!」と返してくれたため、両家の親を巻き込んで婚約を結んだのだ。
だまし討ちのようで申し訳ない気持ちもあるけれど、可憐に成長していく彼女を繋ぎとめるのに僕も必死なのだ。
(声変わりが始まってから、喋ることはできなくなったのが寂しいけど)
喉仏が目立ちはじめたあたりから、僕は喉まで隠すドレスを選ぶようになったし、男らしくなる体型を隠すため特注のドレスを作ってもらっている。
声音だけは隠しようがないので「声が出なくなる病気にかかった」と告げて彼女の前では、喋ること自体を封印した。
貴族街に連れ出したレオーナは僕の隣を楽しそうに歩いている。
貴族街なら出かけることに抵抗がなくなったようだが、まだまだ彼女は男性は怖いという。
それでも、幼い頃のように過度に恐れることもなくなり、父親や屋敷に仕える者たちとは当たり障りなく話せるようになった。
彼女の心に刻まれた傷が完全に癒えていないことを僕は知っている。だって、レオーナは見知らぬ異性には怯えてしまうからだ。
今日は年に一度の花祭りの日。
普段は馬車で店の前まで行く貴族も、この日ばかりは飾り付けられた街並みを楽しむために歩くものが多い。
例にもれず僕たちもまた、祭りを楽しむために街並みを眺めながら歩いていた。
「お姉様、足は大丈夫ですか?」
レオーナの問いかけに、穏やかな笑みを浮かべて一つ頷く。
彼女の前でだけ女装をする僕は、女性ものの靴で歩くことに慣れていない。
少し歩くとすぐに足を痛める姿を知ってるから、気遣ってくれているのだ。
いくつかの店を回り、レオーナに髪飾りをプレゼントした。
どの店も、花祭りを楽しんでいる貴族のカップルで賑わっていたが、僕たちのように女性同士の買い物客がいないわけではない。
レオーナからはストールを贈ってもらった。
最初は遠慮したのだが「貰ってばかり嫌です!」と彼女が主張するので、ありがたく受け取ったのだ。
お互いに贈り物を身に着けて、ゆっくりと舗装された街並みを歩く。
花祭りにちなんで、ふんだんに生花を使って飾り立てられた街並みは眺めているだけで目に楽しい。
だが、視線の先に入ったとある人間を見て、僕は眉を潜めた。るんるんで歩くレオーナの腕を引く。
「お姉様?」
首を横に振った。彼女の手のひらに文字を書く。
喋れなくなった、という理由で度々行う意思の疎通だ。
「か、え、ろ、う……どうしたのです?」
まだ遊び足りないのだろうが、これはレオーナのためでもある。
先ほど僕の視界に入ったのは、魔法学園での評判がすこぶる悪い男子生徒二人。
彼らに絡まれるとろくなことにならない。
愛らしいレオーナに声をかけられたら、と思うとぞっとする。
なにしろあの二人――イヴァン男爵子息とダリオ子爵子息は女遊びが激しくて、女癖が悪いことで有名だから。
だが、僕の警告は遅かった。あるいは立ち止まってやり取りをしていたのが目立ってしまったのかもしれない。
レオーナの手のひらから視線を上げた時には、目前まで二人組が迫っていた。
「貴族街で見ない顔だな」
「ひゅう、二人とも可愛いじゃん」
「っ!」
異性に耐性のないレオーナが怯えて僕の後ろに隠れる。
だが、そんな姿すら彼らにとっては嗜虐心が煽られるのだろう。
にやにやと品のない笑みを浮かべてずいっと顔を近づけてくる。
「俺らと遊ぼうぜ」
「二人より四人のほうが楽しいし」
レオーナへと伸ばされる脂ぎった手をぱしんと弾く。彼らの視線が一気に険悪になった。
「ああ? 誰に歯向かってるんだ!」
いきりちらすダリオに失笑を漏らす。
(子爵子息ごときが偉そうに)
とはいえ、ここで僕が『フェルナンド・ドルレニアン』だとばらすのも悪手だ。
学園でどんな噂をバラまかれるかわからない。
「なんとかいったらどうだ!」
「顔も見たことねぇから、どっかの貴族の隠し子だろ」
嘲る言葉にレオーナがさらに怯えてしまう。はあ、と息を吐いて僕は覚悟を決めた。
僕の学園での平穏より、いま怯えているレオーナを安心させるほうが先決だ。
「子爵令息と男爵令息ごときが、いい気になるなよ」
「は?」
「?!」
「おねえ、さま……?」
意図的に作った低い声音で、僕は二人を睨みつける。
彼らに僕が「フェルナンド」だと知られても構わない。
僕のプライドなんて、レオーナの平穏に比べればちっぽけなものだ。
唖然とした声を出したイヴァンと、驚いて息を飲んだダリオ。
久々に聞いた僕の声が低いからか、戸惑っているレオーナを前に、僕はにっこりと極上の笑みで笑って、中指を立てる。
「女をとっかえひっかえする挙句、怯える令嬢にまで手を伸ばす。男として恥を知れ」
「てめぇ!」
顔を真っ赤にしたダリオが殴りかかってきたのを、レオーナを抱えて後ろに飛び退って避ける。
その場にレオーナを降ろして、僕は再び二人を挑発した。
「その程度の運動神経で喧嘩を吹っ掛けるなんて、可哀そうで涙が出るな」
「なんだと!!」
「喧嘩ってのは、こうやるんだ――よっ!」
レオーナが癖でドレスを掴もうとするのをそっと外して、僕は成れないヒールで地面を蹴る。
「っ?!」
ひとっとびでダリオの目の前に飛び出して、そのまま下から拳を振り上げる。
見事に顎に決まって、ダリオは白目をむいて後ろに倒れた。
そのままくるりとターンを決めて、イヴァンを睨む。
「お前も道路とキスをしたいか?」
「っ」
怯えるように後ろに下がったイヴァンに、くいっと顎でダリオを示す。
「そいつ連れてとっとと尻尾巻いて逃げろ。嫌だっていうなら」
そのまま構えを作った僕に、イヴァンは慌ててダリオを引きずって去って行く。
いつの間にかできていた周囲のギャラリーからぱちぱちと拍手の音が響いた。
(目立ったなぁ。学園での平穏な生活はなくなるか。まぁ、それはどうでもよくて)
問題は。
ぽかんとした表情でこちらを見ているレオーナの気持ちだ。
僕はかつかつとヒールの音を響かせて、彼女に近づく。
びくりと肩をすくめられたけれど、逃げ出す様子はない。ドレスのまま、彼女の前に膝をつく。
「騙していてごめん、レオーナ」
「……フェルナンドさま?」
「その通りだ」
幼い日に一度だけ。男の状態であった僕を覚えていたらしい。
微笑む僕に、彼女はぱちぱちと瞬きをして、小さく笑った。
「おかしいなっておもっていました。フェルナンド様に双子のお姉様か妹様がいるというお話を聞かないから」
「うん」
「薄々、気づいていたんです。でも、今の関係が心地よくて。壊すのが怖かったの」
「うん」
頬を赤く染めて、小さな口から紡がれる言葉一つずつに相槌を打つ。
「私にとって『お姉様』はカッコよくて、憧れで。同じくらい、大好きで」
「うん」
「だから――お姉様がフェルナンド様で、嬉しいの」
思わぬ告白に、思わず目を見開く。
僕の前で瞳を潤ませたレオーナが、真っ赤な顔でさらに言葉を続ける。
「書類上で、婚約者となっているフェルナンド様が、お姉様だったらいいのに、って。何度も考えたから」
「気づいていたんだね」
「そこまで鈍くありませんわ」
ころころと笑う声は歌劇場でトップの歌姫の歌より心地よく耳に届く。
僕はそっと彼女に手を差し出した。この手を取ってもらえるなら、そんな希望と祈りを込めて。
「女性の姿のままで、悪いけど。改めて、僕と婚約していただけませんか。レオーナ」
一世一代の告白だ。心臓がばくばくとうるさい。
でも、きっと。断られることはないのだろうと、心のどこかで思っていた。
僕の言葉に、レオーナが宝石より美しい瞳を大きく見開いて。
僕の手をとるどころか、僕自身に抱き着いてきた。
「喜んで、お姉様! いえ、フェルナンド様!!」
歓喜に満ちたイエスの返事に、固唾をのんで見守っていた周囲がわっと沸く。
僕はやっと堂々と抱きしめられる小さな体に手を回して、幸福を噛みしめた。
「フェルナンド様、どうしてまだ女装をされるのですか……?」
「この方がレオーナが甘えてくれるからかな」
「だ、だって! 慣れているから……!」
「ふふ、そういうところも可愛いよ」
後日、ブルターニュ子爵家の応接室でいちゃいちゃする二人の姿が目撃されたとか。
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